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トライアングルドラグナーズ  作者: 桃丞 優綰
忍び寄る魔王の脅威
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第二章 忍び寄る魔王の脅威 第一節 引退

二章開始!

 第一節 引退


挿絵(By みてみん)


 ぽたりぽたりと落ちる水滴、ひんやりする空気、下へと続く通路。途中、何箇所かある分かれ道は敵が入り込まない様に特別な魔法が施されている。いや、分かれ道だけではない。通路そのものにも魔法で敵への警戒がなされている。しかし男はそんな道を迷うことなく、何の障害も持たずに進んでいた。


 通路を抜けると大きな空間が広がっていた。鍾乳石が上から下から乱雑に生えていて、下には水が溜まっている。どれもやはり魔法が施されている。調べれば魔の波動が全体から見えるだろう。腰ほどまで溜まった水に浸かるとそれは冷たく、身体の芯を凍らさせるのではないかと思うほどだ。


 男は指を鳴らした。すると身体のから温かいものが広がってくる。水の冷えはこれで良さそうだ。それを済ますと、目の前にある隆起した地面を見上げた。そこには翼の生えた巨大なトカゲが丸まっている。男はそのトカゲに聞こえるように大きく通る声を出した。


「お久し振りです、ブードー様」


 男の声が洞内に響き渡る。その巨大な生物に聞こえた様だ。その顔が少し上がった。顔には凄く皺が寄っていた。


 ブードーと呼ばれたトカゲはこの国、トルティ国を守るドラゴンである。智恵のドラゴンと言われ、トルティ国南方に飛び出た岬のぽっかり空いた穴にその居城を構えていた。


「いつ振りかな、リオン。何用かな」


 低く、厚みのある声が洞内に響いた。その存在の大きさが声だけでもわかるほどだ。


 リオンと呼ばれた男は、トルティ国の代表、ドラグナーである。この竜穴にはドラグナーだけが来ることが許されている。とは言え、特別な用でも無ければそのドラグナーでさえも立ち入ることはない。


「はい。本日はーー」


 リオンは途中まで言いかけて淀む。顔の皺が深くなっていき、息を吸い直す。そしてもう一度同じ言葉を繰り返した。


「本日はドラグナーの解任を申し出に参りました」


 リオンはそう言うと同時に深くお辞儀をした。目を瞑り、下げたまま顔を上げない。ブードーはその様子を智い目で見つめた。


「そうか。人間には寿命がある。それもまた致し方なし。ドラグナーの任、今まで良くやってくれた」


 ブードーのその声を聞いて、リオンはようやく顔を上げた。目にはまだ憂いを帯びている。


「私ももう八十になりました。魔術の方はむしろ円熟味が増してきているのですが、なにぶん肝心の身体の方がついてきません。大事に至る前に早めに新しいドラグナーをと思いまして」


 魔術というのは経験によりその力を増大させる。長くドラグナーとして、国の代表として活動を続けていたリオンの経験は他の比べ物にならないほどである。つまり今のリオンはこの国一番の魔術師と言っていい。


「うむ。私は一向に構わないよ。初めてではないしね」


 ブードーはリオンの気持ちを汲み取る様に優しく言った。


「選任の方法はいつも通り、選挙で宜しいのでしょうか」


 半ば、聞くように確認する。


 トルティ国ではドラグナーをいつも選挙と言う形で決める。これはブードーの意志によるところが大きい。知恵ある者は争わない。その知恵を持って誰がふさわしいかを見極めるべきだという考えだ。ただ、リオンが確認し、また先に退任を言い淀んだのには理由がある。


「知恵ある者は悪しき存在を見極められる。いつもそうではないか。私はこの国の民を信じているよ」


 毎回、魔王が人に成り済ましてドラグナーになろうとするのだ。リオンが選ばれる時も魔王が混じっていた。前回はリオンが魔王の存在を看破し、事なきを得たが、その直前までは最多票を獲得しており寸でのところだったのだ。


「また、ドラグナーの候補として最有力となるかもしれません」


 リオンが昔を思い出して苦い顔をする。


「しかし、最終的には大丈夫だった。いつもそうだ。心配はいらないよ」


 ブードーは暢気な調子で応える。


「しかし万が一があります」


 リオンはブードーの態度に少し癇癪を立てた。万が一にでも魔王がドラグナーになったら一大事だ。ブードーの身が危ない。


「では、リオン。他にいい方法があるのかね」


 ブードーはその大きな瞳を覗かせてリオンを見つめた。


「いや、それは」


 リオンは答えられない。正直代案はない。それほどまでに洗練された方法とも言える。その洗練された方法を掻い潜る魔王が小賢しいのだ。


「細かいやり方は君たちに任せてある。何かまずいことがあったというのなら、そこを直せばいい」


 ブードーが指定しているのは選挙制と、武力による解決をしないということだけだ。選挙の細かいやり方は人間で決めることになっている。


「……はい」


 前回の方法で悪い所と言ったら、選挙者を魔王と推定できる方法を取らなかったことにある。選挙と言うだけあって、各々の意気込みや国の代表として取り上げる政策を触れ回って票を集めるという方法だ。魔王がトルティ国の国事情に詳しい訳はないし、ドラゴンを殺す目的で来ている魔王がまともな意気込みを話す事はないという発想だ。事実、前回を除いて魔王が票を集めたことは一度もなかった。


「そう、心配せずとも万が一の備えはある。この竜穴にいる限りは私は魔王には負けないよ」


 先にも言ったが、この竜穴全体には幾重にも魔法が張られている。不審者の侵入を感知する魔法。そして、それをドラグナーに知らせる魔法。邪悪な者がブードーのいる空洞に辿り着けない魔法。相手の能力を制限する魔法。そして、ブードー自身の魔力を高める魔法。


 いずれも歴代のドラグナーが置き土産に施した一級品の魔法である。これらの魔法のお陰で、魔王が近づく事はおろか、さしで戦うことになってもブードーが負けることはない。


「わかりました。とにかく魔王を近付けぬよう細心の注意を払います」


 リオンは憂う気持ちを持ちながらも、とりあえずはブードーの言葉を信じることにする。というより、信じるよりほかの選択肢が無い。おそらくリオンが何を言ってもブードーは上手く躱してしまうだろう。


 リオンは挨拶もそこそこにその竜穴を後にした。もしかしたら、を目指して来たのだが、やはり結果は何も変わらなかった。いざ、選挙となると色々と準備をしなければいけない。わかっていたことだが、気が重くなるよう様な事だ。


 竜穴を出ると、セメスが待ち伏せていた。リオンの従者である。何やら深刻な顔をして待機していた。


「どうしたセメス」


「はい。ちょっとした事件が起こりまして、そのご報告を」


 セメスは厳めしい顔つきのまま丁寧に頭を下げる。


「言ってみてくれ」


 ちょっとしたと言ってはいるが、セメスの様子からかなり大きそうなことだと勘繰る。セメスはリオンの従者の中でも飛び抜けて賢く、信用が置ける人物だ。そのセメスがかなり厳めしい顔をしている。魔族絡みのことかもしれない。


「大図書館の書物が盗まれました」


「大図書館の」


 リオンは想定とは違う内容を聞いて、繰り返してしまう。確かに盗難は問題ではあるが、セメスが深刻そうにするほどの事だろうか。もちろん、重要な何かではあるのだろう。警備の厳重な大図書館からの盗みというのも軽視はできない。だが、盗難というからには魔族は絡んでいないと考えられる。魔族や魔王の類なら強行突破をするはずだからだ。


「それで、何が盗まれた」


 リオンは気を抜いて聞いてみる。


「トルティ国の歴史書です」


 しかしセメスは真剣だ。


「歴史書か、確かに重要書物ではあるな。しかし何故そこまで気負う必要がある」


 セメスがここまで真剣というからには彼なりの考えがあるのかもしれない。


「あの厳重な警備を抜けられるのは強力な魔族の仕業かと」


 どうやらセメスは魔族の関与を疑っているようだ。


「まあ、一介の人間にあの警備を突破するのは難しいだろうな。しかし魔族であるならばそんな回りくどいことはせずに強行突破するだろう。それに歴史書などを盗んでどうするのだ」


「はい、しかしリオン様は引退を考えている身。選挙に先立って魔族が、魔王が動き出したのではないかと」


 その言葉を聞いてリオンは合点がいく。セメスが何故魔族の介入に神経質になっているかをだ。


「はっはっは。それはまだ私とお前しか知らないこと。魔王などは知りようがない。そこまで心配することではないよ」


 リオンは笑って緊張を飛ばす。


「しかし、万が一という事もありますし」


 セメスはそれでも心配が尽きないようだ。まあ、心配になる気持ちはわかる。


「そう言えば、盗賊団の噂があったな。そやつらの仕業ではないか」


 リオンは最近被害が相次いでいる盗賊団のことを思い出す。蜃気楼の盗賊団と言い、瞬く間に現れて、霧のように消えていくという。一年ほど前から被害が起こり始め、少しずつ大きなところで被害が出ている。前は魔術学園に保管されている禁術の書が盗まれたと言っていた。さしずめ、その禁術を使えば大図書館の警備も突破できると考えられる。


「しかし、盗賊団が何故歴史書を」


 確かに前のように禁術に関するものならまだしも、今回盗まれたのは歴史書というなんとも地味なものだ。歴史書は確かに国の重要書物ではあるが、用途と言われるとかなり薄いものだ。ただ、希少価値は高い。


 この歴史書は、時のドラグナーが自らの魔法で書いているものだ。魔法で書いているのは、記録の改竄ができない様にするためと、本の劣化を防ぐためである。だが、見方を変えれば歴代のドラグナーの直筆サイン集みたいなものである。ドラグナーから見えるトルティ国の歴史という意味でも面白いものだ。オークションなどに出れば計り知れない額になるだろう。


「それは魔王とて同じ。魔王が手にしても用途などないだろう。まあ、国の国宝に手を出したからには本格的に取り締まらねばなるまい。誰であれ、捕まえて理由を聞けばそれでいいだろう」


 リオンがそう言うとセメスもさすがに納得したのか、小さく頷いて畏まる。そして、身体を少し開いてリオンに道を譲った。リオンはその脇を堂々と歩いて行った。


今回から暫くリオンが主人公


今後の活動の為、ご感想など頂けると幸いです。

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