幕間 怒りに包まれし土地
無理矢理二話にした感は否めない
幕間 怒りに包まれし土地2
「一体どうしたというのだ。シルドーラ」
ルーシュが連絡を受けたのはあれからすぐであった。次の混合の日(その月で男女が会える日)に会議を開きたいと切羽詰まったような様子で言われたのだ。今は会議で一通りの挨拶が終わり、ルーシュが話を切り出したところである。末席にはルニータもいる。
「とある予知を感じ取ったのじゃ。エルフルの土地が焼け野原になるという予知を」
シルドーラが端的にそう言うと場内が騒がしくなる。ルーシュも驚きを隠せないでいた。しかし、冷静さを失っている訳ではない。
「それは、信頼のある予知なのか」
ルーシュとしては自身に抱えている予感もある。予知の信頼性によっては十分信じられる。
「ルニータの予知です。私がルニータと話していると、突如様子がおかしくなりました。そして先程言っていた予知を口にしたのです」
シルドーラがそう言うと、皆の目線がルニータに集まる。ルニータは肩を竦めて縮こまった。
「ルニータ本当なのか」
ルーシュもルニータに異変があることは知っていた。魔が祓いきれていなかったとしたら、それが作用したのだとすれば信じられる話だ。
「はい」
ルニータは小さいがそれでも通る声でしっかりと応えた。
「詳しく聞かせてくれぬか。何を見た」
ルーシュが少し切迫した様子で言った。ルニータは恐る恐る言葉を発する。
「私は空を飛んでプル国の上空を飛んでおりました。おそらく、プルード様の目をお借りしていたのだと思います。目指していたのはどうやらエルフルで、エルフルに着くと火を吐き、エルフルの地を焼き払い始めたのです。遠くには土煙も見えました。何かの争いがあったようです。しかし、私は構わずにエルフルの地を火の海にしていました。そこへ母上がお見えになって何も見えなくなりました」
会場にどよめきが走った。
「百万の敵に怒りの炎
エルフの地は焼け野原になるだろう
これが、ルニータが予言した言葉じゃ」
シルドーラが言葉を付け加える。ルニータ自身は自分で何を言っていたのかはわからない。ただ、自分ではない言葉が出たという事だけはわかる。
「百万の敵、怒りの炎。一体何が起ころうというのだ」
ルーシュが眉間に皺を寄せて考え込む。未曽有の危機がエルフルに襲い掛かろうとしているようだ。
「その予言の正当性は」
とある者がそう発現する。
「私が保証します。数いる予言者を見ましたが、ルニータのそれはその予言者たちが未来を的中させるときのそれと酷似していました」
シルドーラが答える。そして、そのまま続けて話す。
「あまり、考え込んでいる時間はないと思われます。男女交えての話し合いは今日を過ぎれば来月となります故。そこで私の方で対策を考えてきました。それを皆さんで話し合えればと思います」
「どのようなものか」
ルーシュはすぐに催促した。
「その前に、ルーシュ王は今後のエルフルをどうしていくつもりかをお聞きしておきたいと思います」
質問を質問で返されて少し面を食らうが、ルーシュは滞りなく応える。
「特に特別なことは考えていない。大戦があればまた参加するし、エルフルの施政でも大きな変更をしていく方針はない」
「なるほど。ではそれを受けて私の対策を申します。他国に攻め入りましょう。施政も大きく変えて男女共にの生活を常に許す形を取りましょう」
会場がまたどよめいた。先程よりも大きくどよめいている。
「大戦規定に背くとおっしゃるか」
「法力を使えなくなりますぞ」
「それこそ怒りを買う要因となるのではないか」
様々な意見が飛び交ってくる。しかし、シルドーラは意にも介していないようだった。
「静粛に」
強く凛とした言葉が会場に響き、どよめきが収まっていく。
「異論、反論、色々あるでしょう。しかし、これは女性達との会議で既に結論を出しています。つまり、女性側はこの策を第一として取り組む姿勢であることを申しておきます」
しーんと静まっているが、男達のほとんどは納得していない素振りだった。
「シルドーラ。端的にで構わない。どのような議論を経てその結論になったのだ」
ルーシュが男達の意見の代表として言葉を発する。
「はい。まず、予言とは基本的に何事もなかった場合に進んでいく過程で得られる未来となります。つまり、こういう方針があるということの延長線上にその未来があるのです。そこで、私は王にエルフルの今後の方針を先にお伺い立てました。
すると、基本的に波風立てずに通常通りやっていくという事でした。詰まる所、その方針通りに事を進めては予言通りになってしまうという事です。とすると、その逆を推し進めることで予言からの回避を図りたいという事です」
シルドーラの言っていることは正しい。予言の未来はその流れの延長戦を示唆するものである。一応の筋は通っているのだ。会場の大半は何も言い返せないでいた。
「しかし、大戦規定に背けばそれこそ百万の兵に攻撃されることになりかねないと思いますぞ。この方針こそ未来へ結ぶ方針なのではないですか」
それでも、反論を唱える者はいた。
「それについてですが、とあるパラドックスを抱えています。そもそもこの方針は予言の後に作られた方針であり、予言の当初ではあり得なかった方針になります。それとも、この方針を唱える気の方はいましたか」
会場は誰も手を上げない。
「王に聞きます。先程の王の方針は、予言の後に打ち立てた方針ですか」
「いや、違う」
ルーシュは首を振った。
「そう、つまりこの方針は予言当初ではあり得ないものだったのです。そういうものを私達で用意したという訳です。変えるにしても、あり得る方針では予言が打ち崩せないからです」
シルドーラの言葉が会場に染み渡る。男達もだいぶ落ち着いてきた。
「では、他地域の反感は買わないと。百万の敵はその反感の先にある訳ではないと」
とある者が発言する。
「断じてありません」
シルドーラは強く言う。
「これはあくまで、百万の敵から、ドラゴンの怒りから身を守るためのものです」
これで、ようやくひそひそ声も消える。
「では、何が百万の敵を引き付け、ドラゴンを引き寄せる原因となったのでしょう」
最後の一人がそう言った。
「それは明確ではありません。しかし、予言にはそう出たのです。放っておいても何かがこのエルフルに起こるのでしょう。実はその予兆のようなものを知っています」
シルドーラは淡々と言う。予兆と言う言葉に場が反応した。
「予兆とは如何なもので」
シルドーラはすぐには答えずに、ちらっとルニータを、そしてルーシュを見る。しかし、すぐに視線を場に戻し質問に答える。
「ルニータの身体に魔が憑りついていたのです」
会場がまたどよめいた。どういうことだ、予言したのはルニータ様だろ、魔族がどうしてルニータ様を、色々な言葉が飛び交う。シルドーラは咳ばらいをし、言葉を続けた。
「静粛に。既に魔は取り去っております。取り去る際に、押し込められていた法力の力が弾けて予言となったのです」
反動というやつか、しかしどうして魔族がルニータ様を、どうやって接触したのだ。会場のどよめきは静まらない。その中で一際大きな声で発言する者がいた。
「取り去ることができたのか」
ルーシュの声だ。王という事もあり普段から通る声を発する機会が多いからか、ぽつりと言ったであろうその言葉は誰よりもしっかりと場内に響き渡る。場内はその響きを受けて、ルーシュに注目する。
「ええ、できました」
シルドーラはその高い鼻を更に高くして答える。そこで、ルーシュは注目が集まっていることに気付く。
「いや、ルニータに魔が憑りついていることは知っていた。皆に心配をかけぬように伏せていたのだ。お祓いをしていたが、上手く取り除けないでいたようだ」
何故そんな重要なことを伏せるのだ、魔族の手があったとあっては一大事だ、王は伏せてどうするおつもりだったのだ。会場は喚き立てるように興奮していた。
「私は」
ルーシュが強く言葉を発する。その言葉は興奮を諫めるには十分なものだった。
「私は不安を煽らない様に伏せたかったのだ。確かにどうやったか知らないが、エルフルの王女に魔族が接触したとしては大事。また何を王女に施したかも不明なままだ。色々調べもしたが魔族の居場所も、接触方法も全くわからない。事を広げたとしても、騒ぎが大きくなるだけ。できるだけ内々に済ましたかったのだ」
王は我々を信用なさっていないのか、早急に委員会を作るべきだ、魔族をどうにかしなければ。ルーシュの演説は虚しく、方々から非難の声は止まなかった。
「さて、」
今度はシルドーラが言葉を発する。
「私は魔を取り除いたということを申しました。当面の問題はそれで良いと思います。今、問題なのは今後の方針をどうするかです。予言に沿うように動き、魔族の活動を許すか、予言の裏をかき、崩壊の未来を克服するかです。もう日も高くありません。皆様の意見を聞かせて下さい」
シルドーラがそう言うと、ひそひそと皆が周りと話し合いを始める。そして、一人が大きな声で発言した。
「私はシルドーラ様の案に乗りたいと思う」
一人がそう言うと、私もだ、私もだと次々と賛成の声が上がってきた。シルドーラは口元を緩めた。
「では、私の意見に賛同するものは挙手を」
シルドーラの言葉に応じて、皆の手が上がった。
「ルーシュ王。全会一致という事ですが、如何しますか」
余裕を持った口調でシルドーラが問う。
「うむ。皆の意見であるならば、何の異論もない」
ルーシュは険しい顔のまま承諾した。
その後は、如何にして大戦規定を反故にするか、男女がどのように交わって暮らすかという事の話し合いが続いた。ルーシュ王は基本的に黙っており、反してシルドーラは饒舌に話を進めていた。ルニータはそんな姿を見ながら、時折自分自身の手を見つめていた。
大戦規定の反故は、他地区への攻撃という事で話が纏まる。それもただ攻撃するというのではなく、休戦三か月の規定も破っての攻撃である。場所は隣の部族地区だ。数が多いところを先に不意を打って叩くことで、戦力を一気に奪うという方針だ。
一気に片を付けて、土地を奪い、支配することで土地と人員の不利を拭おうという事でもある。予言は外れることが前提なので、周りからの反発は来ないだろうと考えられ、部族を攻めた後は南の騎兵団地区を攻めていこうという戦略になっている。
ルーシュは不安で仕方なかった。シルドーラの意見はもっともだ。しかし、元より感じていた自身が持つ懸念と、今の状況、予言された未来は、全て上手く繋がっているようにも思われる。縄がぼろぼろの橋を渡っているような気分だ。このままでは、底知れぬ闇の中に落とされるのではないかと思ってしまう。
ルニータも不安だった。魔は取り祓われたとシルドーラは言ったが、身体の内側がまだもやもやするのだ。お祓いを済ました時と同じだ。何かの違和感がまだ残っている。もしかしたら、自分の予言と今の状況がマッチしそうだからかもしれない。
明らかに皆何かに妄信して破滅の道を歩んでいるようにルニータには見えるのだ。何かを見逃している。そんな感覚なのだ。あれほど望んでいた男女混合の生活も、その不安を前にしては味気ないものでしかなかった。これくらいならまだ、元の男女が別れて暮らす生活の方がましだと思えるくらいだ。
しかし、不安はありしも事態は進んでいく。遂に戦いの火蓋は切られるのだった。
エルフルの戦士たちが部族の領土に攻め入った。部族側は抵抗する間もなく打ち破られた。特に苦労もなくエルフルが部族領を支配することになる。
そして、勢いに乗ったエルフルはいくらかの駐屯兵を残しすぐに騎兵団の領へと攻めかかる。しかしさすがは国随一の策士が集う騎兵団領。こちらは既に待ち構えていた。それでも勢いのあるエルフルはじりじりと戦況を良くしていった。
と、しかしそんな都合良くは進まない。部族領で反乱が起こったのだ。そして部族領は瞬く間に奪い返されてしまう。更には、機械の街、魔術都市、アマゾネスまでもが戦乱に参加。皆一様にエルフルを狙って来るのだった。
エルフルの勢いは最初だけだった。あっという間に状況は悪化した。
どういうことだ、予言通りではないか。
そんな言葉がささやかれ始める。そして、エルフ達はその時になってやっと気付く。冷静に考えればこの事態が起こることは必然だったと。しかしながら、予言からは外れたはずである。それなのにどうして。エルフルは混乱のまま大群の相手を取ることになった。
そんな中、安心せよと一声をかけシルドーラが動き出す。彼女が大きく手を広げると、見えない不思議な障壁が現れエルフルの土地を守るのだった。大群はその障壁に足止めを食らう。エルフルの一同は安心するも、その巨大なシルドーラの力に混乱が深まるばかりだった。しかも、どうやら法力による障壁ではない。
そして遂に、大いなる力のドラゴンも動き出す。
巨大な魔の反応に呼応して。
プルードは大空を舞う。もの凄いスピードだ。大砲のそれよりも速いかもしれない。雲を裂き、風を裂き、一直線にエルフルの土地に向かっていく。そして、着くや否や障壁を破るほどの炎が吐かれ、エルフルの土地を焼き払う。ここに来てやっと、エルフ達の混乱が終わり、予言がその通りになったのだと認識するのだった。
と、エルフルの空を縦横無尽に動き回るプルードの前に、一人の女性が現れる。シルドーラだ。不敵な笑みを浮かべて、優雅に空を漂っていた。そして、手を翳し、プルードの視界を奪う魔術を施した。
「やっと会えましたね、愛しのドラゴンさん。お初に目にかかります。メルドールです。暗黒大陸の魔王をやっています」
シルドーラ、いやメルドールと名乗る魔王が挨拶した。プルードは自身にかけられた魔術を打ち払い、その目で敵を見据える。
「やってくれたな。魔王よ。私は怒っているぞ。私の大事な国を混乱に陥れた。貴様を炙り出すために一つの地域を焼き払わなければならなくなった。すぐに消してくれる」
低く、重厚な声だ。大気が震えるかのようだった。その存在の大きさが滲み出ている。その声が怒りを帯びて圧を強めているのだから、それだけでも普通の者なら震えてしまうだろう。
「あらあら、大きく出るのねえ。ドラゴンが一匹で魔王を消す。世界の理をご存じないのね。ドラグナーのいない貴方など、目を書き忘れた出来損ないも同然じゃないの」
メルドールはプルードの威圧に臆することはなかった。それどころか余裕綽々である。
「はっはっはっは。魔王如きが図に乗るな。貴様の方こそ思い知るのだな。力のドラゴンが力のドラゴンである所以を」
プルードが大きく翼を広げてメルドールを威嚇する。そしてしばしの静寂。両者が睨み合う。メルドールは悠然と構えている。プルードの翼がゆらゆらとはためき、その音が少しずつはっきりとしてくる。
バサッ
一際大きく翼がはためいたかと思うと、一瞬にしてプルードの姿が消える。そして、音が聞こえるか否かメルドールに衝撃が走る。
ドーン
メルドールはなんとかガードするもかなり吹き飛ばされてしまう。冷や汗が出てくる。速さ、力。思っていた以上に強い。プルードは一撃では終わらずにすぐに追撃に向かってきているようだ。このままサンドバックにされてはまずい。
バッ
メルドールは両手を広げて飛ばされている自身を止めた。そして、すぐさま足を振り上げる。
ドッ
足はプルードの顎に直撃し、その巨体が上方へ飛ばされる。しかし、勢いはなく。そこまでのダメージとはなってはなさそうだ。プルードは飛ばされた勢いを使って宙返りするようにして態勢を整える。
「なるほどね、少々見くびっていたことは認めるよ」
メルドールは余裕だった構えを解き、シルドーラの姿から本来の姿に戻る。全身に絵の具を殴りつけたかのような色合いを持つ、少女のような姿になった。そして、ぶつぶつと呪文を唱える。
「本気になって殺す」
呪文を終え、言葉を発すると、禍々しいオーラがメルドールから立ち込める。そして、勢い良く両手を広げると無数の触手達が背後から現れ、物凄いスピードでプルードに襲い掛かった。
プルードは翼を大きくはためかせる。すると、突風が吹き荒み、触手達の勢いを殺していく。いや、それどころか突風が刃となり切り落としている。
メルドールは今度は手を合わせる。すると、今度は黒い波動が背後に無数に現れる。合わせた手の平を捻じり、前に出すと、その無数の波動が勢い良くプルードに飛んでいった。
プルードは羽ばたき、移動してそれを避けようとする。しかし、黒い波動は追尾してきて簡単には避けられない。プルードはスピードを上げて旋回する。ぎりぎり逃げるスピードと追うスピードは同じようだ。
黒い波動とプルードが大空を動き回る中、メルドールは両手を高く上げていた。その先を見ると、巨大な黒い波動が渦巻いている。そして手を前に勢い良く下ろすと、それは飛んでいった。無数の波動のそれよりも速く移動するそれが、プルードの正面を捉える。プルードは上方になんとか急旋回するも、巨大なそれが無数の波動を飲み込み、更に巨大化し、更に速くなりプルードを遂に捕らえた。
チュドーン
凄まじい音が響き渡る。何かの重力場が発生しているのか、爆発したようであるがそれは周りにあまり広がらず、すぐに収束するように吸い寄せられている。
バーン
と、そのまま圧縮していくかに思えた重力場が急に霧散する。そして、その霧散するスピードをはるかに上回るスピードで急激に異空間が広がっていった。半径百メートルくらいの空間が灼熱の空間に変わっていく。中央にはプルードが羽を大きく広げて悠然としている。
(まずい)
メルドールは直感する。このフィールドはプルードの独壇場だ。心象空間と言い、プルードのイメージがそのまま投影された空間で、この空間の中なら自由に、自在に行動できる。本来の力をいかんなく発揮できる場だとも言える。
魔王とドラゴンの力関係は魔王が上だ。しかし、それはあくまで現実世界でのこと。同じ条件なら魔王が圧倒できる。しかし、今は封印の結界を越えて少し弱体化している。しかもプルードはその名の通りいくらか他のドラゴンより強いようだ。それに加えて心象空間にまで引っ張り込まれたとなるともう勝ち目はない。むしろ、存在を消されるまであるのだ。
「良い重力場だったぞ。利用させてもらった」
プルードが不敵な笑いを浮かべて言う。なるほど、どうやらプルードは重力場を逆用する能力があるらしい。あるいは力そのものを利用するのか。とにもかくにもメルドールとしてはすぐにこの場から逃れなければならない。
炎の柱が全方位から伸びてきた。メルドールはそれらをなんとか掻い潜りながら避ける。時には自らの技を使って相殺する。ともかく避けるに避けて、空間の端まで逃れていった。そして端に着くと、印を結ぶように手を縦に横に切り始めた。最後には指を縦に口元に当て、目を閉じて集中した。
しかしその僅かな静止の時間にも炎の柱が幾多も迫ってくる。そして、その柱達がメルドールを捉えようとした。瞬間、メルドールはぱっと目を見開いた。すると、心象空間にぽっかりと穴が開く。穴の先には現実世界の光景が広がっていた。メルドールはすぐさまに飛び出していく。しかし、柱も外に出てきて追ってきた。メルドールは捕まってしまう。
ボゴー
炎がメルドールを飲み込み、身体を焼いていく。心象空間からとめどなく流れ出ている。次第に心象空間が小さくなり、半径百メートルの世界が炎を吐き出して消えていった。炎が消えると、そこには黒く焼け焦げた塊が宙に浮いていた。
「魔王もこうなっては形無しだな」
プルードがそう言って笑う。塊から黒い煤が少し落ちて、目が出てきた。そして、鼻、口と少しずつ元の色合いに焦げを残して魔王の姿が現れてくる。息はしている。現実世界で受けたのが幸いしたようだ。無限に焼かれることはなく、耐え切ることができた。しかし肩を落としており息はかなり荒い。
「プルード。覚えていろ」
メルドールがそう言うと、一瞬空間が歪む。そして、そこに吸い込まれるようにメルドールは消えていった。後に残ったのは豪熱に温められた空と、プルードだけだった。
ルニータは空に浮かぶ母を見て、その本性を見て絶句していた。母が魔王であったという事実を受け止めきれないのだ。自分は確かにあの母から生まれたはずである。ということは自分は……。
ルニータは前線に出ていなかった。予言者の資質があるとされたからだ。予言者は基本的に戦闘能力を持たないことが多いため、戦争には参加しない。本地域で待機していたのだ。しかし、戦況が悪くなると父から伝書で避難を命ぜられた。ルニータはあの父に連れられた場所へ本地域に残ったエルフを連れて、避難していたのだ。
母が巨大な結界を張る頃。ルニータに異変が起こった。その魔に触発されたのか片目が急に黒く発光し始めたのだ。そして、ルニータの頭の中に見えないはずの風景が流れてくる。その風景にいるのは母であった。
母はプルードの襲来に合わせて空へと飛び立っていく。プルードと交戦し母は本性を現した。信じられない光景だった。しかしその様子は確かに魔のものであるのだ。魔王だとすれば全てが説明できる。
間違えなく自分はシルドーラとルーシュの子だ。それは確かに言える。つまり自分は魔王とエルフのハーフという事だ。半分魔族の血を持っているという事だ。その現実を受け入れるのに、しばしの時間が掛かった。
いや、受け入れてはいない。認識しただけだ。受け入れることなどできない。ずっと混乱したままだが、少しずつ少しずつ自分の中に起こった異変がそれだと成立することを理解する。目の前で焼かれていく母を見る頃はもう、母を心配する気持ちはなかった。
母が消え、黒い発光が収まる。視界も正常になった。周りにいた者が奇異の目で自分を見つめている。ルニータは静かに自分の理解したことを口にしていく。どよめきが起こり、罵声が起こるかと思う中で、伝令兵が来て敗戦の報が告げられる。ルーシュ王は死に、エルフルの土地は百万の兵に蹂躙されてしまったようだ。
嘆き悲しむ声が場を満たしていく。そんな中ルニータは、どこか冷静にその報を受け止めていた。自らが予言した内容だったからか、いや、それとも同じくらい信じられない事実に先に晒されていたからか。皆を慰める言葉を口にするのだった。
「我らエルフは、神の代弁者でした。この戦乱が続くプル国で非戦による解決を掲げて、幾年にもかけて取り組んでいました。しかし、それは魔王の謀略により破壊されたのです。そしてドラゴンの怒りを買ってしまったのです。我々が悪いのではありません。魔族が悪いのです。我々はただ利用されただけなのです。
奇しくも、私は魔族の血を受けてしまったようです。そのせいかおかげか、私は強力な魔に反応する身体を手に入れたようです。魔王がプルード様に撃退される様をこの目で見ました。魔が本当の意味でこの国を脅かすことはありません。エルフルの地は焼かれてしまいましたが、この国は依然として我らの故郷であり、守られているのです。
いまは慣れないことを、主義に反したことをした行いを悔いてこの地下で暫し休みましょう。深く負った心の傷を癒すには時間が必要です。しばらく休み、傷が癒えたら、各地に散らばり静かにこの国を守って行きましょう。我々が纏まってももう何の力もありません。各地に散らばり、少しずつでいいから平和の芽を作るのです。いつか、その芽が花開く日を夢見て。
おそらく、私には寿命が無いものと思われます。この成長の遅い身体と、魔族の血がそれを示してます。末永くこの国を見守って行こうと思います。何かあれば私の所へ来て下さい。いつでも、お助けいたします。そして、その日が来たなら、私の下に集まって下さい。平和の為に」
ルニータの言葉が、エルフの者達の胸に染み込んでいった。罵声は起こらず、皆が頭を垂れていた。後にエルフはルニータの言葉通り各地に広まり、各地域の者と結ばれるていく。そしてたくさんの混血を生み出すことになる。その混血達は不思議な能力を持っていた。そして、どこの軍にも所属しないが結束力のあるその集団は、後にアッシュウォーリアーズと呼ばれるようになるのだった。
次からは二章です。
今までの常識が少し変わるので、気を付けて下さい。
幕間の話は基本的に本編と干渉しないようにしたいと思ってます。
つまり似たような説明が出てくると思いますが、ご了承ください。
ご感想など、頂けると今後の活動の励みになります。




