第一章 英雄の誕生 第五節 戦争が終わるならなんだっていいや
これで終わりだ!!
第五節 戦争が終わるならなんだっていいや9
コルットは約束の場所、約束の日時でサリーを待っていた。約束の場所、約束の日時とは戴冠前のドラグナーの祭壇だ。この日だけは封印が解かれテンタティブドラグナー以外の者も出入りできるのだ。そしてその約束とは、大戦時に受け取った手紙に書かれていたものである。手紙にはこう書かれていた。
「親愛なる我が身体と
それを操りし男コルット
戴冠の日の早朝
ドラグナーの祭壇にて待つ」
大戦中は戦闘の最中というのもあり、意識がそれに集中していたためそれほどの感激を覚えなかったが今は違う。胸躍る気分でサリーを待っていた。ようやく自分の身体に戻ることができる。そして自分の身体はきちんと無事だった。これ程までにめでたいことのもないだろう。
興奮しているせいで、昨晩は一睡もできないでいた。まだ暗いというのに出発し、約束の場所に早めに着く。手紙には待つと書いてあるので、きっとサリーも早く来るのだろうと勝手な憶測を立てていた。
もちろん、さすがにまだ早過ぎる。コルットが待ちきれなくて家を出たのが深夜の一時。そしてリリィを飛ばしてこの場所に着いたのが大体三時頃である。日が出るまでにまだ二時間ほどはかかる。
コルットは胸躍らせて待つ間、身体が入れ替わった後の思い出に浸っていた。
最初はシーミャと出会って、気が付いたらアマゾネスの身体、サリーになっていた。待望の女の身体は理想とは程遠くて。いつの間にか大将軍をやらされることになっていた。そして故郷に帰ることはあったものの、元に戻るような事はなく、次の瞬間には大嫌いだった大戦に参加していた。そして、なんか訳のわからないうちに大戦が終わっていた。
最後、色々な援軍が来て頭がパンクしそうだったが、あれはサリーが手配したものだったのかと手紙を読んで納得した。ただ事の成り行きで、あれは自分が手配したことになってしまった。まあ、サリーが手配したのならある意味間違っていない。なんせ身体はサリーなのだから。そして今身体は元に戻るのだから。結果的にこの身体が褒められるのは正しいはずだ。
まあ、でもいざ身体が戻るとなると少し寂しい気もする。ここで出会った仲間達とはもう会う機会はないだろうから。一軍の大将軍という立場で、責任ある立場で、皆を守るような気持ちで接していた。ある種、男として女を守る理想的な姿な気もする。
今は女だからさほど恋心のようなものは感じないが、身体が戻れば恋してしまうほどに皆大切な存在だ。もっともコルットは女なら誰でも惚れてしまうようなところはあるが。
アマゾネスの王として皆を愛でる、なんてことはできないだろうかとちょっと妄想する。パ、パラダイスだ。
そんなことを思いつつ、記憶は無くなったりしないだろうかと少し心配になる。女になった時も記憶はしっかり残っていたので、大丈夫か。そうは思いつつなんとなく心配なのだ。いつの間にかサリーとしての体験はコルットにとってはとても有意義なものになっていたからだ。
部族の一員としてはきっと一生体験できなかった思い出。きっとゼーケに追い回されて一生が終わっていただろう。大戦だって終わることはなかったはずだ。そう言えば、シーミャは英雄がどうのと言っていた。まさしくシーミャの言う通り自分は英雄だったのかもしれない。
「早いな」
そうこう思考を巡らせていると、懐かしい声に話しかけられた。コルットはすぐにその声の主の方へ向き直る。
「サリー、さん」
その姿を見て息を呑む。心の中の世界で見た時以来だ。いや、その時よりも感動している。あの時はどちらかと言うと夢で見ていたような感覚なのだ。今は現実である。いくらか頼もしくなっている自分の身体が、とても凛々しく頼もしく、懐かしく、コルットは気の向くままに抱き付いてしまった。
「私の身体~」
顔を押し当てるように、ごしごしと摺り寄せていた。すると、サリーも久方ぶりの自分の身体が愛おしいのか、ゆっくりと確かめるように抱き返してくる。傍から見ると愛し合っている二人が久しぶりの再会を果たし抱き合っているようだ。まあ、ある意味間違ってはいない。
「さて、色々確かめたいことがある」
サリーはそう冷静に言って、自分の身体を引き離す。コルットもそれで少し冷静になり距離を置いた。というか、冷静になって自分のやったことに顔を赤くする。行動のそれもそうだが、今自分は、自分の身体は絶世の美女と抱擁していたのだ。しかもがっしりと。なんだったら自分は顔も胸も擦り合わせていた。コルットの体験したことのない天国の時間だ。それを自分の身体は体験していたのだ。そう思うと今すぐに、感触のあるうちに戻りたいと思ってしまう。
「身体を入れ替えたのは貴様の仕業か」
サリーは鋭くそう言った。自分の声に強く言われるというのはなんだか違和感である。
「いや、違う。シーミャと言う魔術師に勧められて」
勧められてという表現が正しいのか知らないが、確かに自分はシーミャの言葉に乗せられて女になったのを覚えている。
「勧められて。つまり貴様の意志があったという事か」
サリーは先程よりも怖い口調で確認する。さすがに凄みを感じ、まずいと咄嗟に言い繕う。
「いや、その、シーミャは英雄を探していたんだ。その英雄がサリーであり、私だったのだ」
コルットは言いながら自分で自分の言っていることがわからなくなる。
「英雄」
サリーの様子を見ると、英雄と言う言葉に何か反応している。その間を使ってコルットは言葉を整理した。
「つまり、シーミャの探していた英雄とは私、コルットであり、しかし水晶で見た姿はサリー、貴女のものだった。そこでシーミャは手を加える必要があると思い、私を女になる様に唆したのだ」
そうだ、勧められたのではない。唆されたのだ。今思えば、何かしらの魔術をかけられていたような気がする。途中から頭がぼーっとしていた。シーミャが言う言葉に頷かさせられていたような気がする。
「英雄とは。戦争を終わらせる英雄という事か」
サリーは自分の言葉を聞いていたのか聞いていなかったのか、英雄について食いついてくる。
「ああ、確かそう言っていた。何故それを」
コルットはシーミャから熱く語られていたから英雄のことを知っているが、どうしてサリーが英雄が何かを知っているのかが疑問になる。
「いや、私も英雄と言われたのだ」
コルットは首を傾ける。どういう事だろうか。サリーもシーミャに接触していたという事だろうか。
「シーミャを知っているのか」
サリーは首を横に振る。そして、静かに口を開いた。
「私を英雄と言ったのはアッシュウォーリアーズのルニータという者だ。占いに秀でた能力を持っている」
どうやらシーミャは知らないようだ。しかし違う人が同じ理由で占いをすることがあるとは思わなかった。しかも違う結果と来た。まあ近いは近いが。どちらも大戦を終わらせる英雄として十分な働きはしたであろう。
しかし知らないとなるとシーミャのことを説明する必要があるかもしれない。この魔法をかけた張本人なのだから。
「なるほど。因みにだが、シーミャと言うの人物はテンタティブドラグナーでーー」
「知っている。シーミャと言う人物の事は。魔法の痕跡を辿って調べた」
どうやら彼女なりに色々調べたのだろう。大体のことは把握してそうだ。
「おかしいな。ルニータの占いは絶対のはず」
「な~んもおかしくないよ」
急に暗闇から声がする。聞き覚えのある声だ。そうだ、この声は
「お久しぶりです。コルットさん。それと初めまして、サリーさん」
シーミャだ。陽気な声で話しかけてきた。急に出てきたのでびっくりする。
「そして、ありがとう。コルットさん」
シーミャがコルットにウインクする。コルットは状況が呑み込めずに、ボケっとその様子を見ていた。
「お前がシーミャか」
サリーが警戒して話しかける。その様子にシーミャは目を細めて対応する。
「あなたがもう一人の英雄さんね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何がどうなっている。何故君がここにいる。もう一人の英雄ってどういうことだ」
コルットは混乱する状況に耐えられず言葉を挟む。とりあえずシーミャは全てを知っているようだが、全てシーミャが意図したものなのだろうか。
「うーん。計画の成功を祝して教えてあげる。コルットちゃんには色々お世話になったし」
急にシーミャのコルットへの呼び方が変わる。いや、呼び方だけではない。喋り方も雰囲気もどこか変わった。
「えーと、まずはどこから話そうかな。そうねー。英雄が二人いるってところから話そうかな。簡単に言うと、サリーは戦争を終わらせるための後天的に出てきた英雄。コルットは私の計画のために戦争を終わらせる英雄って感じかな」
「後天的。計画。全然わからないのだが」
「まあ、ちょっと待って。順に説明してあげるから。私の計画のためには魔術都市地区が邪魔だったのよ。テンタティブドラグナーって役回りについちゃったから。最後にその職務から解放されて姿を隠さなきゃならないから。そこで私は戦争を終わらせる過程で魔術都市を事実上潰してくれる人を探していたの。その運命を持っていたのがコルットあなたよ」
んっ、どうして姿をくらます必要があるんだ。コルットは心の中で突っ込む。しかし口には出さなかった。順に説明すると言っていた。
「サリーは戦争を平和的に終わらせるキーパソン。コルットと入れ替わることでそういう立ち位置になった人ね。彼女無くしてはアマゾネスの勝利はなかったでしょうね。私の計画では戦争が終わって魔術都市が滅びればそれでよかったから、英雄の、コルットちゃんの生死は問わなかったんだけど、というより死んでてくれてよかったんだけど、彼女のおかげで命拾いしたわね」
今さらっと、ひどい計画を聞いた気がする。コルットの背筋に冷や汗が流れる。目の前にいるのは自分の知っているシーミャではない。いや、これこそがシーミャの本性なのかもしれない。今の方が自然体に見える。シーミャの認識を改めなければいけないようだ。
「貴様は何者だ」
サリーが鋭く入り込んでくる。サリーはシーミャの本性がわかっていたのだろうか、出会った時からずっと警戒している。
「ふふっ、私。私はシーミャ。一応これでも魔王と呼ばれてるわ。これは魔神復活のためのほんの手始めよ」
「魔王、だと」
サリーは少し尻込みする。さすがに魔王だとまでは思っていなかったようだ。
というか、魔王。伝承の中だけの存在だと思っていた。コルットは目を丸くする。確か魔王と言えば世界を守るドラゴンを殺せるほどの危険人物だ。その危険人物が何故ドラゴンを守るための役回りであるテンタティブドラグナーになっているのか。というより、ドラゴンと謁見できるって危険なんじゃ。
色々な思考がコルットの中で飛び交う中、サリーが急に殺気を顕わに身構える。
「無駄よ」
シーミャはすぐに手をかざす。すると、サリーは力なく膝をついてしまった。
「何故貴様が」
サリーが絞り出すように声を出す。息苦しそうだ。
「コルットちゃんの身体の弱点は知ってるの」
シーミャは余裕綽々である。ウインクを飛ばしている。
「封印されているはず」
サリーがどうにか立ち上がるが、今にも倒れそうなほど弱っている。
「私は因果律に干渉できるのよ」
因果律。これも伝承の中で聞いたことがある。いわゆる運命の様なもので、森羅万象が帰る場所だとされている。つまり、全ての事柄は因果律により定められており、因果律に基づき世界が回るのだ、というものだ。
「ドラゴンの因果律を変えるのは苦労したわ。なんせ存在そのものが因果律みたいな存在だから。前回の失敗から三百年。長かったわ」
シーミャは暢気な声を出しながら過去に思いを寄せる。かなり隙だらけだ。今なら不意打ちの一発くらいなんとかなるかもしれない。
「おっと、コルットちゃんもじっとしててね」
僅かな殺気を感じたのか、横目ですぐに威嚇してくる。隙だらけではないようだ。
「魔王のために戦争を終わらせたってことか。意味が分からない。因果律を変えるとか、自分で倒せばいいだろう。それができる環境にいたはずだ」
コルットは自分が巻き込まれた環境を理解し始めて、いらいらした。これでは自分はこの世界を壊すためのピエロだ。自分は世界を壊すために戦争を終わらせる努力をした訳ではない。
「プルードは簡単には殺せないのよ。さすがは力のドラゴンってところね。ドラグナーもなしにあれだけの力を持っていると私一人では無理ね。でも結界のせいで強力な仲間も呼べないしってことで考えたのがこの作戦。名付けて、ドラゴンの暴発でサヨウナラ」
「貴様の思い通りにはさせない。リミットオーバーブレイク」
楽しそうに話すシーミャを横に、サリーが全身の力を込めて奥義を発動する。
「ぷはっ、何それ。加護の力もないのにそんなことやってどうするの」
シーミャは余裕で笑い出す。確かに奥義を発動したのはいいが、サリーの動きは何一つ変わっていない。
「くそっ」
サリーは悔しさで悪態をついた。
「サリーちゃん。ちょっと目障りね。消えて貰おうかな」
シーミャが急に感情のない氷なような言葉を発する。そして、両手を高らかに振り上げる。
まずい。
「オーバーハードシールド」
コルットはすかさずサリーの目の前まで移動し、自分の奥義を披露した。コルットが今まで展開したシールドの中では一番小さいシールドだ。ちょうどサリーと二人分を包み込むくらいのシールドで、壁の厚さをいつもよりも意識したものだ。
シーミャの斜め背後からどす黒い煙のような塊が噴き出し、それが急激なスピードで迫ってくる。しかしそれはコルットの出したシールドによって防がれた。黒い塊は何かの口だった。シールドを丸のみにするようにぺたりと張り付いている。禍々しい牙と舌が目の前に広がり、コルットは拒絶感を顕わにした。するとバチンとその口が弾かれた。
「あらら、コルットちゃん。変な技覚えたのね。見たことない」
そう言ってシーミャは両手をしっかり広げる。するとまた斜め背後から無数の異様な触手が現れる。そしてそれらがシールドの周りを覆うように広がった。時々シールドを調べるようにぶつかり、そしてそれは弾かれる。
「調べてる間に、もうちょっと教えてあげる。私がここにいる理由。まだ言ってなかったよね」
シーミャは異様なものを操りながら陽気に話す。正直かなりシュールだ。魔王とは言え、見た目は可愛らしい少女なのだから。
「理由は簡単。二人が近づくのはあんまり宜しくないのよ。私がかけた魔法は割と即興だったから二人が近くにいると意外と簡単に解けちゃうの。だから、かけ直しに来たのよ」
「ちょっと待て。元に戻れないのか」
シーミャが魔王という事で薄々気付いていたが、より強固に戻れないというのは頂けない。
「当然。コルットちゃんはともかくそこの子は敵対すると面倒だしね。というかコルットちゃんも変な技覚えちゃったけど」
そう言いながら、シーミャはシールドに無理やり触手を押し当てる。すると触手の触れている部分が分解され、消えていく。
「まあ、計画遂行のために役立ってくれた訳だし、殺しはしないわよ。もちろんここで喋ったことを吹聴されても困るから記憶は消すけど」
「魔王様の前じゃ私達なんかゴミくず同然だろ。別に構わないだろ、身体が戻ったって」
敵に媚びるようで気が引けたが、一応戻りたい意志を伝えてみる。もしかしたら役立ったてのもあって戻してくれるかもしれない。
「まあ、そう言われたらそうなんだけど。性別を変えるのは因果律弄らないといけなくて、それは今はやりたくないのよね。やらなきゃならないことまだあるし。だからそのままでってことで。なんか面白いし。もしかしたらまた役立ってくれるかもしれないし」
まあわかってはいたが、どうやら打つ手なしである。
「さて、解析完了。なるほどね。加護の力を盾化してるんだ。面白い。これだと私の攻撃はほとんど通じないなぁ。でも、弱点も発見。時間で消えちゃうのと」
そう言葉を区切って、シーミャが上げている手を振り下ろす。すると無数の触手達がシールドに襲い掛かった。シールド全体を覆いながら攻撃を仕掛けてきている。コルットはシールドが突破されてしまうのではないかと身構える。なんだったらもっと強く強固に、と目を瞑って必死に念じる。すると、額に小さな手の感触が急に現れる。
「使用者が馬鹿だから、地面から移動できちゃうところかな」
声の方を振り返ると、そこにはシーミャがいた。サリーは首を握られて宙に浮いている。
「じゃあね。もう会うことはないと思うけど」
シーミャがそう言うと、急に意識が遠ざかっていく。視界が暗くなっていった。すると、いつしか感じた何もない空間に自分がいるのを感じる。ただあの時と少し違うのは、キーンキーンと高い音が響いている。その音が段々段々遠退いていき、コルットは深い眠りに落ちていくのだった。
これで、一章終了です。
コルットとサリーとは暫くお別れです。
気になるかもしれませんが、気長に待ってて下さい。
次は第二章と言いたいのですが、
ちょっと幕間を挟むかもしれません。
一応そのつもりでいて下さい。
今後の活動の為、ご感想など頂けたら嬉しいです。




