第一章 英雄の誕生 第五節 戦争が終わるならなんだっていいや
サリーってなんか格好いいですよね。
第五節 戦争が終わるならなんだっていいや8
サリーはアッシュウォーリアーズの一員として戦場に出ていた。アッシュウォーリアーズなら違和感なく溶け込めるのだ。アッシュウォーリアーズのメンバーは基本的に皆、所在地も姿形もばらばらだからだ。また、すぐ近くにはメーテもいる。
あの一軒以来友好的という空気ではないが、それでも少しずつ話す機会は増えていた。近くにいるのはサリーの力を最大限に引き出すのに必須であるためだ。一応、戦闘を共に行うのに差し支えないくらいには関係は回復していた。
ヒエンという者が伝令に行ってから暫く経つ。そろそろコルットの元に着いた頃だろう。間違って途中で襲われてはいないかとも思うが、仮にそうなってもそこまでは心配しない。ヒエンはアッシュウォーリアーズでナンバー2の手練れだ。
サリーも手を合わせたが、全く歯が立たなかった。身体の違いを噛み締めたものである。もちろん魔法の強化のない素の状態だったのでそれは仕方がないとも言える。実際素の状態でサリーが勝てるアッシュウォーリアーズの面々はそう多くはない。
そうこうしているうちに部族の増援軍にぶつかった。相手は不意を打たれてあたふたしている。ちょうど側面から叩く形になり、出先の戦況は良いようだ。軍をくの字にへし折る様に割って入る。あわよくば心臓まで届かせようかという勢いだ。
しかし相手もそう簡単には崩れない。元々数の上では圧倒的に有利である。すぐに包み込むように軍を展開してきた。
(ちっ)
サリーは心の中で舌打ちをしながら、斬りかかってきた兵の攻撃を躱して急所を突く。もう少し快進撃が続くと思ったが、思ったよりも早く立て直されてしまった。最後の方に出てきた増援だから大した戦力ではないだろうと思っていたが、その思考は改めた方が良いのかもしれない。
「全軍一時後退しろ」
アッシュウォーリアーズのリーダー、ウォーリーの声が鳴り響く。ウォーリーはいくつか能力を持っており、その一つが全軍に届く声だ。指揮官としてはこの上ない能力である。もちろん腕っぷしもアッシュウォーリアーズで一番である。
軍は少し撤退していき、敵軍と距離ができる。どうやら追い打ちはして来ないようだ。ただ、やはり包み込むようにじわじわと牽制している。もう少し下がらないとこのまま包み込まれてしまうだろう。
と、急にその進軍の足が止まった。何やら敵軍の向こう側と正面が慌ただしい。どうやらこちらにも増援が来たようである。
増援に現れたのはセーキとドッチである。共にルドルフを牽引するナンバー1とナンバー2だ。それぞれ自身が動かせる私兵を連れて参戦したようだ。それぞれ二万の軍。アッシュウォーリアーズと合わせて七万だ。まだ数の上では向こうが上だが、相次ぐ不意打ちに三方からの攻撃を考えるとひっくり返せる差だ。アッシュウォーリアーズの個々の兵の強さも光ってくるだろう。
戦況はそのまま部族軍を圧迫するようにチームルドルフが押せ押せで進んだ。部族の増援軍は本隊から遠ざかる様に後退していき、その数も同数に近づいていく。
(これならいける)
サリーは目の前の兵をなぎ倒しながら心内にそう思った。このまま行けば増援軍を根絶やしにできるかもしれない。それくらい勢いに乗っていた。
が、その思いはすぐに修正される。
部族軍の一部が急に巨大化して、チームルドルフの兵を蹴散らし始めたのだ。その数およそ一万。巨大な肉の塊が戦況を一気に変えていった。時には三人、或いは五人と纏まって対応するも悉く蹴散らされる。十人掛かりでやっと巨人一体と相対せるという状況だ。
さすがに人員を割き過ぎである。折角縮まった軍の差がここに来て一気に広がった感じだ。サリーは近くにいたメーテに目配せをする。すると、メーテは頷いて詠唱に入り、アフォミオシーを唱えた。すると、サリーとメーテの姿はみるみると消えていった。
サリーは巨人部隊の中でも一際大きい巨人の元へ忍んでいった。狙いは大将の首である。戦慣れしたサリーの勘でおそらくは目指している巨人がこの軍の指揮官だと判断する。暴れ回るその巨人の死角に忍んでいくと、その巨人が気楽な声で愚痴をこぼしていた。
「ったく、こんなところで奥の手を使わされるとはな」
そう言って拳を薙ぎ払うと、目の前の兵が為す術もなく吹っ飛んでいく。
「はよう親父んところ行かねえと怒られちまう」
のんびりした口調とは裏腹に拳と蹴りがせわしなく振られる。その度に兵が飛び散っていく。
「だども一体全体どうしてこんなにも色々な兵がいるんだ。訳がわからね」
その闘圧は凄まじく、風切り音と共にその場に恐怖をまき散らした。チームルドルフの兵は束になっても勝ち目なしと踏んで、その場から撤退する。
「ははは。まあ誰が相手でも構わねえか。このガッツ様の前じゃ皆同じだ」
サリーは己の勘が正しかったことを確認する。ガッツと言えば三大剛力の一人だ。またタイオーの息子でもあるらしい。しゃべり方と言いどうも知性派には見えないが、人は見た目によらないという事だろうか軍の指揮は一級品だ。
サリーはぎりぎりまで近づいてメーテに合図を送る。メーテは頷き、レイボロンドを唱えた。サリーの周りを七色の光が輝き、魔法力により身体が強化される。サリーは飛び上がり、ガッツの後頭部目掛けて思いっ切り剣を振り下ろす。
ガチンッ
乾いた音がして、サリーは驚愕する。傷一つついていない。巨人化した体はこれほどに頑強なのか。いや、このガッツが異常なのかもしれない。
ガッツは後頭部への急な攻撃にすぐ反応する。振り返り、敵がいるであろう所を思いっ切り叩いた。
ドンッ
サリーは大きな手の平に叩かれて飛ばされる。飛ばされた先にはもう一人の巨人がいて、思いっきりぶつかった。巨人は倒れこみ、サリーも上に乗っかる。サリーとしては運が良かったかもしれない。巨人がクッションになって思ったほどダメージを受けなかった。
しかし、そうは言ってもダメージはある。膝をついて息が荒い。姿を消す魔法アフォミオシーの効果も切れてしまった。目が点になっていたガッツもサリーの姿を確認して、納得したようだ。顔つきが間抜けなものから戦闘モードに切り替わる。
「姿を消してこそこそするとは武人らしくねえな」
ガッツがサリーを睨み付けながら言う。後頭部をさする動作もしていない。ダメージはほとんどなかったと言っていいだろう。
「お生憎様。こっちは大将の首さえ取れればいいのさ」
下敷きになっていた巨人から飛び降り、サリーは強がって応える。正直まともに戦って勝てる見込みはないが、今となってはやり合うしかない。少しでも弱みを見せてはだめだ。
「一撃でわかったはずだ。お前においらは狩れねえ。さっさと降参すんだな。おいらは親父よりつええど」
ガッツは冷静に物を言う。仮にも王より強いとは大きく出たものだ。普通は一番強い者が王になるのだが。息子という立ち位置だからなれてないという事だろうか。ただ、先ほどの一撃をものともしないので確かにそうとも考えうる事ができる。どちらにせよ強敵だ。
「なら、お前を超えるまでだ。試させてもらう」
サリーは強く応える。実は違和感を覚えているのだ。仮にも今のサリーはアマゾネス並みの腕力を持っている。その腕力で会心の一撃を加えたのに全く効いていない。それも急所だ。これは異常事態なのだ。サリーが大将軍だった頃、巨人とは何度かやり合ったことがある。確かに耐久力は高いが、攻撃が通用しないほどではない。
では、ガッツは本人の言う通りとんでもなく強いのか。
そうかもしれない。だが、おそらく否だ。どういうからくりかわからないが、意識的に急所を守っていたのだろう。戦場というどこから敵の手が出てくるかわからない場所で、急所に常に警戒をしていたと考えるのが筋だ。で、あれば逆に通常の場所に向けた攻撃は普通に効くはずだ。サリーはそう勘繰り突進する。
ガッツは足払いの要領で足を薙ぎ払いサリーを迎撃する。サリーは飛び上がってそれを回避した。しかしそれはガッツの読み通り、飛び上がったところに巨大な拳が迫ってくる。サリーにもその行動は読めており、身体を前に回転させ、拳を避けながらそれを踏み台にする。
勢い良く飛び上がり相手の腹目がけて鋭い突きを繰り出す。が、しかしそれは硬い皮膚に跳ね返されてしまった。サリーはその剣を腹筋の僅かな隆起に引っ掛けて今度は真上に飛び上がった。剣は捨て、自らの拳を突き上げる。拳はガッツの顎に命中する。が、少し上に跳ね上げただけでガッツは余裕の笑みを浮かべていた。
攻撃後の無防備になったところにすぐにガッツの手が迫ってくる。サリーはそのまま掴まれてしまった。
「その程度で俺とやり合おうとは、自信が過ぎるな」
ガッツはそう言いながら手に力を入れて、サリーの身体を締め上げる。サリーは抵抗するも、びくともしない。
「無理なんだな。おらは意識した部分を異常に硬くできる。今は拳を硬くしている。どれくらい硬いかはいままでのやり取りでわかるだろう」
ガッツがもう一段階力を入れる。するとサリーはかはっと血を吐いた。
「なるほど、そういうからくりか」
サリーは血を吐きながらも強がって喋る。と、突然ガッツの体勢がぐらついた。ガッツはそのまま倒れこみ、握っている手を離した。サリーは命からがら脱出する。と、声が聞こえてくる。
「大丈夫」
メーテだ。どうやらメーテがガッツの膝後ろに魔法弾を当てたらしい。
「ああ、ありがとう」
サリーは短くそう言う。メーテは続けてヒールを唱えてくれた。サリーは無言で魔法を受ける。協力し合ってはいるが、なんだか気まずい。
だが今はそれどころではない。サリーは一連のやり取りで一つの推測を導き出した。ガッツは意識的に身体の一部分を硬化できると言っている。これには意識が必要であり、無意識からの攻撃には対処できないのだ。つまり意識外からの攻撃を仕掛ければ有効打になるのだ。
ただ、それだと最初の一撃がどうして防がれたかが説明つかない。しかしそれはサリーの推測では後頭部を常に警戒していたという事で説明をつけている。戦場という不測の事態が起こりやすい場面では至極当然だ。
そしてもう一つ、あの巨体が魔法弾一つで倒れこむほどにダメージを受けた。これはおそらく一部を硬化させている間は他の部分の耐久力が下がっていると考える事ができる。つまり、一部を意識させて防御させ、別の部分をその間に攻撃すれば会心の一撃を食らわす事ができるという事だ。
しかし、その為には意識してガードしなければいけないという攻撃で一部硬化を誘発させる必要があり、また会心の一撃も決定的なものをお見舞いしなければならない。それに二度も防がれたので、怪しまれない為の攻撃である必要がある。とすると、二人の力が必要だ。
「メーテ、作戦がある」
サリーは近くにいるであろうメーテに呼び掛ける。
「うん」
メーテは短く近くにいることを音で知らせた。
「なんだかなぁ。もうちょっとで握り潰せたのに、とんだ邪魔が入っただ。ネズミはどこだ」
ガッツが起き上がって周りを見回す。しかし、そこにはサリーの姿しか確認できなかった。
「ははぁ、姿を隠しているんだな。小賢しいなぁ」
ガッツがポリポリと頭を掻いた。そして溜め息を一つつく。
「ま、いるとわかってらぁ、それでええか。じゃ続きやんど」
ガッツはそう言って隙の無い構えをとる。おそらく一気に決めてしまおうという事だろう。サリーも身を引き締めて身構える。身構えながら手短に作戦をメーテに告げた。
「そう。わかったわ……。それだとアフォミオシーは使えないわね」
そう言って、メーテは姿を現した。ガッツは急に出てきたネズミを見つけて動こうと思っていた足を止める。
「なんだ、出てきたんか。まあええか。一緒にあの世へ連れてってやる」
言葉を終えてすぐに動き出した。頭の位置が変わらず腰が入っている。サリーとメーテは横に回避する。と、
ドーン
凄い轟音と共に拳圧が横をかすめる。ただの拳圧だ。かすめただけなのに身体が飛ばされる。なんとか体勢を立て直しさっきいた場所を見ると、地形が抉れていた。まともに受け止めるのは危険そうだ。
「メーテ、行くぞ」
サリーは大きな声で合図を送った。メーテも飛ばされてはいるが大事はないようだ。既に詠唱に入っている。サリーは助走をつけてガッツ目掛けて思いっきり飛び上がった。
矢のように飛んでくるサリーをガッツは両手をクロスさせてガードする。
「だから、無駄だと言ったろ」
サリーの一撃は易々と止められてしまう。が、サリーはほくそ笑んだ。
「余裕かませられるのは今の内だ」
「へロス、ト、ゲーロンヒ」
メーテの呪文が聞こえてくる。と、急にガッツの身体が体勢を崩した。地面が泥状に変化し、ガッツの足を絡めとっている。
「うおうお、なんだ」
ガッツは完全にあわあわとし、戦闘どころではない。そしてそんな最中に巨大な槍が目の前に現れる。
「なんだあれ」
土気色のその槍はサリーの背後から勢いよくガッツ目掛けて飛んでくる。狙いは心臓か。手はサリーを受け止めるのに使っておりガードに回せない。
「何やっても無駄だ。狙いの場所をさ硬くすれば大丈夫だ」
ガッツはむしろ胸を張るくらいで槍に備える。と、槍がサリーを通過した当たりで、手にあったサリーの感覚が消える。
「リミットオーバーブレイク」
「ゲークシフォス」
槍が胸を貫かんとする刹那そんな言葉が聞こえた気がした。いや、そんな言葉よりも槍だ。ガッツは身構えるも何故だか槍の当たった感触はしなかった。みると、土が僅かに地面に落ちていくのが見える。どうやら魔力切れか何かで不発に終わったようだ。
「ははは。もっと良い魔術師を連れてくるんだな」
ズバシッ
ガッツがそう言った瞬間に、大きな斬音が聞こえてくる。ガッツは一瞬背後から聞こえるそれに何が起きたのか理解できなかった。
「いや、いい魔術師だよ」
サリーのそんな言葉が聞こえるので振り返ると、サリーが空中で巨大な土の剣を振り下ろした姿が見て取れた。そこでガッツは自覚する。自分は切られたのだと。
「ぐわぁぁぁぁぁ」
自覚した瞬間に強烈な痛みが背後から迫る。背中から血が噴き出している。硬い殻に守られているはずの血肉が外に解放されて、飛び出していくかのようだ。ガッツは白目を剥いて、倒れ込んだ。
あと少しだけ続きます。
次回はいよいよー。
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