第一章 英雄の誕生 第五節 戦争が終わるならなんだっていいや
ドルトーーーーー
第五節 戦争が終わるならなんだっていいや5
喧騒が聞こえてきてハッとする。目を開けると無数の兵達が群がっていた。空は深紅に染まり赤い球が降っている。大規模魔法が戦場を荒らしていた。
「ネネチ、現状報告を」
「あっ、はっ」
体感としては数時間いた訳だが、実際は数分程度しか経っていない。ネネチが一瞬困惑したように反応するが、呑み込みが良いためすぐにコルットの意図を汲み取る。できた部下である。
「今しがた大規模魔法の攻撃が始まりました。魔術師部隊のシールドは二万人程度しか守れていません。残りの部隊は野晒しで大規模魔法の被害を受けています」
このまま魔法に直撃したら貴重な兵を持っていかれるということだ。由々しき事態である。コルットに汗が滴る。果たして自分の会得した奥義はどこまでの人を守れるものか。しかし、考えていても仕方がない。やるしかないのだ。一人でも救うために。
「オーバーワイドシールド」
コルットはそう唱えながらできる限りのイメージをした。魔術師達のシールドは見ている。あれよりも広く強いシールドをイメージする。全身の加護を薄く伸ばしていき、強いイメージでコーティングするような感じだ。シールドの膜はコルットの頭上から少しずつ広がってゆき、いつしか戦場の一部を覆いつくす。ちょうどアマゾネスがいる部分をすっぽりと。その膜に魔法の玉が当たると、膜を滑り落ちるように弾かれる。いまや、魔術師達の張ったシールドが意味のないくらいに広がってアマゾネスを守っていた。
「すごい。なんですか、これは」
ネネチが聞いてくる。
「シールドだ。皆を守るために手に入れた」
コルットは短く応えた。ネネチも聞いたものの大体は想像ついていたのかそれ以上は効いて来ない。ただ少し意外そうな顔を浮かべている。
もはや魔術師達によるシールドは意味を為していなかった。ロイヤ部隊はシールドを解き、迎え来る敵の為に魔力を温存する。そう、魔術都市軍が動き出したのだ。ここぞとばかりに迫って来る。大規模魔法は彼らに向かって飛んでいかないようだ。おそらく索敵機能があるからだろう。良くできた魔法である。
どうやら魔術都市軍は大半を対アマゾネスに割いているようだった。魔術師の軍団がうようよと蠢いてくる。シールドで被害を抑えているというのが原因だろう。数と質を考え、今後を見据えた結果なのだろう。
返り討ちにする自信はある。というのも、魔術師部隊がほぼ手すきで対応できるからだ。おそらく敵は魔術師達が総出になってシールドを張っていると踏んでいるだろう。その油断をつけば上手く対処であるはずだ。
しかし事態はそう簡単には運ばなかった。魔術都市軍はシールドの外に誘い出すようにちょっかいを出してくるのだ。シールドの外に出れば大規模魔法の餌食になる。それを計算して遠方からの物理攻撃、大砲や矢で射かけてきている。こちらはシールドで守るために一塊になっている。そのため直撃すると大被害だ。なんとか防いでいるものの、敵が包囲するように徐々に軍を広げているため、いずれ全方位から射かけられる事になる。そうなると流石に防げない。大規模魔法を使った上手い連携攻撃である。
「討って出る」
ミータが耐え切れずにそう言った。シールドの発生源であるコルットの傍が安全だという事で近くにいたのだ。
「待って下さい、策もなく突っ込むのは危険です」
コルットが引き止める。大将が獲られては元も子もない。
「策ならある。リミットオーバーブレイクを使う」
「リミットオーバーブレイクって」
コルットは驚く。その奥義の凄さはなんとなくわかる。自身がオーバーワイドシールドを使っているからだ。似た原理で行う攻撃系の奥義ということだろう。きっとすごい強化が行われるはずだ。自身の奥義も想像を超えるほどにすごかった。
「単騎で臨むつもりですか、あまりにも無謀です」
しかしこの奥義は一人で行う技だ。どんなに自身を強化したといっても数万の敵に対抗できるほどすごい能力ではないだろう。それに向こうには王も控えている。また仮になんとかできてもその後の部族の動向が気になる。この戦が最終決戦となるとは限らないのだ。
「妾のリミットオーバーブレイクは周囲の者も巻き込める。無論、強化のほどは弱まるがな」
なるほど、王というだけあって奥の手の能力も違う。しかし、やはり最終決戦という訳ではないため、今ここで奥の手を披露するのはためらわれる。
「仮にそれを使ってここを突破できても、その後はどうするのです。部族が約束を守るとは限りません」
「後のことは知らん。確かに日に何度も使える技ではない。それにデメリットとして技の終了後、加護の力が一時的になくなってしまう。だが、妾も一人で戦っている訳ではない。お主らがいる。じゃから心配はしておらん。それにこのまま押し潰されては元も子もなかろう。ここは勝負に出るべきじゃ」
ミータが明るくそう言った。本当に仲間を信頼している人の言葉だ。コルットは胸を打たれる。これが人の上に立つ者なのかと感銘を受ける。と、シールドの効果が薄れ始めてくるのを感じる。どうやらそう長くは持たないようだ。確かにこのままでは押し潰されてしまう。ここはミータの策に乗っかるしかなさそうだ。
「わかりました。御武運を」
「まあ、見ておれ。虎の宝玉隊集まれ」
ミータは叫んで部隊を呼ぶ。そこに集まったのは百人近くの精鋭だ。全員虎に乗っている。
「タイガーハートブレイクじゃ、行くぞ」
ミータがそう掛け声をし、走り出す。集まった精鋭も一緒に駆けて行く。ミータが中心となり、周りに精鋭が固まるその様は、まるで宝玉そのものだった。部隊はシールドを出ると急に加速がする。きっと奥義が発動したのだろう。ものすごい勢いを持った虎の宝玉が打ち出されたかのようだ。
宝玉は周りを囲むために手薄になっていた本隊に襲い掛かる。あまりの勢いに敵も対応が遅れているようだ。宝玉が敵軍と接触すると敵が弾け飛ぶように散っていった。魔法弾を射るもあまりの速さに当てられていない。
しかし、攻勢もずっとは続かない。空中に三魔導士が現れて強力な魔法でシールドを張った。どうやら王ドルトと魔術都市軍大魔導師二人による合同結界のようだ。宝玉の勢いはそこで殺されてしまった。魔法弾による集中砲火が襲い掛かる。さらにそこに空中からくる巨大魔法弾まで襲い掛かってきた。
「ダブルオーバードライブ」
宝玉からそんな声が響き渡る。すると、五人が空中に飛び出してきて、四人はシールドに、一人は巨大魔法弾に突進していった。内一人はミータだ。少し遅れ気味にシールドに向かっている。魔法弾に向かった一人は球を吹き飛ばして、魔術都市軍にぶつけるという離れ業をする。ミータより先に飛び出した三人はシールドを三点に攻め、粉々に破壊した。そのまま空中に浮かぶ三人の魔術師に襲い掛かる。遅れて突撃するミータはもちろん王狙いだ.
地上にいる者たちは周りを掃討し、空中に浮かぶ一人は魔法弾弾き飛ばし、ミータ含める四人は敵の最大戦力と戦う。しばらくその様相が続いた。しかしその均衡も長くは続かなかった。
「ほんに久方ぶりじゃの、ドルト。相変わらず出鱈目な魔法を使う」
ミータが魔術都市王ドルトに対峙しながらそう話しかける。
「出鱈目なのはどちらだ、魔法を使わずに宙に浮くなど人間の芸当か。アマゾネスというのはどうも苦手だな」
そう、ミータと他の四人は空気を蹴ることでその身を宙に保っている。まさに離れ業だ。
ドルトは言いながら雷を落とした。ミータはそれを躱してそのまま突っ込む。そこにドルトは氷の塊を作り出してぶつけるように繰り出した。しかし、それはミータと共に戦う者、カーシャに止められてしまう。そして、勢いそのままに迫るミータの一撃。ドルトはシールドを張りそれを受け止める。が、シールドはすぐに割れて衝撃が吹き荒むその衝撃でミータとドルトの距離は空いてしまった。
「全く二人相手というのは骨身に沁みるな」
「二人相手でここまで粘るお前もお前じゃ」
ミータは悪態をつく。ドルトは仮にもリミットオーバーブレイクをしているアマゾネス二人を相手にして、互角に渡り合っているのだ。
その秘密は強化魔法の重ね掛けにあった。加護もそもそも魔法の類である。強化の魔法でも代用できると言えば代用できるのだ。相手は加護の力を飛躍させているため、ドルトも重ね掛けが必至になっている。反応速度に特化した魔法を三つ重ね掛けしている状態でやっと速度に余裕が持てるといった具合だ。
また強過ぎる強化に耐えるための魔法もかけている。これがないと身体がバラバラになってしまうのだ。それに加えて浮遊の魔法もしている。これは相手の足場を悪くするためだ。事実、相手は空気を蹴る必要があり、地上の時よりも動きが少し遅れる。また、不意打ちに備えて常時シールドを張っている。
ここまで対策を練らないとアマゾネスの相手は取れないのだ。しかも二人もいる。対策のためストックを六つ使っているため残り四つでしか攻撃できない。そのためどうしても決定的な攻撃ができない。それが戦いが長引いている要因だ。
先ほどのダブルオーバードライブというのは、ミータの周囲に影響を与えるリミットオーバーブレイクに加えて、自身のリミットオーバーブレイクを重ね掛けする技である。実際は百パーセントの純度で解放してしまうと身体が壊れてしまうため、いくらか抑えて解放される。そしてダブルオーバーブレイク状態の戦士はリミットオーバーブレイク時のミータよりも優れた能力値になる。
よって、ドルトとしてはミータよりも一緒にいる戦士の攻撃の方が怖いのだ。ただ、攻撃の避け易さや当て易さという部分では二人は大して変わらなかった。というのはミータは引き出しが多いのだ。攻防ともに殉難性のある動きで翻弄する。おそらく二人がこの状態で戦ってもミータが勝つかもしれないと思うくらいである。
(そろそろですか)
ドルトは攻撃を繰り出し、受け流しながらそう思う。アマゾネスとは何度か対峙したことがあり、リミットオーバーブレイクも受けたことがある。その経験からリミットオーバーブレイクには時間制限があることがわかっている。しかもその時間が切れた後は加護のない無防備な状態になる。狙いはそこだ。自身の強化に使っているストックも少なくすることができるため、特大の一発をお見舞いできるのだ。
ミータにも焦りが出てきてきた。技のデメリットは使用者が一番理解している。もう数分も持たない。しかもミータのリミットオーバーブレイクは下にいる精鋭達にも影響を与えている。それがなくなるとすると、一気に壊滅だ。
下の戦況は粗方片付いているようだが、包囲に回っていた部隊がこちらに戻ってきている。その相手までは持たないだろう。今なら被害も出さずに退却ができるかもしれない。もしかしたら引き時なのかもしれない。そんなことを考え始める。
「ミータ様。考えがあります」
状況がわかっているのかもう一人の戦士、カーシャがミータに話しかける。その目は覚悟に染まっていた。
「なんじゃ」
「百パーセントの力を解放します」
先ほども言ったが、現在カーシャを始めとする四人の戦士は自身のリミットオーバーブレイクを少し抑えて解放している。それは身体が耐え切れなくなってしまうためだ。およそ七割ほどしか解放できていない。残り三割は身体を守るために使われている。
「ばかな。ここで死ぬ気か」
「いえ、ほんの一瞬です。ほんの一瞬この錠を相手に掛けるためだけに使います」
カーシャが取り出した錠は無垢な錠と言われるものだった。掛けられた者は自身にかけられた魔法を無力化されるという錠だ。アマゾネスの天敵とされる錠で、何人ものアマゾネス達がこの錠に弄ばれ、堕とされていった。これはそういう堕とされた女達を救った際に手に入れたものだろう。
「一瞬とは言え危険じゃ」
「百人の精鋭と王が死ぬよりはましです。最後の一撃は王の手でお願いします」
そう言ってカーシャは飛び出してしまった。敵の癖は一連のやり取りでわかっている。シールドは連撃を受けないために割ると衝撃が広がり距離ができてしまうものだ。その衝撃ができたときが勝負だ。割った直後に限界まで解放し衝撃が広がるよりも早く敵に近づく。そして錠を掛ける。こちらが一直線に正面から敵に向かった時決まって相手は両手を突き出してシールドを張る。その手に掛ければ良い。
カーシャは二、三とフェイントを入れた後に真正面から突撃する。後ろにいたミータもカーシャの覚悟を買い動き出した。二人掛かりでは不利だと言わんばかりにドルトは両手を突き出してシールドを張る。チャンスだ。カーシャは渾身の一撃でシールドを割る。すると衝撃が起こる。すぐさま限界まで解放した。
衝撃を突き抜けドルトの前に躍り出る。ドルトが驚く様が見て取れた。カーシャは取り出した錠を突き出されている両の手に掛ける。途端、衝撃が追いつき、傾いたドルトを下に突き飛ばした。まるで人形のように無防備だった。そしてそれに合わせてミータが追る。ドルトの上に重なり、渾身の一撃を叩き込んだ。
ドン
鈍く、強烈な音がして一つの塊が地面に降った。地面に触れると辺りに衝撃が走る。地面は十数メートルの半球状に抉られた。その中央には見るも無残な姿のドルトが転がっていた。
オー
その様子を受け、ミータ軍から雄叫びが上がる。ドルトがやられた一瞬、気を取られた二人の大魔導師、リリムとメルムも打ち取られたようだ。魔術都市軍の完全敗北である。
と、それとは別に一つの塊が地面へと落ちていく。カーシャだ。ミータは急いで空気を蹴り、カーシャを抱き止めにいく。
「カーシャ。カーシャ。生きておるか」
「はい、ミータ様」
ミータの腕の中で、カーシャは虫の息になりながら微かにそう口を動かす。ひどい有り様だった。全身から血が噴き出しており、真っ赤に染まっている。ミータは揺らさぬ様に静かに地面に降りた。ちょうどその時にリミットオーバーブレイクの効果が切れる。
「御勇姿、確かに見届けました」
そう喋るカーシャの顔は笑顔だった。
「もう喋るな」
「最後にお役に立ててーー」
途中まで言ってカーシャの言葉が途切れる。
「最後ではない。最後ではない」
ミータはその様子に焦りを顕わにして言葉をかける。目に涙を浮かべていた。しかし、その言葉虚しく、カーシャの身体は糸の切れた人形のようにうな垂れた。
魔術都市戦終わり。
次はー
秘密です。
今後の活動のためご感想など頂けると幸いです。




