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第一章 英雄の誕生 第一節 エロい事ばかり考えてたらいつの間にか性転換することに

力の国と言われるプル国でのお話。


第一節 エロい事ばかり考えてたらいつの間にか性転換することに


挿絵(By みてみん)


 この世界は不均衡である。ぽっかりと穴の開いた理不尽な世界だ。黒い穴を囲む三角は中途半端に欠けていて、黒い暗闇が漏れ出てしまう。なのに叩けば音色を奏でる。綺麗なのに嫌な音色を。キーンキーンキーンと。


 空を眺めれば雲が流れ、太陽が笑う。海を眺めれば波が迫り、風が笑う。陸を眺めれば人は行き交い、赤子が笑う。


「不均衡と言えば、男と女もそうだ。身体の形が違うからね。でも、一つになれる。なるようにその違いがある。一つになったときはきっと笑顔だ。新しい命を育むんだからね。そう思わないかい。ハニー」


 ムササビの丘と呼ばれるちょっとした名所に、二人の男女が腰を下ろしていた。背後には二匹のムササビが見つめ合う木の彫刻が飾られている。この場所で愛を語らうと、その二人は結ばれるという丘。見晴らしがよく、空は大きく青く広がり、大地は街が踊るように円を描いて見える。地平に二分されるその空と大地はさながら絵本の風景のようでもあり、二つ折りに畳んで一つにしたくなってしまう。童心をくすぐるよりも大人でありたいのだ。


 男の名はコルット。女性に大切な話があると誘い出し、この丘でロマンチックに詩を奏で始めた男だ。コルットは甘く言葉を囁きながら、近くにいた女性の肩に腕を回す。そしてその手はイヤらしくも乳房の方を優しく撫でる。女性はさっと片手でその手を強く払い除ける。そして、疲れた目をコルットに向け、乾いた声で返事をする。


「ゼーケに言いつけるよ」


 コルットはびくっと一瞬身体を強張らせる。しかしながらすぐさま体勢を整える。女性の前に回り込み、両腕で女性の背中を囲うようにして接近する。咄嗟に女性は顔を背ける。身体が触れこそしないものの、人の熱が感じられる距離だ。


「誰だい、そんな子は。僕は知らない。僕の全ては君と共にある。君と一つになりたいのさ」


 コルットは囁くように耳元で呟いた。そして、背中に回した手にしっかりと力を入れ、女性を抱き寄せる。手は脇を通り、乳房の横を軽く触っており、そこをわさわさと動かしている。女性は全身に電気が走ったかのような震えを感じる。と、どん。コルットを突き飛ばした。


「何が君と一つによ。変態。ゲス。アンタみたいな軟弱男子なんてお生憎様よ」


 女性はそう言い放って、力強く立ち去って行った。

 

「ちょっと待ってよ、ハニー」


 コルットは風を掴みながら女性の後姿を追う。女性はみるみると遠ざかり、こちらには見向きもしなかった。これで、99戦99敗。街の年頃の女にはほとんど声を掛けたことになる。コルットは頭を掻きながら復習を行う。


 「なぁーにが悪かったかな」


 ここ、プル国では年がら年中戦争が行われていた。その名もドラグナー戦争。戦争で勝った国の王が力のドラゴンプルードのドラグナーになれる戦争だ。そんなお国柄、この国では力ある者が尊敬され、モテるのだ。コルットはそこのところをいくと軟弱者である。モテたい願望……というか性欲だけは一丁前にあるが、身体を鍛えるより口説き文句を考える方に脳みそが働く。口を鍛えてばかりなのだ。性欲が強いというのはコルットの住む地区特有のものと考えることが出来る。


 というのもプル国北方に位置するタイオー王率いる部族の集落では、数の暴力を持ってドラグナー戦争に参加しているという特色がある。繁殖力が強い部族だと言えよう。その土地は他の地区の二倍であり、その数は他の地区の四倍とも言われている。そして部族の男子は戦争に参加することになると、伴侶を選択できる権利を持つ。よって、通常男達は強くなるために身体を鍛えるのだ。


 コルットはそういう意味では異質な男であった。口ばかりが回り、腕っぷしはてんでダメ。この国で、地区でモテる要素など全くないのだ。勿論それは本人にもわかっており、身体を鍛えてみることも時にはしてみた。しかし、ストイックにはなれずに中途半端に投げ出してしまうのだ。コルット曰く、自らはこの地区で最も性欲が強いため、最もこの地区の男として男らしいと言うのだ。この地区のためにたくさんの子供を産もうではないかという点にだけ意気込んでいる。果たして、そんな戯言に耳を傾ける輩は、少なくともこの街にはいない。


「やっぱり僕の全ては君と共に、では無くて、君しか見つめていないさベイベー、の方が良いかな。いや、もっと根本的にインパクトが足りないか」


「こらー、コルットォ」


 風がなびくムササビの丘に金切り声が響き渡る。声の主がこちらに向かってくるのがわかる。その気配を感じてか、あるいはその声を聴いたからか、コルットは身体を跳ね上げり、強張らせた。心なしか頭痛までする。


「まぁた女の子口説いてたわね」


 声はすぐそこまで来ており、言い終わる頃には前進を終えていた。コルットはびくびくしながら声の方を振り返る。するとそこには女性の割には皺を恐れておらず、さらに目もつり上げている般若か仁王かと思われるような顔があった。


「やあ、どうしたんだい。こんなところに」


 コルットはおそるおそると口を開く。すると、女性の顔はきっと引き締まる。


「どうしたんだいじゃない。女の子を口説きたいんなら身体を鍛えなさいって何回言った」


 雷のような怒声が襲い掛かる。コルットは頭を矢に刺されたかのような感覚に襲われる。


「そもそもあんたって男はこの戦時にーー」


 女性の口は留まることを知らない。次から次へと矢が放射される。


 この女性ゼーケとコルットは幼馴染だ。コルットは孤児であり、ゼーケの家に拾われて育った。ゼーケは幼い時から気が強く暴力的だった。いくつかもわからないコルットにことあるごとに殴る蹴るを繰り放った。中でもコルットにとってのトラウマは金的である。男の尊厳を著しく無にするあの金的を、コルットは幼い時から幾度となく食らってきたのである。それためコルットはゼーケという単語を聞くだけで股間の方から竦み上がってしまうのである。


「――いい、この国にいる以上は身体を鍛えて、立派な兵隊さんにならなくちゃならないの。ねえ、ちゃんと聞いてるの」


 最後の言葉に合わせてビンタが飛んでくる。全く叩くことに躊躇はなく、息を吸うように軽やかな動作だった。思考まで凍り付いていたコルットがそれと同時に覚醒する。正直、あまり聞こえていなかったが、そのまま聞いてなかったと言うと、後が恐ろしい。導き出されるのは保身のための虚偽と、バレてしまった時の惨事への恐怖。コルットはあわあわと答えた。


 「き、聞いていたよ。やめろ、やめてくれ。僕は何も悪くない。僕に触れるな、触るな。蹴るのだけはやめてくれ」


 もうほとんど半狂乱であった。コルット自身何を言っているのかわかっていない。しかし、そんなコルットの姿を見てゼーケは更に剣幕を顕わにする。


「軟弱者。たかがちょっと頬をたたかれたくらいで何よ、その泣き虫。こうなったら今から特訓よ」


 ゼーケはコルットの耳を引っ張り上げていく。コルットは「離せ、離せ、付いてくから」と、半泣きになっていた。逃げ出せるものなら逃げ出したいのだが、こうなったら逃げ出せないことを、逃げ出してはいけないことをコルットは知っていた。ただ、思うのは特訓こそ第二のトラウマであるということなのだ。


 ゼーケの特訓。それは人間の限界をあらゆる手段で超えさせてくれた。高さ十メートル、長さ五メートルでの命網なしでの綱渡り。熊や、ライオンとの素手での格闘、十数メートルもする滝から滝壺へのダイブ。極寒での滝修行。十二時間に及ぶ地獄の筋トレ。どれもこれも生死を垣間見させられた。コルットが喧嘩に負けたり、勝負に負けたりすると、特訓に連れて行かれるのだ。時には喧嘩相手までも一緒に特訓させた。たいがい相手は途中で根を上げるのだが、ゼーケはどこかそれを嬉しがった。ただ、不幸なことに相手にはギブアップが許されるが、コルットには許されないのが不公平であった。


 そんなこんなで、ゼーケの評判は勿論最悪だった。実は、部族の集落では女が男を鍛えるのは良妻の証として褒められることなのだが、あまりにも度が過ぎたそれは陰で評判を落としていたのだ。そして、その対象として餌食になっているコルットは特に虐められることも無く、同性からの同情を受けてきたのであった。


「って、これはどういうことだー」


 街のはずれの森の中。草木がうっそうと茂り、道らしき道は無くあるのは獣道のみであった。その場所は少し開けており、大きな一本の木が立っていた。


 コルットは逆さになりながらそう言った。身体はぐるぐるに縛り付けられており、脚に巻かれた縄は木の枝にしっかり巻かれている。


「夕方には戻って来るから、そこで反省しなさい」


 もはや何の特訓かわからないが、ともかくこのままだとまずいことだけがわかる。


「いや、待て、このままではうっ血して死ぬぞ、お前は俺を殺す気か」


 二、三十分ならともかく、数時間も放置されたら間違いなく血が頭に溜まって死ぬ。人里からも離れており、ここに人が通るとは限らない。


「まあ、そのままの態勢ならね。口もあるし、立派な身体もあるんだから、自分でどうにかしなさい」


 いつもこれである。無理難題を平然と押し付ける。つまりは、このぐるぐる巻きにされた状態で、腹筋背筋を駆使して態勢を変えろと言うのだ。口を使って縄を解けと。まともな人間の発想ではない。


「あ、悪魔め」


「美味しい晩御飯作っとくから」


 ゼーケはコルットには答えずに、にっこりと笑ってそう言った。そして、何の躊躇もなくその場を立ち去る。


「ちょ、ちょっと待ってって」


 コルットの叫びは虚しく、誰にも呼応することもなかった。コルットは次第に声を細めていく。足音が消える頃には森は静けさを取り戻していた。風が吹くと、賑やかしに枝葉が擦れ、目新しさのない草木の匂いが流れるだけだった。


文字数の関係で第一節を二つに分けます。

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