第一章 英雄の誕生 第五節 戦争が終わるならなんだっていいや
行けーアマゾネス!
第五節 戦争が終わるならなんだっていい3
騎兵団との睨み合いは一週間続いた。大勝利を収めたアマゾネスだったが、その後は騎兵団の策に翻弄されており、決定打を打てないでいた。とは言え、大勝利による士気は依然と高く、数の不利も大幅に解消されているため、戦線を押し上げている。そして遂に騎兵団を土俵際まで追い詰めた。
「あと一息というところですが、部族の方はどうなっているのでしょう」
ロロアが発言する。こうやって他の戦線を気にするほど今の戦況には余裕がある。
「伝令によると、機械軍との戦はじきに決着が着くとのことです。ロイヤの部隊が上手く機能し、戦況の流れを有利に進める事ができたそうです」
メリッサが報告する。コルットも同じ報告を受けていた。機械軍の毒ガス攻撃などで翻弄されていたが、耐性の強いアマゾネスロイヤ隊がその時に活躍し、毒ガス部隊を撃滅。そのまま数の暴力が機械軍に襲い掛かり、じりじりと優勢を築いたのだそうだ。
「ラニッチ、コスカと倒れたのなら残りはドルトだけだの。魔術軍はどうしている」
ミータがもう勝った気でいる。既に焦点はドルトに向いているようだ。
「魔術軍も動き出したようです。中央に向かっています。漁夫の利を狙うつもりなのでしょう」
メリッサが答える。いよいよ全地区総出の戦いとなる訳だ。ただし、騎兵団と機械軍は既に虫の息であるが。
「報告です。騎兵団動き出しました」
伝令兵が会議室に現れる。騎兵団の最後の足掻きと言ったところか、皆堂々と立ち、自分の部隊に戻って行く。コルットももう勝った気でいた。
コルットがリリィに勢いよく跨ると、不思議な感覚に襲われる。身体が重かったのだ。いつもならひょいと乗れるはずなのに、この時ばかりは乗るだけで息が切れそうになった。連戦による疲れだろうか。コルットはそう捉えて気を引き締め直す。早く終わらせて息をつこう。条件は同じはずなので、相手も相当疲れているはずだ。コルットはそう考えた。
「サリー隊、迎え撃つぞー」
コルットは檄を飛ばして進軍した。慣れたもので、最初は戸惑うことも多かったが、今や檄を飛ばすのにも板がついている。
敵は四方八方から迫っていた。騎兵団らしいと言えば騎兵団らしい。包囲殲滅を目論んだ作戦だ。だが、それは数があっての作戦。今や兵の数はほぼ同数であり、その作戦にさほどの脅威は感じなかった。もちろん相手は騎兵団であり、二の手三の手があることは十分考えられるため油断はできない。とにもかくにも今は目の前の敵を迎え撃つことだ。
と、コルットは自らの部隊がいつもより鈍く動いているのを感じ取る。気のせいかとも思うが、時間が経てば経つほどにそれは違和感を覚えさせた。しかし、そうこうしているうちに敵軍と衝突する。と、初撃から押し込まれてしまう。違和感が現実のものとなって不安を煽った。いつものアマゾネスではない。
コルットはすぐにどう凌ぐかを考え始める。このまま戦っては被害が増すばかりだ。となれば上手く離脱するしかない。敵は包囲してきている。逃げ場はない。いや、数が同数で包囲してきているのなら、敵の方が部隊が薄く展開されているはずである。つまり、一点突破で突き進めるかもしれない。コルットは考えるとすぐに行動に出た。
「一点突破する。続け」
コルットは先頭に立って敵陣に斬りこんでいく。今はその方法が一番軍を集中させることができると思ったのだ。実際、兵達はコルットを守るために兵は我先にとコルットの方へ集まり出す。コルット自身が打ち取られる可能性が高かったが、コルットはコルットで無我夢中だった。
コルットの部隊はなんとか敵を突破する。そのまま距離を取るために走り抜ける。この短時間でだいぶ被害が出た様だ。しかし、それでも被害を少なくすることには成功していた。もしコルットが変に戦慣れし過ぎてて、逃げる判断を遅らせていたらもっと被害が出ていただろう。戦慣れしておらず、まだ臆病な部分があったからこそちょっとした異変に逃げる判断ができたのだ。また馬に乗っていたというのも大きいだろう。馬の調子はいつも通りだった。
コルットは走りながら戦況報告を聞いた。始まる前に一万三千いた部隊が今や一万まで減っているようだ。敵の被害はほとんどないらしい。久方ぶりの敗戦である。
コルットは他の部隊の状況が気になった。振り返るともうだいぶ距離ができていた。そこで止まって。次の行動を考える。どうにか他の部隊と合流しなければならない。というより一人であるという不安が強い。今までは仲間と共に行動していただけにそれほど背後や側面が気にならなかったが、いざ一人になると四方八方いつ敵が出てくるかと急に不安になってくる。自然と全方向に対応できる方円の陣を敷いていた。だが、騎兵との相性は決して良くない。
とりあえず、いつどこから来るかもしれない敵に意識を向けるのは疲れてしまう。西の方に後退して、騎兵団が東からしか来ないという地点で様子見をしたい。コルットは全軍を西に移動させる。しばらくすると、前方に土煙が見えた。旗色的に敵だ。
迂回して戦闘を回避したいが、北側は山であり、南側は先程戦っていた場所に近づく。突破しかないようだ。
「敵軍を突破する。鋒矢の陣」
幾らか声が震えてしまう。突破するにはこの陣形が一番いいだろう。今回は先程と違って自分の位置を教科書通りに後方に構える。さっきは無我夢中だったが、今思うと自分が死ぬリスクが高過ぎて震えてしまう。生きているのはリリィが優秀なお陰だ。
敵軍に衝突する。どうやら魔術師軍団の様だ。数もそんなに多くはない。前方に少し重歩兵が壁を作っているが、後方の魔術師達が援護攻撃をして来ないのでそのまま突き崩せた。そのまま攻撃をして来ない魔術師達を軽く蹴散らしながら難なく通り過ぎる。コルットは訝しみながらもその場を後にした。
先程の軍団を蹴散らしてから幾らか身体の調子が良くなってきた。勝って気持ちに余裕ができたからだろうか。部隊の動きも最初よりも活き活きしている。そして、西側にある程度行ったところで身体が急に楽になった。ここに来てコルットは身体の異変の正体が掴めた気がした。魔法による相殺だ。そう思いつく頃合いに前からタイガーに乗った伝令が現れた。
「サリー様ご無事で何よりです。アマゾネス軍西側にて待機しております。どうぞいらっしゃって下さい」
伝令兵がそう行って先導してくれる。コルットは部隊を率いてついて行く。やっと仲間に会える。ほっと胸を撫で下ろした。
「サリー無事だったか」
会議場に行くとすぐにミータが反応する。そこにはロロア、メリッサもいて全員無事の様だ。コルットに反応して立っている。
「はい。厄介な事になりました」
コルットは言いながら自分の席に着いた。皆もコルットが動き出すと座り直す。
「ほう、気付いたか」
ミータがそう言う。どうやら皆もわかっているようだ。
「はい、魔法による相殺」
コルットは端的に表現する。
「その通りです。とりあえずまずは現状を整理しましょう」
ロロアが落ち着いた口調でそう言った。
ロロアによるとこの手の相殺は魔術都市戦で経験済みだったらしい。他の隊は割とすぐに対応できたそうだ。特にミータの対応が良く。動物には影響しないこの魔法の影響を強く受けなかったミータ隊がメリッサ、ロロアの部隊の援護に回って敵を突破できたらしい。コルットの方に援軍を出さなかったのは既にコルットが突破にかかっており、馬を用いていてなんとかなるだろうと踏んだからだという。コルットは内心それでも助けに来て欲しかったと思ったが、状況が状況なので仕方がない。
「――この場合、魔法を行使している魔術師達を叩くのが先決です」
ロロアが説明を終える。魔術師と聞いてコルットはピンとくる。
「魔術師達には退却の途中で遭遇した。ともかく突破することを目的としていたため、大して戦闘はしていないが、幾らかの打撃は与えたと思う。戦闘後少しだけ身体が軽くなった気がした」
コルットがそう言うと皆目を光らせる。打開策が見つかったのだ。
ドッチの策はなった。意外にもすぐに対応されてしまったが、ほぼ同数だった兵に差が開き少しだけ差が広がった。士気も取り戻せたし、相手の士気は減っただろう。そう考えると大戦果である。魔術師部隊から敵軍との接触の報告を受けた。被害はあるものの、壊滅とはなっていないらしい。
しかし、相手に魔法によるものであることと、その位置を特定されたと考えていいだろう。つまり、同じところには待機できない。敵軍が積極的に潰してくるからだ。
だが、それは逆に利用もできる。魔術師に変装した部隊を接触地点に待機させ、四方に伏兵を忍ばせる。そして、肝心の魔術師達は接触地点を中心に四方に散らせばいい。この策が成ればそのまま勝敗をこちらに傾ける事ができる。
と、考えるが実にチープな策だ。正直このくらいの策は見破られる可能性が高い。まあ高いと言っても三割程度だが、ドッチに言わせれば十分高い。だが、ドッチにはこの策で確かめたいことがあった。例の部族とアマゾネスの繋がりである。いや、この策では彼らの関係はわからないが、ドッチの中では既に同盟の線を強く意識していた。
と言うのも部族軍が機械軍の毒ガス攻撃を思いの外早く攻略したという報告を受けたからだ。部族側にあの毒ガス攻撃を打破する対策があったとは考え辛い。ただ、もしアマゾネス軍が部族に交じっていたのなら、攻略が早かったのも頷けるのだ。もちろんそれだけでは何とも言えないが、ドッチにはそう見えるのだ。
仮に同盟状態であるのならば。と、ドッチなりに考えることがあるのだ。故に、この策を行使するのにさほどの抵抗はなかった。どちらにせよ七割で勝てるのだ。そんなに悪い話ではない。ドッチは全軍に策を伝えた。
ミータ隊がコルットが魔術師に遭遇した地点に向かっていた。タイガー隊が一番弱体化の魔法の影響を受けないのだ。それ故に包囲を突破できた経緯もある。一度接触しているので何の対策もないとは考え辛い。なので機動力もあるタイガー隊が適任なのだ。もちろん、王を最前線に置くというのは最悪だが。
ミータ隊は魔術師部隊を見つける。移動はしていなかったようだ。ただし、弱体化の魔法は行き届いている。おそらく守備兵数も増強されているだろう。ミータは心して突撃した。と、四方から突如敵が現れる。伏兵だ。やはり囮だったか。ミータはそう思う。すぐに引き返し、戦線を離脱するように動く。だが、四方から迫る敵がミータの行く手を防ぐ。あまり時間をかけると魔術師部隊を含めた五部隊を相手しなければならない。ここで王が討ち取られるのは最悪のケースだ。
だが、実はこれはアマゾネスの作戦の内である。ミータは大胆にも囮なのだ。本命はコルット隊である。ミータ隊が向かうよりも先にコルット隊が接触地点を中心に円を描くように進軍を開始していた。距離は先程の戦いで自分達が布陣していた地点と魔術師がいた地点を逆算して導き出している。
今頃周辺にいる魔術師部隊はコルット隊の餌食になっているだろう。さらに、ミータ隊の後方からはメリッサ隊、ロロア隊が時間差で進軍してきている。相手の弱体化魔法が軽減したときに合流できる仕組みだ。
とは言え、現状は四方を囲まれており、どうにかここを突破しなければならない。仮にも王が出張っているので打ち取られたらそこでジ・エンドである。ここさえ過ぎれば形勢はこちらに傾き一気に決着をつけられるはずだ。ここが正念場である。
「虎の陣・爪」
ミータは号令を掛ける。虎の陣・爪とは三隊に隊を分けて左右から敵部隊を攻撃、弱ったところを中央本隊が攻撃するタイガー部隊の基本攻撃陣形だ。タイガー部隊は立場上あまり表舞台に出ることはない。それ故に敵も大した対応ができないのだ。それに今は弱体化の魔法が効いているとして油断もあるだろう。罠にも掛かっている。
つまり相手は完全にしてやったりの状態のはずだ。王を狩り取れるというのであればなおさらである。こちらが弱っていると思っている時に強烈な一撃を浴びせる。それで相手は完全に崩れるはずである。少なくても目の前の部隊は。
かくしてミータの思惑は的中する。周辺の援護も見込めるからか相手は攻撃陣系で突っ込んできた。攻撃対攻撃ならば短期決戦である。ミータの思う壺だ。弱体化の魔法も弱まっており、敵部隊はタイガー隊の猛攻に蹴散らされる。簡単に突破を許してしまった。これでロロア・メリッサ隊と合流できる。すぐ後方から敵部隊が迫っていたが、タイガー隊は機動力がある。逃げ切れる。ミータ隊は問題なく合流した。
敵軍が増えたことで敵の足が止まる。おそらくシナジーで魔導師部隊が一つ屠られたことは伝わっているだろう。おそらくそちらに兵力を回したいだろうが、兵のほとんどはこちらに集まっている。騎兵よりも先に行って守備に回すのは困難だろう。だとすると今ここで敵軍の王を討ち取るしか騎兵団には選択肢はない。弱体化の魔法が残っているうちに攻めたいはずである。案の定、敵軍が動いた。アマゾネスも迎え撃つ。
アマゾネスは衝突の寸前までじりじりと後退しながら時間を稼いでいた。コルットが魔導士隊を屠る時間を稼ぐためだ。今や戦況は有利だが、被害はできるだけ少なくしたい。そして戦闘が始まる。弱体化の効果が残っており、最初は奮わなかったが、しばらくすると弱体化の魔法が解ける瞬間があった。すぐに調子を取り戻す。そこからはアマゾネスの舞台だった。
【魔導士部隊、二隊壊滅しました】
ドルトの下にシナジーによる伝令が届く。ここまでだ。綺麗に看破されてしまった。いや、予想通りと言えば予想通りだが、あまりにも鮮やかな手並みに笑いが込み上げてくる。ドルトは嬉しかったのだ。
「何を笑っている、ドッチ」
声がしたので振り向くと、そこにはラニッチがいた。不謹慎なところを見られてしまったと思うが、今更隠してもしょうがない。
「いえ、綺麗にやられたものだなと」
「珍しいな、ドッチの策が看破されるとは」
ラニッチは咎めるでもなく朗らかにそう言った。ドッチは下に小さく頷き応える。
「初めてではないか」
ラニッチはどこまでも明るい。そこまで敗戦を気にしていないようでもある。
「はい、そうかもしれません」
ドッチは恭しくそう言った。
【全軍退却しろ。今回の大戦から撤退する】
そこで、ラニッチの声がシナジーを通して響き渡る。ドッチは目の前にいる人の声が急に頭に響いたのでハッとする。
「これでいいな」
ラニッチが優しくそう言った。
「はっ、申し訳ありません」
ドッチは伏せがちにそう言ってその場を後にする。
「待て」
ラニッチがそのドッチを呼び止める。ドッチは立ち止まりラニッチを見た。何を話されるのだろう。
「どこへ行く」
「はあ、撤退の指揮に」
ラニッチの問いの意図が掴めずにドッチは不思議な顔をして応える。
「そうではない。地区に帰った後だ」
ラニッチの声が先程より鋭いものになっていた。ドッチの心臓がどきりと跳ねた。
「いえ、どこへと言われましても」
ドッチの目はラニッチから離れて空を漂わせる。ラニッチが大きく息をついた。
「これはお前の作戦通りなのだろう」
ラニッチの言葉がドッチを貫いた。ドッチはすぐに反応する。
「いえーー」
言い訳をしようと思ってラニッチの目を見る。しかしその目を見て言葉を詰まらせてしまう。鋭い目に悲しみが満ち溢れていた。
「お前が裏で何かをしようとしていることは知っている。ルドルフとか言う組織にいるのだろう。調査済みだ」
ラニッチから心が凍えるような宣告を受け、ドッチは固まってしまった。
「先の作戦を考えているお前の思考を読ませてもらった。ここはアマゾネスに勝たせてそのルドルフに報告に行く。そんなことを考えていたな」
ドッチは完全に退路を断たれていた。そうだ、騎兵団の人間の思考を王は自由に読めるのだ。気をつけていたつもりだが、これはルドルフにとっても好機であったため、考えざるを得なかった。
「はい」
ドッチは力なく白状した。これ以上何を言っても覆らない。
「まあ、そう委縮するな」
ラニッチは思いの外優しい口調でそう言う。
「別に怒っている訳では無い」
そして乾いた言葉を続けた。ラニッチはドッチから目を逸らせて悲しそうだった。ドッチは顔を上げてラニッチを見る。
「ルドルフの目標は戦争を終了させることだそうだな。私も大方は賛成だ。ただ、その担ぎ役に選ばれなかったのが悔しいのだ。自分の力の無さが嘆かわしい。私がもっと立派な王であれたなら、お前はルドルフよりも私を選んでくれただろうしな。それが言いたかっただけだ」
最後にラニッチはドッチを見つめた。そしてすぐに、後ろを向いて去って行く。
「ラニッチ王」
ドッチは思わず叫んで止める。
「失礼しました。そして、ありがとうございました」
ドッチは深々と頭を下げた。ラニッチは後ろを向いたままふっと小さく笑った。
「お前自身が指揮する部隊は好きに動かすが良い。お前の真価を見させてくれ」
そう言って、ラニッチは去って行った。
「はい」
ドッチがそう応えるもそれがラニッチに聞こえることはなかった。そして地面には大粒の水滴がぽつりぽつりと落ちていた。
さてさて、次は魔術都市軍との戦ですね。
ご感想など頂けると幸いです。




