第一章 英雄の誕生 第四節 地下組織ルドルフ
戦闘から解放されたと思ったらこれだよ。
第四節 地下組織ルドルフ4
その部屋は大きな扉に阻まれており、その大扉を開けると質素な空間が広がっていた。部屋の両側には小さな水路があり、その向こう側に人が立てるほどの通路がある。目の前には巨大な石像がそそり立っており、石像は金剛力士を象った姿で訪問者を迎えていた。その金剛力士の下に三人の人がフードに覆われた者が待機していた。二人はこちらを向き、一人は石像を見つめている。全員女性だ。
「こちらへ」
侍っている二人の右側の者がそう招く。サリーはその言葉に従い金剛力士の下に行った。
「猛者コルット。この度は大会の優勝おめでとうございます」
真ん中の人がそう言いながら振り向いてくる。サリーは驚愕した。どこか聞き覚えのある声だと思ったら、真ん中にいるのはメーテなのだ。
「どうして、君が」
ついと疑問が口をついて出る。
「私には貴方が優勝することがわかっていました」
メーテは応えずにそう言った。前に会った時とは違い、声色は妙に落ち着いている。同じ声だがまるで別人のような印象を受ける。優勝することがわかっていた。つまり予知という事だろうか。
「貴方の望みを聞いて宜しいですか」
大会の主催者がこのメーテだったという事か。大会の説明で優勝した暁に主催者から商品を貰える手はずになっている。サリーがここに来たのもその主催者に会うためだった。
「何故主催者が参加者に成り済ましたの」
そちらが応えないのなら、こちらも応えないと言わんばかりに質問をする。説明が無いとあまりにも釈然としない。メーテはふぅと一息つく。
「そうですね。説明しましょう」
意外にも割と素直に応じてくれた。見たことあるメーテの顔になる。
「ただし、全てを知るには約束通り私と一晩付き合ってもらうわよ」
念を押すようにメーテが言う。サリーとしても約束を違えるつもりはない。賞金と一晩付き合うのはしっかりと果たすつもりだ。
「わかった」
サリーが短く応えるのを待ってメーテは話し出した。
「簡単に言うと、賞金なんてないのよ。そして賞金を取られないために優勝者を予知して仲間になった。そんなところかな」
メーテは少し疲れたように言う。優勝の賞金がないとはとんだペテンである。サリーは別に賞金自体には興味はなかったが、場合によってはお金が必要になることもあるかもしれない事もある。つまり、無いに越したことはなく、仮に一人で優勝した場合はやはりお金は心強い旅のお供になってくれただろう。また、こういうペテンがあるということはもう一つの商品についても疑いが向いてしまう。裏切られたようなショックが沸々と湧いてくる。
「あっ、賞金は万が一のこともあるし、用意できるわよ。ただ、渡すつもりが無かったってこと。もう一つの賞品もちゃんと用意するわ。可能な範囲でだけど」
メーテは少し目を鋭くしたサリーの心を読み取ったのか、慌てて説明する。そういうことならとりあえずは問題ない。
「だから、賞金はいらないって人に優勝して貰いたかったの。だから、占いを使って賞金がいらなくて、かつ優勝できる人を占たってわけ。そこで引っかかったのがコルット貴方ってこと」
なるほど手の込んだことをする。それほどまでに賞金を出したくないのはどういうことだろうか、純粋に気になる。
「何故そこまでして賞金を出せないの」
「それをちゃんと答えるには、まずは私と一晩ってやつね」
うやむやに答えられる。だがサリーとしてはさほど興味のある話ではない。ただ気になったから聞いてみただけだ。どちらかと言えば重要なのは魔術を解く事であり、そのために魔術師を見つけ出すことだ。占いができるという事なので、それは叶いそうである。これ以上聞きたいこともないため、サリーは本題に入る。
「まあいいや。願いは聞いてくれるんだよね」
念のため確認する。
「ええ、もちろん。何の願いがあるのかしら。ここでなら魔力をフルに使うことできるから、大抵の願いなら叶えられるわよ」
メーテは胸を張って言う。たしか補助系の魔法が得意だと言っていた。実際強化の魔法の純度は高かったし、期待できそうだ。ただ、どうやってお願いするかが問題だ。性別が変わったことを素直に明かしていいものか。ゼーケが懸念した通りに捕まって拷問にかけられるかもしれない。そもそも信じて貰えるかもわからないが。
「ここにはそこにいる二人と、メーテと俺の四人だけなんだよね」
サリーはとりあえず、明かす方向で話すことにする。ただし、明かすには条件が必要だ。
「ええ、そうよ。彼女らは私の魔力を増幅させてくれるためにいるわ。何か不都合かしら」
「いや、そういう訳じゃないんだけど。これから言う事は絶対に他言無用ってことでいいかな」
「あーら、何をお願いするの。ちょっとやばい事。別にいいわよ。これは大会の賞品。優勝した見返りだから、ここで見聞きしたこと並びに協力したことは他言しないことを約束するわ。元よりそういうつもりだし」
メーテはどこか意気揚々と応える。条件は整った。サリーは少し息を吸う。
「実は俺は身体を変えられているんだ」
「えっ、身体を変えられている」
メーテと二人の人は顔を見合わせる。さすがに想像のつかなかったことなのだろう。全く腑に落ちていない様子だ。
「精神がコルットという青年と入れ替わっていると言った方が良いかな。今この身体に宿っているのはアマゾネスの大将軍サリー」
「えっ、ちょっと待って。聞いたことないよそんなの」
メーテがあたふたと戸惑う。まあ当然の反応か。できるならば身体を元に戻して欲しいが、この様子だと難しいかもしれない。
「えーと、えーと。つまり貴女はサリーって人でコルットではないという事ね」
「その通り。目が覚めたら急に変わっていたんだ。たぶん魔術によるものじゃないかと思う。元に戻して欲しいんだけどできるかな」
とりあえず、お願いしてみるだけお願いしてみる。まだ不可能だと決まったわけだはない。
「う、う、うーん。ちょっと色々確認していい」
メーテは困ったように手で頭を掻く。
「うん。何かな」
「そのしゃべり方なんだけど。それもサリーのものなの」
「ううん。違う。これはコルットのものかな。言おうとすることと違う言葉が出てくるんだ、勝手に。たぶん身体の記憶ってことで癖は矯正できないんじゃないかな」
「そう。そうよね。なるほど。じゃ、急になったって言ったけど、詳しく前後のこと聞いて良い」
「意識がなくなったのは大戦から撤退している時だったかな。敵兵に矢を射られてね。そのまま落馬したんだ。それで意識を失った。起きた時にはコルットの部屋だった」
ありのままを話す。しかしメーテの聞きたいのはそこではないらしい。
「魔術の干渉を受けているはずよ。それらしき記憶はない」
言われてもう一度思い返してみる。矢はいられたが、魔術を使われたような感じではない。近くの味方が助けるために治療呪文を使ったか。そうかもしれないが、少なくても感覚にはない。と、意識が薄れゆくときに走馬灯のようなものを見たのを思い出す。
「そうだ、意識が薄れていくときに走馬灯のようなものを見たかな。自分に似た女性が馬に乗って大草原を走り回る映像。でも次の瞬間には何もない空間で自分を抱えてるような感覚になった」
「それね。オーケー。えーと、自分と相手の共通点ってある。気付いた限りでいいんだけど」
サリーは考え込む。正直共通点と呼べるほどのものがあるだろうか。男と女というだけで身体はだいぶ違う。血縁もないはずだ。コルットは武人でもなく、知る限りはむしろ真逆とも考えられる。
「正直、コルットという人物が俺にはわからない。見えた走馬灯の女性はいくらか俺の身体、サリーの身体に似ていた気がするけど、そのくらいかな」
「まあ、そうよね。了解。ちょっと触るわよ」
メーテはそう言って手をサリーの胸に押し当てる。魔導が身体を駆け巡る感覚が伝わってくる。少しの間そうした後、手を放すとメーテは暫く考え耽った。時折、二人の人とひそひそと話をしている。
「結論から言うと、元に戻すのは無理ね。コルット、というかサリーの身体がここにあればまだ話は違ったけど、三人の力合わせても口調をサリーのものにしてあげるくらいしかできないわ」
メーテが申し訳なさそうにそう言った。
「やっぱりそうか。いや、なんとなく想像はついていたよ。じゃあせめて元に戻せる人物がどこにいるかだけでもわからないかな」
サリーとしてはこちらが本命の願いだ。本命というか、きっとこうなるだろうと予見していた願いだ。
「そうね、それならできなくないかな。と言っても、元に戻せるのはたぶんかけた本人だけね。かなり高等でかつ個性的な魔術だから。サリー、というかコルットの身体にかけられた魔術の痕跡を辿れば見つかると思う」
「じゃあお願いできるかな」
「わかったわ」
サリーがお願いすると、三人はサリーを中心に三角形になる様に陣取った。そして手を翳して空間に魔術印を浮かび上がらせる。魔術印から出る光が一直線にサリーに集まると、サリーの胸元から球形の魔術印の塊が出てきた。
「これが魔術に刻まれた記憶よ。ついでだからどうやって魔術か施されたかも確認するわね」
メーテがそう言うと魔術印の塊から映像が映し出される。そこにはコルットと見知らぬ少女が森の中にいた。映像には音声はなく、二人が何かしらのやり取りをしているのがわかる。共謀しているという感じではない。どちらかと言うと、少女の方に操られているような印象を受ける。
と、コルットの意識がなくなる。そして少女が黒い波動を出し、波動はコルットを飲み込んだ。何か精神体のようなものがコルットから抜け出し、そして別のの精神体がコルットの中に戻される。それを見届けると少女は見えるはずのない映像のこちら側に視線を向け、口を動かす。
と次の瞬間、映像から黒い波動が飛び出してくる。
「嘘。まずい」
メーテがそう言って術を解除するも。時すでに遅し、黒い波動が物凄い勢いで部屋に充満した。サリーは咄嗟に腕で顔をガードする。痛みはない。だが、何か別の存在がこの部屋に存在する気配を覚える。ガードを下げて気配の方を確認すると、そこには黒い鳥のようなモンスターがいた。全身は漆黒に輝き、巨大な嘴が出ている。大きな翼をはためかせて宙に浮いていた。サリーはすぐさま臨戦態勢を取る。メーテ達もモンスターに向けて意識を集中しているようだ。
「もう、どうなってるの。やばいって。このモンスターに魔術は効かないわ」
メーテが悲鳴を上げる。詰まる所モンスターに対抗できるのはサリーだけという事だろう。ただ、問題なのはサリーは今獲物を持っていないという事である。
「魔法剣を出すわ。それでなんとかして」
メーテがそう叫ぶ。そしてぶつぶつと呪文を唱え始めた。しかしその間にモンスターが動き出す。標的はサリーの様だ。サリーは身構える。
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