第一章 英雄の誕生 第四節 地下組織ルドルフ
闘技場編はここにて終了
戦闘から解放される
第四節 地下組織ルドルフ3
周りを見ると数は半分ほどに減っており、一人で戦っていたものが集まって、グループになっている人達と協力して戦う方向に流れていた。実際、最後の最後で五対一なんかになったら絶望的なのでわかる流れだ。このまま少し離れ傍観していても良いのだが、そう上手くはいかない。
二人組の男女がこちらに向かってきていた。数の同じ相手との戦いは長引く。それは同時に戦いが終わった後の戦況が終盤になっていることを指す。目の前の戦いに勝てば後はもう一、二度戦うだけでいい。それを狙ってあの男女はこっちに向かっているのだろう。サリーもちょうどそのようなことを考えており、それはサリーとしても好都合だった。
「来るね」
サリーはメーテに呼び掛ける。
「ええ」
メーテも二人組には気付いており、警戒をしている。魔術師と戦士の陣形はいたって簡単、戦士が前で魔術師が後ろだ。サリーは前に出て構える。相手の獲物は男が直剣で、女がレイピアだ。メーテが先制のファイアーボールを飛ばした。二人組は交差しながらそれを避けてそのまま仕掛けてきた。
一撃目は男の方だ。サリーの右手からけさ斬りが飛んで来る。サリーは剣でそれを受け止めるが、すぐ後ろから逆けさで女が仕掛けてくる。先程の三人よりもコンビネーションが強い。サリーは盾で受け止める。
が、二人は受け止められたとなるとそのまま抜け様に斬り払いをして、後方のメーテに向かっていく。サリーは斬り払いを前宙で避けるが、二人の行動を見て直ぐに後ろを向き男の方だけでも攻撃を仕掛ける。男は直ぐに対応し、剣と剣が交わる。すぐに動けない様に重めの一撃をくれている。
だが、その一方で女がメーテ目掛けて突撃する。切っ先を振り回し、軌道を読ませなくした上で狙いの一撃を放つ。だが同時にメーテも杖を翳し、呪文を唱え終えた。
「――ウインド」
レイピアの切っ先がメーテの首元を貫こうとする直前に激しい風が舞い起こり、女は飛ばされる。それを見た途端男は剣を回してサリーの剣を払い上げ、サリーの腹を蹴る。そして女の方へ駆け寄った。
「危ない。ぎりぎり」
メーテが冷や汗を掻きながらそう言う。サリーは溝を打たれ、少し腹を抑えていた。回復魔法を唱える時間はないだろう。呼吸を整え、もう一度しっかり構える。メーテも次の呪文を唱え始めた。
男女も既に体勢は立て直している。女の方は先程の魔法でいくつか切り傷が付いていたが、さほど動きには影響がないようだ。二人は分かれてサリー達の周りを回る。サリーの前には女の方が張り付いた。サリーは相手をよく観察する。装備は部族特有の軽装で小盾とレイピアを持っている。
よく見ると美人だ。乳房もほどほどに実っており、太ももも魅力的な太さだ。と、サリーはいつの間にか自分の呼吸が荒く胸が苦しくなるのを感じる。目線もいつの間にか獲物ではなく女の身体ばかりを見ていた。サリーは頭を振って雑念を払う。
どうしたというのだ。女はサリーの隙をつき、レイピアを突いてくる。サリーは間一髪それを躱し、女に蹴りを入れようとする。が、力が入らない。ついで程度の威力の蹴りが相手に当たる。女は構わずサリーを押し倒し、馬乗りになる。サリーは更に息を苦しくして上手く力が入らない。女のレイピアがサリーを襲う。サリーは剣と盾を振り回し、なんとか直撃を避けるが、遂に盾・剣と弾かれてしまう。
「ちょっと、何遊んでんのよ」
メーテの叫びと共にファイアーボールが飛んで来る。女はそれをバク転バク宙と躱して後ろに遠退いた。サリーは一瞬自分に起きた異常事態を理解できないでいた。しかし、今は戦闘の最中である。ともかく立ち直り、剣と盾を拾う。状況の確認のため、メーテの方を見ると、メーテはどうやら無事らしい。だが一撃ペイントを貰っている。男の方はやけどを少し負っていた。
「ちょっと、何一方的にやられてるのよ。危なかったじゃない」
メーテが近づいて来て怒鳴る。サリーはメーテの存在にも鼓動が高鳴る。ここにきてどうして身体が変調なのかがサリーにも理解でき始める。女に弱いのだ。この身体は。
「すまない。女の方は任せていいか」
ここは戦場である。悠長に女対策にかける時間はない。ともかく自分の最大のパフォーマンスができる体勢を整えなければならない。特に目の前の敵はそれほどに厄介だ。
「わかったわ。でも、さしで勝てるほどやわな相手じゃないから、さっさと倒して救援に来てちょーだいね」
サリーとメーテは背中合わせになり、相手に備える。ちょうど二人組もサリー達を挟むように構えている。サリーは意識を男の方にだけ向け、精神を研ぎ澄ます。
二人組が同時に迫ってくる。おそらく二人の狙いはサリーではなく後一撃で離脱するメーテだろう。サリーは男を迎え撃つことにする。すると、男は砂を剣の切っ先に掛けて、こちらに散らしてくる。サリーは盾でガードするが、一瞬視界を奪われる。男は突撃の姿勢を崩さずにそのままサリーに斬り払いを仕掛ける。
が、サリーもそれは予測済みである。体当たりの要領でこちらから近づいて剣で受け止める。そして、すぐさま蹴りを相手の腹部にお見舞いする。相手を突き飛ばすための重い蹴り。相手は軽く吹き飛ばされる。
と、その隙を使ってサリーは身体を回転させ、メーテと戦っている女の方へ盾を投げつけた。横やりを入れられ、女は少し怯む。押され気味だったメーテは体勢を立て直した。
さて、サリーは意識を男に戻し、剣を両手に構える。男は既に体勢を立て直しじりじりと間合いを詰めていた。どうやらメーテへの襲撃は諦めた様だ。サリーもまた剣の切っ先を後方に構え、間合いを少しずつ詰める。
先に動いたのは男だった。すぐさまサリーは剣を斬り上げる。その際砂を切っ先に乗せ相手にかける。先程相手がしたのと同じことをしたのだ。相手は目を閉じ一瞬怯むが、振り上げた剣は迷いなく振り下ろす。そしてそのまま少し振り回す。
サリーはそれを相手にはせず、素早く回り込もうとする。しかし、相手は目をつむったまま後方に姿勢を直し、目を開いてサリーを牽制する。サリーは構わず力を込めた一撃を繰り出す。男は受け止めるが、少し身体が持ってかれる。サリーはそこを見逃さず、すぐさま身体を回転させ、足払いをする。男は足を掬われて身体を地面に落とす。サリーは追撃の一撃を男目掛けて繰り出した。男は反射的にガードする。が、サリーの初撃はフェイントであった。
二撃目を避ける術を男は持っていない。剣が直撃する。そして続け様にサリーは攻撃を繰り出す。こちらもしっかりフェイント付きであり男は一撃目には反応できたが、二撃目を回避できない。男は離脱となった。
「コルット。後ろ」
メーテの叫び声が耳元に響いてくる。サリーは反射的に前に転がり、後方からくる攻撃を避けた。見ると、女がサリーのいた場所に突きを繰り出していた。女はそのまま突進してくる。サリーはしっかりとした体勢で向かえられない。
「コルット、右に避けて」
メーテの叫び声が聞こえる。サリーは指示に従い右に飛び退く。すると、炎の塊が横を通り過ぎ、女目掛けて飛んでゆく。勢いよく突進してきていた女は避けることなく直撃する。女は吹き飛ばされて地面に転がった。サリーとメーテが近づくと、女は気絶しているようだった。二人は静かに女にペイントをした。
残りの参加者は自分たち含めて十四人だった。五人組のグループと、グループではないが協力的になっている七人が対峙している。どうやら五人組のグループを警戒して暗黙の共闘関係になっているようだ。利口な判断だと思われる。
五人組は中央に円陣を組み、取り囲む七人に備えている。一方七人は誰が先行するかを決めかねており、五人の周りをうろうろしていた。と、七人の中の一人、大柄な男が飛び掛かる。それに合わせて他の六人も一斉に動き出す。
すると五人組の中で小柄な男が仲間を踏み台に大柄な男へ飛び掛かる。他の四人は囲む敵の敵と敵の間に向けて動き出す。飛び掛かった小柄な男は大柄な男に斬りかかり、大柄な男の大刀にガードされる。しかし、すぐさま身体を前に投げ放ち、前宙しながら大柄な男の背後を取る。そして一撃、大柄な男が振り向く前に食らわす。そして、そのまま距離を取った。
他の四人も、二手三手で攻撃を往なし敵の間を抜けて囲む側と囲まれる側が逆転する。一対一で臨んだ者は皆一撃を貰っており、七人のうち三人がリタイア寸前である。七人は各々背中を預けて外へと意識を向ける。
五人組は反時計回りに回りながら七人を牽制する。回る速さは徐々に上がり、走るほどになる。そして五人は円を狭めていく。七人はそれぞれの獲物を握り締め、身体を突き合わせるほどに小さくなる。もう一歩に迫ったかと思うところで五人組の斬撃が七人を襲う。七人はガードするも弾かれてその間に右から来る二人目の斬撃を貰うことになる。五人が三周した頃には七人はペイントに塗れ、リタイアとなっていた。
手ごわい敵が残ってしまったとサリーは思った。五人組は一人一人の能力が高く、連携までばっちりである。即席の団体ではないだろう。
「あれはきっとアッシュウォーリアーズね」
メーテが呟く。アッシュウォーリアーズ。灰の戦士達。どの軍にも属さない集団で、こういう大会の賞金で生活する団体だ。異なる地区間同士のハーフが多いらしく、特殊な戦闘能力を持つ者が多いとされる。もし彼らを味方に付けられればその地区が勝利するだろうと噂されるほどだ。それほどの戦闘技能と力を持っている。サリーも話には聞いたことがある。
五人組は残りの敵であるサリー達を見つけると、じりじりと近づいてくる。サリー達も今更隠れても無駄なので、しっかり構えて対峙する。とは言え、状況的には不利だ。人数が半分以下な上、メーテは後一撃でリタイアである。五人組はどうやら無傷だ。捨て身で攻撃されたらそれだけでやられてしまう。
サリーは作戦を練るも全てが負けのイメージへと結びつく。万事休すである。せめて元の身体であれば、もしかしたら。そう、アマゾネスの大将軍であったあの身体能力が有れば、五人組と互角に渡り合う自信はあるのだ。今は加護の無き部族の身体。魔術で変えられてしまい、その魔術を解くためにここにいるのだが、そうだ、魔術だ。
サリーは一筋の光明を思いつく。
「メーテ、強化の魔術は使える」
サリーは高鳴る鼓動を押さえつけて冷静に問う。
「強化の魔術。使えるわよ。どちらかというと私はそういう補助系の方が得意なのよね」
光明の光が輝いた。
「よかった、俺をアマゾネス並みの身体能力に上げられる。最高位の」
「最高位のアマゾネス。う―ん。なんとかぎりぎりって感じかな。もって三分くらいかも」
「大丈夫。かけてちょーだい。君は魔法で隠れてて」
「わかった」
メーテはすぐさま詠唱に入る。サリーは目を閉じ心を落ち着かせて、ひたすらイメージした。幾多の戦場を、幾多の鍛錬を。イメージを身体中に送った。その間にも五人組は迫ってくる。そして、五人組がもう十歩と近づいた時に急に突撃してくる。サリーは目を開け、迫りくる五人を迎え撃つ。
「レイボロンド。かの者に力を」
サリーと五人が剣を交わす直前でメーテが詠唱を終える。サリーの身体が七色に光輝き、サリーは虹色のオーラを纏う。そして、一撃、五人の中で一番体躯の良い男と剣が交わる。男の剣は大きく弾かれ、男は横に反れる。
と、二方向からサリーに向かって剣撃が飛んで来る。サリーはすかさず盾で一つを突き上げて、もう片方を足で根元を蹴り、止める。
しかし、もう二方向からも剣撃が更に迫る。サリーは片足で跳びあがり片方を避け、更に体を回転させてもう片方を剣で弾き飛ばす。
着地すると同時に三つの斬撃がサリーに迫ってきた。サリーは着地と同時に沈み込み、ばねを使って相手の懐に飛び込んだ。そして二人に同時に体当たりをした。二人は吹き飛び、三人目の斬撃は地面に刺さる。
そこへ四人目の斬撃が襲ってくる。サリーは素早く懐に入り、自身の装備を地面に置くと相手の手を持って、三人目の所へ投げ飛ばした。
「コルット、助けて」
そこへメーテの叫びが聞こえてくる。一人がメーテに向かって攻撃を仕掛けていた。まだ姿を消す魔法は発動していないらしく、メーテは苛烈な攻撃を受けている。サリーはすぐに装備を拾い直し、メーテを襲う男へ突撃する。
男もその動きに気付いてすぐさま応戦する。相手は砂を掬い上げて目潰しを計る。しかし、サリーはそれを躱し、横斬りを切り出す。相手もそれは予測していたのか盾でガードし、逆から剣を繰り出してくる。
サリーはそれを後ろに倒れるように躱して、その勢いで相手の手を蹴り上げ、バク宙する。サマーソルトキックだ。相手は獲物を落とし、少し後退る。サリーは着地と同時に突進して、鋭い蹴りを繰り出す。
相手はガードするも、衝撃に耐えられずガードが解けてしまう。そこへすかさずサリーの一撃が入った。
と、サリーは後方からの殺気に気付く。すぐに振り向き確認するとそれは矢だった。盾で横殴りにして受け流す。すると、矢は先程一撃を入れた男の方に軌道を変えて、命中する。まずは一人だ。
「アフォミオシー」
メーテの詠唱が聞こえてくる。ようやく姿を消すことができるようになったようだ。メーテが徐々に周りの風景と同化していき、その姿を消していった。と、消えたはずのメーテに向かって四人の中の一人が突っ込んでいく。まるで見えているかのように攻撃を繰り出し、時折攻撃が弾かれている。
「えっ、ちょっと、どういうこと」
メーテの戸惑いの声が聞こえてくる。どうやら特殊能力か何かでその男にはメーテが見えるようだ。先に始末する必要があるかもしれない。時折弓使いが当てをつけて射かけている。今のところ当たったようではないが、時間の問題だろう。弓使いも邪魔である。が、今はメーテが見える男が先決だろう。サリーは地面を蹴る。サリーの突進は男の遠心力を使ったシールドバッシュによって防がれる。サリーは吹き飛ばされるが、その際に何かにぶつかった。
「痛いっ」
メーテの声だ。恐らくメーテのいる方に吹き飛ばされたのだろう。とそこへ矢が飛んでくる。避けることもできるが、それだとメーテに当たりかねない。サリーは盾でガードする。しかし、その間に男が迫ってくる。横斬りが飛んでくるがサリーは対応できない。が、その横斬りは何かによって防がれる。
「早くこの男なんとかして」
メーテだ。サリーは男を蹴り、すかさず懐に飛び込もうとする。しかし、他の男達がそこへ参入してくる。
「ともかく離れて」
サリーは鋭くそう言い放ち、参入してきた男達に対応する。ぎりぎりで攻撃を躱し、往なし、対応するが、メーテが見える男を足止めすることはできなかった。
なんとか一人は倒しはしたが、状況は依然不利だ。メーテがやられるといよいよ手詰まりになる。リタイアしたものからの魔法支援は受けられないのだ。強化の魔法の効果が切れてしまう。それに最初より相手の連携が巧みになっている。弓矢を射る者もいるので、相当戦い辛い。
魔法の支援はもってあと半分ほどか。サリーは戦いながら打開策を考える。身体能力こそアマゾネスの時のそれと同じだが、その時に仕えた技が使えるものか。記憶はあるので後はやるだけなのだが、不発に終わったときの痛手や、効果が上手く発揮できなかった時のリスクがどうしても気になってしまう。
リーダーと思われる男が目の前で大きく振り上げてサリーの剣を弾く。と男は追撃はせずに横に反れる。すると、男の後ろから矢が飛んできた。サリーは咄嗟に盾で矢を横から押し出すように弾こうとする。しかし弾けた矢は一つだけだった。弾いたすぐ後ろからもう一つの矢がそのまま進んできて、遂にサリーに被弾してしまう。ここに来て新しい技を出してきた。これも何かの特殊能力なのだろう。矢を肩に受け、少し怯む。そしてすぐ近くにいたもう一人の敵はその隙を見逃さずに追撃を加えてくる。
四の五の言っている場合でもない。サリーは決断した。
「リミットオーバーブレイク」
リミットオーバーブレイク。強化の魔法の効果を一時的に飛躍させる技だ。本来はアマゾネスにかけられた加護を強化させるために使う技だが、アマゾネスにかけられている加護と強化の魔法は類似しており、純度の高い強化の魔法はほぼ同等の力の流れを持っている。
そのため、今サリーにかけられている強化の魔法も加護同様に効果を倍増させることができるはずなのだ。と言っても、サリーもまだやったことがなく半信半疑ではある。さらに、身体が違うためイメージした通りにできるとは限らない。ただ、今はやらねばやられてしまう。試してみるならここが最後のタイミングなのだ。
意識を更に集中させ、身体の動きをイメージさせる。リミットオーバーブレイクは身体を動かす意識を持たなくて良い。イメージをそのまま動きに連動させるのだ。つまり、イメージ通りに動こうとするのではなく、身体の動きがイメージそのものになる。イメージとは時に肉体の限界を超えた速さで次々と連想するものである。そのイメージになるということは、稲妻のような速度での動きを可能にすることとなるのだ。
サリーは追撃を躱し、その男に手早く二撃加える。そして、すぐにメーテを襲っている男の方に向かい、背後から襲う。相手はサリーに気付くも、体勢を整える前に二撃食らってしまった。
サリーは素早く周りを確認し、比較的近いリーダーらしき男を見つけ、走り出す。と、動線に矢が射かけられた。牽制の矢なのだろう。サリーを捉えることはなく、またサリーはさほど怯むことも無かった。
男は既に身構えていたが、サリーのあまりの速さに対応できない。サリーは相手の剣を払い上げて、すぐさま二撃加えようとする。
が、一撃加えたところでリミットオーバーブレイクの効果が切れてしまった。同時にメーテにかけられていた魔法の効果も切れてしまう。そして、リミットオーバーブレイクの副作用と言えるひどい疲労感と身体中に走る痛みがサリーに走る。サリーは膝をついて蹲ってしまう。リーダーと思われる男はすぐさま自分の獲物を取りに行く。そして、弓を持つ男はようやくサリーを捉えて、その弓を引いた。
「ファイアーボール」
と、火の玉がその矢を飲み込んで弓を持つ男に襲い掛かる。弓を持つ者はその火の玉を避けるが、発射した人を見つけることは出来なかった。
「ヒール」
と、サリーの耳元で声が聞こえると、少し身体に走る痛みが和らいだ。周りを確認するが誰もいない。
「今は簡単なのしかかけられないよ」
メーテだ。自分を狙う者がいなくなり、その真価を発揮している。メーテはそれだけ言うと、サリーの周りから気配を消した。
リーダーと思われる男がサリーに向かって襲い掛かってくる。サリーは立ち直って、対峙した。もうリミットオーバーブレイクもレイボロンドの効果もない。並みの青年に戻ってしまった。それでも一対一なら戦闘経験を生かしてなんとか戦えるはずだ。両方とも一撃を貰っており、ダメージも追っている。条件は同じだ。問題なのは弓を持つ男。メーテがなんとかしてくれるだろうか。なんにせよサリーがしなければならないことは決まっている。目の前の男に勝つことだ。
サリーは自らリーダーと思われる男に襲い掛かる。が、相手も同時に打ち込んできており、速度は相手の方が上だった。サリーは剣で受け止める。やはり先程より剣を重く感じる。受け流すが、全身の力が必要だった。次の体勢まで時間が掛かってしまう。体勢が整う頃には相手も体勢が戻っているような状態だった。
暫く不毛な攻守が繰り返される。こういう戦いは如何に効率的に動けるかで差が出てくる。流れるような動きができた方が勝つのだ。サリーは全身の力を込めて相手の剣を払い上げる。そしてできるだけすぐに体勢を立て直し、突きを繰り出した。相手は払い上げられるも、その勢いを逆に利用し、剣を上に構え、サリーを迎え撃つ。
振り速度は相手が上だ。このままだとまずい。サリーは思うも、すでに身体は動き出しており止められない。サリーは負けを覚悟した。と、後ろから何かに押されるような衝撃を受ける。そのおかげでサリーの目算よりサリーの動きが前へ出る。相手の振り下ろす剣より前にサリーの剣が相手を捉えた。
鎧を着けているから剣が相手に刺さることはない。そもそもこの剣には殺傷できるほどの鋭意性はない。剣が相手を押しのけてペイントが付着し、相手は後ろに倒れる。相手の剣もサリーに当たってはいたが、サリーの方が速く当てているためこれは無効である。一対一の勝負はサリーの勝ちであった。
サリーは衝撃の正体を見極めるべく後ろを振り返る。すると、そこには矢が二本転がっていた。どうやら衝撃の正体は矢だったのだ。確かめると鎧には確かにペイントされている。どうやらサリーの一撃も無効のようだ。とすると、サリーは脱落で目の前のリーダーらしき男はまだ失格ではないということになる。後はメーテがどう彼らと戦うかだ。
ブー
そうサリーが整理していると、場内にけたたましい音が響き渡る。そして、同時に声も響き渡ってきた。
「勝者、サリー」
サリーは一瞬訳がわからなかった。自分は攻撃の直前に矢で射られて失格になったはずである。一体、どういうことだろう。
「ぎりぎりセーフってところね」
いつの間にか側に来ていたメーテがそう言った。姿は見える。魔法の効果が切れているようだ。
「あの子が射かけた瞬間にやっといたわ。貴方がその男倒したから、約束通り自分にペイントつけたわよ」
メーテがあっけらかんとそう言った。要するに矢が当たる前に矢を射かけた者が失格になったため、矢によるペイントは無効になっており、サリーは失格になっていないということだ。サリーはゆっくりとそれを理解する。
「勝ったんだ」
サリーは半ば放心気味にそう呟いた。
「おめでとう」
メーテはそう言ってサリーの額にキスをした。
今後の活動のため感想など頂けたら幸いです。




