第一章 英雄の誕生 第四節 地下組織ルドルフ
サリー編開始
第四節 地下組織ルドルフ
サリーが目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。木の天井に堅いベッド。窓から差す光はなく夜の様だ。机が一脚に本棚がある。木製の物ばかりだ。サリーは自分が何故こんなところにいるのかがわからない。頭を押さえ少し前を思い返してみる。たしか大戦から退却している最中だったはず。
そうだ、矢に射抜かれたのだ。サリーは急いで矢に射抜かれた場所をさすってみる。何ともない。痛みも傷があった痕跡も特に変わったところはない。
いや、少し違う。いつもの自分の身体ではない。いくらか肩が張っている。ふと、そんな違和感を覚える。掛け布団を取り、自分の身体を見る。そして身体中をまさぐる。違う、自分の身体ではない。乳房も無ければ、変な異物が股間についている。これは男だ。男の身体になっている。サリーは当惑し、しばらく現実を受け止めることができなかった。
コンコンコン
扉が鳴りそのまま開いた。見るとそこには露出の高い衣装を身に纏った女性が姿を現す。手には盆を抱え、食事が乗っかっている。サリーは女性と目が合い、数秒沈黙が流れた。
「お、お、起きたのコルット」
女性は目を大きく開き、急いで盆を机に置きサリーに抱き付く。サリーは訳がわからないまま固まっていた。
「大丈夫何ともない」
女性は心配そうにサリーを見回し、身体を触ってチェックする。
「あ、ああ、何ともない」
サリーは急に身体を触られるのが不快であり、そう言って少し女性との距離を取る。女性は言葉に安心し、素直に距離を取ることに応じる。
「使えない魔法なんか使うからよ。この阿保んだら」
女性は今度はサリーを責めるようにそう言った。魔法。サリーは心当たりがなかった。魔法を使った覚えはない。まさか魔法で身体が入れ替わったというのか。有りうるがだとするとかなり高位の魔法だ。この身体の主が魔法を使って身体を入れ替えたということだろうか。しかしだとすると目の前の女性の態度は少し変だ。身体が入れ替わったことを知らないようだ。この身体の持ち主の名はコルットというのだろうか。先程女性が言っていた。そもそもこの女性は一体何者なのだろう。
「俺は魔法を使った覚えはない。ごめん、君は誰。ここどこ」
サリーは口に出して驚いた。自分がしゃべろうとしたことと少し違う言葉が出てくる。おそらく元々の身体の持ち主の口調だ。
目の前の女性は言葉を聞いて少し固まる。そして、次の瞬間にはサリーは扉の方を見ていた。左頬がじんじんする。どうやら殴られた様だ。
「何くだらないこと言ってるのよ。あれだけ寝てまだ寝てるつもり。バカじゃないの」
女性は顔を引くつかせながら怒っている。サリーは少し申し訳ない気持ちになる。もう少し丁寧に聞くつもりだったが、少し乱暴な聞き方になってしまっている。それに女性からすれば知り合いから急に名前を聞かれたのだ。混乱してしまうだろう。
「ごめん。こっちから話すべきだったね。俺はサリー。アマゾネスの大将軍を務めている。おそらく魔法か何かで身体を変えられてしまったみたい。いや、君の反応からするにおそらく入れ替えられてしまったのかな。この男は高位な魔術師なのかな。男がいるということはここはアマゾネスではないということだね。服装から見るに部族の集落かな」
サリーは一応の身の上と整理できている事柄だけ伝えてみる。嘘ではないことを信じて貰うためにしっかりと目を見つめる。
「な、何。変な冗談やめてよね。面白くない。貴方はコルットでしょ。頭でも打っておかしくなったんじゃないの。お医者さん呼んでくる」
女性は明らかに動揺を隠せずにわたわたする。サリーの目を直視することができずに顔は窓を向いたり机を見たり。しかし、時々気になって目を見てみるが、やはりどうしても見続けることができない。言葉を言い終えると、扉から出て行こうとする。
「待ってくれ」
サリーは女性を呼び止めた。このまま情報がないままいなくなるとさすがに困る。少しでも情報を正確に整理しておきたい。
女性は立ち止まって、困惑した表情のままサリーを見る。直視したくないのか伏せがちだ。
「何よ」
もう話したくないというような口ぶりだった。早くこの場から逃れたいのだろう。
「君の名前と、この場所が部族の集落で間違いないかだけでも教えてくれ」
女性は息を呑み。そして吐き出すように声を出した。
「私はゼーケよ。貴方の幼馴染。ここは部族のシュタリムって村。これでいい」
怒りと困惑の入り混じった言葉を残し、ゼーケは去って行った。
それからゼーケが医者を連れて来ることはなかった。サリーは不思議に思いながらも今後のことを考える。ともかく自分の身体を取り戻さなければならない。しかしおそらく自分の身体はアマゾネスにある。つまり男性禁制の地域だ。今や男の身体となっている以上容易には入れないだろう。
勿論大将軍のサリーだと言い張ることもできるが、先ほどのゼーケと同じように信じる者は少ないだろう。あるいはサリーの身体はこのコルットと言う者に成りすまされているかもしれない。だとしたら尚更サリーと言い張ることは困難だろう。
また、もし身体が入れ替わったのが二人でなく複数人だったら尚更複雑になる。あまり考えたくないが、可能性はある。術者がわからないと真相がわからない。そもそも何故入れ替えさせられたのか。アマゾネスの戦力ダウンを目的としたドルト軍の仕業か。あるいはこのコルットという人物の何かしらの目的のためか。そもそもコルットという人物はどういう人物なのだろうか。魔術師でいいのだろうか。
だとするならばタイオー軍の中でも指折りの魔術師なのだろう。ただその場合は軍にいるはずである。おそらくここはコルットの家なのだろうが、そうすると辻褄が合わない。
先程ゼーケと言う者が使えない魔法を使うからだとかと言っていた。コルットは魔術師ではないのだろう。だとするとやはり魔術を掛けた人物がいるはずである。そうなるとやはりドルト軍か。こういうものは術者に解いてもらうのが一番手っ取り早い。もちろん解いてくれるなら誰でもいいのだが、かなり高位の魔術師に会わなければいけない。とするとやはりドルトに向かうのが賢明か。
「コルット」
不意にドアから声が聞こえてくる。見るとゼーケが一人で静かに佇んでいた。
「コルットじゃないの。アマゾネスの大将軍って本当。貴方はコルットじゃないの」
ゼーケが何かを懇願するように詰め寄ってくる。その目は憂いを帯びていて、目がうるうるとしている。
「うん。俺はサリーだ。アマゾネスの大将軍の。ごめん。俺も混乱してるんだ。どうして身体が入れ替わったのか」
サリーもまた憂いを含んだ困惑した目で見つめ返す。ゼーケは大きく溜息をつき、サリーの隣に座った。
「お医者さんを呼ぶのはやめた。もしサリーさん、がアマゾネスの方だってなっちゃったら大事になるでしょ。コルットが、えーっと、コルットの身体が拷問にでもかけられたら大変だし」
なるほど確かに迂闊だったとサリーは思った。咄嗟のことでそこまで気が回らなかった。
「この魔術はそのコルットがやったと思うかな」
サリーが問いかける。
「うーん、わからない。特訓でコルットのことをロープでぐるぐる巻きにして木に吊るしてたんだけど、綺麗にロープが解けてたのよね。魔術か何かで解いたんだとは思う。誰か魔術師がたまたま通りかかたって以外はコルットがやったんだと思う。もしそうならコルットは魔法なんか使えないからその代償というか反動で身体が入れ替わっちゃったのかな」
なにやら不穏な特訓だが、今はその話はいい。正直両方とも考え難い。まだ第三者の介入の方が頷ける。魔法とは使えない者はまず使えないのだ。代償を伴う魔法はあるがどれも高位のものだし、ロープからの脱出程度の魔法に代償が発生するとは考え難い。もし発生したとしても、身体が入れ替わるほどの代償を求められることはないだろう。
「たぶんだけど、誰かが通りかかったんじゃないかな」
「でもあまり人通りがない所だよ」
「うーん、でもたぶん第三者が絡んでるよ。例えば俺はアマゾネスの大将軍だから、アマゾネスの戦力をダウンさせる目的で一般に人と中身を入れ替えたとかね」
ゼーケは目を大きく見開き、そして考え込む。なんとなくそんな気もしたのだろう。
「えーっと、コルットってちょーエロい事で有名で、アマゾネスって言ったら女性の聖地じゃない。それとなんか関係したりするかな」
ゼーケは思いついたようにはきはきと言う。サリーとしてちょーエロいというのがどういうものかはわからないが、コルットという人物が女性を思い描くことに長けていたというのなら、それを増幅する方法を取れば比較的容易く魔術を行使できるのだろう。もしやそれがあってコルットという人物を利用したというのは考えられる話だ。
「うん。関係あるかもしれない。ともかく術者を探すのが先決かな」
そこで暫く二人は黙り込む。アマゾネスよりは魔法都市の方が潜入はしやすい。ただ、地区間の交流はどこも乏しい上に、タイオーと魔術都市では他の地域、機械の街を通り過ぎなければならず、その道のりは厳しそうだ。
「あっ、そうだ。コルット。あっ、じゃなくてサリーさん。今度の武術大会に出てみるのはどう。元々コルットに出させようとはしてたんだけど」
ゼーケが思いついたように言う。何か言葉の端々にコルットという人物をないがしろにしている発言が見受けられるが、きっと二人はそういう仲なのだろう。
「武術大会というと。どういうものなのかな」
武術大会はアマゾネスでもあった。大会優秀者は軍への推薦が約束され、美を保つための様々な商品を手にすることができる。アマゾネスは強ければ強いほど美しくなれるのだが、逆もしかりで美しければ美しいほど強くもなれるのだ。よって大会の商品を欲しがる者は多くいつも白熱した試合が行われる。ただ、こうしたアマゾネスの大会と部族の大会が一緒かはわからない。
「えーと、国の運営する武術大会だと優勝者は軍へと推薦され、好きな伴侶を獲得できるの。ただ今度のは民間の大会で優勝者は高額の賞金と願いを一つ可能な範囲で聞いて貰えるってやつ。大体はみんな軍への推薦を志願するみたいね」
つまり獲得できるのが伴侶か賞金かの違いだということだろう。しかし、伴侶を獲得できるというのはなかなかに地域柄が出てきている。さすがプル国人口一位の地区だけある。また推薦は優勝者に限るというのもアマゾネスとは違う。
「つまりそこで優勝して、魔術師探しを手伝って貰えば良いということだね」
ゼーケは頷いた。確かにそれが今できる最善な気がする。後はどうやって優勝するかだ。アマゾネスの加護がないこの身体で、どこまで元の身体のパフォーマンスに近付けられるかが重要だ。
「因みにだけど、このコルットって人は強い」
サリーはゼーケに聞いてみる。
「う~ん。はっきり言って弱いかな。プル国としてはあるまじき戦いを嫌うタイプで女の子のお尻ばっか追いかけててさ。だから私がたまにしごいてあげるんだけど、どうだろう。一応人並み以上の身体能力くらいはあるはずだよ。そういう特訓つけてたから」
人並み以上と言ってもアマゾネスの身体能力を考えればかなり低い身体能力だろう。筋力アップも時間がかかるためあまり期待できない。極力やるが、限界があるだろう。大事なのは身のこなしだ。少し、身体を使いこなす練習が必要だろう。
「因みにその大会までは後どれくらいなのかな。後、参考程度に今までどんな特訓したかを教えて」
「大会までは後二週間だよ。特訓はねーー」
ゼーケはどこか活き活きとして話し出した。大会まで二週間。あまり時間はないが優勝は必須である。心して身体を鍛えようとサリーは思うのだった。
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