fiction 51
「一瞬で全滅だと!……あれを使ったのか。だがなぜ奴らは死んでないんだっ」
大分イラついているようで、右足の貧乏揺すりは止まるどころか次第に強くなっている。男の目線の先にはアルス=マグナ武術部門の参加選手の生体情報が映し出されていた。
アル=カーン、グラディウスとも壊滅状態だ。グラディウスに関しては一人だけ生死すらも分からない状況だが、他は全滅である限り楽観的観測ができるはずもない。
すると一人の男性職員が息を切らしながら走ってくる。緊迫した顔を見るかぎりあまり良いニュースではなさそうだ。
「バーナス委員長、た、大変です! またアルケー教の座聖堂からのホットラインが!」
「またか、忙しいと言っておけ」
「で、ですが相当お怒りの様子でして……」
「適当な理由で切れ!」
「は、はい!」
「……くそっ、大司教のガキが死んだことはまだ公表してないのにどうして」
男――バーナス運営委員会の頭の中では大嵐が巻き起こっていた。最初に計画していたことが次々と崩壊しているのだ。何かの悪夢を見ているのではないか、そんな現実逃避すらしたくなる。
「アルテン家の貴族を殺せてないのに中止するわけにはいかん……」
「どうやらご立腹の様子ですね」
「そりゃあそうだ! 一体何が起こっているというんだ」
つい愚痴もこぼれてしまう。しかしふと何かがおかしいことに気が付く。ここは運営委員会の中でも一番秘匿されている最重要施設。先ほどの職員は恫喝ぎみに命令したら逃げるかのように走り去ってしまっているから今は一人のはずである。
では、今話しかけられた無機質な女の子の声は一体誰なのか。急いでモニターから目を横にずらす。
「お久しぶりです、バーナス委員長」
「な、なんでここにいるんだ――リタ、君」
そこには先日施設を紹介した学生、リタが立っていた。多忙な身分で一日の内に様々な立場の相手と面会するバーナスであったが、一日前程度に会った人物であれば忘れることはなかった。
しかしその鮮明に残っている記憶が、何かが違うと警鐘を鳴らす。昨日施設を紹介していたときは常にオドオドしているような印象であった。しかし今目の前にいる女学生からは感情らしきものは見当たらない。一言で言えば無機質なのだ。
そもそも、職員ですら勝手に入ることのできないこの本当の管理室になぜ入ってこられているのか。
「しかし、やはり狙いはアルテン家のご令嬢クラリス=フォン=アルテン、そしてアルケー教の次期大司教であるミナ――いや、ミーナキュロス=ルートヴァッハンでしたか」
「っ! 貴様、アルケー教か!」
最早ただの学生として見ることは不可能になった。アルケー教の大司教の娘が偽名を使って入学していたことは裏業界でも知られていない極秘中の極秘。それを知っているのであれば、自分たちのサイドの者か、それともアルケー教に属するもの。それしか考えようがなかった。
「残念、はずれです。あ、自己紹介をしていませんでしたね。申し遅れました、国家公安部門秘密警察局保安措置課課長リタ=ビルケール親衛隊中佐です。以後お見知りおきを」
「し、親衛隊だと! ……秘密警察、聞いたことがあるぞ。噂だと思っていたがまさか本当だったとは」
まるで感情が込められていない自己紹介。しかしそんなことを気にしている余裕はバーナスにはたった少しも残されていない。
「国に反するものを裏で処理する違法組織め! 貴様らのような独裁の為のテロ組織を世の中に告発したらどうなるか分かっているのか!」
右手で大仰なまでの動きでリタを指差しながら、憤怒の形相で唾を飛ばしながら叱咤する。が、大の大人が怒鳴りつけているにも関わらず少しも怯えた様子は見られない。
「さて、私にはわかりかねますね。しかし――」
その瞬間、バーナスの左手がスッパリと腕から落ちる。その手だったものにはなにか黒くて硬いものが握られている。
「ぎゃぁぁあ! 私の手がぁぁあ!」
「バーナス委員長が危険なおもちゃで遊ぼうとしていたことは見えてました」
「ば、化け物!」
バーナスの手だったものに握られていたもの、それは銃であった。右手で豪快に指差し怒鳴りつけることにより視線を右手人差し指一点に集中させ、その内に左手で胸ポケットから銃を取り出そうとしていたのだ。
非常に狡猾である。大きな声で怒鳴り散らしていたのにも、相手に冷静ではないと錯覚させるための演技であったのだろう。そして、大声を出せば周りの誰かに聞こえるかもしれない。そんな思惑からの行動だ。
実際にその計画はうまくいっているように見えた。しかし、バーナスが銃をポケットから出しきる前に、リタからは到底まだ見えるはずもない時点でバレてしまっていた。
「な、なんで誰も来ないんだ!」
「私の部下が動いていますから。ではご同行願いますね」
「う、嘘だ……なんで、なんでいつもいつもうまくいかないんだ! この計画さえ成功できれば私は……」
「まあ愚痴も後で聞いてあげますから」
「は、はは……もう私に残された道はない」
今まで痛がって右腕の切断面を押さえていたにもかかわらず、突如として左腕をぶらりと下す。放心状態に陥っているようだ。
「あ、それは困るんですが」
「聖龍院に繫栄あれ!――う、ぐはっ……」
何かを嚙んだと思ったら突如として吐血しながら倒れこむバーナス。まるで最期に死神を見たような、そんな死相であった。
「課長、こっちは完了しました――って、死んじゃってるじゃないですか。局長にまた怒られますよ」
するとどこからともなく一人の女性が現れる。だがリタに驚いた様子はない。
「見た目に反して意外とやり手だった」
「そんなの言い訳になりません。とにかく死体だけでも拾っていきましょ」
「そうですね」
~~~~~~
「グギャァァアアアア!」
かすり傷にもならなかったアストの斬撃。しかし龍は攻撃を当てられたことに嚇怒しているようで、凶刃な爪で襲い掛かってくる。しかし疑似歩行を利用することにより立体的に避ける。
「剣は体。体は剣――」
休む暇もなく龍は攻撃を加えてくる。しかしアストは一切手を出さずにただただ龍の攻撃を避けていく。最小限の動きで避けるため、肌に風圧が押しかかってくる。
しかし剣へ送る魔素の量はどんどん増やしていく。すると、持ち手の機械的な部分が何やら蠢きはじめる。
「剣の道、それは修羅の道――」
体と剣の境界を無くしていく。体と剣を同期させていく。体の境界を――疆界を拡張する。
すると蠢動していた剣の柄がガチャガチャと変形し始め、アストの右腕まで伸びてくる。ついには肩まで伸びてきた剣の持ち手――だったパーツは次第にアストの腕に絡みつき、ついには片腕だけ黒曜の鎧に囲われた機械兵のようになってしまう。
「修羅道極意、シン剣一体」
ただ剣を極めたかった男がいた。人生は剣だった。剣は人生だった。全てを剣に捧げた。その男が拓いた左卿流剣術鬼道の四つの奥義――四凶技は剣技の中で最高峰とまで言わしめた。
しかし男は納得していなかった。こんなものは剣の表面にしか触れていないと。様々な技、様々な型はあれど、本当に剣を理解することなど不可能なのだと。
軍を退役した後も、ただひたすら剣と向き合った。最早若かりし頃の体力はなかった。瞬発力も筋力もなかった。しかしそれでも男はあきらめなかった。
そして見つけた。晩年鬼道を昇華させてできた修羅道――それは剣になること。比喩ではなく、本当に剣と繋がること。男はついに成し遂げた。ついに剣の芯に触れることができた。心と通わすことができた。身と一体化することができた。真の、神の領域に到達することができた。
それこそがシン剣一体。自分の疆界を拡張し、剣を身体とする外法。アストとヴィックの二人では勝つことはできない。それはこの技を見せたくなかったからである。確かに全剣技の開放まではお許しを貰っているが、人に見せびらかして得になるようなものでもない。
そもそもヴィックがいたところで邪魔にしかならない。弱化魔法など龍には通用しないし、防御魔法など紙切れのように敗れ去る。束縛魔法など蜘蛛の糸のように簡単に解かれるし、龍の魔法の威力を雀の涙程度減少させたところで無意味。
そのためにヴィックを逃げさせた。別に自分が犠牲になるとか、そういうことは一切考えていなかったのだ。
何かを察したのか、怒涛の勢いであった龍の攻撃が一瞬止む。しかし本当に一瞬。すぐさま口元に火炎球を創り出し、アストへと射出する。
「ふんっ!」
しかしたったの一閃で消滅させる。それも当たり前である。疆界を拡張、つまりは剣の部分の空間支配力は自分の体と同等レベルなのだ。射出された炎などより支配力が高いことは当たり前である。
今までの龍であればすぐに突進してきてもおかしくはなかったが、アストの持つ剣を見つめると羽ばたいて空へと飛び上がってしまった。無論、疑似歩行を利用すれば空中戦ができないというわけではない。しかし自由に飛び回れる龍と比べればどちらが有利かは言うまでもない。
このまま地上にいたとしても、遠距離から魔法を叩き込まれるだけのいい的だ。だがアストは感じていた。自分になった剣から感じていた。
「いける……俺は飛べる!」
そんなことを街中で叫ぼうものなら一瞬にして精神科へ直行だろう。だがアストには確たる自信があった。剣が教えてくれるのだ。俺は飛べると。
剣の持ち手の部分が又もや蠢きだす。今度は背中に輪っかのパーツが出来上がる。すると円の右側半分だけ細長い菱形のようなパーツが五個放射線状に浮かび上がる。まるで機械的な片翼のようである。
そんなことをしている内に、龍は五つの巨大な火の玉を生成していた。そしてそれはもちろんアストに向かって飛んでくる。もうグダグダしている暇もなく、思い切って地面を蹴り上げる。
本来であればそのまま重力に逆らえず地面に落下し、火の海に呑まれてしまうはずである。しかし、アストの後ろに発生した片翼のようなものが青白く光りだし、空へと体を引っ張られるような感覚を受けるアスト。
そのまま落下することなく上昇し続け、ついには龍と同じ高度にたどり着く。
「よう、ここからの景色は最高だな。ま、森はぐちゃぐちゃだけどな」
「グルルルルゥ……」
静かに対峙する両者。しかしそれも束の間、すぐに龍の攻撃が差し迫る。アストは剣による飛行能力に加え、疑似歩行も併用することにより、より俊敏で複雑な三次元移動を可能としていた。
飛べるとはいえ、ただ直線的に力任せに飛び込んで来る龍ではアストを捕まえることは出来ず、背中をとられてしまう。
――今だ!
「はぁああ!」
シンとなった剣を両手でつかみ神速の振り下ろしを食らわす。
「グギャァ!」
龍に生えていた黒翼の片方がちぎれさる。元々柔らかい部位であったとはいえ、シン剣一体であれば攻撃を通すことは可能なようだ。
そのままフラフラと高度を下げていく龍。龍種は特定の種を除き翼で飛んでいるわけではない。そのため飛べなくなったというわけではないだろうが、バランスがとりづらくなったのだろう。
それにしても龍は一直線に降りていっている。そう、落下しているのではなく、まるで自分の意識で降りて行っているようである。先ほどまではフラフラとしていたのに今は何か明確な目的地があるようだ。
何かがおかしいと思ったアストは龍の進む先へと視線を向け、地面がむき出しになってしまった森を見つめる。見渡す限り、なぎ倒された木々や土砂に埋め尽くされている。しかしただ一点、何か魔素の波長を感じる。知っている魔素だ。よく目を凝らす。
「ルーシェ先輩! なぜここに!」
猛スピードで近づく龍にまだ気が付いていない。もう今から魔法を使っても対応できる状況でもないだろう。身体能力は高いほうだが、純粋の剣士ではない限り龍の突進を避けきることは不可能だ。
そこで目が合う。いや、ルーシェから見ればアストと龍は一直線。異変を察知し視線を上げたら龍がいて、その先にアストがいたのだろう。退避行動をとっているが最早手遅れ。重力も味方をしている龍の加速は留まることを知らない。
「(どうする! ……今から追いかけても無駄…………もはや悩んでいる暇はない)」
右手に持っていた剣をぶらりと下げるアスト。傍から見れば諦めて戦闘放棄した姿そのもの。しかしアストの瞳がそうではないことを物語る。
「――――死ね」
魔法理論を更新しました。また新たに組織を独立させました。




