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fiction 50

 確かに龍血清を投与することにより劇的に能力は向上する。しかしその上げ幅にも差はあり、龍血清の適正の高さによって変動するようだ。そのため、敵から感じる龍の波動の強さもまちまち。レーネの先制魔法によってあっけなくやられたのは、龍血清を投与したとしてもそれ程の強化はされなかったのだろう。

 そして、仮に適正が高かったとしても、本物の龍に近づけるかと言えば、そんなことはない。人間という種族である限り、どんなに強化されようと肉体的に限界は生じる。人間である限り、龍にはなれないのだ。

 つまり、龍血清を投与すればそこら辺の人間は容易に駆逐することが可能にはなる。が、相手が普通の人間の範疇に収まっていなければ意味がない。


「なっ、なんでなんだぁ! ベルムンドに次ぐ適正の高さの私が、負けるはずがない!」


 両手に生成した紫炎をレーネに投げつける。レーネに着弾すると一瞬にして火だるまと化す。


「ヒヒっ、お前に火はさぞかし効くだろう。これはおまけだ!」


 さらに炎球をふたつ投げ込むことにより、益々火の手は成長する。鈍い赤紫色の炎により完全に取り込まれてしまったレーネの姿は最早確認することはできなくなってしまった。


「ヒヒっ、少してこずりましたが、まあこの私にかかれば余裕――」

「へえ、何が余裕だが教えてくれるかしら?」

「ひ、ひぇぇーっ! なんで生きてるっ!」


 レーネの姿を確認することができない火だるまを前に愉悦に浸っていた男の後ろに、突如として現れるレーネ。いや、突如として現れたと男が認識していただけにすぎない。飛び上がり急いで距離をとる男に対し優艶な微笑みを向けているが、男からすれば死神の嘲笑にしか見えない。


「淑女に対する反応ではないと思うけれど?」

「お、お前みたいな本物の化け物が淑女のわけがないだろっ……ヒヒっ、しかし私にはこれがある!」


 徐にローブの中から取り出した光り輝く鉱石。貴石のようにカットされているわけではないため岩々しさは残っているが、それでも見る者を惹きつける神々しさを内包している。


「へえ、イクシードマジックなんでどこから拾ってきたのかしら」

「余裕の態度も今の内だ! 魔晶石開放!」


 草を、木を、大気を、そして死の舞踏会を囲う魔法の籠すらも震わせる魔の衝動が放たれる。

 鉱石が、魔晶石が秘めたる炎の輝きがこの世に解き放たれようとしている。


「ひゃーっひゃっひゃ! これこそが、これこそが真の龍の力! ヒヒっ、まとめて死ねぇぇえ!」


 全方位へと放たれる太陽の波動。濃厚な魔力波と身を焦がす熱量。草茂っていた地面も死の大地と化していく。どっしりと根を構えていた木々も、強烈な魔素によりみるみるやせ細っていく。最早天災である。

 もちろんその中心部にいる者が安全であるはずがない。魔晶石を持つ手の皮膚は既に溶け始めている。しかし男はそんなこと気に留めてもいないようだ。


「……あなたも死ぬわよ」

「ヒヒっ、化け物にしては優しいんですねぇ。しかし我らは死など恐れていない! 革命がなされた時、我らの名を英霊として歴史に残すことを約束してくださっているのだっ!」

「そう、あなたが馬鹿ってことがわかったわ」

「ヒヒっ、馬鹿はお前だぁぁあ!」


 さらに輝きを増す魔晶石を頭上に掲げる。周りで戦闘していた他のグラディウスとアル=カーンの生徒もその輝く岩の元へと集結する。


「ちっ、アブゾービング」


 魔法により強制的にルーシェ達を引き寄せるレーネ。


「ちょ、なんかヤバいっぽいんですけど。丸焼きにされちゃう感じなの?」

我が主アドナイよ、使命を果たせなかった私をお許しください」

「ふぇ、ロッテ死なないでぇぇ」


 涙目なパルメ。いつもの自信満々な様子はすっかり身を隠している。ルーシェに何とかならないのかと視線で訴えるが、無言で首を横にふる姿を見てされに泣き出しそうになる。似非なんかではない、本当の龍の力の前では人間などみな無力なのだ。

 リーンに愛称で呼ばれながら泣きつかれているシャルロッテに関しては瞑想に入っており、死の覚悟はとっくに終わっているようだ。


「あなた達黙って私に掴まって!」


 最早どうすることもできないのか。そんな絶望感が漂う中、レーネの透き通る声が発せられる。


「あ! 転移魔法で逃げるのね!」

「この人数を運ぶ時間もないわ」


 転移魔法は特に座標設定が重要であり、短時間で使えるような代物ではない。しかもレーネ本人を含めて六人となると時間があっても難しい。

 目の前におやつを置かれたような喜びようから一転、食べようとした瞬間に没収された飼い犬のように表情がコロコロと変わるパルメ。ルミに関してはこのような状況にもかかわらず、相変わらずの無表情だ。


「いいから黙ってなさい」


 すると、レーネから発せられていた魔素の密度が上昇する。しかし男が持つ魔晶石から発せられる魔素に比べれば、いくら増えたところで五十歩百歩。強固な防御壁を張ったところで焼け石に水なのは目に見えていた。

 だが、明らかにレーネの様子がおかしい。なにか、何か体の中からあふれ出るものを必死に抑えているような、そんな印象を受ける。かと思った瞬間、レーネの口の両端からにょきっと二本の牙が生えてきた。


「ひゃ、ひゃあ!」

「あ、アンタ……」


 いきなり牙が、さらにさらに背中から黒い羽のようなものが生えてきようものなら驚きもする。しかし、誰の驚く声かは最早分からないが、これは体の部位が変化したから洩れてしまった驚嘆の声ではない。いきなり自分の目を刳り出しはじめたことに対する驚きだ。

 異性に限らず誰しもが魅了されてしまう美しい深紅の瞳。それが無残にも血まみれのレーネの手に握られていた。


 男は光り輝く魔晶石を、女は血まみれの深紅の瞳を掲げ――


疑似太陽生成(スーノドラゴンレイジ)!」

暁の加護ルーナ・オブ・ルージュ!」



~~~~~~



「アスト様、今です」

「はぁぁああっ!」


 剣士であるアストは前衛、そしてヴィックは後衛としてサポート系の魔法を使用するという完璧な連携が取れていた。個々の能力の相性が偶然にも(・・・・)合わさったということもあるが、それにしても初めてとは思えない連携力である。

 アストの渾身の一撃が敵に襲い掛かるが、魔法で強化されたのか白手袋をはめた両手により防がれる。しかし完全に無効化できているわけではなく、衝撃で後方に吹き飛ばされる。何とか着地はしたものの、綺麗に七三分けにしていた金色の髪の毛は見るも無残な姿だ。ビシッと決めていた軍服に似た制服も今や穴だらけ砂だらけで威厳の欠片も感じ得ない。


「くっ、レーネとルーシェを離せば問題ないと思っていたが、まさかこれほどまでやるとは……」


 別に相手が弱いということは断じてない。元々の才能が垣間見れるほどの数多の魔法を使いこなし、さらに龍血清によりそれらの魔法と身体能力までもが驚くほど進化している。アストから見れば、ルーシェとタイマンを張れる強さだと評価を下していた。

 本来であれば苦戦は免れなかったに違いない。しかし、ヴィックという男が予想を超える働きをしてくれていた。確かに目を見張るような攻撃魔法であったり、身体能力を持っているというわけではない。

 しかし相手の魔法にすぐさま弱点属性の魔法で威力を減少させたり、束縛魔法で動きを制限したり、弱化魔法や防御魔法などでアストに有利な戦況を常に作り出していた。

 そしてアストの持つ刀。これがすさまじかった。魔剣のように剣自体が何かの能力を持っているわけではない。しかしアストが魔素を刀に流した瞬間、驚くほどスムーズに、抵抗なく馴染んだのだ。

 まるで透明の水に染料の原液を落としたような。一瞬にして自分色に染まっていくのをアストは感じた。まるで自分の体のようであると。まるで、あの技(・・・)を使うために作られたかのようであると。

 持ち手はパルメのマギカ・ブラスターのような機械感。反して、刀身は曲線のみで作られた芸術的な刃。見た目はまるで滅茶苦茶だが、自分の手の中で、水を得た魚のように生き生きとしているかのようであるとアストは感じていた。


「さて、そろそろ降参なさっては如何でしょう。僭越ながら、貴方様に勝ち目は――」


 もうない。そう言おうとした矢先、遠方から魔素の衝撃波が飛んでくる。とてつもない威力だ。地揺れがおき、草がこすれ幹が軋む音が辺りに響き渡る。空を見上げれば一斉に飛び立って逃げていく鳥たちで埋め尽くされている。


「……アレを使うのか」

「これは……太陽龍の波動! なんでここに」


 アストには感知した魔素の波長に見覚えがあった。何時しかの記憶で、師匠に渡されたリストの中でも上位に位置していた存在だ。


「いえ、本物がいるわけではないでしょう。恐らく魔晶石などでごく一部の力を封印していたものと思われます。それより目の前の敵を倒してしまいしょう」


 本当の龍の力を感じてもなお冷静さを欠くことのないヴィックの言葉に助けられ、視線を今対立している敵へと向ける。


「アドマニ、お前の意思は確認した。それならば私も――いや、俺も覚悟を決めねばなるまいっ!」


 胸ポケットから一本の細長いガラス瓶を取り出す。中には黄金色に輝く液体により満たされている。その瓶から感じる龍の波動。恐らく、いやこれこそが龍血清なのだろう。


「人間として最後に名乗っておこう。俺の名前はベルムンド=フォン――いや、ベルムンド。ただのベルムンドだ」

「そうですか。私はクラリス=フォン=アルテン様の護衛をしているヴィック=ゾーマスと言います」

「俺はアストだ。って、呑気に自己紹介してる時じゃないと思うんですけど……」


 ヴィックが丁寧に自己紹介を始めたものだから流れで自己紹介をしてしまったが、そんなことをやっている場合ではないと刀を構えなおす。


「ベルムンド様、既に摂取量は限界なのではないですか?」

「ああ、その通り。普通であればこれ以上投与すればただの肉塊と果ててしまうだろう」

「ならお止めに――」

「なぜ醜い肉塊になるか分かるか?」

「……いえ」

「龍血清を投与していけばいくほど強くなる。そしてそれは人間という種の限界すら超越するのだ。その時に、適正がないものは龍のなり損ねとして果ててゆくのだ」

「貴方は龍になる気ですか」

「りゅ、龍になる!?」


 冷静に相手の意図を考察するヴィック。しかしその額には微かに水分が張り付いていた。


「確かに確証はない。俺もまた肉塊になるのかもしれない……だが、俺はようやく自分を見つけたんだ! ようやく、貴族の五男なんかではない自分を見つけることが出来たんだ。だから俺は止まらない――聖龍院に繁栄あれ」


 ガラス瓶の蓋を親指で弾き飛ばし、一気に液体を飲み込む。と同時に遠方の龍の気配が急激に上昇する。

 その直後、アルス=マグナの大会の中心地に小さな太陽が現れる。今まで感じていた魔力波や熱量とは比較の仕様がない量の衝撃が身を打つ。魔の森を囲んでいた結界もあっけなく割れる。


「くっ、ぶちかましやがった」

「何とか逃げられていれば良いのですが……」

「あぁぁぁあああっ!」


 しかしベルムンドという男はそんなことすらも気にしていない。いや、気にしていられない。体内から突き破られる痛みが全身に走る。

 視界がゆがむ。体がゆがむ。意識がゆがむ。何もかもがゆがむ。最初は醜い“何か”だったものが、段々と形を成してくる。


「まさか本当に龍になっちまうのかよ」

「ええ、そのようですね」

「あ、…がっ…グ…グルァァアアアアアアア!」


 龍人、とでも言えばよいのだろうか。二足歩行の、しかし確実に龍である存在が目の前で咆哮を放っている。

 確かに大きさは人間を少し超えるぐらい。みなが想像するような巨躯をもつ魔物ではない。しかし龍であることに変わりはない。例えアストとヴィックの連携が巧かろうが、そんなことは最早意味を為さない。絶対的強者、それこそが龍である。

 その証拠と言わんばかりに体中から膨大な量の魔素があふれ出ているのが嫌でも感じ取れる。もちろん龍の波長だ。見た目だけではなく、魔素すらも龍のそれと何ら変わらないものとなってしまった。


「これは困りましたね。アスト様、どうしましょうか」

「……」


 アストは悩んでいた。まず一番先に思い浮かぶのが逃走。しかし先に逃がしたミシュー達がこの龍から逃れられるとも思わない。だからといって立ち向かうかと言えば、それはそれで論外だ。二人では(・・・・)絶対に倒せない。

 そもそもアスト達も逃げられるとは考えられない。今は龍化してすぐだからなのか動きがないが、時間が経てば動き出すだろう。龍の特徴として飛行能力を持つ限り、走って逃げるのいうのはあまり現実的ではない。

 考えられる方法は実質一つしかなかった。


「アスト様、この場は私に――」

「いや、お前が先に行け」


 一歩、二歩と歩みを進め龍に刀を、ヴィックに背を向ける。先ほどの戦闘からヴィックの戦い方は分かっていた。基本的に受け身なのだ。敵の攻撃に対する処理には目を見張るものがある。護衛という職業上実に合理的だと言えよう。

 しかし受け身戦法が成り立つのは同じ人間だけ。相手が龍である限り、攻撃は避けるしかないのだ。

 龍に勝つための二つの必須項目がある。一つは絶対回避、もう一つが超絶火力。とても単純である。相手が防御不可能な火力なのであれば当たらなければよい。相手が果てしない防御力を持つならそれを超える火力をぶつければいい。

 この二つをクリアしない限り、人間という種族で龍という種族に勝つことは不可能。その点で考えれば、ヴィックは対龍戦闘において不利な魔法師であると言える。仮に殿として残ってもアストが逃げ切れるまでの十分な時間が稼げるとはどうしても思えないのだ。

 つまり、ヴィックが残ったところで徒死することは目に見えていた。そしてそれを一番よく分かっているのは本人。


「……分かりました。適度な所で引き上げてきてください」

「ああ、怠くなったらすぐ逃げる」


 アストの背に向かって深くお辞儀をするヴィック。見えていようと見えていまいと気にしていない。時間にして一、二秒程度。不敬とも捉えられるかもしれないが、ここでちんたらしていてアストの意思が意味の無くなる行為にしてはいけないとの判断だ。


「グルルルルゥ……グギャァァアアアア!」


 天に向かって吠えた、と思った瞬間アストに向かって猛スピードで飛びかかってくる。


「ぐっ、もう少し寝ぼけててもいいんだけどな」


 龍の突進を刀で流す。しかし龍の軌道は一切変わらず、その分アストが飛ばされる。だが聖気術の疑似歩行を幾重にも利用して衝撃を何とか和らげる。

 そんなアストを嘲笑うかのように着地点へ向け龍の口から放たれた炎弾が差し迫る。だがその炎弾に対し左卿流剣術の四凶技の一つ、乱技を利用することにより真っ二つに切り裂き直撃を避ける。それでも真横を龍の火炎が通り過ぎただけで皮膚がチリチリと焼けるような痛みが襲う。

 またしても直線的に驚異的な速さで飛び込んでくるが、瞬時的にその軌道を読みとり今度は回避をしながら背中に一撃を喰わす。が、硬い地面を叩いているかのように強い衝撃が返ってくるだけで、かすり傷にもなっていない。黒く硬くなった皮膚を前に斬撃は通用しないようだ。


「やはりきついか。どうやらアレを使わないとダメなようだな」


 しかしアストの顔には絶望の類は感じ取れない。


用語集、登場人物、魔法理論を更新しました。

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