fiction 49
天が黄昏色に染まる頃、ついにグラディウスとアル=カーンに襲撃する作戦が実行されようとしていた。
「ヒヒっ、やはり自らの命を犠牲にするような高潔な精神は持ち合わせていなかったということですか」
会場とされた魔の森の中心部分には一際大きな一本気が堂々と生えており、太陽の光を独占しているためか周りには木々が少なく、ある程度は視界が開けている。
その大木の前には深紫色のローブを着ている男が一人。どうやら招待状を渡しにきた人物ではないようだ。
「その制服、アル=カーンね。なんで軍の犬になんかなってんのかは知らないけど、私たちに逆らうようだったら問答無用で種抜きオリーブにするわよ」
「犬になんかなった覚えはありませんねぇ。アル=カーン様のご意思と合致したから同盟を組んでいるだけに過ぎないんですよ」
「そんな死人に興味ないわね。とにかくあなた達アル=カーンも対立するってことでいいのね」
「そちらこそ、クラリス=フォン=アルテンを引き渡さないということですね。ヒヒっ、それならば仕方ないですねぇ」
最後の言葉が合図であったかのように、パルメ達を囲いこむように現れたグラディウスとアル=カーンの九人。ルーシェ達も六人で円形に集まり、攻撃に備える。
「な、なんで一人足りな――」
「「「アーティファクト解放」」」
すると囲んでいた三人が同時にいきなり何かを叫ぶ。その直後三人の掲げているものから眩い光が照射される。
何かの攻撃かと防御態勢をとるものの、特にこれといって何かが起こるというわけでもなかった――ただ一人を除けば。
「――がっ! な…なぜそれを、なぜ封魔の十字架を!」
レーネただ一人がもだえ苦しむ。他のメンバーにはただ眩しいだけで、レーネの演技ではないのか、という考えすら思い浮かぶほど何も感じない。しかしレーネがはじめて見せる苦しむ姿が、そうではないと悟らせる。
「ヒヒっ、貴様に人化を解かれたら手に負えませんからねぇ。対策は取らせてもらいましたよぉ」
「じ、じんか……何のことだ。おい、レーネ大丈夫か!」
珍しくルーシェにも慌てている様子が窺える。
「ちょっと驚いただけ。この程度大丈夫よ……それよりお前ら、何故私のことをしっている」
「そんなことはどうでもいいでしょう。いいのですかぁ? 早く私たちを倒して助けにいかなくても」
腹の奥底から出したような低い声で問いかけるレーネに対し、ニヒルな笑みを浮かべながら忠告するアル=カーンの男。しかしまさに忠告通りである。レーネは確かに十人が約束の中心地の周辺にいることを感知していた。そのため予定通り襲撃をすることにしたのだ。にもかかわらず、今いるのは九人。一人足りないのだ。
「ふん、今更追いかけたところで場所が分かるはずもないわ」
「本当に、最初から十人いたのでしょうか? ヒヒっ、お前の感知能力は魔法じゃない。先に知っていれば対策の仕様はいくらでもあるんですよ」
「……仮にあっちに一人いってたとしても無駄よ。あっちにはアストがいるんだから」
「アストぉ? そんなガキにべルムンドが負けるわけがないでしょう、ヒヒっ」
「いい加減あなたとのお喋りも飽きたわ。なにより、キモイのよ」
「な、なんだとぉ! この私がキモ――」
「今よ! オーバースフィア!」
レーネの号令がかかった瞬間に一斉に地面に伏せる。というのも、事前に様々なパターンに対する計画をすり合わせていたからだ。もし周りを囲むように敵が現れたら号令により伏せて、レーネの魔法で一掃するという計画通りに全員が動いている。ただ、ルミだけはルーシェによって強制的に伏せられているように見えなくもないが。
レーネを中心として現れた漆黒の円。空中に鉛筆で丸く書いたようである。しかしその直後、水滴が落下した水面のように三百六十度方向へと一瞬にして広がる。この戦闘の光景を真上から見ていれば、レーネを中心とした大きいレコード盤が現れたように見えるだろう。
その黒い円は何にぶつかっても止まることはなく、直径二十五メートル程度まで一気に伸びる。
魔法の発動が終わったころ、ようやく切られたのを認知したかのように次々と木が倒れていく。もちろん大木もその被害者だが、接地面が大きかったのか倒れることはなさそうだ。
「さて、これで大体始末できたかしら。あのね、何か勘違いしているようだから教えてあげるけど――私このままでも十分に強いの。ふふっ」
「な、なによこれ……規格外の化け物よ」
日々ルーシェというこれまたある意味化け物と一緒に行動しているパルメですらこの驚きようである。一体どれだけの規格外なのか身に染みて分かるというものだ。それに、目の前で平然と殺害行為をされたのだ。いくら事前に覚悟はしていたとしても、実際に目にしなければ分からないものもある。
「……なるほど、あれだけ警戒されるだけはあるということですね。ヒヒっ」
「ちっ、あんまり死ななかったわね」
どうやら先ほどの攻撃を躱した様子の男。しかし周りを見てみれば四人の二分割された死体が転送されている様子が見える。どうやらこれで相手は五人になったようだ。
「ヒヒっ。さあ、殺し合いを始めましょーお!」
~~~~~~
「ふぁ、ふぁ~あ」
相変わらず眠そうな様子のアスト。今頃戦闘が始まっているだろうというのにこの呑気さ。というのもレーネとルーシェの二人に圧倒的信頼を置いているからであり、相手の心配をしているほどであった。
「こらアストっち! きちんと仕事しなきゃダメだゾ」
解雇されたミシュー先輩が何を言う、と愚痴をこぼしたくなったが既の所で飲み込む。変に口論に持ち込んでも勝てる自信がこれっぽっちも湧いてこなかったからだ。
「レーネが褒めるからどれ程の者かとワクワクしておったのに、期待外れにも程があるぞ」
「僭越ながら、陛下が一番何の役にもたっていないかと」
よくぞ言ってくれた、と心の中で称賛を送る。
「何か勘違いしているようだから教えてやる。余は存在しているだけで世界は得をしているのだ。その余とお喋りしているのだから感謝してほしいぐらいだ」
「ああ、全くもってその通り。だからその価値ある命を頂戴させてもらう」
「――っ! いつの間に!」
驚きの声を上げるミシュー。その声には普段のおちゃらけた様子は微塵も感じられない。そう、本来であればありえないはずなのだ。確かにレーネがいればミシューの仕事はないためお荷物部隊に配属されたわけだが、本当の意味でお荷物になっているわけではない。
三次魔法に属する固有能力の持ち主であるミシューの力があれば敵に遭遇することなく逃げ切ることが可能なのだ。
前回男が接触してきた時もマーキングを施されていたからこそバレただけであって、探知能力が劣っていたというわけではないのだ。その対策で事前に全員にディスペルをかけていたため今回マーキングされていることはまずありえない。
「ふふっ、しかし頭が良い奴ほど思った通りに動いてくれるな。ルーシェというやつには感謝しなければならないな」
「……何故私たちの場所が」
「単純明快、お前の能力より私の能力の方が上回っていたからだ」
「で、でもマーキングをしていたからでは――」
「ふふっ、はーっはっはっは! そんなことを本当に信じるとはなぁ。嘘に決まってんだろ? お前の能力より私のリージョンスキャニングの方が優秀なんだよ」
「あ、ありえない! たかが最上位探知魔術程度で――っ!」
風が吹き荒れる。いや、龍気が吹き荒れている。濃厚な死の気配。絶対的な存在を前にしたときの恐怖感。
「ああ、本来であれば、な。しかし龍血清が完全に適合したこの私は常識すらもぶち壊すことができるのだ!」
――リージョンスキャニング、最上位に位置するとされている空間認識系一般探知魔術だ。確かに魔術の中では最大規模の探知規模を誇る。しかしそれは所詮“魔術”の中でしかない。ミシューの固有能力は三次魔法であり、所詮一次魔法の最上位魔術なんかでは太刀打ちできるものではない。
しかし、今回の敵は普通ではなかった。明らかに人間をやめているその気配。それを見れば一般的な常識など壊れていたとしてもおかしくはない。なんせ、一次魔法より三次魔法が強いというのは同じ人間が対象の常識だ。龍血清による強化人間は別である。
さらに今回は状況が悪い。魔素が荒れに荒れ果てているこの地では魔素感知系探知魔法はどうしても能力が減少してしまう。そもそもまともに探知が出来ているだけでも驚嘆するに値するほどなのだ。魔素感知系探知一次魔法ではまず発動すらできないだろう。
それに対し敵が使用したのは、魔素密度には左右されない空間認識系探知魔法。本来であれば魔素感知系探知魔法より捜索範囲の少ない魔法である。しかしありえないほど高い魔素密度に、龍血清の使用というダブルパンチによって、固有能力を超えるという不可能を可能にしていたのだ。
そしてそれを隠し偽っていた。つまり、ミシューがいれば逃げ切ることができるというルーシェの読みを逆手に取っていたということだ。つまり今までミシュー達の探知網より外側から常に監視していたのであろう。そして、ルーシェ達が離れたタイミングでの襲撃。
全てはこのための策略だったのだ。規格外として知られているレーネとルーシェをクラリスから引きはがすための。
「ミシュー様、陛下と一緒に退避してください。ベル、タリンは二人をお願いします」
すぐさま行動を移したのはヴィック。護衛である二人に任せて、アストと共闘する気だ。しかしそれは最善の判断だと言える。今まで護衛としての訓練を受けてきた二人とアストではどちらが適任かは言うまでもない。
不慣れな護衛をさせるよりかは、敵と対峙したほうが全力を引き出せると瞬時に考察したのだ。
その命令にすぐさま頷いた二人は、ミシューとクラリスを抱えて物凄いスピードで離脱する。
「ふぇ~、息ができぬ~」
こんな非常事態にもかかわらず、未だに呑気なことを言っている我が儘お嬢様。ある意味羨ましいほどだ。
「逃げられるのは困るんだがな……」
「ここは通させませんよ。アスト様、準備は――聞くまでもありませんでしたね」
先ほどまで眠そうにしていたアストを心配しての言葉であったが、ちらりと横目に見たアストの表情を見て、そのような心配はいらないことを察する。
「へっ、錆は落としておきたかったんでね」
アストはこの学園生活には退屈していた。今までの生活からは余りにもかけ離れていたからだ。卒業資格を取ることが必須だと分かっているからこそ渋々通い始めたわけだが、やはり退屈であった。今までは嫌な生活としか思っていなかった師匠との生活も、いざ離れてみると恋しくなっていた自分がどこかにいた。
そのため退屈であった。何か、身を駆り立てるほどの何かを学園生活では体験することはできなかった。学生として生活していくことで自分が錆びついていくようだった。
しかし目の前にいるのは違う。人間とは違う何かだ。さらに元老院からは剣技の開放は許されている。存分に楽しめる。
「残念ながらお前らに用はないっ!」
こちらも戦闘が始まろうとしていた。
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