fiction 48
「その必要はない」
「……あら、女子会の招待状を出した覚えはないんだけど?」
「当日参加ぐらい許してくれ」
ルーシェとレーネの二人だけの会話に突如として現れた一人の軍服らしき服を着た男。普通に考えればありえない。魔素を持つものであればミシューの探知網をかいくぐってくることなど不可能なはずだ。仮にミシューが仕事をサボっていたとしても、ミシューと同等レベルと考えられる感知能力の持ち主のレーネがいる。
そのレーネさえ接近に気が付かなかったとは到底考えられない。残る可能性としては転移魔法が考えられる。だが、転移魔法はそんなに簡単で便利なものでもない。
例えばアルス=マグナ武術部門での転移魔法。これだってまず、転移前と転移先の座標に先に細工をしており、さらに対象者にバングルを装着してもらうことにより個人の疆界――魔素空間における「私」と「私」以外の境界――への介入を可能としている。
レーネが仲間を転送した時も、転送先のポイントにレーネがいて、転送前のポイントに対象者がいて、さらにその対象者が転移魔法への協力をしていたために実現できたものだ。
もし今回の来訪者が転移魔法によりお出ましになったのであれば、不可解な点が一つだけ発生する。そう、この到達地点の座標をどのように特定したか、だ。もしこの地点に来ることが分かっていたなら別だが、そんなことは推測しようがない。となれば、アスト達のいる地点を感知したことに外ならない。もしそうであるなら、最初の考察――レーネとミシューの感知をこえられるわけがない、という前提を崩壊させなければならない。そうすると、今までの考察は全て総崩れしてしまう。
そのためどのようにして現れたのか全く分からなかった二人だが、ルーシェに一つの考えが浮かび上がる。
「まさか……二人にマーキングしていたのか」
「流石だな。噂は耳朶に触れている。どうやら誇張表現でもなかったようだ。それにしてもベルトハルツとアルトハルツがくっつくとは」
仮に、仮に今までの前提が正しいままだとすると、一つだけ方法が浮かびあがる。それはアスト達の誰かが座標情報を送っていたということだ。何も故意的である必要はない。例えば発信機のような魔法を誰かにつけていれば、裏切っていようがなかろうが問題はない。
しかし、マーキングするにも必要最低限の距離近づかなければ不可能である。大会の転移魔法陣には他魔法の解除――事前のドーピング対策――の効果も含まれているため、始まってから接敵していないベルトハルツ名誉学園、アルトハルツ第二学園の選手には不可能。であるなら、残る可能性は二人しかいない。
「まさかわざと逃がしたのか」
「正解でもあり、不正解でもある。一回逃げられたのは事実だ。馬鹿なやつの自殺魔法の所為でな。しかしあんな死にかけの小娘二人などすぐに追いつける。本当ならその場で殺してもよかったんだが、わざわざ手を下すまでもなく野垂れ死んでいたからな。ならばと思って賭けに出たのさ。死ねばそれはそれで。生きてるなら何者かの介入がある――つまりはその先にお前らがいるってな。生きてたとしても二分の一だったが、くっついているなら都合がいい」
「……無駄に頭が回るやつだ」
「まあ本題に移ろう。別に戦いにきたわけではない。これを渡しにきただけだ」
そういって胸ポケットから取り出したカードを手首のスナップだけで飛ばし、ルーシェ達の近くに生えていた木の幹に突き刺さる。
「では、私はここいらで退散させて頂く」
「それは無理な相談ね」
軍服の男の後ろにはマギカ・ブラスターを構えたミシューがいつの間にか仁王立ちしている。
「…………」
「に、逃がしませんっ」
「みんなを殺した奴をっ、ミナを馬鹿にした奴を逃がすとでも思ってるわけっ!」
左手には相変わらず黙りこくったままのルミ。右手には憤怒の様子の、しかし目は未だに赤いシャルロッテとその後ろに隠れているリーンがそれぞれ臨戦態勢で待ち構えている。
既に男は三百六十度包囲されている状態だ。
「おや、モテモテかな。しかしこの場はおいとまさせてもらう」
そうはさせまいとパルメが紅桔梗色の光線を放つ。と同時に指をパチンと鳴らした乱入者はその場から忽然と消え去ってしまう。
当然、光線が消え去るというわけもなく、そのままルーシェの方角へと突き進むが、手の甲に魔法陣を生成したルーシェが光線を撫でるようにして軌道を曲げる。
「私を殺す気か」
「ごっめーん。てへ」
直撃していれば、箇所にもよるが致命傷は避けられないような威力である。確実に男を仕留めにいっていたことは容易に想像がつく。
~~~~~~
「で、それが招待状ですか」
結局逃げられてしまったわけだが、その後の追跡は不可能であった。やはりミシュー達の探知網より遠くから転移をしていたのだろう。しかし手がかりは残されている。いや、男がわざと残したものだ。
「『親愛なるクラリス=フォン=アルテンへ。今夜七時中心部にて待つ。一人で来ない場合、仲間と一緒に旅立つこととなる』……ですか」
ミシューの護衛で男との邂逅には立ち会わせていなかったアストが、達筆な字で書いてある文章を読みあげる。
「何、余への恋文か?」
「いえ、殺害予告です。僭越ながら、陛下のようなお子様には恋文など来ません」
「なにっ! 余のナイスバディが分からないのか!」
「馬鹿やってないで話を進めるわよ」
「レーネまで酷いぞっ」
殺害予告文を突き付けられた当の本人はあまり事の重大さを理解していないようだ。
「状況を整理しよう。奴らのターゲットは我が儘お嬢様、ただ一人。しかし敵対するのであれば我々を排除するのに躊躇いはないようだな。さてどうするか」
「そんなの簡単じゃないルーシェ。悲劇のお嬢様になってもらえばいいだけでしょ」
「なに、余はヒロインなのか! パルメとやらは中々良い目を持っているようだな。どうだ、余の配下にならないか?」
「この高尚なパルメ様がアンタの配下? お断りよ」
「僭越ながら、陛下一人を犠牲にしようという提案です」
「なんだと! 余は死にたくないぞ」
大人数になると中々話は進まない。特に自分勝手なものがいると途端に停滞してしまう。
「けどまあ、相手の実力がつかめない以上、クラリス一人で済むならお買い得なんじゃないですかね」
流石にゲスいアスト。パルメと同様簡単に切り捨てる方向で考えているようだ。
「はん、馬鹿がいるようだから教えてやる。よいか、お前みたいな猿と余では命の価値の次元が違うのだ。余が死ねばそれこそ国にとって不利益となるのだ」
「……さいですか」
「まあどちらにせよ、残念ながら我々護衛は陛下についていくしかありません。ですから皆さんのご助力がいただければ大変嬉しいですが、あくまでもお願いです。今回のアルス=マグナでは死人がでる。それは確実でしょう。であるならここで離れてもらっても一行に構いません」
「残念とはなんだ、残念とは」
このような情況になっても護衛として任務を全うする気だ。やはり我が儘お嬢様にはもったいない男だ。
「その気概、気に入った。まあ元々助太刀をする方向では決まっていたが、改めてそう思わせてくれた。もちろんこれはルーシェ=パンドーラ=エルミネスとしての判断であり、我がベルトハルツ名誉学園の総意ではない。みんなはついてきてもらわなくてもいい」
「はあ、何馬鹿なこと言ってんのよ。ルーシェが決めたんならそれに従うわ。ミシューとルミだってどうせ一人じゃなんもできないから強制ね。あと護衛のアストも必然的よね」
「……まあ、何となくわかってました」
少々強引だが、これでベルトハルツ名誉学園は全員参加となった。なんだかんだ言ってルーシェに絶対的な信頼を置いているのだ。パルメの判断に迷いはなかった。
「もちろん私たちも行くわ。助けてもらった恩もあるし、何より私があいつを許せないの。我が主に変わって私が神罰を下さないといけないわ。もちろんリーンも参加するって」
「え、まだ言ってな……なんでもないですぅ」
聖アルクフェン女学院も満場一致で参加のようだ。
「ではまず方針を決めよう。戦うか逃げるか。これによって大きく変わってくる」
みな戦う前提で話を進めているようだが、もちろん逃げるという手もある。確かに円状に張られてある結界が存在するため、それより外には出られない。しかしアルス=マグナは五日間しかない。
まだ二日目ではあるが、優秀な感知能力者が二人もいるのであれば、逃げ切ることも不可能ではないだろう。タイムリミットを過ぎればもうこちらのもの。
しかし問題もある。通信障害などが起きている原因が運営委員会の故意によるものなのであれば、転移の日付をずらすこともまた可能なのではないか。もしそうなのであれば、五日間というタイムリミットは何の意味を為さない。であるなら答えは明確だ。
「今さらなに言ってんのよ。あんなやつレンコンにしてしまえばいいのよ」
「逃げては神罰が下せない。その手紙通りの時間に襲撃してやればいいのよ」
……あまり細かいことを考えているようには見えないが、みなの意見は一致しているようだ。
「はあ、血気盛んなのが多いな。そういえばヴィック、我が儘お嬢様は戦えるのか?」
「いえ、全く」
「……なんで出てるんだ」
「社会見学です」
「……そうか。お荷物ってことは分かった。まあ戦闘面に関してはこちらにもお荷物がいる。一緒くたにまとめてしまえばいい」
「ぷっ、ミシューあんたもお荷物だって」
「ぐぬぬっ」
「では二つにグループわけした方がいいか。ミシューとお嬢様は待機班確定として、護衛をどれだけ残すか」
乗り込みに行くのに非戦闘要員を連れて行っても邪魔になるだけだろう。本来であれば探知要因として役立つミシューも、戦闘のできるレーネで代用が効くため本当に無駄、それどころかデメリットしかない。
それならば元々役に立ち様もないクラリスと一緒にお留守番をさせておいた方がいい。しかし非戦闘員だけを残しておくのは非常に危険だ。しかもクラリスに限っては敵の目的人物である。やはり最低限の護衛は残さなくてはならない。
「ユスティート騎士学校の動向が分からないから何とも言えないわね」
そう、敵は何もグラディウスとアル=カーンだけとは限らない。今まで接触したことはないが六校目――星立ユスティート騎士学校の存在も考慮しなければならない。グラディウスと結託していなかったとしても、今の状況を理解していなければ攻撃してくる可能性は十分にある。なんせ今はアルス=マグナ武術部門の試合の最中なのだから。
「確かにパルメの言う通り本来であればユスティートの存在も考慮しなければならないのだろうが……考えなくてもいいかもしれない」
「ど、どうゆうこと?」
「ユスティートの選手は騎士道精神を大切にしている。降参する様子を見せれば攻撃してくることはないだろう。それに……いや、なんでもない」
ルーシェの頭には先ほど遭遇した男との会話の記憶が流れていた。
『――生きてたとしても二分の一だったが、くっついているなら都合がいい』
マーキングを施していた聖アルクフェン女学院の二人が生きている。つまりは何者かによって保護されたことを意味する。しかしそれならば確率は三分の一のはずなのである。ベルトハルツ名誉学園とアルトハルツ第二学園、そしてユスティート騎士学校の三校が存在するのだから。しかし男は二分の一といった。
それの意味することは一つしか考えられない。つまり初日に全滅させられていたということ。もちろん確証はない。ここまで考えさせるための策略からくる発言だったのかもしれない。しかしその発言をしたところで相手側にさしたメリットがあるとも考えられない。そのため信ぴょう性は十分に高いと考えていた。
「なら残すのは最低限でいいわね」
「とはいえ、我が儘お嬢様の警備が薄くなっては元も子もない。元々護衛だった三人には残ってもらおう。アスト君も護衛に回ってくれ」
「……そんなに回して大丈夫?」
「ビビっているのかパルメ」
「そんなわけ――」
「私たちのチームは最強、そうだろう?」
「そう、ね。そうだったわね。いいわ、相手が何人だろうが龍血清とやらを使っていようが変わらないわ」
結局、待機班には元々護衛だったものたちがつくことに。餅は餅屋、ということだ。アストに関しては役得でしかないが。
~~~~~~
通信障害により武術部門の映像が流れなくなってしまったわけだが、だからといってお祭り騒ぎが終了するかと言えば、断じてそんなことはない。最早飲んで食っての本当の祭りになってしまった今となっては、アルス=マグナ自体は主目的ではなくなっている。
「それにしても本当にうるさいですね」
「仕方ないです、住人にとっては滅多にない大型連休なんですから。それよりも、例の件は?」
「やはり尻尾は掴めません」
「そうですか。となると強硬手段をとるしかなさそうですね」
「流石に証拠なしで乗り込むのはまずいのでは?」
「なに、死人に口なしです。それに証拠はないといっても黒に限りなく近いグレー。問題ないでしょう」
人通りが穏やかな道で話す二人。誰も気にかけている様子はない。まるで存在を認識できていないかのように。
「はあ、また怒られますよ?」
「陛下の御身に危険が近づいているとあっては悠長にもしていられないでしょう。まあ旗長がいるなら心配はいらないんでしょうけど……とにかく、今夜にでも動きましょう」
「課長がそこまで言うなら。では第一班と二班を準備させます――おや、そろそろ退散しますね」
「ええ、分かりました。では今夜」
一瞬にして一人の女性が路地から消え去る。にもかかわらずやはり誰も驚いた様子すら見せない。
すると一人の少年が走ってくる。
「あ、いたいた。何やってたんだリタ。迷子になってんじゃねえぞ」
「す、すいませんレスト君」
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