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fiction 45

 森の奥深く、人々の手が到達していない場所では、夜になれば光源は薄っすらと光り輝く月と星々のみ。しかしその微光さえも、我先にと自由気ままに伸びる木々に遮られれ、暗夜といっても差し支えない。

 しかし、そんな黒い森に一つの火影が揺れ動いていた。


「モグモグ……うむ、中々なものだと誉めてやろう」

「ありがとうございます、とでも言った方が良いのかな? クラリスちゃん」

「なっ! ちゃん付けをするでない! ……モグモグ……余はかの四大貴族であるぞっ」


 本来であれば漆黒が支配していなければいけない時間、場所は、一部分だけ喧しさに塗りつぶされていた。

 初日からベルトハルツ名誉学園とアルトハルツ第二学園の生徒達が和気藹々と夕餉をしたためている様子が全国に放送されていようものなら、大惨事になりかねない。

 事前から手を組んでいたなどという噂が立てば各学校のみならず、アルス=マグナ運営委員会、ひいてはその親組織である教育連盟にまで火の粉が飛んでくるかもしれない。

 もちろん普通の学園祭程度の催しであるならばどうってことはない。しかしアルス=マグナは国随一の学術惑星アルスウィッシェン一番のお祭りだ。さらに、裏では膨大なお金が絡んでくるとあっては、汚いお仕事の方々までもが動きかねない。

 そういう意味では、今回の通信障害騒ぎは不幸中の幸いなのかもしれない。


「そういえば、今更だが自己紹介をしておかないか? 一時的と言えども同盟を組むんだ。名前を知らぬわけにもいくまい。貴様――ハイネスは未だしも、先ほど転移魔法か何かで飛んできた方々はすまないが名前を知らないのでね。それはそちらも同じことであろう?」


 ベルトハルツ名誉学園の最終兵器ルーシェ=パンドーラ=エルミネスと、アルトハルツ学園の秘蔵っ子レーネ=ハイネスとの邂逅が奇跡的にも被害者を誰も出さずに終わることが出来た。つまり、一時的な同盟の締結に成功したのだ。大会が始まる前に裏で結託していたということはそれほどの重大な事件だったのだろう。

 とにかく、同盟さえ結んでしまえば話は早かった。単独で交渉にあたっていたレーネが、離れた所に待機していた四人を魔法で転移させたのだ。本当であれば、そこから細かな話し合いを真っ先に行わなければならないのだろうが、既に夕刻とあって腹をすかせた自称大貴族のご令嬢が喚きだし、音叉が共鳴するかの如くそれに同調したパルメまでもが暴れだし、事態の収拾がつかなくなってしまったのだ。

 それ故に二校合同晩餐会が今現在進行形で行われている。試合中にこんなバカ騒ぎしながら食事をするチームなんて今までの歴史上なかっただろう。


「確かに言われてみればお互い自己紹介もまだでしたね。私はヴィック=ゾーマス、一応このクラリス=フォン=アルテン様の護衛ということになっています。陛下は少々、いえかなり我が儘な所がありますが、そこのところは目をつぶっていただけると幸いです」

「なにをいう。余ほど聡明で頭脳明晰な人物はおらぬ。余を一文字で表すならまさに雅!」


 自らを護衛と称する人物の一番最初に目がつくところが額の大きな傷跡だろう。今時の発展した医療技術が普及している中、これほどまで大きな傷が残っていることは珍しい。さらに、同級生とは到底思えない険しい目つき。小学生なら確実に泣き出してしまいそうなその風体。明らかにヤバい職業のそれである。

 にもかかわらず、口を開けば丁寧な口調から、面構えとは正反対の人物であることはすぐにわかる。実際に二校の間の潤滑剤として働いていたのもこのヴィック=ゾーマスという人物であった。

 中身がどうであれ、一応四大貴族のご令嬢の護衛なのだ。それなりのできる人物が招集されるにも納得である。というより、四大貴族のご令嬢であると納得できるエビデンスは護衛の有能さぐらいしかない。


「そして、この二人がベル=コリンツとタリン=アスネリッヒです。二人とも陛下の護衛です」


 紹介された二人は静かに礼をする。まさに護衛とはこれのこと、と言わんばかりの真面目さが滲みだす男女二人組だ。


「ふむ、ではこちらも自己紹介させていただこうか」

「いえ、その必要は御座いません。天才的な魔術師ルミ=ミネス様、マギカ・ブラスターの使い手として有名なパルメ=ワルワット様、希少な固有能力保持者のミシュー=ルーベラス様、そしてベルトハルツの英雄ルーシェ=パンドーラ=エルミネス様、皆さんのお噂は予予かねがね承っておりました。もちろん、アスト=ベルガルド様も」


 この場にいないアストを除いて、紹介する人物に目を向けながら話している限り、本当にベルトハルツのメンバーのことを熟知しているようだ。


「これは驚いた。自己紹介の手間が省けたようだ。あと、そんなにかしこまらなくてもいいからな」

「職業病のようなものですので、お構いなく」


 表面的には驚いてみせたものの、今までの会話や行動からヴィック=ゾーマスという人物の人となりを理解していたルーシェにとっては何ら驚嘆するものでもなかった。

 最早ルーシェとヴィックの二人での会話となっているが、そもそも会話がまともに成り立つ人物がこの二人しかいないという時点で分かり切っていたことである。

 何故か急速に仲良くなっているミシューとクラリス。さらにパルメが加わりカオスなことになっている三人に真面目は話ができるわけもないし、護衛の二人に会話する気配は微塵も感じない。あくまでも職務に忠実なのだろう。


「そういえば、少し気になったことがあるのだが聞いてもいいか?」

「ええ、ルーシェ様の聞きたいことであるなら、可能な限りお答えしますよ」

「それはありがたい。姫さんの後ろの二人もあなたのお嬢様の護衛といっていたが、レーネ=ハイネスも護衛なのか?」


 誰もが疑問に思うことであった。そもそも、他校の選手の情報は大抵漏れ出るものだ。優秀な生徒の存在をひた隠しにすることもできないし、学内でメンバーの発表があれば一発でばれる。

 しかしアルトハルツ第二学園に関しては参加選手の情報が中々出回らなかったのだ。しかしそれも納得である。アルテン家の令嬢の護衛、つまりは私兵みたいなものだ。恐らくだが直前辺りに入学でもさせて無理やりメンバー入りさせたのだろう。学園の生徒も知らぬ人物となれば情報が出回らないことも当たり前である。

 しかし、例外がレーネ=ハイネスである。入学当初から学園の切り札として英名を馳せていた。さらにあの自由気ままな性格。誰かの配下につくような人物には、ルーシェにはどうしても見えなかったのだ。


「護衛と言えば護衛ですが、我々とは関係性が少々違います。私たちはアルテン家に忠誠を誓っていますが、レーネ様は違います。簡単に言えば、陛下と直接雇用契約を結んでいるようなものです」

「ふむ、よく分からん。それにしても当人たちは一体何をしているのやら……」


 会話に上がっているとは露も知らないアストとレーネ。というのも、先ほど二人で話すことがあるといって木々の奥の方に行ってしまったのだ。



~~~~~~



 夜の森。それが整備されている公園や、星々が織りなす自然の絵画を楽しめるのなら別だが、時々不気味な動物の鳴き声が聞こえるような場所が逢瀬の空間と成り得るはずもない。しかし、秘密話をするにはもってこいの場所と言えるだろう。

 ルーシェ達がいる場所からそう遠くに離れているというわけではなく、火の光は見えるものの、相手の顔を視認するには少々物足りない。知り合いならまだしも、二、三回程度しか会っていない相手ならば顔による判別は難しいかもしれない。

 そのような環境でアストとレーネの二人は向かい合っていた。


「わざわざ呼びつけて話したいことってなんだよ。だいたいなんで同盟なんて面倒なことしたんだ? お前ひとりいれば十分だろ」

「そんな一気に言われても答えきれないわよ……と、言いたいところだけど、両方とも同じ案件だわ。龍血清、と言えば分かる?」


 木に寄りかかり眠そうにしていたアストの瞼がピクリと動く。


「まあな。この間、翳に調べてもらっていた」

「あら、アストが自ら動くなんて珍しい」

「それは……いや、なんでもない」


 怪訝な顔を向けるレーネ。しかしそれほど気にしていないのか話を進める。


「で、恐らくだけど今回その龍血清が使用されている可能性があるの。最初の戦闘――アルクフェン女学院がグラディウスとアル=カーン両校に挟撃されていたとき、微かに臭ったの。龍のにおいが」

「相変わらずいい鼻を持ってるな。人間から見れば羨ましい限りだよ」

「褒めても何もでないわよ」

「まあレーネが感じたなら本当なんだろうが、それにしたってただの学生が龍血清なんて手に入れられるのか? 人間からは隔絶した力を持つ龍種を討伐するだけでも大変ってのに、ましてや素人が龍血清を精製できるとは到底考えられないんだがな」


 最強の生物、それは議論のする余地もなく、龍種であると誰もが答えるだろう。まるで最強であることが種の義務であるかの如く、人間との、いや他の全生物との隔絶とした差がある。

 そんな龍の血から抽出して作られるのが龍血清だ。この龍血清を体内に投与すれば驚くほどの力を得られる、というものだ。

 しかしこれには幾つかの問題が生じる。まず、龍の血の入手が困難という点だ。どの星にもいるわけでもなく、仮にいたとしても討伐は困難を極める。科学兵器がほとんど通用しない龍種を討伐するには、少なくとも序列入り兵士が必要とされている。

 だが一番の問題が副作用だ。人智を超越した龍の魔素がふんだんに含まれている龍血清を投与して何もないはずがなく、学会により御法度となった研究なのである。その副作用に関しては発表されておらず、様々な憶測が飛び交うこととなった。


「そう、そこが私も気になってるポイントなの。金だせば買えるってものでもないのに……そういえば翳に調べてもらってたって言ってたわよね? 何か分からなかったの?」

「う~ん、特にこれといって。根本は左系軍上層部らしくて詳しい情報はあんまり入手できなかったらしいんだよな。まあ龍血清で強化兵士計画でも画策してたんじゃ――」

「それよっ!」


 いきなりの大声につい肩をびくつかせてしまったアスト。レーネが防音魔法をかけていたとはいえ、人間秘密話をしているとつい潜めた声になってしまう。それなのにいきなり大声をだしたものだから驚きもするものだ。


「なんだよいきなり」


そのため嫌な顔をして抗議するのも仕方のないことだろう。


「相変わらず馬鹿ね。グラディウスは軍事学校よ。そこから流れているに決まってんじゃない」

「あ……そういえばそうか」

「はぁ、とにかく相手全員が龍血清を使ってくるとなると非常に厄介よ。人化を解かないまま(・・・・・・・・・)だとね。だからアストと組んでおきたかったの。それにルーシェってやつも少しは使えそうだし」

「少しって酷いな。言っておくが、今回俺はお荷物にしかならないと思うぞ。剣技しかお許しもらってないしな。だいたい俺はルーシェ先輩に一回負けてんだ」

「……ま、アストがそんなに言うなら考え直さないことはないけど」

「ま、そろそろ戻ろうぜ。ルーシェ先輩も心配してるかもしんねえし」


 実際のところは眠いだけだろう。いつ敵が襲い掛かってくるかもしれないのに呑気に大きなあくびをしている。


「まあ今日のところはお開きね……と、言いたいとこだけど、そうもいかなくなったわ」


 そういいながら防音魔法を解く。と同時にルーシェの緊迫した声が聞こえてくる。


「アスト君、二人だ!」


用語集、登場人物を更新しました。

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