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fiction 44

「それで、リタ君だったかな? いやはや、先ほどの説明は実に見事だったよ」

「あ、ありがとうございます、バーナス委員長」


 なんやかんやあって無事に管理部署へと入ることができた御一行。どうやら先ほどのリタの熱弁が余ほど気に入ったご様子で、先ほどからリタにべったりだ。一歩間違えば犯罪臭が漂ってくる。

 とはいえ、こちらは無理言って特別に案内してもらっている身。さらに犯罪臭とは言ったものの、それは外見――三十路は優に超えているであろう恰幅のいいオジサンと小柄な少女の二人組――からくるもので、実際には施設を丁寧に案内してくれている。


「おや、もうついたようだな。ここが武術部門の全てのシステムを管理している場所だ」


 まず一番最初に目がつくと言えば、曲面した壁いっぱいに映し出された映像だろう。特に、中央に光り輝いている著大な幾何学図形には誰もが圧倒させられる。さらに半分に切られたバウムクーヘンのように、半円の机が幾重にも連なりモニターに向かっている。後ろにいくほど床の高さが上がるため、段々畑のようだ。

 思わずはしゃぎたくなるような光景だ。だが粛々と、しかしどこか艱難辛苦かんなんしんくしている大勢のスタッフたちが働いている様子を一望してしまえば、のど元まで出てきていた興奮の言葉も飲み込むしかない。


「す、すげえな…」


 レストは頑張ったほうだ。


「そうかしこまらなくてもいい。あそこのメインモニターに映し出されているのが今回の魔法陣の構成システムの全貌だ」


 いくつもの直線、曲線、円形などからなりたっている。一見無造作に見えるそれも、よくみると“繋がり”を感じる。まるで路線図などを表しているようだ。


「え、あれが構成システムソフトウェアですか?」


 レストのような、魔法に関して無知である人物なら、何となくすごいんだな、程度の感想しか抱かないだろう。

 しかし、エリスやケイネスから見れば明らかに様子がおかしい。直線、曲線、円形から成り立っているシステムソフトウェアには文字列や数字が使われていないのだ。そう、旧式魔法陣にもかかわらず。


 旧型魔法陣と新型魔法陣の大きな違いとして、文字や数字が使われているかどうかが大きなポイントとなってくる。

 旧型は、古来から使われてきている特殊な言語や数字を利用することにより、魔法陣に意味づけを行う。一方、新型の場合は幾何学模様のみでこれらを表現してしまうのだ。


 今回、武術部門の参加選手を転送したシステムの魔法陣は旧式。つまり、線と丸だけで表されている構成システムソフトウェアはあきらさまにおかしいのだ。


「ふむ、皆の言いたいことはわかっている。実は今回利用されている魔法陣は昨年まで使われてきたものとは違うのだ」

「え……では今年からは新型を利用していたということですか?」


 つまりエリスの言う通り、新型魔法陣が使用されていることに外ならない。今までの学園別対抗戦――アルス=マグナの長大な歴史の中で一回も形を変えなかった転送魔法陣を変更する、これは一大ニュースと言っても大過たいかないだろう。


 一同が声を上げようとしたき、アルス=マグナ武術部門運営委員長――バーナスにより遮られる。


「そういうわけでもない。実は今年取り入れているものは新旧混合型魔法陣なのだ」

「……そのようなものがあったんですね。初めて聞きました」

「私もです」


 魔法関連の知識に於いては知悉ちしつしているエリス、そしてケイネスまでもが心当たりがない。だがそれは当たり前とも言えた。


「もちろんリタ君も聞いたことはないだろう。なんせ新旧混合型は未だ学会にすら提出していない新技術だからね」


 世界の智慧の集まりであり、情報バンクである学会にすら登録されていない新技術を知ってるはずもない。


「それは一体どのようなシステムなんですか?」

「ふむ、優秀なリタ君たちのことだ。この話をしてもいいだろう。ただし、ここから先はオフレコとなる。それに同意してくれなくては話すことはできない」


 学会にすら登録されていない魔法の最先端、一学生として興味がないわけがなかった――一部除く――。


「いままで使用されていたものは皆が知っている通り、旧型魔法陣だ。それも自助式弩級魔法陣だ。これの管理が大変じゃないわけがなくてな。そこで魔法陣の改良案が提出されたわけだ。

 もちろん今までの長い歴史、改良案が出されたことは星の数ほどあるさ。しかし運営の大本である教育連盟の老害ども…うぉっほん! 上層部が古来からの伝統が大事だと言い張ってな。それでこれまで改良がおこなわれることはなかったわけだ。

 しかし、今回の新旧混合型魔法陣は敢えて旧型の名残を残させ、なおかつ魔法陣の内部――構成システムソフトウェアを改良するという思想から成り立つものだ。これには伝統が大好きな上層部もご機嫌でね。

 今映し出されている通り、大枠は新型の魔法陣を採用している。しかし細部――システムの図にところどころ丸があるだろう? あそこに魔導関数の情報が省略されていてな。その魔導関数の意味づけには旧型――つまりは文字や数字を利用しているのだよ」


 随分と長い説明であったが、エリスやケイネスの顔を見ると好奇心旺盛な様子が窺える。しかし魔法に関してはあまり得意ではないフィネスには荷が重かったようで、大きな疑問符が浮かび上がっている。まあしかし、スタッフの綺麗なお姉さんに目がいっているレストよりは断然マシであろう。


「……つまり、外枠は新型魔法陣として作られているため、動作ソフトウェア一個に不備があっても全体の魔法陣としては成立するってことですね」

「ほう、エリス君も随分と優秀なようだ。その通り、大枠を新型魔法陣で作っているため、動作プログラム――今回だと情報伝達系だな――これがおかしくても他のプログラム、転送システムなどは正常に動かせることができるということだ」

「なるほど、それで今回のようなケースに陥ったのですね。確かに今年新たに導入したのであればシステム上に何らかのミスがある可能性は出てくる。さらに弩級魔法陣となれば難解さは桁違いだ。実際に、以前まで使われていた魔法陣が完全に不備がなくなるまでには十年以上もの年月を要したそうですしね」

「流石はアークライン家のご子息といったところですかな。……ん、そういえばリタ君はどこへ?」

「そ、そういえば……さっきまではいたのに。一番話を聞きたがっていたと思うのだけれど、一体どこへいってしまったのかしら」


 バーナス運営委員長とエリス、ケイネスの三人だけで盛り上がっていたため、リタがいつの間にか消え去っていることに気がつかなかったのだ。それは運営委員長だけでなく、エリスやケイネスもまた同じことであった。案内していた学生が一人いなくなって少し狼狽ぎみの運営委員長。迷子になっていれば案内していた人物の責任になるだろうし、ここには物理的、情報的に様々な危険物がある。焦るのも当然だ。


「ああ、そういえばリタならさっきお花摘みに行くとかいってたぞ」


 どうやら、この中で唯一運営委員長の話を聞いていなかったレストに言付けていたようだ。


「おい、そこの君。学生が御手水に行ったようだから様子を見に行ってくれ」

「かしこまりました」

「あぁ、綺麗なお姉さんが……」


 どうやらレストが狙っていた女性職員らしい。


「す、すいません。リタは恐らく話の邪魔をしてはいけないと思って黙っていったのだと思います」

「いやいや、エリス君が謝ることでもない。それに女の子なのだから恥ずかしかったのだろう」

「なんだ。やけに静かに出て行ったと思っていたが、そういうことだったのか」


 少し暗くなっていた空気も大人の采配でにぎやかなものへと変えてしまった。やはり見た目と違って(失礼)結構なやり手なのかもしれない。



~~~~~~



「本日は我が儘を聞いてくださりありがとうございました」

「いえいえ、私共もかの有名なヴァレンティノ家のご令嬢にご視察して下さり嬉しい限りです。それに将来我が国を引っ張っていくのは君たちのような若者たちだからね」


 委員長の目がエリス、ケイネス、そしてリタへと向かわれる。レスト? 知りませんね。


「そ、その……何も言わずに出て行っていまって……しゅいま、すいませんでした!」


 一時期迷子騒動を起こしたリタは終始沈鬱した様子だ。


「ははっ、別に構わないよ。今は忙しいからあれだが、対抗戦が終わればいつでも歓迎しよう」

「あ、ありがとうございます!」


 バーナス運営委員長と無事に別れたころには太陽は沈み始めていた。メインの管制室以外にも様々な施設を巡っている内に、思ったより話が長くなったようだ。

 だが街はまだまだ元気だ。この様子だと夜までお祭り騒ぎだろう。それは広大な土地を有するカッセン大学内もまた同じで、屋台から漂ってくる誘惑の香りは胃をぎゅうぎゅうと絞めつけてくる。


「それにしても当初の目的とはだいぶ逸れてしまったわね」

「エリス嬢の言う通りだな。だがしかし今回の騒動の謎は解明されたわけだし、後半は施設見学になっていてもよかったのではないかな。為になる話もたくさん聞けたわけだしな」


 実際為になっているのはエリスとケイネスだけだろう。リタはあの事件――というには些か可愛らしいものだが――からすっかり萎縮してしまって話を聞くどころではなかった様子だ。


わたくしには難解すぎるお話でした。しかしアストさんたちの安全については問題ないようですし、よかったです」

「そうね、リタも物凄い心配様だったしね」

「ふぇっ! そんなことないですよ~」

「なあなあ、あっちの屋台に行ってみようぜ! バターのいい匂いが漂ってくるぜ」

「フィネス様に毒が入っているやもしれぬ得体の知れないものを食べさせるわけにはいかないだろう! さっさと戻るぞ」


 貴族も色々と大変なのだろう。特に四大貴族ともなれば尚更だ。


「ふふっ、少しぐらい良いではありませんか。ケイネスさんも行きましょう?」

「フィ、フィネス様! し、しかし……」

「天下のヴァレンティノ家のご令嬢の言うことが聞けないってのか? ぐだぐだしてないで早く行こうぜ!」

「はあ、まったくレストは……食欲と色欲しかないのかしら」



 こうして楽しい楽しいアルス=マグナ初日は過ぎていく。ヤジロベエの上に置かれた張りぼての日常とは知らずに。


※重要なお知らせ※

魔獣と魔銃……読み方同じでした(笑)。まあ文体ではあまり影響はないかもしれませんが、一応ってことで、名称を変えます。

魔銃→マギカ・ブラスター

魔獣に関しては以前のままです。今後、マギカ・ブラスター(もしくは省略形のブラスター)を使っていきますので、ご理解よろしくお願いします。

(2018年3月4日追記 今までの文面も見直し、魔銃についての記載を全て直しました。ただ、見落としがあるかもしれませんので、その時は報告してくださると幸いです。)


あと、詳細設定集を新たに作りました。とはいえ、読まなくていいです。少しチラ見してもらえば分かりますが、少しやりすぎた感はあります。読まなくても全然大丈夫です。本文とかでは明かしていない小ネタ(パルメのマギカ・ブラスターの発色の色が紫色である理由とか)を書いてあったりするので、もし時間があるなら軽く覗いてもらえればうれしいです。原理についておかしい所があれば、教えてくださると大変嬉しいです。

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