fiction 43
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最早集合場所として誰も疑問を抱いていないVIPルーム。しかしその場に流れている空気はいつもと様子が違う。
というのも、二学年部の武術部門の参加選手の映像が伝達されていないようなのだ。
「どう考えてもおかしいです!」
普段は温和で物静かなリタの怒声が響き渡る。まあ怒声と言っても全く怖くない、というよりむしろ可愛げがあるといってもいい。両手を胸の前におき、必死に抗議しているのは分かるが、子供が駄々こねているようにしか思えない。
「落ち着けって、リタ。今騒いだってどうしようもないだろ」
反転、落ち着いている様子のレスト。いや、こちらは落ち着いているというより物事を単に理解していないだけだろう。
「しかし、今回のは流石におかしすぎるわよ。大体通信トラブルって何よ。弩級自助式魔法陣のサポートがあって通信障害なんて起こり得るわけがないわ」
冷静に、かつ沈着に状況を俯瞰するエリス。流石に博学であり、感情論ではなく理論的に今回の問題について考察をしている。
「だが実際問題通信障害は起きている。運営は大きな支障は無いとして続行を既決したようだ……幾許か速決すぎる気がしないでもないが」
「そ、そうです! ケイネス君の言う通り、幾ら何でもおかしいですよ!」
リタがここまで自己主張が強いのはかなり珍しい。普段は何か行動するにしても怖気づき、何でもかんでも、一番最初に行動するのは怖くて出来ない内気で情けない性格だ。
なのにもかかわらず、今日のリタは一歩も引く気配が見られない。
「まあでも仕方ないんじゃないか。開催地は事前には伝えないんだろ? だったら転送しちまった時点でかなりヤバいことが起きない限り中止にはできないだろうよ。半年以上かけて作った魔法陣をすぐにこしらえるのも不可能だろうしな」
これはレストの言う通りである。一年かけてアルス=マグナの会場を作り出すのだ。会場の場所は秘匿された状態で開始するにもかかわらず、一回転移させて呼び戻してからまたその場に送るとなると、不平等性が生じる可能性が生じる。
「はあ、なんにも理解してないわね。いい、このアルスウィッシェン星は第一種法制登録惑星。つまり国法は絶対なの。それなのに学生間の競技で死者を出したらどうなると思う? いくら強大な教育連盟でも責任取るのは相当厳しいんじゃないかしら?」
「う~ん、政治はよく分かんねぇ。でもよ、それって死者が出たらって話だろ? 通信障害と何の関係があんだ?」
レストは根っからの理系である。文系教科は全捨てで合格したのだから理系教科の凄まじさが分かる。しかし、そのため政治系はの苦手なのか、エリスの話は今一理解していないようだ。
「ええ、本当にただの通信障害だったらね」
「なら大騒ぎすることでもないんじゃないか?」
「大騒ぎしますよ! 自助式魔法で何か不備が生じるということは、構成システムソフトウェアがキャパシティーオーバーを起こしたということに違いないんです。でも対抗戦で使用されているのはエリスさんが言ったように弩級です。弩級なら少なくとも町一つ……いや、小さな大陸ぐらい沈める威力の魔法を発動しないとエラーなんて起こりません!」
リタの怒涛の説明に皆が固まる。
「え、ええ。その通りよ。それにしてもよく知ってるわね。授業では近接戦闘になってたけど、魔法学専攻した方がいいんじゃない?」
「り、リタ、お前は俺の同士ではなかったのか…」
固まるのも必然といえよう。自助式魔法は少々マニアックだが、知っていてもおかしくはない。弩級魔法陣についても、勉強の意識を高く持っており、高学年の内容も予習しているならわかって当然だ。
しかし、弩級自助式魔法陣のキャパシティーオーバーなんて専門分野でないと学ばない領域だろう。
それにしても、魔法陣トークについていけなかった片割れ(リタ)が意外な知識を披露したことで、理解できていなかったのはレストただ一人ということになってしまった。
「え、いや、そのですね、たまたま聞いたことがあったといいますか。えへへっ」
少々無理のある誤魔化しだ。
「まあしかし、通信エラーが起こってはいるらしいが、AIと転送システム自体に不備はないとのことだ。仮に致命傷を負ったとしてもナノマシンカプセルに即転送されるなら問題ないという所見なのだろう」
「それは…ケイネス君の言う通りですけど」
俯くリタ。ケイネスの正論に今までの威勢はどこかへ飛び去ってしまったようだ。
「とはいえ、皆の言う通り弩級自助式魔法陣でただの通信障害が起こるはずもない。何かしらのアクシデントがあったと考えるのが妥当だろう」
「ですよね!」
と思えばすぐさま復活するリタ。
「まあ変なのかもしれないけどよお、どちらにせよ俺たちはここで待ってるしかできないんじゃないのか?」
若干だが状況を理解してきたレスト。そして、レストの言う通り、この状況がどのようなものであろうとも、一介の学生が運営の判断にケチをつけることもできないだろう。一介の学生ならば。
「そんなことありません! 今回の詳細、私たちで調べましょう!」
「……は? 何いってんだリタ。運営が大丈夫って言ってん――」
「そうですね、私も気になりますし、少し調べてみますか」
「――って、フィネスさん!」
突拍子もないことをリタが言い出したかと思えば、まさかのフィネスが同意をする。
「ただ待っているだけでは何もおきません。例え何も出来なかったとしても、一歩を踏み出してみることが大切なのです。私はリタさんのそんな気持ちに感動いたしました。ですから私からもお願いです」
「フィネス様がそう仰るなら」
「だ、だがよ、ただの学生が調べるったってどうしようもなくないか?」
「ふふっ、使えるものは使う、それが私でしてよ?」
「「「(意外と悪い子だ…)」」」
四大貴族であり、代々貴族院を治めるヴァレンティノ家の権威は伊達ではない。意外と悪い子なフィネスさえその気になれば大抵のことはできちゃうのだ。
「まずは魔法陣の管理部署へ行ってみましょう」
~~~~~~
「だから、ここからは部外者以外立ち入り禁止なんだよ」
あれよあれよという間に今回の通信遮断の事故について調べることとなった一行。調べるなら元凶ということで、転送システムの管理部署に来ていたのだが、入り口で立ち往生していた。
もちろん、ただの学生がいけば入れないのは当たり前だが、ヴァレンティノ家の名前を出してもなお通す気配すらも見えない。
「だから! この方はかの有名なヴァレンティノ家のご令嬢、フィネス=フォン=ヴァレンティノ様だぞ!」
強大な権力の後ろ盾が出来るや否や威勢がよくなるレスト。その名前が出ると少し気が弱くなっている管理部署のおじさんだが、頑なな姿勢を崩す気はないようだ。
「そうは言ってもねえ、この中には大会を運営するに至って重要な魔法陣などが管理されてんだ。いくら高貴なお方とは言えども上の許可なしにここを通す訳にもいかないんだよ」
ごもっともである。しかし、この国の四大貴族のご令嬢すらも通さないとなると、少し異常性も匂う。
「では、今回の通信障害について教えて頂けませんか?」
「ですから、運営が公式に発表しているように通信するにあたってちょっとしたトラブルが発生したんですよ」
通れないのならばせめて情報だけでもと思ったフィネスであったが、こちらもするりと躱されてしまう。だが、なぜだが活発的になっているリタが食い下がる。
「それはおかしいです! 通信も転送も全て弩級自助式魔法陣で賄われているんですよね? しかも旧式魔法陣です。現行の新型魔法陣であれば一つの魔法陣のなかで構成システムソフトウェアを分割できますけど、旧型であれば複数の魔導関数の一括同時化はできても分割化はできないはずです。今回、転送は無事に行われているんですよね? 分割化ができない旧式魔法陣において一つの魔法が作動するということはシステムには何の不備もない証明になります。しかし通信障害は起こってしまった。ということは原因はシステム部分そのものではなく、キャパシティーオーバーによるオーバーフローしか考えられないんです! しかし弩級自助式魔法陣にそれはあり得ません。…もしくは、最初からそのようなシステムとして――」
自助式魔法陣とは、魔素の回収などある程度自立させた魔法陣のことを指す。今回の場合、魔素密度が非常に高い魔獣生息区域の一体に魔法陣をひくことにより、膨大な魔素の回収を可能としている。そのため、魔素不足などはまずありえない。
さらに、弩級であれば処理能力など色々桁違いの魔法陣なのだ。魔素がふんだんにある場所にひいた自助式の、さらには弩級であればキャパシティーオーバーになることはあり得ないのだ。それこそ地形が変わるような戦争でも起こらない限り。
そんなリタの熱弁の最中に、不意に乾いた音が近づいてくる。誰かが拍手をしながらこちらへきているようだ。
「いや、実にお見事。学生でそこまでの考察ができる者がいるとは驚嘆したよ。是非とも見学していってくれ。もちろんお友達もね」
後ろから近付いてきた人物はどこかで見たことのあるような膨よかな男性だ。
「う、運営委員長、いいんですか?」
「構わない。これほどの逸材だ。それにヴァレンティノ家のご令嬢をお通ししなかったらどうなることやら…とにかく私が案内しよう」
今の今まで何を言おうと通されなかったにもかかわらず、いきなりすんなりと許可がおり喜ぶ暇すらもない。
「…運営委員長がそうおっしゃるのなら」
入ることは不可能だと思われた管理部署のドアがすんなりと開く。
「さあ、入りたまえ。優秀な学生らよ」
もはや弁解の余地もありません。
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