fiction 41
「さて、全員揃ったな。ではこれより転移の儀式を執り行う――」
再び大学のスタジアムに召集された武術部門の参加生徒達。ついに本番が始まるのだ。大会が行われる場所というのは、前もった工作を防ぐために事前に告知されることはない。そのためその場に転移されて初めて分かるのだ。
先ほどの説明会の時にはなかった緊張感ともよべるものが会場内の空気に走っている。そのためか、選手たちの顔にも硬いものが見受けられる。
「……漸く、か」
「ん? ルーシェ先輩、どうかしました?」
「いや、なんでもない。それよりアスト君には期待しているからな」
「うげっ。ま、まあ善処します」
しかしごく一部にはゆるりとした、いつも通りの光景が流れている場所もある。だが、観客の熱気は今朝に増して沸騰する勢いで熱くなっている。
――転移の儀式。文字通り、選手たちを戦地へと移動させるだけなのだが、その儀式に使う魔法を少々派手な物にしており、所謂花火みたいな一大イベントとなっているのだ。
この社会において魔法とは切っても切れない密接な関係にあるものだ。しかし、現在は指数関数的に進化してきた科学に追い抜かれている状態である。
そのため、目に見えて魔法と分かるようなものは少なくなってきている。交通機関やデバイスなど、使用されてはいるが、一目で魔法技術が使われているものとは分からない。
魔法使いが人気職業№1を独占して時代もあったが、最近では幼稚園生のなりたい職業ランキングぐらいしか載っていないだろう。
誰しもが一度は憧れたヒーロー。しかし歳をとればとるほど非現実的なものだと気が付いてしまう。魔法使いも今や憧れのヒーローと化してしまったのだ。
子供が喜ぶヒーローショー。この武術部門も似たようなものなのかもしれない。
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「結局昼も一緒に食えず仕舞いだったなぁ」
レストのぼやきがVIPルームに容易く広まる。皆の視線の先のモニターには、何やら嫌そうな顔をしているアストの姿があった。
「お金を持っていなかったのにお昼は大丈夫だったのでしょうか」
「フィネスさん……まるでアストの保護者ね」
エリスの突っ込みはみんなの心情を代表しての一言のようだ。その証拠に、みな頷く様子を見せている。
「フィネス様が心配することはありません。あのバカは一食程度抜いたぐらいで死ぬような玉じゃありません」
この中で唯一戦ったことのあるケイネスだからこその信頼だろう。それを信頼と言っていいのかは別問題だが。
『さて! 皆さんご待望の転移の儀式が始まりますよぉぉお! きちんと目ん玉拭いといてくださいね』
『失明します』
「どうやらもうすぐのようです。少し緊張しちゃいますね」
どうやらついに選手たちが転送されるようだ。熱が伝播するように、VIPルームの一員の目にも期待の色が見え隠れしている。リタも選手ではないのになぜかソワソワし始める。
『ではでは転移魔法の準備に入りますよ~』
アナウンスの合図とともに、選手たちが立ち並んでいた会場のグラウンドに大きな魔法陣が浮かび上がる。
60人の選手を容易く飲み込むほどの大きな魔法陣は、さらに規模と光輝を増し、神々しさすらも感じてくる。緻密に描かれている魔法陣の模様は、どこか人々を惹きつける、不思議な力があるようだ。
「うわっ、でっけんだな」
「もう少しマシな感想はないのかしら? 大人数の合成魔法だから魔法陣の規模も個人のものとは比べ物にならないレベルだから大きいのも当たり前ね。まあ何とも非効率的な魔方陣のようだけれどね」
「流石ですね、エリス嬢。主席入学は伊達ではないようです」
レストの幼稚園児並みの感想に辛辣な言葉を向けるエリス。どうやらこの一瞬で転移魔法陣の瑕について気が付いたようだ。それに素直に称賛の言葉を向けるケイネス。
「あの魔法陣は、このアルス=マグナが創始されてからほぼ形を変えていません」
「つまり旧式魔法陣ってことね」
「その通りです。ですから演出が少々派手に見えますし、時間もかかるようです。しかしパフォーマンスとしては旧式の方が最適のようですね」
「……おいリタ。あいつら何話してるか分かるか?」
「わ、私は感覚派なので……」
そうこうしている内に、どうやら魔法陣の構築が完了したようだ。徐々に広がっていた円状の魔法陣が拡大を中止し、回転をし始めた。
『ではカウントダウンはっじめま~す! みなさん、準備はいいですか~! ではいきますっ、さんっ! にっ! いちっ!――』
刹那、七色の閃光が会場を埋め尽くす。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る会場。
気づいた時には、既に選手たちは姿を消していた。スタジアムには残照のように、微光だけが漂っていた。
「ついに行ってしまわれましたね」
「何、心配することはありません。あのバカがくたばるとは到底思えませんから」
「ふふっ、そうですね」
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何事にも裏で支える人材は必要であり、派手な魔法陣を展開するにあたって、裏では大勢の凄腕魔法使いが動いていた。
「よし、転移は無事成功したようだな」
「魔力障壁の方も同時展開オーケーです」
「しっかし旧式は本当大変ですねぇ。ま。娯楽的な意味合いがあるんじゃ仕方ないんですけどねぇ」
これからは演者――選手たちの仕事だ。それ故肩の荷が下りたスタッフたちは既にだらけた姿勢になっている。
「三年の方は…問題なし。二年の方も……ん?」
「どーかしました?」
「……繋がらないぞ」
「何がです」
「――だから、二年の方の情報伝達機能が動いていない!」
しかし、死神の誘いの様な一言に、まるでその死神に精魂を吸い取られたような顔を晒すスタッフ一同。
「ど、どうする! 中止するか?」
「馬鹿野郎っ! 教連に楯突いたらこの星じゃ生きていけないぞ! とりあえず上に確認だっ!」
会場の方からは微かに大勢の歓声が聞こえてくる。つまり、もう後には引けない状況にいるということだ。
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「わ~! ホントに移動できた!」
「ふ、ふん。この程度で騒ぐなんてお子様ね」
「子供みたいにキョロキョロしてるパルメには言われたくないネ~」
無事に転送できたようで、ミシューは不気味極まりない森を早速走り回っている。
「どうやら無事に転移できたようだな」
「はあ、めんどく――」
「なんか言ったかな? アスト君?」
「ワクワクしますね!」
あれは笑顔ではない、畏顔だ。ドラゴンすら竦みそうな視線の直撃を食らい、早速ダメージを負ったアスト。
「ん? これは何ですか?」
視線の先には、よく目を凝らさないと空と同化して見えない薄青色の半透明の壁のようなものが聳え立っていた。空高くまで伸びており、跳躍力どうこうで越えることは不可能だ。
「アスト君、詳しいことは配られたデバイスを確認しろと言わなかったか?」
「大変申し訳ございません猛省します許してください」
「アストっち怒られてんの? ぷぷっ」
「はあ、全く。これは魔力障壁だ。円柱状に展開してありこの中での戦闘となる。逆に言えば、この障壁を越えたら、その時点で失格というわけだ。まあ無理だとは思うがな」
好奇心に駆られ、障壁に手を触れてみる。すると、触れた場所を中心に波紋が広がる。
「確かに、破れなさそうですね。でもここまで強固で、さらにこんなデカいんなら、維持も大変なんじゃないんですか?」
「はあ、アンタそんなことも知らないわけ? いい、ここ一体は魔獣生息地域で空気、地中における魔素濃度は都会の数倍なの。その魔素を利用するように術式を組んでるから、ぶち壊すには最低限でもあたり一帯の魔素と相殺できるレベルの魔法が必須ってわけ」
そう言われると、やりたくなるのが人というものである。なんとか疼く手を抑える。
「で、これからどーすんですか?」
「ふむ、まずはミシュー」
「ほいほい」
名前しか呼ばれていないが、言われていることはどうやら分かるらしい。しかしアストにも、ミシューの体から少し漏れ出る乱れた魔素からやりたいことを把握する。
「感知、ですか」
「う~ん。やっぱダメっぽいネ~」
しかしミシューの顔は冴えない。どうやら周囲の感知がうまくいかないようだ。
「やはりダメか」
「どういうことですか?」
「先ほどパルメが言ったように、魔獣生息地域の魔素濃度は非常に高い。さらに日常的に魔獣が魔法を使っているから、乱れ具合が半端ではないんだ」
そのことには心あたりがあったアスト。といのも、ミシューの魔素の感知にいつもより幾許かの時間を使用していたからだ。センサーで言えば、ほとんどがノイズで隠れている状態だ。
「え、それってミシュー先輩の需要あるんですか?」
そして、誰しもがたどり着き、誰しもが口にするのを躊躇うことを、何の躊躇も無しに口に出すアスト。
「うぇーん、アストっちに虐められた~」
「ふん、アンタは不要ってことよ。この高尚なるパルメ様がいれば十分なのよ」
「まあ一次、二次クラスの魔法であれば使い物にはならないだろう。しかしミシューの場合は三次魔法――固有能力だ。戦闘地域全域の感知は不可能だが、直接戦闘区域ならいけるだろう」
「ま、スナイパーとかは流石に対処できないけどね~。それにしても、昨日いた森よりさらに酷いネ~。今年は外れカナ」
「ま、とにかく移動しよう。最初の移転ポイントは、円内に接する正六角形のそれぞれの頂点部分だ。どこにどの学校が転移されているかはまでは分かりようがないが、この場所にどこかの学校が転移されているというのは分かるはずだ。ここに留まるのは得策ではない」
早速移動を開始する一行。危険な魔獣がウロウロしているにもかかわらず、まるでピクニックのようなノリで歩き進む。正確に言えば、ミシューとパルメの二人だけだが。
「そういえば、転移の時三年生も一緒にいましたよね? 一緒に同じ場所に転送されてないんですか?」
「それはコレだ」
ルーシェの指さす先には、腕にはめられたアストとお揃いのデバイスが揺れていた。
「デバイス、ですか」
「そうだ。デバイスに個別情報が埋め込まれているから、魔法陣がそれを目印に、それぞれの場所へと転送させるんだ。ま、そのせいで転移の儀式が難しくなったと聞くがな」
その後も、喋りながら歩き進むが、敵校選手に遭遇することはなく、戦闘といえば襲ってくる魔獣相手だけだった。
森全体がオレンジ色の陽光に照らされる。子供はおうちへ帰らなければならない頃だろうか。魔獣も自分の住処へ大人しく戻ってくれればよいのだが、生憎魔獣にも夜行性は存在する。
「結局今日は遭遇しそうにないですね」
岩に腰かけながらアストの友達――レーションを貪る。火なんて焚いたら煙でバレる恐れがあるため、倒した魔獣は調理しないそうだ。なら前日の練習はなんだったのかと問いかけたかったアストだが、どうせ陸なことにはならないと思いなおす。生命の危機に関することであれば、人間嫌でも学習するものなのだ。
「油断大敵だゾっ、アストっち」
ミシューに言われると何故か悔しい。
「ま、今日ぐらいは遭遇しなくてもいい――誰だっ!」
アストと同様、岩に座っていたルーシェだが、いきなり大声をあげて臨戦態勢をとる。それに倣い、パルメもレッグホルスターから二丁の銃を引き抜く。
アストもレーションを放り出し、抜刀する。ルミは変わらずレーションを頬張っている。本当に使い物になるのか非常に不安に思ったアストだが、今は目の前の危機に集中する。
「嘘っ!? 私が気づかなかったなんて!」
一番驚いているのはミシューだ。いくら大気中の魔素濃度が濃く、感知がしづらいとはいえ、三次魔法である固有能力の使い手ならば会敵範囲の感知ならば容易い。つまりミシューの存在は決して無駄ではないのだ。ミシューからすれば、今までは仕掛けの場所が全て分かっているお化け屋敷を探検しているようなものだ。しかし、逆に場所が分かっているからこそ、予定の位置から出てこなかった時ほど驚くものはない。今はまさにその状況に陥っているのだ。
だがアストには思い当たりがあった。ミシューの感知すら超えてくるとなると、最早学生レベルではない。この武術部門に参加している時点で学生レベルは超越しているといっても過言ではないが、今回の話はそんなチンケなレベルではないのだ。
「お、お前はっ!」
「人をお化けみたいな目で見てほしくないわね」
ルーシェの驚く声のほかに、ベルトハルツの学生以外の女性の声が森に広がる。夕暮れ時の空にはよく映える紺青色の髪。
「――レーネ=ハイネスっ!」
畏顔:もちろん造語です(笑)。畏の呉音で、ヱと読む場合があります。
教連:教育連盟の略語です。ちょっとだけ皮肉的な意味合いを持って使われることがあります。




