fiction 40
「で、そのクラリス=パン…アンパン? さんは何の用で?」
「クラリス=フォン=アルテンだ! 全然違うぞ!」
「こら、アスト君。こんなのでも一応四大貴族のアルテン家だぞ」
「そうなのだ! こんなのでも四大――ってこんなのってなんだ! 余はかの四大貴族アルテン家の者だぞ!」
相手が相手なら不敬罪で捕まりそうな会話である。とはいえ、ルーシェにはバックにヴァレンティノ家がいるため、精々注意勧告程度に収まるような発言にとどめている。
しかしアストにそんな腹芸が出来るわけもない。
「アルテン家? なんだそれ?」
「……はあ。ま、そんなことだとは思っていたよ」
「何! 我がアルテン家を知らないだと!」
「陛下、僭越ながら、アルテン家は四大貴族の中で一番知名度は低いかと」
「何! そうなのか!」
「……そもそも四大貴族ってなんなんですか?」
「ふむ、そこからか。まず貴族にも階級のようなものがあることは知っているよな?」
何となく頷くアスト。詳しく知っている訳でもないが、フィネスが貴族の生徒達からあがめられている様子を毎日見ているため、貴族の中にも偉い奴と偉くない奴がいるということは認識していた。
「まあ細かい分類は置いておくが、簡単に言えば、貴族の中で一番偉いとされているのが公爵家だ。しかし公爵家は我が国には四つしか存在していない。それ故四つの公爵家は四大貴族などと呼ばれることが多い」
「その通りである。我は偉いのだ!」
「はあ。ま、とにかく偉いってことね。で、そのお偉いさんが何用で?」
貴族だというのに、適当な対応である。軍や政治関連については学ばされたアストであったが、国運営に関して実権をあまり保持していない貴族に関しては無知である。それ以上に無関心なのだ。
「うむ、レーネの奴がよくお前の名前を出していたからな。あやつ程の豪傑が気にする奴が気になってな」
「陛下、僭越ながら、豪傑などと言うとまたレーネ様に怒られるかと」
「ハゲは黙ってなさい」
「……はげてません」
相当不服そうだ。実際はげているようには見えない。
「はあ。どんな奴っていってもなあ……」
いきなりそんな事を聞かれて即答できるのは面接練習をしている人ぐらいだろう。実際アストも困り果ててしまう。
「まあよい。後でじっくりと分かるだろうからな。今のは挨拶みたいなものだ」
「はあ……」
嫌な予感しかしない。どうせ対抗戦の中で何か仕掛けてくる算段なのだろう。
「ハゲ! いくぞ!」
「だからはげてません」
言うことは全て言ったと言わんばかりに、そそくさと教室から立ち去る二人組。まるで嵐のようである。
「なんだったんでしょうか……」
「……さあ?」
~~~~~~~~~~
太陽はノロノロと昇り、ようやく街の頭上まで移動した頃、ヴィッツェンヘルゼン地方も活気が鰻登りの様子だ。
学園別対抗戦――アルス=マグナと呼ばれてはいるが、元々ここまで人気があったものではない。今でこそお祭り騒ぎの様相を呈してはいるが、開催初期の目的は広大な宇宙からの人材の発掘である。
しかし、そのためにはアルス=マグナのことを宇宙中に知らせなければならない。そのため当時の教育連盟が喧伝に走ったところ、長年の歴史を経て、お祭りごととして勘違いされてしまっていったのだ。
今や町中一面お祭り騒ぎで、最早対抗戦とは関係ないレベルにまでなっている。実際報道される内容というのも、対抗戦の内容というよりかは、街の様子の方が注目されているようだ。
ようやくルーシェに開放されたアストは適当に街を逍遥していた。というのも、近代社会人の必須アイテムであるデバイスを持っているアストではあったが、今日支給されたデバイスの中にエリス達の魔素波長が登録されているわけがなく、広大な大学に蟻のようにうじゃうじゃ出てくる観光客達の中から探す手段も労力も持ち合わせてはいなかった。
「それにしても凄い人だな。一体どこからこんなに湧き出てくるんだ」
その中の一人が自分であることにも気が付かずに、人込みをかき分けながら歩き進む。特に目的があるわけでもなかったが、アストには大学の雰囲気は合わなかったらしく、街へ逃げてきたのだ。
すると、やたらと食欲を刺激してくるいい香りが突如鼻の中に無許可で侵入してくる。元々何の考えも持たずに歩いていたアストに、その誘惑を断る理由もなく、ただ欲望のまま突き進む。
匂いの原因であった肉料理の店が見えてきたころ、少し周りの様子がおかしいことに気が付く。所狭しと人々が歩き回っている街には元々喧騒がまとわりついていたが、ここの場所だけは少々異色だ。
「なんだよ! 誘ってただけだろ!」
「その子は迷惑だと言っているのです」
男女の争いが聞こえてくる。どうやら様子がおかしかった原因はこれのようだ。四人ほどの厳つい兄ちゃんの目線の先のは一人の少女――いや、その少女の後ろに怯えた様子のもう一人の少女の姿も窺える。
この構図で大体の見当はつく。女の子をナンパしようとした兄ちゃんたちから守っているのが、神官服らしき服装を身に纏っている少女だ。
このようなことに遭遇した場合、大抵の人間は見て見ぬふりをするだろう。勇気のある者なら助けにいくかもしれない。
しかしアストにはこのどちらも当てはまらない。ガラス張りの先にある調理中の特大お肉しか頭になく、お肉屋さんの前で口論している男女には目もくれず両者の間に割り入るように歩いていく。
そんなことをすれば、何か文句があったと思われても仕方のないことである。
「おい、待てよ」
「……」
「おい! 待てって言ってんだろ!」
四人の中で一番偉そうにしてるやつがアストに声をかける。自分に声を掛けられたとは思ってもみなかったアストは一回無視してしまうが、それが男達には挑発行為にとられたらしく、元から怖い顔を更に怖くしながらアストに眼をつけている。
「はあ、なんだよ。ナンパなら勝手にやってろ」
最低な発言である。女の子が怖がっているにもかかわらず、アストにとってはお肉の鑑賞の方が重要度が高いらしい。
「へっ、なんだよ。お前もこっちの口か。なんなら俺様の部下にしてやってもいいぜ」
金髪を垂直に上げている斬新な髪形をしているリーダーらしき者が勧誘をしてくる。アストの腰に下げている刀が見えるため戦力になるとでも踏んだのだろう。
「生憎だがお前らに用はない」
(用があるのはお肉だよ)
「な、なんだと! お前らっ、やっちまえ!」
その号令と共に殴りかかってくるチンピラども。もしかしたらこの辺りで天辺を取っているチンピラどもだったのかもしれない。しかし本当にそうだったのかは分かることはないだろう。なぜならそのチンピラ共はもうすでに道路の上で眠りについているからだ。
例えこの辺りのチンピラ最強集団だったとしても、アストとはレベルが違う。ドラゴンがいたような星に住んでいたアストにとってチンピラに上下はない。人間からすれば蟻なんて専門家でない限りどれも同じにしか見えないだろう。
「あ、あの……ありがとうございました」
すると、神官服を着た人物の後ろにいた女の子がアストに感謝の意を向けてきた。恥ずかしがり屋なのか、それとも男という生物に恐怖心を抱いてしまっているのか相当小さな声で、語尾あたりは発音していたか怪しい。
一礼した後、急いで走り去ってしまった。アストもこれで漸くお肉の鑑賞に戻れると思っていると、今度は神官服の少女に声を掛けられる。
「私からも一応礼を言っとくわ。けどあなた絡まれなかったらそのまま素通りしようとしてたでしょ?」
神官らしき見た目の癖のくせに口調は杜撰だ。今時の神官は結構フリーなのかもしれない、もしかしたらただのコスプレイヤーなのかもしれない、などとどうでもいい事を考えていたため少女の接近の反応が遅れてしまう。
「あなた、アルス=マグナの、それも武術部門の参加生徒でしょ? ならそれ相応の矜持をもって生活すべきなんじゃないの? それなのに! 怯えている女の子を見ても素通りなんて!」
(なんかうるさい奴につかまっちまったなぁ……)
アストは今現在腕にバングル状のデバイスをつけている。そのバングルに見覚えがあればアストが武術部門の参加選手であることは一目でわかるだろう。その所為なのか、指を突き付けられて説教の時間が始まってしまう。
今度は別の意味で目立ってしまっているが、思い出してほしい。先ほどから立っている場所は変わりない。つまり、飲食店の入り口を占拠している状態なのだ。
「あのぉ、お客様が入れないので……」
すると、気弱そうなウェイトレスが店から出てきた。先ほどはナンパに遭遇いていたためどうすることも出来なかったが、今回はよく分からない説教が始まりだしたのだ。流石に店員も止めに来るだろう。
「あっ!……す、すいません。お店でお昼ご飯食べてもいいですか?」
「っ! はい、どうぞ!」
迷惑をかけた分には届かないが、少しでもお金を落としていこうという彼女なりのお詫びだろう。しかしアストは疑問に思う。
「……なぜ俺も連行されてんだ?」
「あなたも迷惑かけた一因でしょ」
「…………」
無慈悲にもアストの心の叫びは伝わることはなく、強制連行されていく。無理やり振りほどくこともできただろうが、店の中からお肉が自分を呼んでいる気がして、それもできなかったのだ。
~~~~~~~~~~
「――つまり、対抗戦に出れるってことは」
口に運ぶ。
「神から授かった天性の才能があるってことなの」
口に運ぶ。
「しかし、だからといってうぬぼれて良いってわけじゃないの」
口に運ぶ。
「神から力が授けられるのにはそれ相応の理由があるの」
口に運ぶ。
「つまり! 常日頃自分に何ができるか考えなきゃダメってこと!」
次々とお肉が少女の口へと放り込まれていく。言っていることは非常に偉いのだが、異常なまでの量のお肉の運搬に、全てが無に帰している。
「ああ、そうだな……それにしてもこの肉うまいな」
「そうなの! 嚙めば嚙むほど肉汁があふれ出してきて、って話を逸らそうとすんな! そんな手に私が引っかかるとでも思ったの?」
引っかかりそうになった少女の手は未だに止まる様子を見せない。
「なあ、その服装は何なんだ?」
「ああこれ? 制服よ。白色は純潔で神聖さを表していて、ワンポイントとして入っている青は我が主の色となっているわ……というかあなた午前中の武術部門の説明会に来てたでしょ? ならこの制服も見覚えがあるはずなんだけど?」
いくらバングルを見たことがあったとしても、一目見てすぐに気が付くということは、実物を知っている可能性が高いということだ。となると、教育連盟の関係者か、武術部門の参加選手ということになる。そして、先ほど少女本人が“制服”と言ったことから、学生であることも自ずとわかる。
「……対抗戦に出るのか?」
「今さら? とっくに気が付いていたと思ってたわ。そういえば自己紹介がまだだったわね。私こそ聖アルクフェン女学院二学年代表シャルロッテ=フォン=ブランデンブルよ」
自己紹介と共に制服の袖を捲る。何事かと見てみるとそこには薄桃色のバングルが仄かに主張している。アルス=マグナ武術部門参加選手の証だ。
「また随分と貴族みたいな豪勢な名前だな」
「だって私貴族だもん」
「そりゃあそうだ――え、お前が?」
ついアストの手が止まってしまう。アストにとって貴族といったらフィネスが真っ先にでてくるため、お上品なイメージなのだ。つい先ほどもうるさい貴族に絡まれたばかり故、アストの中の貴族のイメージが次々と崩壊していく。
「な、なによお前って! 歴としたブランデンブル家の一員よ!」
あんまり信じられないが、一つのワードに聞き覚えがあることに気が付く。
「そういえば、ブランデンブル家ってどこかで聞いたような……」
「へえ、ま、ブランデンブル家を知っているっていうなら今回は特別に許してあげてもいいわ」
「……おう」
一気にご機嫌の様子。しかしアストは記憶の大海へと潜っており、適当に返事をしてごまかす。その後もシャルロッテは何か話しているようだが、アストの耳には入ってこない。
(ブランデンブル家……どこかで…………あ! 翳子との会話で!)
『――では次にいくぞ。えーと、エリス=ブリュンバル。まあこいつはややこしい奴だな』
『ややこしい?』
『まず父親はエル=ブリュンバル。右卿軍人で序列入りだ』
『げっ、マジかよ』
『マジだ。更に言うと母親はユリサ=ブリュンバル。旧姓ブランデンブルの元貴族だな』
『今度は貴族か。で、元っていうのは?』
『要するに家出娘だ。駆け落ちらしい』
「――なあ、エリスって知ってるか?」
「……エリス=ブリュンバルのこと?」
「あ、ああ。そうだ」
今までご機嫌で話していたのに、エリスの名前を出した瞬間声が低くなった。少しの恐怖感を感じたアストは返事が詰まってしまう。
「ええ、よぉく知ってるわ。阿婆擦れ女の娘よ。ああ、なるほどね、あいつもベルトハルツに通っていたわね」
「なんだ、俺の学校知ってたのか?」
「制服見れば明らかでしょ? バングルの白色からも分かるわよ。とにかく、あの女にはかかわらない方がいいわよ。貴族の使命を投げ捨てた女の娘だもの」
「酷い言いようだな。そんな悪いやつじゃないぞ?」
「エリスの話なんてどうでもいいわ。食欲が失せちゃったじゃない」
「ああ、すまん」
(……単純に食いすぎなだけだろ)
「さ、じゃあそろそろ解散にしましょ」
「ああ、そうだな……あっ」
人間とは失敗する生き物である。失敗しない人間なんていない。失敗したのなら次の機会に成功すればいいのである。しかし次も失敗する生き物こそ人間である。人間とは失敗の積み重ねから成る生き物なのだ。
「なに? まだお腹すいてるの?」
「いや、そのですね……その、なんといいますか、物を得るには対等な犠牲を支払わなければならないといいますか、世の中ギブアンドテイクで成立してるといいますか」
「結局何が言いたいのよ」
「お金持ってません!」
そのためお金を持たずに食べてしまったことも仕方のないことだ。そんな下らない事を考えているのがばれたらもの凄いことになるだろうな、と下らないことを考えるアスト。
「はあ、ま、私が無理やり連れてきたようなものだし、今回は私が払ってあげるわ」
「あ、ありが――」
「ただし! これは貸しだからね」
「……は、はい」
世界はギブアンドテイクなのだ。
亀更新で申し訳ございません。




