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fiction 35

『さあ!今年も例の時期がやってきましたよ! え? 何の時期ですって? もっちろん学園別対抗戦ですよ~!』

『誰も聞いてません。相変わらずうるさいですね』


 学園別対抗戦――様々な大人の事情(汚)により、国際規模である学生の催しにしては開催時期が異常に早い。そのため、今年も御多分に漏れず新入生がようやく新生活に慣れてきたかどうかという時期に開催が始まった。

 学園別対抗戦には学術、芸術、そして武術の三部門がある。このうち、学術と芸術に関しては、学術惑星アルスウィッシェンの首都ともいえるヴィッツェンヘルゼン地方にあるカッセン大学での開催となる。

 ヴィッツェンヘルゼン地方は、アルスウィッシェン星がアルトハルツ連合公国に併合される前から大学都市として名を馳せており、学術惑星の中でも随一の有名度だ。特に街並みを残そうと活発的に動いている都市でもある。随所に木材が柱として利用されている時代錯誤なハーフティンバー構造(半木骨造)の家々が連なる、わざと迷子になりたいような、そんな素敵な地方だ。

 だが最先端の研究で有名なカッセン大学は近代的な外観で、少し浮いている印象を受ける。

その大学で戦闘部門の上映も行うため、様々な目的で集まった群衆で、広大な大学の土地は埋め尽くされていた。

 特に今日は開催初日であり、一番の集客率を誇るといっても過言ではないだろう。基本、戦闘部門の選手は画面越しでしか見る事が出来ないが、この初日だけは開会式に参加選手が全員参加するため、未来の英雄候補を一目見ようとする人で溢れかえるのだ。そしてその群衆の中にはエリス、リタ、レストの三人も混在していた。


「なんかさっきから放送がうるせーな」

「そんなこと言っちゃダメですよ、レスト君。あの方たちだってお仕事なんですから」

「くっちゃべってるだけじゃねーかよ。なあ、エリス?」


 もちろん見に来るのは一般人だけではなく、各地域から様々な学園の生徒で溢れかえっていた。むしろ学生の方が多いだろう。制服博物館としても機能しそうなほどだ。

 というのも対抗戦の時期、教育連盟に参加している学校の生徒は社会勉強という名目で参観することが可能なのだ。事実上、アルスウィッシェンの休日といっても差し支えない。


「私にふられても困るわよ。…あ、フィネスさんからね。…はい、――」


 いきなり一人で話し始めるエリス。もちろん精神疾患を抱えているというわけではない。デバイスを通じて会話――この場合は念話といったほうが適切かもしれない――をしているのだ。


「――ええ…わかったわ。ありがとう、フィネスさん」

「なんだ、フィネスと電話をしてたのか?」


 人だけではなく、魔素を保有している生物ならば、必ず固有の波長をもつ魔素が体から常日ごろあふれ出ている。そのため、指紋やDNAのように個人の特定にも非常に有効な手段となる。

 そしてそれは念和にも利用でき、いわば電話番号のような使い方をすることができる。

 しかしこの念話とデバイスの融合というのは近代の発明だ。そもそも科学技術と魔法技術の融合が果たせたのが、神域到達者であるアインハルツ=アルバートがラストテーゼの究明を果たしてからなのだ。

 そのため、今までの“電話”の歴史が根強く残っており、未だにその名称が俗称となっている。


「ええ、VIP席が空いてるから誘われたわ」

「おお! マジか! よし! 行こう!」

「猿なみの言語力ね」

「俺をアストと一緒にしないでくれよお」

「寝てるだけの猿か、盛ってるだけの猿か、それだけの差よ」

「ひ、ひでぇ~」

「とにかくよかったです! どこをいっても人がたくさんいて、くつろげる場所が見当たらなかったですからね」


 まだ始まってすらいなかったにもかかわらず、物凄い人込みに酔っていたらしいリタは既に疲労の色が見え隠れしており、フィネスの提案には本当に嬉しそうだ。


「それじゃあ行きましょう」

「スルーかよぉ」


……

………


「皆さん、御機嫌よう」

「あ! フィネスさ~ん!」


 早速、フィネスに誘われたVIPルームへと移動した三人。入口前で待っていてくれたようで、リタが走ってフィネスの元に向かう。先ほどの疲れはどこかへ行ってしまったようだ。


「おはよう、フィネスさん。今日はありがとう」

「いいえ、いいんです。人数が多いほうが楽しいですから。むしろわたくしのために来てくださって感謝しているんですよ」

「そんなことないです! フィネスさんが呼んでいるのであれば、例え火の中水の中、どんなとこでもすぐに駆け付けます!」

「ふふ、憶えておきますね、レストさん」

「は、はい!」


 主張しすぎない淡い金色の髪を煌めかせ、新雪のような肌を持つフィネス。学校程度では無双状態の美少女である。惑星規模で見ても全く問題はないだろう。

 そんなフィネスの冗談に、レストはたじたじの様子だ。


「はあ、やっぱ猿ね」


 早速部屋に入る4人。部屋の内装は白と黒を基調としており、高級感あふれる漆黒の長いソファが最初に目に付く。さらにソファの前方の壁が透明になっており、武術部門の生徒も集まる開会式場が一目瞭然だ。


「ほえ~、やっぱりVIPルームは違うんだな」

「ちょっとレスト君、そんな反応しないでよぅ」


 田舎者扱いされることが恥ずかしいのか、レストの反応に顔を赤くするリタ。


「あ、ケイネス君もいたんですね、今日はお邪魔させていただきますね」

「いえ、構いません。私もフィネス様に招待された身ですから」


 丁寧な物腰とイケメンフェイスで女子に大人気のケイネス、もちろんリタへの対応も王子様然としている。アストに対するような態度は例外だ。


「そういえば結局アストとは会ってないな」


 早速遠慮する様子は欠片も見せずにどっかりとソファに座り込む。リタはそこまでの度胸はないのか、レストが座った後に隠れるように座り込んでいる。


「二連休の直後の開催だから仕方がないわよ」

「そういえば、そのアストさんなのですが…どうやらまだ会場についていないようなのです」

「「ええーー!」」

「…他のメンバーはどうなっているのかしら?」


 もうじき対抗戦の開会式が始まろうとしている。武術部門の生徒は実際にこのカッセン大学で試合を行うわけではないが、開会式には参加しなければならないため、未だに大学に到着していないというのはかなりの問題だ。最悪棄権と推断されてしまう恐れがあるのだ。


「それが武術部門のメンバーは誰も到着していないようなのです…」


 さらにそれが全員ともなれば、学校全体の問題となってくる。来年のベルトハルツ名誉学園の参加にも影響を及ぼす可能性もある。


「そ、それ…ヤバいんじゃ――」


『みなさ~ん、そろそろ開幕の時間ですよ~』

『もっとテキパキと話してください』

『ええ~、口調が平坦すぎる人には言われたくありません~だ』


「…相変わらずうるさい放送だな。よく運営側もあの女二人組を雇用してるよな」

「それよりアスト君たち、平気なんでしょうか…」

「そ、そりゃ…」


 大丈夫と言いかけたレストであったが、始まるまでもう100も数える時間はなく、口ごもってしまう。

 VIPルームに静寂しじまが訪れる。重い空気に空間が支配され、誰も口を切ることができない。そんな森閑を打ち破ったのは、


『さ~て、皆さん。準備はいいですか~? ではここにアルスウィッシェン後期中等部学園別対抗戦――アルス=マグナの開会式っ! はっじまっるよ~!』

『普通に喋ってください』


 無慈悲にも下された開会の合図であった。

 大会運営側としても、全国放送で流しているため延長はできないのだ。そのため恰幅がいい――要するにデブの――運営委員長らしき人物の挨拶まで着々と進む。


「お、おい…まだアスト達は来ないのか」


 そのレストの質問に答えられる者はこの場にいない。

 そしてついに、生徒代表の言葉まで進んでしまった。


「――生徒代表の言葉。国立アルトハルツ第二学園代表、レーネ=ハイネスさん」


 進行の言葉の後に出てきた一人の少女、恐らくは生徒代表の人物なのだろう。視界いっぱいを埋め尽くす観衆の中、緊張する様子も見せずに悠然と歩いてくる。

 開会式場の天井は透明化されているため、雲一つない青々とした空、そして燦然と輝く太陽を眺めることができる。

 その太陽の光を浴び、紺青色に輝いている長い髪は、まるで空に溶け込みそうだ。しかし空のほうが少々見劣りすると感じられるため、完全に同一化しているわけではない。

 その少女から発せられるオーラとも呼ぶべきものに、かまびすしかった会場は一段階静かになったように感じる。とはいえ、大量の人数が集まっている会場から物音が消え去っているわけではない。

 しかしアルスウィッシェンの中でも最大規模のドームにあふれんばかりの人数が集まりながら、静かにするような指示が出たわけでもないというにもかかわらずこの喧騒の量は少々異常だろう。


「……なあ、あの生徒代表の子――」


 するとおもむろに口を開いたレスト。一体何を言い出すのか、VIPルーム内の全員の注目を浴びる。


「――めっちゃ可愛くない?」


 はたから見れば、元々静かであったため何の変化も感じとれないだろうが、先ほどとは別の意味で静かになる。

 透明になっている壁の一部分がスクリーンのようになっており、放送されている映像を見ることができる。そのため、会場全体を見渡せるよう高所に設計されてあるVIPルームでも拡大された映像でその少女を見ることができる。


「いや、可愛いというよりか、なんか怪しさが逆に惹かれるかんじか?」

「知らないわよ、そんなこと。でも美少女であることには賛同するわね」


 恐らく、静かになった一つの理由として、この会場の半数を占めているであろう、男性客が静かになったからに違いない。

 スクリーン上とはいえ、その生徒の深紅の瞳に吸い込まれそうだ。


「ふん、あいつか」


 レスト以外の唯一の男性であるケイネスは、どうやらあの生徒のことを知っているらしい。レストとは別の理由で注視している。


「ケイネス君、知っているんですか?」

「ああ、今回の2年武術部門の、いや、武術部門の一番の大目玉とされている奴だ。」

「やっぱな、俺もあの子は只者ではないと思ってたぜ」


 ちゃっかり便乗するが、もう遅いだろう。


「れ、レストさん!」


 すると、普段は閑雅なフィネスの頓狂な声が部屋中に広まる。


「ひゃ、ひゃい! すみません! フィネス様親衛隊に死ぬまで所属しますのでお許しくだ――」

「あれ! あちらを見てください!」

「――さいっ…あれ?」


 フィネスの視線の先を皆で見つめる。すると、


「……何やってんだアイツ」


 そのレストの一言はこの場の全員の気持ちといっても差し支えないだろう。


ハーフティンバー構造:ハーフティンバー様式、半木骨造。柱や窓枠に木が露出している家。分からない方はググって写真を見た方が分かりやすいと思います。作者はドイツの街並みを想像しています。地方や大学の名称の元ネタは、ドイツに詳しい方ならわかると思います。


更新が遅れてしまい、大変申し訳ございません!!

謝罪しかしてないような気がします(笑)

人生で一番忙しかったといっても過言ではなく、8月まではこんな更新が続く可能性大です。

本当に申し訳ございません。

こんな作品にブックマークしてくださった方、読んでくださる方に感謝しています。

エタる気は無いので、こんな作者に辛抱強く付き合ってやってください。

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