fiction 31
今や学会とは学術の総本山として、名を知らぬ者はいない程の勢力となっている。だがどんなものにも始まりはある。
この学会が作られた理由というのは余り知られておらず、大抵の人は学術の発展のためだと思っていることだろう。だがそれは結果論に過ぎず、本来の発足の理由は別に三つ提示することが可能だ。学術の共有、停滞、そして保存である。
一つ目に共有だが、文字通り学術研究の共有システムを構築することである。学会が発足される前、宇宙全体に存在していた研究者達の情報の共有というのは非常に困難なものであった。すると、同じ研究をしているものが続出し、人生をかけた大発明も実は二番煎じだったなどというシャレにならないことが多発してしまったのだ。
それを防ぐために考案されたのが全宇宙を覆う情報共有システムである。さらにこのシステムが出来上がることにより、研究の効率化も図られ、自ずと学術の発展に繋がったのだ。
もう一つの目的として、停滞がある。意外かもしれないが、3つの中で最も重要と言われている理由だ。
例えば、この宇宙の全てのものに質量を与えていると言われる“神の粒子”、この粒子を研究していくと最終的に宇宙崩壊の危険性が芽生えると言われている。このように行き過ぎた科学力は必ずしも人類にとってメリットになるわけではなく、あえて科学力の停滞をする必要性があるのだ。
そして最後の理由として、保存がある。古来から伝わる技術というのは偶然の積み重ねというものが案外多かったりする。特に魔法絡みになってくると更に顕著になる。
しかし情報量が増える、ということはその分日陰に取り残されるものも出てくるのだ。そうすると現在の発達した科学技術、魔法技術をもってしても解析不可能に、歴史の奥底に永眠してしまう知識が生み出されてしまう。
このような知識の消滅を防ぐためにも、学会が仲介として介入することにより半永久的に保存することが出来るようになったのだ。
とはいえ学会が発足した後も日々失われていく技術というのはこの広大な宇宙に数多く存在している。そして勿論、学会が存在する以前に失われた技術というのも当然存在するわけで、その中でも失われたことが人類にとって大きな損失と学会が認定した知識をロストテクノロジーと呼ぶのだ。
そしてアストの手の中には、その失われた技術――ロストテクノロジーである魔剣が握られていた。
「ま、魔剣って金でどうにかなるような代物じゃないですよね」
それは当然である。ロストテクノロジーに認定されたということは、再現はほぼ不可能と言っているも同然だ。それどころか形あるものは日々劣化していくため、減少しているといっても過言ではない。そのようなものがお金程度でどうこうなるわけがないのだ。
「仕事だけはやる爺さんだからな。アスト君、気に入ってくれたか?」
「ふん、本来なら仕事でも魔剣なんか出さんわ」
(絶対何か弱み握られてる!!)
「まだ悩んでるの? あんたなんか竹輪で十分なんだからどれでもいいでしょ? ほら、これでいいじゃない」
早く帰りたいのであろうパルメは箱の中から適当に選んだ剣を渡す。見た目だけは重厚感で溢れている金ぴかの剣は、箱の中で唯一のはずれ枠だ。
「パルメ先輩、これ軍刀ですよ。しかも相当偉かった人のオリジナルですね」
「何よ、私の選んだ剣に文句つける気?」
「いや、そうではないですよ。この軍刀は戦闘用の剣ではないんです」
確かに、歴史家やそちらの方の蒐集家から見れば確かにお宝なのだろう。だがしかし軍刀というのは戦闘を目的として作られたものではなく、いわば指揮棒のような使い道で作られたものだ。他にも権力の誇示の意味合いもあり、求められるのは切れ味ではなく見た目なのである。
つまり、戦闘用に使用する際に最も選んではいけない剣の内の一つである。
「ぷっ、パルルンそんなことも知らないのぉ~?」
「あ、あんたね~! 大体パルルンって呼ぶなといったでしょ!」
「はあ、またうるさくなった…それでアスト君、なにか良いのはあったか?」
パルメとミシューの口喧嘩をBGMに剣選びを続けるアスト。実際アストに剣の拘りがあるというわけではない。しかし全ての左卿流剣術の技の使用が解禁されたため、なるべくあの技に適した形状のものがいいのだ。そのため魔剣だから、という理由で安直に選ぶことに躊躇いを感じていた。
「ふん、それらに食いつかんとは、相当目が肥えているのか、はたまた……いいだろう、ついてこい」
「え? あ、はい」
「ルーシェ、そこの煩い小娘どもを見張っておけ」
そういい、さっさと奥に行ってしまうお爺さん。アストは急いで後を追いかける。すると錆びついたドアが見える。ガラクタで見えていなかっただけで、どうやら奥に別の部屋があったらしい。
「貴様の望みはなんだ?」
いきなりすぎて一瞬戸惑るアストであったが、直ぐにその質問が何を示しているのかに気が付く。
「斬る、ただそれだけです」
望み――剣に求めるもの、それは人それぞれだ。先ほどの軍刀のように、装飾を目的としたものや、戦闘用の中にも叩き切るもの、突き刺すものなど様々だ。
恐らく先ほどの宝の山から選ばなかったアストに、目的の剣があると踏んでの質問だろう。
「魔剣でなくともよいのか?」
「はい」
即答するアスト。というのも、ただ単に必要ないからであった。アストにとって魔剣とはその程度の価値なのだ。
「……ふん。これならどうだ」
どこからか放り投げられた剣を急いでつかみ取る。朝日が作り出す光の道に、埃がどこからともなく大量に出現する。一目でその剣がどんな様相を呈しているか検討がつく。
「……きたなっ」
そのただ一言であった。埃だらけで至る所が黒ずんでおり、元のデザインを確認することができない。そもそも今まで剣の会話をしていなかったら、その物質が剣なのかどうかすらも理解できていたか怪しい。とはいえアストのために用意してくれたものを無下にするわけにもいかず、取り敢えず鞘から抜いてみる。
「——っ!」
朝日に照らされたアストの顔にはデカデカと驚愕の二文字が書かれていた。
「それでも気に召さんというならお手上げだ。他を当たりな」
しかしその高齢の男性のニヤついている顔を見るからに、その言葉が本心ではないことが容易に伺える。まるでアストがその汚れる場所は全て汚したような剣を気に入る、という予知をしているかのようである。
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「で、結局そんな汚い奴選んだの? やっぱり私が選んであげた奴のほうがよかったんじゃないの?」
結局汚い剣を選んだアスト。しかし汚い剣を持ったまま、高そうな白いソファに上がる度胸を持っていないアストは、部屋に入ったすぐそこの場所で剣を拭いている。
「まあ確かになにもそんな汚い剣にしなくてもネ~? しかもそれ魔剣じゃないんでしょ?」
「はい、ただの剣です」
「もったいな~。魔剣のほうがロマンあるじゃん」
「アスト君がいいといったんだからケチをつけるんじゃない」
「ま、それもそうだね~」
「ふん、好きにすればいいのよ」
確かに魔剣を売り払らえば、船一隻や二隻などとは桁違いの金額を手にすることができただろう。しかしアストの汚い剣を見る姿を目睹すると、反対の仕様がない。
「ま、本人も何故か喜んでるんだしネ~」
アストの汚い剣——刀を見る目は普段の眠そうな様子からは想像もできないほど光輝いていた。
軍刀:軍用の刀剣の総称。




