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fiction 30

 本来であれば休日である早朝、いつも喧騒が絶えない学園には、鳥の鳴き声など自然を感じさせる音しか存在していなかった。しかしその理由は休日だから、というのは少々間違っているかもしれない。実際、今日も授業がある生徒は一定数存在している。というのも生徒共通の休日があるのは一年生だけで、二学年以上となると生徒が選択した科目により休日は変化するのだ。そのため休日が週に1日しかない者もいれば、3日もある者もいる。

 そして今日は一年生は全員休みだが、二学年以上の生徒は普通に授業がある者もいる。つまり学園が静かな理由は日にちではなく――


「ふぁ~~。くそ眠い」


――5時という時間のせいだろう。アストの担任教師のマリ先生であれば遅刻しても全く問題ない(アスト主観意見)が、黒髪腹黒ペアの内の片割れであるルーシェとなるとそうは行かず、さらに遅刻したらプレゼントが待っていると脅迫されたアストに遅刻する度胸はなかった。

 そのため徹夜という最終奥義に出たアストはいつも以上に瞼が重かった。しかし師匠との同棲生活時代、修行で何日も連続で徹夜をさせられたことがあり――最終日には悟りを開く一歩寸前まで到達していた――、今日もその一環と諦める。


 すると、今まで特に気にするような音がなかった闘技場前に、人の声が響き渡る。遠くからアストを呼んでいるようで、あくびによって出ている白息しらいきを振り撒きながらその音源に顔を向けるアスト。その目線の先には予想通りこちらに手を振りながら大声を出しているミシューと、他対抗戦メンバーが勢ぞろいしていた。



~~~~~~~~~~



「すまないね、アスト君。ミシューを連行してくるのに手間取ってな」

「いえ、まだ±2分以内ですし」


 朝から疲れている様子のルーシェ、相当ミシューを起こすのに手間取ったのだろう。しかしそのミシュー本人が一番元気があるようだ。例えるならば、遠足でわくわくしている小学生そのものである。先日見せてもらった大人びた一面は一体どこへいってしまったのだろうか……

 一番普段と変わらない様子を見せるのがルミだろう。特に眠そうな様子もなく、いつも通りの正常稼働である。それとは逆に少し眠そうな様子であるパルメだったが、目を引いたのはそこではなく、頭にかけてある半透明の紫色のゴーグルと、肩に背負っている大き目のマギカ・ブラスターだ。


「なんか前使っていたものより大きいですね」

「ああ、コレ? タイプが違うんだからサイズも違うに決まってるじゃない。脳みそがチーズで出来てるのかしら?」

「……」


 言葉は苛酷だが、自分の銃に気づいてくれて嬉しいのか、少し口元が緩んでいるパルメ。頑張って隠しているようだが、これを見逃すミシューではない。


「あれ~なにニヤついてんのかな~?嬉しいの?パルリン嬉しいの?くふふっ」


 顔が一気に茹で上がったエビのような色になったなぁ、と傍観モードに入るアスト。この二人が口論をし始めたら当分終わることはないからだ。ちなみに自分も食べ物で表現してしまっていることに気が付いていないアストである。


「ほら、早く移動するぞ。こんな所で喋って時間を消費したら早い時間に集まった意味が無いからな」


 しかしもう慣れた様子のルーシェは二人を巧みに操りながら移動を開始する。


「そういえばこの後はどうするんですか?」

「そういえばアスト君には何も言ってなかったな。まあじきにわかるさ。小型の船を借りているから取り敢えずはそこまで行こう。」


(船の貸し切り! ……そういえば資金の調達源は確保してあったな)


 そこでフィネスの存在を思い出し納得するアスト。しかしアストが驚くにも無理はなかった。今の時代、船というと海から陸から空から、はたまた宇宙までなんでもござれ! な機体のことである。正確な定義は魔導エンジンを搭載し、浮遊機能、密閉性などを保持した機体だが、アストがそんなこと知る由もなく、ただ単にお高いというイメージしか持っていなかった。だがそのイメージは適格で、小型だろうと大抵の人は貸し切る機会など人生に一度もないだろう。




「で、これが“小型”……ですか」


 アストの目の前にある船は、そう見ても小型と呼べるものではなかった。しかも高級感を漂わせているデザインからは到底安物には見えず、VIPご用達という言葉が適していた。


「いや、これでも一番安いもの、と注文したんだがな、名義にヴァレンティノ家を出したらこんなのを出されたんだ」


 注文した本人であるルーシェも困り顔の様子から、これが不本意なものであるということが容易に想像できる。ひとつ無駄ではなかった点といえば……


「ふ、ふん。まあ高尚なるパルメ様が乗ってあげるんだからコレぐらい当然よね」

「わぁ~! 大きい! しかもなんかピカピカしててカッコいいネ!」


 興奮が隠しきれていないパルメと、そもそも隠す気がないミシュー達の口論を止める、という任務を遂行してくれたということだろう。逆にいえばその程度にしか役にたっていないが。


 無駄にでかくて高級感のある船に乗ったアスト一行はその内装にも度肝を抜かされることになる。一際ひときわ広い部屋に皆で移動した後、落ち着かない様子のアストは取り敢えず会話をしようとルーシェに話しかける。


「あとどれぐらいで目的地に着くんですか?」

「ふむ、安全航行でいくが、まあ10分ぐらいで着くんじゃないかな?」


 なんて会話をしていると、窓に見えていた外の風景——校舎や地面が急に落下する。つまりこの機体が浮かびあがったのだ。だが全くもって震動も重力も感じなかったため、まるで風景が落ちたような錯覚を覚えたようだ。それはこの機体が見た目だけの張りぼてではなく、中身までもがVIP仕様であることを示唆していた。


「すごいですね」

「ああ、慣性制御が完璧だな。ヴァレンティノ家の名は伊達ではないということか」


 会話をしている内に、窓には物凄いスピードでおいて行かれている風景が映し出されている。なんの震動も感じないと、映像が流れているのではないのかと疑惑の念が浮かび上がってくるほどだ。

 室内を見渡してみると、やはり小物一つをとっても無駄に高級感を感じる。座っているソファも淡い白色で座り心地も柔らかく、乗客にリラックスしてもらおうとしているのがしみじみと伝わってくる。しかしそれが逆に緊張する要因となっているアストはソファにも深く座れず、借りてきた猫のようだ。この前の制服の件で借金を作ってからお金に意識が向くようになったアストとしては、無駄に高そうな内装を壊してはなるまいと常に気を張っているのだ。

 そんなことはお構いなしにソファに寝転んでいるミシューの精神力を羨ましがるアストであったが、目的地にはあっという間に到着し、早々と外に出るアスト。外はまだ肌寒く、白息しらいきが又もや纏わりついてくる。


「どうやらアスト君にはお気に召さなかったようだな」

「そんなことないですよ……それで目的地ってココ、ですか?」


 外に出たくないと駄々をこねているミシューを強引に連行しながら降りてきたルーシェに疑問の色を見せながら質問するアスト。というのも、想像していたのは訓練施設などで、目の前のこじんまりとした建物が目的地だとは思ってもみなかったからである。


「そうだ、この店だ」


 高級感バリバリの、光輝いている船で乗り込むにはふさわしくない目の前の質素な店に一体何の用件があるのか疑問に思うアストであったが、知っていようと知っていまいと自分に拒否権がないことはしみじみと実感していたため、無駄口を叩かずについていくアスト。しかし一つだけどうしても気になることがあった。


「こんな時間に開いてるんですか?」


 普通、朝の5時頃に開いている店はそうそうない。とはいえ、ルーシェがそんなヘマをする人間でないことは分かっているので、一応聞いてみた、というだけでそこまで興味があるわけではないらしく、相変わらずあくびをしながらダルそうにルーシェの後をついていっているアスト。


「ふむ。まあ普段は開いていない。だが少しお話をしたら開けてくれるとのことだったのでな」


 だが眠気は一気に吹き飛ぶ。ルーシェの言う“お話”が、ただのお話のわけなく、相手のことを思うとあくびなんてしていられないのだ。


 そうこうしている内に店の前にすぐに着き、すこし錆びついた様子の、年期の入っているドアを勝手に開けるルーシェ。どうやら本当に話は通してあるらしい。


「爺さん、開けるぞ」


 ドアを開けてからそう宣言するルーシェについていく。何かの店らしき建物の中は薄暗く、今一つ様子が掴みにくいが、至る所ににガラクタが散乱しており、古めかしい雰囲気を感じさせ、先ほどの船がタイムマシンだったのでは?と冗談半分に思うアスト。ガラクタとはいっても精密機械のようなものからどこかの芸術品のツボのようなものまで様々で、ただ一つわかるのは、触ってはいけなさそう、というぐらいだろう。

 しかしアスト達にとって所詮ガラクタはガラクタで、薄暗い中歩きにくいことこの上なく、全て撤去してしまいたい気持ちは恐らく全員——ルミは除く――が持っている。


 そんなガラクタの間を歩いていると人工的な光が薄っすらと見え始め、人の気配も感じる事が出来る。しかしアストとしては今までの店の雰囲気から変に想像してしまう。それは他のメンツも一緒のようで、少し泣きそうな様子のパルメに至ってははいつの間にかアストの洋服を後ろからコッソリつかんでいるほどだ。


 だが無慈悲にも突き進むルーシェは何の躊躇いもなく、光が漏れ出ているドアを無造作に開ける。いきなりまぶしくなったため目を少し瞑ってしまったアストであったが、目を開けた後の光景は今までの部屋より更に渾沌としており、ごみ屋敷といっても差し支えない様子であった。

 しかし今までと違う点といえば、一人の人間がいるということだろうか。机に向かって何か機械をいじくっている人物の後ろ姿は見るからに高齢で、怖そうな雰囲気を出している白髪の男性であった。


「爺さん、来たぞ」

「こんな時間にくるなんて非常識とは思わないか?」


 全くもってその通りである。


「あの件を孫に伝えてもいいのかな?」

「……ふん、用件はなんだ」


(確実に弱み握られてる!)


「とぼけるな、このアスト君の剣を頼んでおいたはずだぞ」

「……ふん、分かっとるわ」


 渋々動き出す老人。部屋に入る前は恐ろしい想像をしていたが、ルーシェに飼いならされている様子を見ると逆にかわいそうになってくる。その老人はガラクタの向こうに消え去り、何か探しているようだ。


「俺の剣、ですか?」

「そうだ。アスト君が拘りはないというから適当に何個か用意させておいた。好きなのを選ぶがいい。勿論お金の心配をする必要はないぞ。アスト君のお姫様が出してくれるからな」

「お姫様じゃないですよ。ただのアルバイトです」


 そんな会話をしていると向こうから一際大きな音がし、そのあと大きな横長の箱をもった老人が出てきた。


「ほら、こいつでいいだろ」

「それはアスト君が決めることだ。アスト君、どれがいい?」


 どちらにせよ対抗戦に練習用の剣で臨むわけにもいかなかったので、取り敢えずよさそうなものをチョイスしようとするアスト。


(とはいえこんなガラクタだらけの店、しかも剣の専門店ってゆうわけでもなさそうだし……ルーシェ先輩には悪いが、あんま良いのはないだろう――)


「なっ!」


 横長の箱を開けた後、目についた剣を取り出してみて、鞘から抜いた瞬間アストは感じる。


「ほう、直ぐに気が付いたか」


 怖そうな顔をしていた老人も驚いた様子を見せる。


「こ、これ……魔剣ですか?」

「そうだ。そこに入っているのは殆ど魔剣の類だ」


 興奮を隠しきれていない様子のアスト。しかしミシューやパルメは既に飽きているようで、早く帰りたい気持ちを隠しきれていない。


 魔剣――それは現代におけるロストテクノロジーの一つである。


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