fiction 29
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「はあ、まあ貴様の脳みそであの学園を卒業すること自体がラストテーゼのようなものだ。まあ破綻する可能性は90%ぐらいだろうと危惧はしておったわ」
よくアストのことを分かっているらしいこの人物、フードを被っているため容貌を確認することが出来ない。更に、昨今の発達した科学力ならばほぼ正確に情報を伝達できるにも関わらず視覚的聴覚的両方の情報に時々紛れ込んでいるノイズが会話相手の情報を更に減少させる要因となっている。
そのため辛うじてわかる情報といえば、嗄れた高齢の男性の声を発しているということぐらいだ。しかし情報転送時に音響情報程度変更するぐらいは容易なため、安直にこの声の持ち主と断定するのは早計だろう。
そのためノイズが多いからといって超長距離間通信をしているとも言えない。詰まる所何が言いたいかというと、ホログラムに映っている人物の情報はほぼ無いということだ。
しかしその体からにじみ出る雰囲気には、一般人には到底得られないものが感じる。確かにホログラムなのだが、被っているフード程度の布切れでは隠し切れない何かがにじみ出ているのだ。人によっては恐怖と、人によっては畏怖と、何を思うかは人それぞれだろう。しかしその中には少なくとも“恐れ”が入っていることだろう。
「で、でしたら――」
「まあここまで早いとは思ってなかったがの」
だがこの二人の間がそこまで冷え切っているようには見えない。確かにアストは敬語で話してはいるが、それは本当の恐怖からくるものではないのだろう。鬼教官とその教え子、師匠とその弟子、この世には様々な関係性があるが、アストとホログラムに移っている人物の関係性はそのどれでもない、独特な紲だ。
「……」
「卿になるには中等部以上の指定公国立学校の卒業証明書が必須だ。国の重鎮に座るのだから当然と言えば当然よのう。そのため貴様を無理やり公国立に入れた」
無言で頷くアスト。そのことについては散々聞かされてきたのだ。今更説明されるまでもなかった。
「しかし入学できたとしても、卒業できねば意味がない。なんせ必要なのは卒業証明書だからな。しかし何故、指定学校の中でも特に難関である公国立ベルトハルツ名誉学園にいれたのかわかるか?」
「それは元老院の介入方法があったがあの学校しかなかったからじゃ……」
「おぬしは本当に馬鹿よのう。まあだから騙せたんだけどのう。元老院が政治的権力を保持していないにも関わらず何故これほどまでの発言権があるか——」
「——それは偏に縁故の多さに他ならぬわ。今の国の重鎮が大抵元老院の元部下、という状況が何よりもの証拠じゃ」
「……つまり——どういうことですか?」
上層部の縺れ合いに関しては目の前の人物に徹底的に叩き込まれたアストであったが、とにかく覚えただけで応用となると、てんでダメになる、それがアストの脳のクオリティーである。
「……だから馬鹿といっとるんじゃ。要するに“元老院”として介入する必要性は全くない、ということだ。それどころかそんな危険な真似するわけないじゃろうて。保険の存在を隠しておきたかったから説明しなかったがのう」
今まで元老院の権限を使って入ったとばかり思っていたアストであったが、どうやら違うらしい。いや、本流を辿れば目の前の人物にたどり着くのだろう。しかし実際学校側に権力者として働きかけるのは元老院ではない第三者、つまり院上層部や軍上層部が介入したということだろう。
しかしそれならば元老院が介入できる学校を選ぶ必要はなく、もう少しレベルが低い所でもいいのでは?という疑問を当然持つ。だが公立ならばどの学校でもいいというわけではなく、公立の中でも国が指定した学校でなければならないのだ。
そうすると選択肢は限られてくる。指定校の中で一番底辺の学校を選んでもアストにとっては誤差の範囲である。それだったらレベルはかなり上がるが、保険となる制度が存在するアルスウィッシェン星の学園にした方がマシだ。
「保険って……まさか対抗戦のことですか?」
「そうだ。あそこの星の教育連盟は異様に権力が大きい。卒業分の全単位贈与などという暴挙にでれる唯一といってもいい存在だ。貴様の脳みそではレベルを少し下げた程度で解決する問題でもない。それ故レベルが高かろうと保険がある学校に入れさせたんじゃ」
「じゃあ最初からその手でいけばよかったじゃないですか」
「バカモン! 貴様ならそう考えるから適当な理由をつけてあの学園に入学させたのじゃ」
もの凄い剣幕に、ついビクついてしまうアスト。ホログラム越しにも関わらずこの迫力である。実際にあったらどれ程なのか想像もしたくない。
「対抗戦で優勝するためにはある程度本気を出さねばなるまい。しかも全国区での放送されている状態でな。最低限、四凶技の存在はバレるだろうよ」
「あ……やっぱり四凶技ってバレちゃいけないんですか?」
「まあ四凶技なら仕方あるまい。軍用剣術の中でも最高難易度の四凶技をどこで取得したのかという疑問は浮かび上がるだろうが、それが元老院に直結するわけではない」
「やっぱりそうですよね! いやあ、実はもうバレちゃってて。まあでも直結しないから――」
「バカモン!! 何しとるんじゃ! 確かに直結するわけではなかろう。じゃが疑惑の種になるには十分すぎるわい。じゃから残りの10%の望みにかけて対抗戦の存在を隠しといたんじゃ。普通に、穏便に卒業してくれるのが一番じゃからな」
もはや生身があるといわれても信じてしまう剣幕だ。大抵の人は腰が抜けてしまうだろう。アストも師匠との暮らしで耐性がなければどうなっていたことやら。
「で、誰にバレたんじゃ? それほどの実力者だったのか?」
「ええと、筋肉が凄い先生と、エルツィン=バーミットっていう腹黒先生です。」
戦闘学の教師であるレグルス=ディオス=オーディンス先生の名前は憶えていないようだ。まあ担任教師の名前の“マリ”すら憶えられないアストにとってレグルスの名前はややこしすぎるのだろう。
「筋肉だけじゃなんともいえんのう……それにしても彼奴が出てきたか」
どうやらエルツィン=バーミットを知っているらしい。しかし今にもため息をつきそうな様子からは仲がいいようには見えない、それどころか嫌がっているようにも感じる。
「あの腹黒教師を知っているんですか?」
「そりゃあもちろんよ。軍資金をギャンブルにつぎ込んで一時的に左卿軍を財政危機に追い込んだ災厄じゃよ」
「ざ、財政危機ってどんだけつぎ込んだんですか……」
「まあ聞かない方が良い額であるのは確かよのう」
「……しかしそれ程の問題児ならば特務課を動かさなかったんですか?」
「確かに元老院の特務課は国のゴミ処理担当じゃが、彼奴は例外よ……アレは良くも悪くも規格外すぎたんじゃ。引退時の序列は17位だ」
「じゅ、17位!?」
戦闘学のレグルス先生から序列入りということは聞いていたが、まさか17位までとは思いもしていなかったアスト。
「普段から問題を起こさなければ一桁台は確実だっただろうな。特に彼奴の目はヤバいからのう」
「ん? まあ確かに目力だけで人を殺せそうですけど」
「そういう話じゃないわ。彼奴の目には絶対性がある」
「確かにそれはヤバいですね——って絶対性!!? 本当なんですか?」
またもや強烈な事実がアストを襲う。
「じゃなきゃ疾っくの疾うに特務課に始末させとるわ。まあじゃが安心せえ。お主やあのお方の絶対性に比べれば雑魚みたいなレベルよ」
「まず絶対性持ってる時点で雑魚ではないと思うんですが。それに師匠と比べるのは流石にかわいそうですよ、人間辞めてますし」
「ふん、バレてまた宇宙空間に放り投げだされても知らんぞ」
「別に宇宙空間に放り投げだされるだけならいいですよ。ただ師匠はブラックホールの近くとか、大規模な平衡化震動のど真ん中に放置するんですよ! 流石に死にますよ」
「まああのお方ならやりかねん。じゃが現に生きてるんだからいいだろう。」
「ま、それはそうですけど。死なないからいいって問題じゃないですし。まあとにかく、対抗戦では一体どこまで使っていいんですか?」
「ふむ、ここで出し惜しみをして負けては元も子もない。三年後の現右卿引退時には卒業しておかねば選考にすら参加できんからの。とはいえやりすぎて目立ちすぎてもいかん。じゃから基本的には四凶技だけでいけ。もし無理そうなら左卿流剣術は全て解禁してよい」
「……あの技もいいんですか?」
アストにしては冷静といえる対応である。確かにあの技を使ったとなれば大騒ぎになるのは間違いないだろう。
「致し方あるまい。何、元老院との繋がりさえバレねば問題ない。精々軍のやつらがうるさくなるだけだ」
「それが問題のような気がするんですけど……」
「ふん、今更何を言う。卿になるのならどうせ騒がれるのだ。ここで引くわけにもいくまい」
「……了解しました。では次は優勝後に」
「ふん、生意気言うようになったわい」
通信が途絶え、いつもの静かなアストの段ボールだらけの部屋へと戻る。断続的に聞こえていたハムノイズとは別にホワイトノイズが鳴っていたようで、その異音が無くなったのも増幅要因となり、アストの部屋はいつにもまして森閑の二文字を表現していた。
ハムノイズ:ジーという低いノイズ
ホワイトノイズ:サーや、シャーといったノイズ
平衡化震動については今回の作品では対して影響を及ぼさない(保障はしません)ので、気になる方は更新された後の用語集を見てください。




