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fiction 28

――教育連盟


 このアルスウィッシェンという学術惑星にて巨大な規模を誇る組織である。学術惑星とまで言われているこの星において、私立公立関係なくほぼ全ての学校が加盟している教育連盟は名前からは想像できないほどの権力を保持している。この星の最高権力とタイマンをはれると言えば分かりやすいだろうか。いや、むしろ教育連盟が最高権力といっても過言ではない——内部で分裂していなければの話だが。


 組織というものは巨大になればなるほど外部からの干渉には耐えやすくなる。しかしそれとは反比例するかのように内部における齟齬は大きくなる。そしてそれはこの教育連盟も同じことが言える。顕著な例としては中等部と高等部の軋轢だろう。一時期――といっても何世紀も前の話だが――優秀な生徒が高等部(大学など)に取られる事例が多発し、中等部を中退して高等部に行く生徒が続出してしまったのだ――といっても年に数人だが、その数人が一番失いたくない天才の中の天才である――。その当時は“名誉中退”などという造語も流行りだし、中退で飛び級し高等部に進学することが一種のステータスとまでされていた。

 そして優秀な生徒を取られ実権を失いつつあった中等部教育連盟がとった苦肉の策が“学園別対抗戦の時期の前倒し”と“優勝者への単位贈呈”である。


 学園別対抗戦は全国区で放送されるためかなり名誉なことだ。しかし元々開催していた時期は一年の最後で、中退者は参加することができなかった――できなくはないが、結局年の最後まで残ることになるので中退する意味がない――。しかし開催時期を早めることにより中退希望の生徒を一時的にとどませることが可能になり、さらに対抗戦を口実に単位を付与することにより“中退”ではなく“早期卒業”という形に変えることができたのだ。そのため優秀な学者などが輩出されたとき、中等部教育連盟に入ってくる色々な利益を取得することができるようになったのだ。

 しかしわざわざそんな回りくどいことをしなくても、優秀だからという理由で単位をあげればいいと思うかもしれないが、教育連盟内でのにらみ合いがあり、それが抑止力となるため不正を行いづらいのだ。もちろん単位の付与に関しても厳しい規定があり、そう簡単に与えることはできない。


 このような大人の汚い事情がかみ合わさり、学園別対抗戦の時期は年の初めに、そして参加者には特別に単位を交付するという今の制度になっているのだ。


「本当に、ほ ん と う に、卒業分の単位が貰えるんですよね!」

「ああ、勿論だ。ただし優勝した場合に限るがな」


 しかしその賢い大人たちに作り出されたルールが悪用されようとしていた。


「なんだアスト君、知らなかったのか? 優勝すれば単位がもらえるから授業に出なくともいいといったんだぞ?」


 詐欺師の顔をしているルーシェ。


「…え、つまり昨日の授業は無断欠席だったってこと…ですか?」


 そこで数日前の会話を思い出す。


『——先日、公式に対抗戦武術部門のメンバーに登録された。だから(・・・)大丈夫だ。』


「あ、あのときの“だから”って…優勝すれば卒業分単位が貰えるからいくらサボっても問題ないってことですか!?」

「因みに無断欠席したら滅多なことがない限りS判定は貰えない。まあ今回はいつでも先生に伝えることができたから、まず不可能だろうな。…あ、そう言えばレグルス先生にアストがいかないことを伝えるのを忘れてしまったようだ」


 エルツィン先生にダメ押しのボディーブローをくらう。


「うわー可哀そー、さすが腹黒生徒代表と腹黒教師代表だネ」

「「誰が腹黒か」」

「息ぴったしじゃん…で、先生は何か月分ヤったんです?」


「一年分だ」


「さ、さすがですネ…ま、そこまで期待してくれたってことですよネ?」

「な、なんの会話をしてんだ? とにかく俺の3年卒業計画が破綻しかけてるんだぞ!」

「三年間で卒業するのは当たり前でしょ?さすがマフィン級の頭の悪さね」


 相変わらず食べ物に例えるのがお得意なツインテール先輩ことパルメだが、アストには――というか大体の人には――全くもって理解できない例えだ。


「なんですかマフィン級って……」


 アストは一応、一般で入学したというていだ。そのため必修科目の学力考査からは逃れられない。そのためアストがストレートで卒業するには、選択科目を脳筋科目で埋め尽くし、ほぼ全てをS判定で通過しなければならないのだ。だが既に、現時点で少なくとも魔法学と戦闘学の2つの授業のS判定を逃した可能性が高いため、断崖絶壁に立たされた状態となってしまった。

 もちろん誰しも留年はしたくない。しかしアストはストレートで卒業しなければならない(・・・・・・・・・)のだ。


 そしてこの黒髪腹黒ペア――長髪がルーシェ、短髪がエルツィン――は普段のアストの様子から、ストレートで卒業できるルートを剔抉てっけつし、退路を防いだのだ。


「ま、とにかく問題児には優勝するか、もしくは留年するかのどっちかの道しか残されていないということだ」

「…はぁ、優勝すればいいんですよね。まあ単位を一気に取れるんで損だけじゃありませんし」

「わかったならいい。では励めよ」


 そういって颯爽と闘技場から去っていくエルツィン先生。どうやらアストに脅しをかけることだけが目的だったらしい。


「しかしなんであんなガチなんだよ…」


 今回の件は二人の黒髪腹黒ペアに仕組まれたとしか言いようがないだろう。


「そんなの先生の一年分の給料がかかってるからだヨ」

「なんだ? 責任でも取られ…まさか、かかってる(・・・・・)って…」


 そこで察するアスト。というのも師匠に言われて一時期カジノで修行していたことがあったため、そういう事(・・・・・)は知っていたのだ。しかし当時はただのゲームで、玩具のコインだと思っていたアストは同行者に勝ち分を全て取られていたのだが……


「まあ! エルツィン先生は生徒達のために自分の身を削れるお方なのですね!」


 この場で二人がわかっていない様子だが、お嬢様のフィネスが分からなくとも仕方がないだろう。ルミ先輩に関しては3M(無反応無感情無応答)のため何も情報を得ることができない。


「ということはそのために俺をはめたのか……」


(とはいえ、ここで優勝できれば卒業の心配は一気に解決する。それにあの化け物先輩がいる……案外当たりくじを引いたかもしれないな)


 どちらにせよ対抗戦には出る予定だったのだ。今回の件はデメリットとして退路が塞がれるというリスクが生じる代わりに単位というメリットが得られるというだけだ。メリットを得たければリスクを背負わなければならない、これは散々師匠に教わってきたことだ。

 アストの手抜き防止の為の策なのだろう。しかし両者の思惑が絡みつき、優勝するというただ一点の同じ目標の為、言葉では交わさない静かなる契約を結んだ、いや結ばれた。



~~~~~~~~~~



「といっても本番まで時間はない。そこでだ、明日から合宿に行く」


 アストに求められるのは感知系の能力者であるミシュー先輩の護衛である。幸運なことに二人以上での護衛なら未だしも、一人での護衛ならばメインのアタッカーほど連携力は必要ではない。いや、連携力がそれほど必要ではないから護衛の役割を任されたといった方がいいだろう。勿論護衛対象者とはある程度の意思疎通が出来ていたほうがいい。どうやら昨日ミシュー先輩をおいてアストと二人に――まあフィネスとその従者の、計4人だったが――させたのは交友関係を築かせるためだったのだろう。


 とはいえ本番は広範囲のステージを利用するバトルロワイヤルだ。本番何があるは検討もつかない。そのため今回の合宿はある程度の連携力、それに個々の力量を確かめるという意味合いなのだろう。

 しかしこの合宿は急にアストをチームに入れたため生じたものに過ぎない。つまり本来であれば去年あたりにはクリアしておかねばならない事案なのだ。


「そういえば本来メンバーだった人はどうして出ないんですか?」


 そのためアストがこの疑問を抱くのは必然と言えた。今回のアストの緊急招集はどう考えてもリスキーすぎるのだ。まず前述したように連携力の強化が不完全になる。チーム戦である対抗戦にとって連携力とは個々の力より大きく作用する要因となる――化け物は除く――。

 そして新メンバー故、個人の能力を把握しきれない可能性が出てくる。これは作戦立案にも大きく作用してくる。特にルーシェのような策士タイプがリーダーであるチームにとって、それは無視するには大きすぎる誤差と成り得るのだ。

 つまりアストの力量を事前に知っていない限り、この時期に新メンバーを追加するというのは愚策としか言いようがない。

 となればこの人選が意図的なものではなく、偶発的なものとしか考えられないのだ。つまりルーシェ程の策略家に弥縫策びほうさくを取らざるを得ない程の何かが生じたということだろう。


「それは、ネ~? ま、簡単に言えばルーシェが相手の子を虐めすぎちゃったってハナシだヨ」

「あ、はい。納得です。」


 しかしアストの疑問は一瞬にして解決する。ミシューの言葉には、それほどの説得力があった。


「ば、バカを言うな。少し訓練に付き合ってやっただけだ。」

「それだけで不登校にはならないと思うんだけど、そう思ってんのは私だけ?」


 全面的にパルメの意見が正しいだろう。


「し、仕方がないだろう! ここぞという時に限って動けなくなる癖を直してやろうとしただけだ」

「……どうやってですか?」

「そりゃあ人間慣れるしかないからな。日常的にここぞという場面を作り上げてやっただけだ」

「ま、簡単に言えば日常的に闇討ちを仕掛けてたってことだヨ」


 思ったより酷い仕打ちである。恐らく対抗戦に選ばれたのだろうから基本的ポテンシャルは相当高かった生徒のはずだ。しかし実践経験が少なかったのか、実戦で要求される突発的行動力に欠けていたのだろう。まあ要するに、よくいる?典型的な天才パターンだったのだろう。


「ま、そんな話はさておき、明日朝5時この闘技場集合だ。遅刻するなよ」


(((そんな話……)))


 いつも言い争っているミシューとパルメ、そしてアストの3人の心の中が初めてリンクした瞬間であった。


「ほいほい、5時(±2時間)にココに来ればいいんでしょ? 任しときなヨ」

「この高尚なるパルメさまがなんでそんな早い時間に来なきゃいけないのよ? ……ひっ! わ、分かったわよ」

「……報酬を要求します」


 一抹の不安を残すミシューであるが、それよりパルメの変容ぶりが気になる。アストはちょうど見ていなかったが、パルメの視線の先にいる人物は一人しかいない。


「はあ、ルミは私が連れてくる。アスト君も来るように、いいね?」


 ここで、もし少しでも嫌な素振りを見せたら先ほどパルメが見た光景を見るはめになるかもしれない、そう思ったアストに拒否するほどの勇気はなかった。静かにうなずくアストの姿は怯えた犬そのものである。


「では明日の朝5時、誤差範囲±2分で集合しなかったらとっておきのプレゼントが待っていると思え。では今日は解散だ」


 きちんとミシューにも釘を刺してから解散の号令をかけるルーシェ、流石の策士である。



~~~~~~~~~~



「で、対抗戦に出る、と」

「は、はい」


 今日は集まっても明日の予定を伝えられただけなので解散時間は早かった。なので昨日フィネスの帰りの護衛を忘れてしまったため――レスト達の追及から逃れるために走って逃げてしまった――、今日こそは帰りの護衛をするといったのだが午後の授業はまだまだ時間があるため参加するとフィネスが言い出したのだ。

 一回サボったらもう参加する気力が残らない典型的なダメ人間であるアストにとっては驚天動地の出来事である。その際先に帰ってもよいとの下命を排したため、素直に帰ってきたのだ。


 しかしいつもなら一人で、会話など発生するはずもないアストの家の中には、アスト以外の人物の姿形が確かに存在していた。とはいえ体がそこにあるわけではなく、ホログラムのようなものではあるが。


 そしてその人物はアストが入学当初同じようにホログラム越しで会話していた人物と同一人物なのだろう。その証拠に特徴的な嗄れている声を発している。


「つまり、儂が計画してやった3年卒業計画は既に破綻を迎えていると」

「……は、はい」

「……」


 ただならぬ雰囲気、その沈黙は誰であろうと黙りこくるほどの重みを保持していた。



剔抉てっけつ:暴き出すこと

弥縫策びほうさく:一時的にとりつくろう策


因みに余談ですがマフィンには有機化合物のcis-trans異性体の内のtrans脂肪酸が含まれている食べ物です。trans脂肪酸は体に悪く、認知症などの原因になります。特にマーガリンには気を付けましょう。(とか言いつつマーガリン大好きな作者です)

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