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fiction 26

「じゃ、こっちはこっちでやろーか。といっても訓練するとかじゃないんだけどね。」


ミシュー先輩の気の抜けた声が闘技場中に広がる。恐らく今までのパルメとの口論がなくなり、その分静かになったと感じたのだろう。


「取り敢えずお話、しよっか?」

「お話?」

「そーそー、まずルーシェのことについて」

「!?」


 ついその名前を聞き、肩を揺らしてしまうアスト。


「まー最初は私もそーだったからね~」

「ど、どういうことですか?」


 今更だが一応誤魔化そうと試みる。しかしその結果は皮肉にもアストの予想と重なる。


「誤魔化さなくても大丈夫だヨ――怖いんでしょ?」


 誤魔化せるわけもなかった。そしてその核心をついた質問に耐え切れなくなる。

 

「っ!?…ええ」


 しかしいつまで経っても笑われることはなかった。

 いや、確かに笑ってはいる。だがそれは侮蔑のようなものではなく、まるで母親のような、慈愛心に満ちた微笑みだった。

 ミシューの体格は小さく――といってもルミよりは大きいが――、上級生にはとても見えなかったがその体からにじみ出るものは子供では到底出せるものではなかった。


「別に笑いはしないよ。私も最初は怖かったからね」


どこか遠い目をするミシュー。


「ルミとルーシェは同じ星の、さらに家も近所の幼馴染だったらしくてね。よく遊んでいたらしいんだ」


するといきなりルーシェとルミの昔話をし始める。


(遊ぶ? あのルミ先輩が?)


 しかしそれはかなりの衝撃発言であった。まずルーシェとルミが幼馴染だったというのにも驚きだが、ルミという人物が遊ぶということが想像できないのだ。


「ルミミン、昔は普通に感情表現をする子だったらしいヨ。それでよく対抗戦を見ていたらしくてね~。子供の時に一緒に出て優勝するとか約束したらしいんだよね~。それを律儀に守ろうとしてるってわけ。どう!ルーシェって可愛くない?」


どうやらルーシェ先輩への恐怖感を拭おうとしてくれたらしい。

そして当のアストはというと、まんまとその作戦に引っかかっていた。


「ふっ、確かに可愛いですね。」

「でしょ~! んで、ルミミンの感情が戻るかも~ってことでガチになってるんだよね~。」


つい笑みがこぼれてしまうアスト。


「まあ過去のルミミンの件があって他人をちょっと虐めちゃうのがデフォルトになっちゃってるだけなんだヨ。だからルーシェのことは怖がらないでくれるかな?」

「はい、今思うとなんでそんなに怖かったのか不思議なぐらいです。」

「ま、そーゆーことだから。詳しいことは本人から聞いてくれたまえ!まあアストっちも隠し事あるみたいだし~?」

「な、なんのことでしょう?」

「ルーシェとの試合の最後、ホントは何しようとしたのかな~?」


(な、あの一瞬の逡巡でばれたのか!?)


「まあ私一応、感知系だから?ふふっ、ま、だから護衛に関しては期待してるヨ?」


この人には敵わないとあきらめる。


「ま、とにかくあそこで寂しそうにしてるフィネスちゃんのトコに遊びに行こっか?」

「ホントに訓練しないんですね」



~~~~~~~~~~



「じゃ、フィネスちゃん、アストっち、じゃね~」

「はいミシュー先輩、ごきげんよう」


 夕暮れ時になり、ようやく解散となった。しかし帰り道の途中で方向が違うらしく、一人うるさいの――ミシュー――が離脱したのだ。

 そして残ったのがアスト、フィネス、そして従者の三人だけとなった。


「お元気な方でしたね」

「ああ、必要以上にな」

「元気に必要も不必要もありませんわ」

「そんなことよりな、なんでフィネスがいるんだ?いや、パトロンってことは聞いたんだがよ、午後の授業に出なくでいいのか?」


そしてようやく気になっていたことを聞く。


「それに関しては問題ありません。わたくし、午後の授業の出席の是非は自由なんですの。」

「な、なんだよそれ! 権力の横暴だ!」

「ふふっ、申し訳ございません」


なんて会話をしていると…


「あ、アストだ」


 今この瞬間を見られたくなかった人物の声が聞こえた。


「あ! ホントです! アストさ~ん!」


 幻聴だと思いたかったため振り向かなかったアストだったが、それをただ聞こえていなかっただけと勘違いしたリタが大きな声で呼びかけてくる。


(よりにもよってなんでミシュー先輩が帰ってから遭遇するんだよ)


 現在アストはフィネスとその従者だけであり、色々と勘違いされそうなシチュエーションであった。


 振り向くとそこには予想通りレストとリタ、さらにエリスの三人がいた。


「よ、よう。リタとエリスは同じ授業だけど違う授業のレストまでいるのは珍しいな」


「へいボーイ、話を逸らそうたってそうはいかないぜ」


 完璧にキャラが崩壊しているレスト。


「はあ、授業サボって何してたの?」


 もう諦めているのか投げやりぎみのエリス。


「フィネスさん、お昼ぶりですね」


 完璧この状態を理解してないリタ。


「ええ、皆さん御機嫌よう。授業お疲れ様です」

「別にサボったわけじゃねーよ」

「そういえばべネス先生怒ってましたよ?」

「ものすごい剣幕だったわ」


(まだ俺がメンバーに選ばれたってこと知らないのか? てかべネス先生って誰だよ)


「お、お前…授業サボってまでして何してたんだ!」

「だから諸事情があってな…」

「本当かよ?」


 疑わしげなレスト。まあ日ごろの行いを見ていれば信じようとするものはいないだろう。


「ええ、アストさんは本当に用があったのです。先ほどまで二年生のミシュー先輩もいらっしゃいましたよ」


 しかしフィネスとなれば別である。品行方正の塊で、ヴァレンティノ家のご令嬢ともなればアストとの信頼の差は天と地、いや天国と地獄ほどあるだろう。

 そのフィネスが発した言葉を疑うはずもない。にも関わらず到底信じがたいワードが入り込んでいた。


「「み、ミシュー先輩!?」」


「…本当にあのミシュー先輩なの?」


 全く同じタイミングで反応するレストとリタ、さらにワンテンポ遅れて反応したエリスからは驚愕とも疑惑ともとれる感情が、崩壊したダムの水のようにあふれ出ていた。

 それはフィネスに向けられるには到底似合わない感情であった。お似合いなのはアストである。

 それほどまでの混乱が生じた理由としては偏に“ミシュー先輩”という名前が出てきたからである。


「ん? なんだ、みんなミシュー先輩のこと知ってんのか?」


 しかしこの状況の異常性を全くもって理解していないアストは、火に油を注ぐような発言をする。


 その発言はアストとミシューは既知の仲であると認めているようなものなのだ。


「い、いや知らないほうがおかしいからな? ほ、本当にあのミシュー=ルーベラス先輩なのか?」


 しかしここまでの反応をさられれば流石に何かあると気づくアスト。


「苗字は忘れたけど、そんな感じだったと思うぜ?」

「はい、皆さんが思ってらっしゃるミシュー=ルーベラス先輩その人です。」


 相変わらずのアスト。しかし名前だけ覚えているだけでもアストにとっては偉業である。事実クラスの担任教師の名前のマリという二文字すら未だに覚えていないのだ。

 だがそのアストにフォローをいれるフィネスにより、三人の疑惑は正しいものと証明されてしまった。

 因みにべネスという人物も魔法学の先生で、きちんと面識のある人物だ。


「す、すごいですアストさん! あのミシュー先輩と知り合いだったんですね!!」

「う、羨まっ、けしからんぞ! 授業をサボり、あまつさえ女の子、しかもあのミシュー先輩と会っていただと!」

「…レスト、本音が出てるわよ」

「おっとこりゃ失敬」


 アストにとって予想だにしなかった反応である。様子を見るからにどう考えてもミシューという人物が普通でないことがわかる。


「なんだ、なんか有名なのか? …それとレスト、サボりじゃないからな」

「そりゃあ有名に決まってんだろ! 今年の大目玉である武術部門二学年の部のメンバーだぞ!」

「そ、そうです! ここ20年間ぐらい武術部門で優勝を毎回逃していたんですが、今回は本当に注目されていて、黄金期の再来だ! って騒がれているですよ!!」

「そ、そんなに負けてたのか…」

「まあこの学園は武術系をメインとしてないから、仕方がないのかもしれないわね」


 事実、エリスの言う通りで、他の武術をメインとしている学校――騎士学校や士官学校など――には一歩及ばないというのが現状であった。


「だったらその黄金期? ってのは凄かったのか?」

「なんでもその年に秀才逸材が集まっていて他の学校とは桁違いの強さだったと伺っております。」

「そうなんです! しかもその中でも二強と言われてた人物の中の一人ってエリスさんのお父さんですよね?」


「「え!」」「まあ!」


 そのリタの衝撃の発言にたまらず驚いてしまう。あのフィネスですら声を上げている。


「だってその二強と言われてた二人の名前ってメリス=エリュアールとエル=ブリュンバルですよね? そのエルさんと苗字同じじゃないですか?」



その瞬間、時間が止まる



「え、ええ。よく知ってるわね。そうよ、私の父親はエル=ブリュンバルよ」

「おいおいアスト、そんなに驚いたのか? 体が固まってるぜ」


 アストが笑いながら話しかけてくる。そこで自分が固まっていたことに初めて気が付く。

 時間が止まっていたわけではなかった。

 自分の脳が止まっていただけだった。


「どうしましたアストさん。なにか、ありました?」


 顔を近づけて心配してくるため、リタにばれないように平静を装う。


「いや、そんなすごい人がエリスの父親だったってことに驚いてたんだ」

「そうですね、わたくしも大変驚きました」

「全く、そういう事は早く言ってくれよな」

「こうなるから言いたくなかったのよ」


 思いもしなかったエリスの身内話に盛り上がる。しかし時は既に薄暮。


「皆さん、もうこんな時間なのでそろそろ解散しませんか?」

「おっ、そうだな。つい話し込んでしまった」

「ええ、そうね。こんなところでアストたちと会うとは思いもしなかったからね」

「あ、そうだ!結局ミシュー先輩とは――」

「ああー!用があるんだった!! ってことで皆の衆、じゃあな!!」


 レストが言い切る前に大声で防ぎ、そのあと猛ダッシュで逃げ出すアスト。これ以上いたら確実に面倒くさくなりそうな予感がしたからだ。

 後ろから何か聞こえてくるが全て無視して駆け抜ける。ただ単に走りたいという気持ちもあった。














(メリス=エリュアール……………母さんがいたのか? しかもエリスの父親と同じ年に)


 母親の名前を8年ぶりに聞くことができたという歓喜

 エリスの父親と同じ年にいたことに対する疑惑

 エリスとメリス、何故か似ている名前


 アストが今何を思っているのか知るすべはなかった

 何故ならアスト本人も何を考えているのかわからなかったからである


 ただ走る


 その行為に何の意味があるのかもわからず




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