fiction 24
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そんなこんなで午前授業の最後の科目のチャイムが鳴り、昼休みに突入していた。
「ふ~、ようやく終わったぜ。さてアスト! 食堂行こうぜ!」
満面の笑みを浮かべているレストではあったが、目は氷雪地帯の夜の如く冷え切っている。
「はぁ、面倒になりそうだ」
面倒になりそうな未来に嘆いていると、不意に一人の生徒に話しかけられる。
「アストさん、御機嫌よう」
そこにはそっぽを向いて不機嫌そうなケイネスと、他数人を連れて歩いてきたフィネスがいた。大名行列程の人数ではないが威圧感を感じる。恐らく、いや100%アストが原因だろう。周りの付き添いが見るアストの目がすこし鋭い。
「ん、どうした?」
「アストさんは私の護衛ですよね? でしたらランチもご一緒致しますわよね?」
その言葉は非常に丁寧だが、何か強制力すら感じさせるものがある。笑顔で脅迫するのが今の若者の流行りらしい。
しかしそれを聞いて少し不機嫌になるレスト。それもそうだろう。彼女を作る気は無いなどとほざいていたアストが女の子から昼食に誘われているのだ。さらに昼食時にフィネスとの関係性を暴こうと画策していた計画が頓挫してしまう。
「勿論お友達の方々も招待致します」
だがその女神のお告げの如く言葉を聞いた瞬間、明らかに態度を一変する。
「はい! 是非! ほらエリス、リタも一緒に行くぞ!」
先程の不機嫌な様子は何処へやら。
「え、私達もいいんですか? だったらエリスさんも行きましょう!」
「はぁ、仕方がないわね」
リタの純粋な喜びようにエリスも断りきれない。こういう面だけは優しいと思うアストであった。
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「で、なんで俺もこんな高そうなモンを食ってんだ?」
このベルトハルツ名誉学園は敷地も広大で、人数も大勢いるため、偏に食堂といってもいくつか存在している。いつもアスト達が使用している食堂は教室棟の近くにある大食堂だ。
しかし、今回フィネスに連れてこられた食堂はその大食堂ではなかった。規模は半分、いや1/3にも満たしてないだろう。更に個室になっているため、もはや食堂ですらないのかもしれない。だが決してグレードが下がった訳ではない。というか寧ろグレードはアップしている。それは二倍三倍じゃ済みそうにない程だ。まず内装が異なる。いつも使用している食堂は直線的かつ機能的だ。机は何の変哲もない長方形だし、食堂自体も真四角な空間だ。それもそのはず、食堂とは人の目を肥やすためのものではなく、舌を楽しませる場所だ。
だがこの食堂はその根本的な存在理由すら忘れるほどの様相を呈していた。まるでその場所自体が一つの芸術作品かのように思われた。白いテーブルクロスに覆われた丸テーブルがいくつかあり、テーブルウェアも白色を基調とした、清楚感漂う佇まいである。しかし真っ白、というわけではなく、所々に黄金色をあしらえており、高貴さを感じることができる。
更に暖色の照明があることで料理が一層輝き、場にも悠然とした空気が漂う。その他にも七彩に煌めく花々が咲き匂っており、目を飽きさせることがない。もはやバンケットルームといっても差し支えない。
貴族や富者からすれば日常のーかけらにすぎないだろう。だが今まで人とは思えない生活をしていたアストにとって、様々な曲線と色彩からなるこの食堂には感動を覚えさせられたのだ。
だが驚くのはそれだけではない。今までのは外装、要するに外面に過ぎないのだ。一番すごいのはやはり食事だった。色とりどりの食材から成る色とりどりの料理、それは美しい食堂と相成り一つの絵画のようであった。
とはいえなぜ視覚的情報の批評だけ続いているのか、それは単にアストに食べる気がなかったからに過ぎない。お金がない、というかむしろマイナス(フィネスに借金)なアストにとってそれは食べ物ではなく鑑賞物というイメージが強かったのだ。そのためいつものレーションをポッケから出して食べようとしたのだが、フィネスに没収をされてしまった。
どうやら護衛騎士が粗末なものを食しているわけにはいかないらしい。料金を払えないというと護衛料金から出すといわれたので食べない理由がなくなっていたのだ。もちろん食べなければならない理由もないが、我慢するのには到底不可能な料理たちが目の前に並んでいるのである。
今まで質素という言葉すら足りない生活をしてきたアストにとって、目の前の料理たちは十分すぎる魅惑材料と成り得た。
それもそのはず、そもそもこの食堂は誰でも使えるというわけではなく、許可を得ている者――特定の貴族など――か、その者から招待を受けている人しか入ることを許されないのだ。つまりVIP専用の食堂と言える。
「文句垂れてるけど一番食ってんのお前だからな?」
と、これまた大量に食べているレスト。
「そんなに食ってるけど金は大丈夫なのか?」
と、これまた自分を棚に上げてレストの懐事情を心配するアスト、しかし口に大量に詰め込んでいては形なしだ。
「生憎金には困ってないんでね」
「え、お前金持ちだったのか!?」
衝撃の発言についに今まで仕切りなしに動いていたアストの箸が止まる。
だがその衝撃の発言に答えたのは口を極限まで働かせていたレスト本人ではなく、お行儀よく食べていたフィネスだった。
「この学園に一般入学できるほどの才能をお持ちの方でしたら、助成金をくださるお相手には事欠かないと思いますよ?」
「ま、そーゆーことだ。もらえるモンはもらっとかないとな」
「へえ、金がもらえるとはなあ」
「というか疑問だったんだけどよ、お前どうやって入学したんだ?」
その質問に凍り付くアスト。普通の生徒ならば何でもないがアストにとっては心臓を抉られるようなものだ。
「な、なんだよその質問は。普通に入ったにきまってんだろ」
心なしか声が震えている。
「いやどう考えても一般で入れる頭してねーだろ」
「し、失礼だな! おま…。」
お前もそうだろ! と言いかけたアストであったが以前の翳子の報告でかなりの天才であったことが判明したため、黙りこくる。しかしそれが何か隠していると思われる要因となってしまう。
「ま、それについては私も気になってたのよね。政治や軍についての知識は目を見張るものがあるけど、他は全くもってだめじゃない。因数分解すら出来ないのに一般で入れるわけがないわ。とはいえお坊ちゃんとは正反対の存在だし」
「た、確かに私も少し気になります」
紅茶を飲みながら優雅に外堀を埋めてくるエリスと、それに便乗してくるリタ。もう見方がいない…かと思われたがなんと驚きの人物が助太刀を出す。
「たしかにこいつはどうしようもないバカだ…だが実力だけはある。何も特別入学枠は貴族だけじゃないしな」
なんと背水の陣であったアストに救いの手を差し伸べたのはケイネス=アークラインであった。
「使っている剣術も恐らく軍のものだ。この歳であれ程の域に到達するには才能だけでは到底足りない。…まあ俺もアストの過去が気にならないといえば嘘になるが、詮索していいものとしてはいけないものの区別ぐらいはできるつもりだ」
そのケイネスの発言に、テーブルの雰囲気がガラリと変わる。
「そ、そうだよな…お前が普段からバカしてるせいで考えなしに言っちゃって悪いな」
いつもではあり得ない、しおれた様子のレスト。
しかしそれはエリスやリタも同じだった。
「そ、そうよね…ごめんなさい。いつもの様子をみているとつい…」
「ご、ごめんなさいアストさん」
「お、おう。気にすんなって…でもなんだかバカにされてるような…」
重くなった空気。だが張本人のアストはというと…
(ぐへへラッキー! なんか軍人の後継者でつらい訓練を無理矢理させられてきた、的な都合のいいお話になってんじゃねーか…まあ血反吐は吐いてたが自分で選択した道だしな。これはケイネス君に褒美をやらねば)
くそったれな野郎である。もちろん特別枠なんて足のつく入り方はしていない。きちんと一般で入っているのだ。まあちょっと――いや、全部――手を加えてもらってはいるが。
「それにしてもケイネス、お前いい奴だったんだな。今まで疑ってて悪かったな」
ものすごい笑顔のアスト。
「まあ俺も少し態度が悪かっ――」
「いやホントにね、最初は唯の強いイケメンで、自意識高くてフィネスのくっつき虫の、フィネス様の護衛的なのやってる俺超カッケーとか思ってる痛い奴かと思ってたが…いやあこんな良いやつだったとは」
「――やはり前言撤回する! やはり決闘だ! このバカ! 因数分解なんてガキでもできるぞ! この超バカ!バカのピラミッドの頂点!」
「そ、そんなバカバカ言わなくたっていいだろ! よし、その決闘かってやる! このアホ!」
「な、なんだと!」
なんだかんだで息がぴったしな二人である。
「ふふっ、よかったですわ」
するとずっと黙っていたフィネスが口を開いた。
「楽しいお食事会が静かになってしまいましたが、皆さん仲直りさられたようで嬉しいですわ。特にケイネス様とアストさんの仲が良くなって大変嬉しいです」
「仲良くねーーわ!」「仲良くありません!」
やはり息ぴったしである。
「はあ、やっぱりバカね」
「そうだな」
「そ、そんなことはないと思いますよ?」
唯一の良心であるリタだが疑問形では意味がない。
そんなこんなで恐らくこの食堂の歴史上一番うるさくなりながらの昼休みが終わった。
因みにアストは気が付いていないが、今回の食事代は制服なんて目じゃない金額に到達している。まず桁が違うのだ。
つまりアストが護衛騎士の仕事をやればやるほど借金は増加することになる。お金に疎いためそのようなことまで気が付かなかったのだ。
完璧にこの作戦を作った犯人――フィネスの手中の中であった。
はたしてアストの借金がなくなるのはいつになるのか…




