fiction 23
朝、エリスやリタ、さらにいつもより少し早く登校していたレストの三人で談笑していた。
すると廊下が騒がしくなってきた。
「お! これが噂に聞く大名行列か!」
遅刻はしないが始まる五分前ぐらいにいつも来るレスト。
そのためフィネスの大名行列のことは知っていても実際目にするのはこれが初めてだったのだ。
「それにしてもいつもより騒がしいような?」
そのためレストにはわからなかったがいつも見ているリタに違和感を覚えさせる程度にはいつもより騒がしかった。
そしてそれはエリスも一緒で、少し廊下が気になるようである。
だがその原因はフィネス御一行がクラスに入ってきた瞬間に明らかとなる。
「「あ、アスト(さん)!?」」
なんとそこには大名行列に混ざっているアストがいた。
つい声をあげて驚いてしまったレストとリタ。
声は出さなかったエリスもつい二度見をしてしまっている。普段の彼女の様子を知っている者ならそれがどれ程驚いているか容易にわかるだろう。
まるでフィネスの護衛のように斜め後ろにぴったりとくっついている様子を見れば、偶々登校時間が一緒になったわけではないのは明らかだった。
「お、おま…何してんだ?」
驚きにより言語になっていないレスト。
「ま、まあいろいろあってな」
その目線の先には少し複雑な顔して、新品の制服を着ているアストがいた。
というのも理由は昨日の放課後まで遡る。
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フィネスの治療が終わり、雑談をしていた時だ。
「後、今更なのですが…その制服は如何なされるおつもりですか?」
「あ」
アストが今着ている制服は穴や焦げ、血などで汚れており、服と言っていいのかすら分からない状況であった。ケイネスにつけられた切れ跡はもはやどこにあるのか見つけ出すのは不可能になっていた。
「流石にそれでは修繕の仕様がありませんね…」
「はぁ、買いなおすしかないか…それも明日までに」
「なら早く購買部に行きませんと。」
だがそこで重大なことに気が付くアスト。
「…いや、まだ使えるだろ。」
「どう見ても使えものには見えませんけど?」
「お、お母さんに習わなかったのか? 物は大事に使わなきゃならないんだぞ?」
だがその事実を悟られるわけにはいかないので冷や汗をかきながら誤魔化そうとする。
「…まさかとは思いますが…」
「いやいや! 別にお金持ってないとかそんなことはないぞ?」
完全に墓穴を掘るアスト。
「…御足をお持ちではないのですね」
「は、はい」
ジト目のフィネスについ頷いてしまうアスト。
「普段はどのように過ごしていらっしゃるのですか?」
「え~と、飯はレーションの棒みたいなの持ってきて食って、水は水道と食堂のだな!」
昼休み時、たしかにエリス達とともに食堂に行っているアストではあったが、実際食堂で頼んでいるわけではなく、自宅に大量にある棒状の携行食を二、三本もってきて食べているのだ。最初は驚かれていたが、エリス達は既に慣れてしまっていた。
因みにこの携行食は元老院に食料を頼んだら送られてきたもので、軍の携行食として現在使われている正真正銘のレーションである。
そのため見た目とは反して栄養価は非常に高く、少量で必要十分のエネルギーを摂取できる優れものなのだ。
そのため一般人にも売られてはいるが、実際日常的に食しているのは相当な物好きぐらいだろう。非常にまずい、というわけではないが食事の楽しみというのを感じることは不可能だろう。実際軍人すら孤立でもしない限りは食べることはないだろう。非常用という面が強いのだ。
そのためレーションを持ってきて食べているのはアストぐらいだろう。いや、アストだけだ。
大抵の生徒は食堂で購入して食べているものが多い。基本的には仮想同調デバイスにクレジット機能がついており、それで支払いを済ませるのだ。
余談だが弁当派というのは非常に少ない。
この学園には各星々から生徒が集まっている。そのため寮など一人暮らしが大半だ。故に弁当を持っていくのなら自分で作らねばならない。さらに国立ベルトハルツ名誉学園ほどの超名門校なら将来大物になる確率も大きく、未来投資という形で返金必要なしの奨学金を渡す星が殆どだ。それも学生には到底使わないであろう金額だ。
それらの要因があり、弁当派は絶滅の危機に瀕している。
「…それは本当ですか?」
「ひぃ! …は、はい。」
一瞬鬼神が見えたような錯覚を抱くアスト。
「はぁ…それよりも制服です。そのまま生活するわけにもいかないので私が支払いましょう」
この展開がわかっていたが故にばれたくなかった。
「そ、そんなわけにはいかない!」
「でしたらどうするおつもりですか?そのままの恰好でしたらお巡りさんにお世話になると思いますけど」
このとき非常に迷っていたアスト。他人に借りをつくるな!という師匠の教えが頭をよぎっているのだ。
「でしたら後で返して頂く、という形はどうでしょう?」
勿論そんなことは知らないフィネスだが、雰囲気からアストがお金を払ってもらうことを嫌がっていることを察したのだ。
「…返す金がない…」
しかしそもそもお金を一銭も持っていなかったアスト。
今まで俗世との関わりが殆どなかったアスト。もちろんお金の稼ぎ方なども知っているわけなく、お金とは自分と違う世界のもの、という印象を持っているのだ。
そのため、生活必需品などを大量に元老院(もちろん色々なところを経由して)から送られており、自宅――マンションは箱だらけで、引っ越し直後のような様相だ。
「それは非常に困りましたわね。…そうですわ! いい案が思いつきました!」
先刻の暗い表情から一転、普段のフィネスには珍しく声を上げて喜びの表情を見せる。
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「で、護衛騎士のバイトをやってるってわけか」
ちょっとした混乱があり、朝学活前に聞くことが出来なかったため、一限目が終わった小休憩に軽く事情を聞いたレスト達。
「ま、そーゆーことだ」
「全く理解出来ないわ」
それもそうだろう。制服のまま模擬線をやったり、お金を一銭も持っていない人物など想像もしない。
「ま、詳しいことは昼休みに聞くからな。特にフィネス様との関係を」
「あんたの場合それだけでしょ」
とにかく、アストが嫌う面倒ごとにならないわけがなかった。
「はぁ、師匠にお金ぐらいせびっておけばよかった」
今頃後悔しても無駄である。
一応補足です。
レーション:軍隊で支給される糧食
御足:お金の婉曲表現




