fiction 22
闘技場には二人の人物が立っていた。
ーー誰が見ても勝者と敗者、この二文字が頭を過る様子で。
「これは勝者あり、ダネ」
審判であるミシュー先輩の声が響き渡る。それはアストの負けを意味していた。
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最後の攻撃、地獄といっても過言ではないものだった。まず爆発により内部圧力が急上昇。それにより途轍もない威力を発揮し、さらに内部圧力に耐えきれなくなった土囹圄が崩壊、いや爆散し、その破片がアストを襲うことになる。
なんとか根性で立っていたとはいえ、その姿は血だらけで、誰が見ても病院行き確定の様相を呈していた。
「そんなボロボロとはいえ、最後の攻撃を受けても立ってるとは。ふふっ、気に入ったぞ。よし、メンバー申請はしておこう」
一方、その姿にした張本人は何処吹く風だ。
すると審判をやっていたミシュー先輩や、観客席にいたルミ先輩とパルメ先輩が降りてくる。
「あらら〜、酷くやられたね〜」
「まあ捨て駒にするには丁度いいんじゃない?」
「報酬を要求します」
「こらパルメ、アスト君を捨て駒などと言うんじゃない。アスト君には是非何回も活躍してもらう予定だからな。」
「...それ捨て駒にするより酷いんじゃナイ?」
「さ、流石ルーシェ...私が認めた女だけあるわ...」
「人をドス黒女みたいに言うじゃない」
...どうやらルーシェ先輩の中は光の反射率が0の真っ黒色らしい。
「えーと、俺は合格ってことでいいんですね?」
そもそも既にメンバーに入っていたと思っていたアスト。いまいち話についていけないが、説明しなかったエルツィン先生の所為にして諦める。
「ああ、勿論だ。...ああそう言えば今日はもう解散して大丈夫だから医務室に行っておきなさい」
「あ...はい」
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行きに迷子にならなかった理由、それは仮装マップを展開していたからにすぎない。
仮装マップはその名の通り、仮想空間ーーこの場合は使用者の精神空間ーーにマップ情報を展開し、現実世界とのリンク、つまり複合現実により情報を提示するシステムだ。
その仮想マップを使用するのはとても簡単で、デバイスに自分の魔素波長を認識させるだけである。このデバイスは色々な形をしており、ペン型やメガネ型など様々である。
アストはごく一般的なブレスレット型を学園から貸してもらっていた訳だが、先程の爆発で木っ端微塵になってしまったのだ。
勿論デバイスをつけたまま模擬戦をやる奴なんていない。だがデバイスを使用したのが初めてだからか、はたまたアストがただ単に色々と抜けているから、そのどちらが原因かは哲学的領域でないと答えが出ない問題だ。
しかし確実に分かることと言えば、迷子になるのにそう時間はかからないということだろう。
闘技場では常に怪我人が出る恐れがあるため、各闘技場に医務棟が隣接している。
その為ルーシェは歩けそうだったアストを一人で行かせたのだ。しかしアストがそんなことを知っている訳なく、わざわざ教室棟にある医務室に行こうとしていた。
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その為、こうなる事は必然とも言えた。
「ほら、動かないで下さい」
「う、すまん」
これは一体どういう状況なのか?
説明するのは簡単である。
迷子になったアストが又もや庭園に突入。そこでフィネスに鹵獲され、現在治療中。
以上である。
芝生のところで寝かされ、成すがままになっていた。
「それにしてもどうしてこんな中途半端なところに来るのですか...」
フィネスが呆れるのも仕方のない話であった。
この庭園が位置している場所は丁度医務棟と医務室の間で、どちらにしても遠いのだ。
それもそのはずで、この場所は作法の授業にしか使わないのである。この近くに医務棟を作るはずがなかった。
その為、医務室に連れて行くより自分で治療した方が早いと判断したのである。まあ医務室より自分の方がレベルが高いという自負もあったのだが。
だがフィネスが自負するだけあり、実際桁違いの早さで治療は行われており、そうこうしてる内に終わりを迎えようとしていた。
「...ふぅ、ーーはい、終わりましたよ。痛みは無いですか?」
「ああ、それどころか気分が透き通っているようだ。」
実際お世辞などではなく、怪我をする前より体調はいいと言っても過言ではない。
「それなら良かったです。私には身の丈に合わない能力ですから」
「そんなことないぞ。これは俺の師匠が言ってたことなんだけどな、固有能力と魂は非常に密接に関係してるらしい。だからフィネスの中身があってこその能力なんだ」
師匠に教わったことをフィネスに伝える
ーーまるで妹に教えるように。
だが途中で恥ずかしくなって来るアスト。それもそうだろう。はたから見ればロマンチストのようなことをほざいているのだ。
「つ、つまりだな! 身の丈に合ってないなんてことはない!」
恥ずかしさを誤魔化すため声を荒げる。
「っ!...ありがとうございます、アストさん。...意外と女性の扱いに慣れているのですか?」
小悪魔的な顔になるフィネス。
「なっ! 慣れてないわ!」
期せずして、その反応で慣れていないことの証明をするアスト。
(俺に関わりのある女性?...翳子はそもそも女性かどうかも分からないし...師匠はそもそも人間辞めてるし...エリスとリタを除けばアイツぐらいしかいないな)
そもそも人間との関わりが少なかったアスト。必然的に女性との関わりが少ないのも当然であった。
「でしたらアストさんには才能がお有りだと思いますよ?」
小悪魔モードのフィネスには敵いそうにない。
「まあそれはよいのです。それより、対抗戦のメンバーに選ばれたのですよね?」
「ああ、そうだが?」
「アストさんが怪我をするのを見るのはあまり嬉しくないですが...でしたら、怪我をしたら私を使ってください」
一瞬度肝を抜かれる。だがなんとか冷静を心掛ける。
「そんなわけにはいかない。医務室行けばいいしな」
「私の能力をお認めして下さったのは偽りだったのですか?」
まるでおやつをあげると言って、結局あげなかった時の子犬のような顔をするフィネス。
「わ、わかったよ。けどタイミングがあった時だけだぞ?」
すると一転して笑顔を見せるフィネス。揺れる尻尾が付いていても何等おかしくない。
「わかりました。タイミングがあった時、ですね?」
(な、なんだ? 悪寒がしたような?)
「お、おう」
「後、今更なのですが...その、制服は如何なされるおつもりですか?」
「あ」
アストが来ているのは血だらけで穴だらけの、もはや制服と言っていいものではなくなっていた。
因みに何故制服を着たまま試合などしたのか?
エルツィン先生が説明らしき説明をしなかったからか、はたまたアストがただ単に色々と抜けているだけなのか、それは哲学的領域でないと答えは出ないだろう。
しかし確実に言えることがあるとすれば、闘技場に着替えは常備してあり、それを使うことも出来たということだ。




