fiction 21
突如現れた五芒星により足の自由を奪われる。
(やば! これ程の策略家が足を封じて終わりな訳がない。脱出出来なきゃ終わる……!)
今までの経験値から警鐘を鳴らす脳。
「――だがこれでお終いだ」
残酷にもアストに死刑宣告が下される。
「ば――」
(――《乱技》!)
心の中でそう叫び、五芒星に煌めく地面に剣を刺す。
そうする事によって左卿流剣術檮杌派奥義《乱技》により、局所的に術の効果を乱す。
「――く」
と同時に五芒星と術者から作られる一直線上の、術者とは離れる方向へ爆発に隠れるように後退。
直後爆風をアストが襲う。
だが危険度Ⅳ以上の魔法は禁止のためそこまで威力は無く、聖気術の自己防衛術式のみで耐える。
そして一瞬の間、静寂が闘技場を支配する。
爆音との差があった為、森閑さに拍車を掛けたのだろう。だがその一瞬、音が無かったのは紛れもない事実だ。
「まさか此処程とは」
今の攻撃を避けられた事に驚きを示す。しかし攻撃に失敗した術者に焦りは微塵も感じさせなかった。
「正直言うと最初のトラップさえ突破出来ればよかったのだが……これは良い意味で予想を裏切られたな」
それどころか、その顔には喜色さえ感じさせられる。それもそのはずで、本番では敵ではなく味方として戦うのだ。強い生徒であることに越したことはない。
「え〜と、ルーシェ先輩……貴方本当に学生ですか?」
しかしその一方、アストの顔には焦りとも、呆れとも取れる何とも表現し難い表情をしていた。今まで復讐を誓ったあの日から、常人とはかけ離れた生活を送ってきていた。そのため殺し合いなど日常茶飯事。今まで強者と呼べる存在とも死線をくぐってきた。
そんなアストであっても、ルーシェの戦闘の才能には驚嘆を隠し切れない。まず驚くべきこととして、多種類の魔法を併用していることだ。
多くの場合、持ちうる魔素は一種類であることが大半だ。そのため魔法適正があったとしても、使える魔法は自分が持ちうる魔素に対応した魔法のみである。
しかし極まれに二種類の魔素を有しながらこの世に生まれたものもいる。そのような者であれば二種類の魔法に加え、才能さえあれば二つの魔素を同時に使用する二次魔法すらも修得できるチャンスがある。
しかし、そのようなケースであったとしても、その全てを修得することは基本的にしない。というかできない。人間は必ず何かに注視してしまうからだ。視界だって全てが均等に見えているわけではなく、どこか一点を集中的に見ているはずだ。
これは何も魔法だけの話ではない。学問だって同じようにさまざまな分野に別れている。例えば物理学、例えば言語学、例えば経済学、人間の知り得る智の領域はこのようにして様々な分野に区画――専門分化されている。
何かを極めるということは、同時に何かを捨て去るということである。どこかのお偉い大学の教授に専門以外のことを聞いたってまともな回答が得られないのと同じだ。
にもかかわらず、目の前の存在は剣術、魔術、陰陽術とありえない程の在庫の多さだ。しかも驚くべきはその全てを使いこなし、さらに戦術としてうまくつなぎ合わせているということである。しかもこれほどまでの戦闘能力を学生の身分で会得しているのだ。その計り知れない戦闘の才能にアストは鳥肌の立つ思いをしていた。
「どこをどう見たって学生だろう。何、それとも私が老けて見えるということか?」
「ち、違いますって!」
アストをからかってくる辺り、まだまだ余裕はありそうだ。
「――で、どうする?」
何が? なんて無粋な質問はしない。
一定以上の実力は確認出来たため、これ以上やりあう必要性は今の所無い。それ故これから先の戦闘は義務ではないということになる。
だがその質問に生意気な笑顔でもって答えるアスト。
「ふっ、良いだろう。全力は出せないが、本気で当たらせてもらう」
「なら……先手必勝っ!」
剣を下段に構えながら物凄いスピードで突っ込むアスト。
というのも、あれほどの策士ならば下手に頭を使っても相手の手の内で躍らされるだけと諦め、トラップ等に遭遇したら無理矢理突破するという高明な作戦? に変更したからである。
そのため、《乱技》を直ぐに使用できるよう下段に構えている。
「――ふっ、だが無駄だ」
しかしルーシェ先輩はその作戦? にも全く動じず、地面に手をつける。
「《土囹圄》」
するとアストがいた場所を囲むように四方から土の壁が出現し、半球状の牢獄となる。
(げ! やば!!)
アストの使用する《乱技》とは、剣を媒体とし、瞬間的に聖気力を流し込むことによりその空間座標上の支配権を奪う、まではいかなくとも攪拌するという技だ。
闇雲に聖気力を流してもただ垂れ流して終わり、ということになり兼ねない非常に、非常に難易度の高い技だ。
そのため使用することが出来ればとても効果的な戦法となる。
しかし、剣を直接相手の支配空間座標に触れなければならないという欠点も持ち合わせている。
そのため、アストの離れた場所で大きく囲われるような今回のケースには対応がし辛い。
しかし不幸は更に続く。いや、不幸なんかという運では無く、ルーシェ先輩の策略なのだろう。
仮に使用していたのが魔素的要素からなる障壁――つまり魔力などで直接作られた防御結界など――ならば後から幾らでも干渉し、突破出来る。
しかし今回の術は、物理的要素からなる障壁である。
そのため術が完成してしまったら《乱技》は全くをもって意味を成さないのだ。もちろん魔法によって形成を整えている場合は別だが、今回のような強固な球体なら魔法で支えるという必要性はないだろう。もちろん魔法による強化は施されているが、強化の効果を打ち消したところで壁が消えるわけではない。
つまり《土囹圄》を突破するには物理的に打ち破らなければならない。
確かにアストの使用する自己強化術式ならば、無理矢理突破は可能だ。それもほんの少しの時間で。だが今回に限っては――ルーシェ先輩が相手なら、時間がかかり過ぎる。
(あ……終わった)
何故わざわざアストの足を止めたのか。それは設置型魔術の使用法その一を使うためだ。それも爆発系の。
仮にアストが《土囹圄》を突破出来なかったとしよう。その場合どうなるかは言うまでもない。少々過激な蒸し風呂を食らうことになるだけだ。
ただし密閉空間での爆発のため、危険度Ⅳ以上の威力は確実に超える。しかしルールには違反してない。
危険度Ⅳ以上の魔法の行使は禁止だが、それ以下の魔法を組み合わせてⅣ以上になった場合に関しては言及されてないからだ。
ルーシェ先輩の第一印象は正々堂々、といったものだったが、そのイメージすら計算されて作られたものなのかもしれない。
では《土囹圄》を突破出来たとしたら?
これはこれで途轍もないことになるだろう。突破した穴に爆風が集中して吹き出してくるのだ。オマケに壁の破片も付いてくる。このオマケが魔素的要素からなる障壁にはない点だ。
さらに突破に力を注ぐと防御が疎かになる。
なら設置型魔術のほうを乱せば?とも考えるが、乱したとしてもそれは局所的なものであり、爆発自体を防ぐ事にはならない。
正確に言えば完全に防ぐことも出来る。だが発動前の魔法を防ぐにはその魔導関数の構造を調べなければならない。
そして発動プロセスを理解できれば発動自体を乱すことが可能だ。だがこの刹那の攻防の中、その選択は余りにも無謀であった。
つまり左卿流剣術四凶技では突破出来ない――詰みの状態であった。
(学生にこんな化け物レベルがいるとは……こうなったら左卿流剣術――いや、こんな所で手札を晒すわけにはいかない)
一瞬高めかけた剣気をおさめる。
(こうなったら徹底防御しかない――《外気殻》!)
ここで一つ考えてみよう。
聖気術を二つに分けるなら?この質問には殆どの人がこう答えるだろう
――内気術と外気術の二つだと。
だが内気術と外気術の難易度は比べるまでもない歴然とした差がある。何故内気術の方が容易なのか?
これには他人内に直接魔法を生成出来ない理由とも繋がる――精神魔法など実空間に作用しない魔法、もしくは治癒系魔法を除く――。
例えば同じ空間座標に、同じタイミングで二人の魔法師が同じ術式を、同じ魔素量だけ使用したとしよう――合成魔法、非実空間干渉系魔法は除く――。
その場合片方だけの魔法が作用する。では差は何なのか? それは偏に空間支配力の強さの差である。
自分の指を動かそうとしたとき、ほぼ無意識のような状態でも動かせるだろう。これが空間支配力といっても過言ではない。
そして自分の体内の空間支配力は外界とは桁外れなのだ。その差は実数と無限大超実数程の差があるといってもいい。
つまり他人の体内への魔法の直接行使は現実的に考えて不可能なのである。
何故ここまでの差が出るのか? これを厳密に理解するには魔素学の分野の、魔素空間における"疆界"を理解しなければならない。
とにかく、外気術を使用するならそこの空間を自分の体の一部と錯覚し得る程の認識力が必要だ。
この空間認識力――実空間の情報だけではない――を極限まで高める事により、擬似的に自身の体の領域を拡張していると言ってもいい。そのコツが掴めなければ一生使う事は出来ない。
そしてアストが使用した《外気殻》という術は聖気力(を変質させたもの)を体に纏わり付かせ、過剰エネルギーの浸透を防ぐ技である。これに内気術である自己防御術式を併用し、体外体内両面からの防御体制をとったのである。
準備が整った後、真っ暗であった《土囹圄》内が赤く照らされる。足元に発生した魔法陣がその素因だ。
その光景――幾何学模様である魔法陣の光がドーム状の壁にぼんやりと映し出されている様子――は皮肉なことに夢幻的であった。
2018年7月25日 本文を加筆しました。




