fiction 17
夕暮れ時の路地裏には到底似合いもしない緊張感が漂う。
まるで空間ごと違う世界に転移した錯覚を思い起こさせる。
その空間を作り出しているのがとある二人組なら、またその空間を打ち砕くのもその二人組と言えるだろう。
「衝撃的なことに彼女は――いたって普通の女子生徒だったわ」
その言葉により張りつめていた緊張感が、まるでシャボン玉が弾けるように霧散していく。
「思わせぶりなことを言うから何かあると思って入念に調べたらしいけど、特に何もなかったと言ってたわ」
あまりにも予想外すぎてマヌケ顔を晒すアスト。
「ってことはあの時気付かれずに俺の後ろまで近づいたのは本当に影が薄いだけだったのか?」
「アンタが学生程度に気づけないなんて到底信じられないけど……あんな奴でも仕事は一流よ。間違いはないはずよ」
そんなことは分かっていた。彼とは今まで散々付き合ってきた仲だ。仕事だけは信用できることは知っていた。
そもそも仕事が出来なければ翳になんてなれない。
元老院が保持している戦闘部隊は明らかに絶対数が少ない。しかし、だからこそ個々の能力が逸脱しているだ。その中でも諜報課である翳はその特色が強くみられる集団であった。
名誉(?)なことに特務課と諜報課だけは関わるなという教えもある程だ。もちろん、そっちの業界だけだけの話だが。
「他にも擬似歩行をなんでも無いように使っていた奴が一般人とは思えないんだけどなぁ……」
「知り合いのおじいさんに少し武術を教わってたらしいわ」
「少しどころじゃねえだろう。そのじいさんは仙人か何かか?」
「知らないわよ、そんなこと。調べた本人に聞いてちょうだい」
そこで調査を依頼を受けた張本人が来ていないことに違和感を感じる。報告までが仕事だ。つまり報告のサボりは仕事のサボりと同義である。
「そう言えばなんでお前が来たんだ? アイツは仕事をさぼるような奴じゃなかったと思うけど」
「詳しいことは知らないわ。翳同士でも関わり合いがそんなにあるわけでも無いしね。じゃあ私は行くけどもう用はないわね?」
早くこの仕事を終わらせたいという態度を隠す気もないのだろう。これ以上とどまらせても要らぬ怒りを買いそうだ。
「お、おう」
そのため聞きたいことはまだあったが仕方がなくうなずく。
陽炎のようにぼやけていなくなっていく翳子。と同時に周りの音が聞こえてくるようになる。
先程空間が違うようだと言ったがそれはあながち間違いではない。翳お得意の空間遮断術により、様々な情報が遮断されていたのだ。
遠くから聞こえる街の喧騒とともに考えを巡らすアスト。考えてみれば今回の結果はなんら悪いものでもなく、と云うかむしろいい結果と言っても差し支えないものであった。無駄に警戒する必要性がなくなったことに安堵し、速やかに思考停止し帰途につくアスト。アストにとって考えるというのは無駄に疲れる行為である。そのため考え事が一つ減り、歩き方もいつものだらけた様子ではなく、少しうれしそうである。
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翌日、ギリギリ(遅刻)で登校して来たアストは担任に小言と言われながら自分の席につく。
エリスは溜息をつき、リタは苦笑いをし、レストはまたもやニヤニヤしている。
「よう! ギリギリだな。やっぱこれでこそアストだよな。」
「もっと褒めてもらっても構わないぜ?」
「褒めてるわけないでしょ? しかもギリギリセーフならまだしも、ギリギリ遅刻なのよ? どこに褒めてる要素があるのよ……せめて後五分早く来れないのかしら。だからリタに眠り猫なんて言われるのよ」
「そ、その件についてはすいません! そんな意味があるなんて知らなくて……」
登校早々応酬される会話に嘘偽りがないことを知り安堵、そして本人すら気づいていない心の深層に芽生えた嬉しさとが交じり合い、にやけてしまうアスト。
「眠り猫で結構です~。ったく犬だったり猫だったり、人を何だと思ってんだ」
「にやけながら言われてもな~」
そこを片目を瞑りながら太々しい顔でついてくるレスト。
「ばっ、馬鹿野郎! にやついてなんかねーよ!」
「あなた……そっちだったのね。」
「俺には分かってたぜ。エリス様のお仕置き――教科書の鉄槌を受けて喜んでいたからな。」
「アストさん……失望しました」
「み、みなさ~ん! ホームルーム中で~す!」
アストの新たな性癖が露見される一方、半泣き状態の担任教師。クラスの皆もアストの新たな性癖に騒ぎ立て、それに紛れて友達と話し出す生徒も出てくるなど、もはやカオスとなったクラスをまとめ上げる力を担任の先生は保持していなかった。
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放課後、奇異の視線を浴びながら歩いているアスト。というのもオールマイティーかつドMという噂が流れているのだ。今一番旬な人物と言っても過言ではないだろう……というのは冗談で、恐らくケイネスの件で噂が広まっているのだろう。
そんなアストが何故さっさと帰らずに学校内を歩いているかというと、またもや呼び出しをくらったからだ。そして向かっている場所は二学年用の闘技場であった。
仮想型のマップを展開することによって迷子にならずに済んだアスト。そのため白いロタンダ(円形建築物)を直ぐに見つける事が出来た。この学園の建物は殆ど白色で、色による見分けは出来ない。だが闘技場は大抵円形なため、一目でわかるのだ。
そのため、遅刻せず来れたこと――※当たり前です――をちょっと自慢に思いながら揚々と闘技場に入ると、いきなり火の玉が襲ってきた。
「はあっ!? なんでだよっ!?」
いつの間にか自動ドアである入口はしまっており後ろには下がれず、いきなり王手をかけられた状況に追い込まれる。
いきなりのことに、転びそうになりながら右に避ける。が、読めていたと言わんばかりに光の銃弾が飛んでくる。
不完全な体勢故、体に力を入れづらい。その為まともに避けるのは難しいと直ぐにそう判断したアストは、逆に力を抜くことにより地面に倒れこみながら銃弾を避ける。そして完全に倒れこむ前に片手を地面につき、腕力だけで体を起こし体勢を整える。
そして攻撃してきた相手を見ると……
「ま、これぐらい出来なきゃね」
「偉そうに。さっきの射撃本気だったんじゃ無いの? それを避けられたからって、ぷークスクス」
「ほ、本気じゃないわよ! 本気だったらあんな奴直ぐにレンコンよ!」
「任務実行しました。対当なる報酬を要求します」
「ほら、飴玉でいいだろ」
「……(コクン)」
(……今日はカオスの女神に好かれてんのかなあ)
「えーと、これはどういう状況で?」
いきなり攻撃してきたから敵、とも思えたが今の状況を見ると短略的にそうは判断できず、取り敢えず聞いて見ることにするアスト。
「ああ、すまない。ほら皆んな、アスト君が戸惑っているじゃないか」
と、大人びな黒髪の女性が皆を窘める。
だが相変わらず口論をしている二人組、更には飴を舐め始めた後ピクリとも動かない人?機械?は無反応である。
「えーと、呼び出しをくらって来たんですけど」
「わかってるよアスト君。因みになんで呼ばれたかわかってるね?」
「えーと、学園別対抗戦のことかと思ったのですが」
「その通りだ。すまない、自己紹介が遅れたな。私は二学年の班のリーダーを務めているルーシェ=パンドーラ=エルミネスだ。ほら、皆んなも自己紹介してくれ」
「そんなのルーシェの方でやっといてくれ」
「そーよ! 高尚なる私を侮辱したこの阿婆擦れ女の始末に忙しいの!」
「……報酬を要求します。」
世の中に美味い話はないと良く言うが、全くもってその通りだと思い直すアスト。だが単位の為逃げ出す事も出来ず、師匠直伝超必殺封印秘奥義<諦める>を発動するしかないのであった。




