fiction 14
「こんにちわ、アストさん」
白いベンチに座っていたアストは顔だけを向ける。 そこにはやはりフィネスが立っていた。
と言うのも気配察知は師匠に散々教え込まれた技で、話しかけられる前からフィネスの存在については気がついていたのだ。
「おう、フィネス。こんなところに一人で、なんか用か? それとも邪魔だったか?」
フィネスを敬っていないから決闘を申し付けられたにも関わらず、相変わらず名前を呼び捨てする。
“様”をつけるのが面倒くさいと言うのもあるが、また決闘を申し付けられれば今回の反省点を試せるという悪巧みをしているためである。フィネスはそんなこと知る由もないが…
「此度は大変申し訳御座いません。ケイネス様は大変気にかけてくれていまして。お隣宜しいですか?」
「ああ」
ベンチの空いていた左側に座るフィネス。
こんなところに、と発言はしていたが、白いベンチに静かに降り注ぐ噴水、そして綺麗に切り揃えられた植物たちはフィネスの美しさを引き立たせる道具に成り下がり、と云うか最初からそれが使命だと言わんばかりのマッチング。
相応しくないのは自分の方だと思い直すアスト。
「止めようとはしたのですが話が歪曲して伝わってしまいまして…ケイネス様に悪気は無いと思いますの」
最初に挨拶した時の大輪のような笑顔から一転して悲しい顔になる様を見ていると何故か自分が悪いと思ってくる。
ちなみにケイネスには悪気しかない。
「なんだ、いきなり謝るから何のことかと思ったら決闘のことか。その件に関しては得することもあったから気にすることは無い」
横を向き、手を振りながら謝罪を拒む。他の人から見ればわざと理由をつけているようにも見えるが、アストの場合、実際に得していると思っているため本当に謝罪は必要ないと思っているのだ。
その様子に嘘ではないと感じ取ったのか歪めていた顔を戻すフィネス。
「ふふ、おかしい人ですね。ってアストさん!!」
と思ったらまた顔をひきつらせるフィネス。
「なんだ? 顔が随分と忙しそうだが」
「アストさん! 右腕如何したんですか!」
普段の鷹揚な様とはかけ離れているので何事かと自分の右腕を見る。
するとパックリと綺麗に斜めに服が切れており、その周りが赤くなっていた。
「へえ、イケメン君やるじゃないか」
控室で着替えていた時には血は出ていなかったし、服も切れているようには見えなかった。つまりケイネスの剣魔術が綺麗に切れすぎて、ここまで歩いている時にようやく傷口が開いたのだろう。
そう推察し感嘆するアスト。
「ま、まさか試合中の傷ですが? でも防御服を着ていらしたと思うのですが…そんな事より治療をしませんと!」
この程度の傷に大袈裟だな、と思っていると何故か腕を捲り始めるフィネス。
「何してるんだ?」
「治療するのです。さあ、腕を貸してください」
凄い剣幕ゆえ、すんなり従うアスト。
治療道具も無いのに如何やって、と疑問には思っているが逆らってはいけないような雰囲気を漂わせている。
フィネスは傷口に両手を翳すと同時に目を瞑る。すると突然傷口を中心に淡い光がフィネスの手から漏れ出る。少しの心地よさと共に傷が治っていくのを感じ取るアスト。
「っ、まさか…固有能力か?」
その現象を見てすぐさま見当をつけるアスト。
傷は浅かったため直ぐに傷口は塞がり、姿勢を元に戻すフィネス。
「よくお判りですね。そうです、これは私の固有能力です」
その事実を本人から改めて聞き、驚嘆するアスト。
固有能力とは皆が持っている訳ではなく、ごく一部の人しか持ちえない大変珍しいものだ。
基本、生物には魔素と呼ばれるエネルギーが存在している。と言っても解剖すれば溢れ出るというわけではない。では何処に存在するのか? そもそも魔素は存在しているのか? と言う疑問に人類はぶつかった。
だがいくら解剖しようにも目や科学的検査機で探知する事は不可能だった。その為、人類未到達領域問題とする羽目になってしまった。
だがその問題を解いた天才がいる。それがアインハルツである。
彼によると我々が存在している空間には魔素は存在していなく、別空間のような場所に存在しているらしい。だがその空間と我々の空間の座標はリンクしている為、たどり着けない場所でありながら一番近い場所と言っても過言では無いらしい。
だが彼の魔素の問題を解くにあたり、幾つかの副産物を生み出していた。その一つとして、生涯生まれ持つ魔素の種類は変わらない、と云うことだ。
つまり魔力だけしか持っていなかったら一生魔力だけということになる。
そのため二つの魔素を使用する混合術は生れながらにして可能不可能がわかってしまう、才能が必須とも言える魔法なのだ。
だがこれ以上に才能ありき、と呼ばれているものがあり、それが固有能力というものだ。
固有能力は三つ全ての魔素を保持していないと先ず土俵にすら上がらない。
さらに三つ全て持っていても固有能力が使えるとは限らないのだ。自身の持つ三つの魔素の固有波長の合成により稀に固有能力が生まれるのだ。
一つの星に、生きている固有能力保持者が一人でもいれば良い方だと言われている程だ。だがしかしその極低確率でしか使うことが許されない固有能力だが、全てが強い能力という訳でもない。
そのためまともな固有能力者となるとさらに確率が下がる。フィネスはその固有能力を今使用したのである。だがアストはその希少さに驚いただけではなかった。
「凄いじゃないか、固有能力なんて」
だが何故か悲しい顔をみせるフィネス。
「私になんて勿体無い能力なのです。最初にこの能力を知ったときは大変喜びました。しかし私の家は貴族です。貴族が病人一人一人に治療するなど許される行いでは無いのです」
ポツリポツリと語るその雰囲気から、不本意な様を容易に感じ取ることができる。
「もしこの能力が私以外の人が持っていたらと考えない日はありません。…私でなければ、きっと沢山の人を救えたでしょうに…でも、でも今日初めてこの能力を持っていて良かったと思いました。だってアストさんを治療できましたから」
最後になりまた笑顔に戻るフィネス。
「…本当に顔が忙しい奴だ」
その笑顔にも能力がかかっているのではと錯覚するアスト。それ程フィネスの笑顔は眩しかった。
「ですが良く固有能力と分かりましたね。この程度の治癒なら一次魔法でも行えますけど、如何して固有能力だと気がついたのですか?」
その事を聞かれ返答に困るアスト。実際アストとて確信があった訳ではない。ただ似たような光景を見た事があった、ただそれだけだった。
「…勘だよ、勘」
目を逸らし、顔を伏せ気味に答えるアスト。その時のアストには幼少期の記憶が流れていた。転んで怪我をした自分を固有能力で治してくれた金髪の幼女――妹のフィーネの姿が。
(いや…あり得ない…いくら同じ固有能力だとしても…金髪だったとしても…妹は、フィーネは――俺の目の前で死んだんだ…殺されたんだ…)
「ふふ、アストさんらしいですね。それにしてもアストさん、顔色が優れないようですけど、体調がよろしくないのですか?」
顔に出ていたことに気がつき、慌てて普段の顔を意識する。
「いや、全然大丈夫だぞ」
「そうですか? 私には無理をしているようにも見えましたが…」
意外な所で鋭い眼力を見せつけるフィネス。そのため無理矢理話を変える事にする。
「それよりフィネス、小さい頃の記憶ってあるか?」
話を無理矢理変えようとすると、無意識のうちに口からこぼれてしまう。これで過去と決別できる、と思っていると…
「それが不思議な事に、小さい頃の記憶がさっぱりないんです。おかしいですよね、ふふ。記憶力が無いんでしょうか?」
笑いながら冗談のように話すフィネス。だがアストにとってその言葉は聞き捨てならないものだった。
「…え、何もないのか?」
「ええ、両親も記憶を失した頃のお話はあまりして下さらなくて…ですから自分のことなのに何も知らないのです」
その言葉を聞き、思考が停止する。いや、思考はしている。だがし過ぎて自分で何を考えているのか分からなくなっているのだ。
その後フィネスと少し話をしていたが、内容は何も覚えていなかった。
気がついたら自宅に着いていたアスト。
「………フィーネ……」
その夜、眠ることは出来なかった。




