fiction 13
間違えていたものを13話のものに直しておきました。
混乱された方は大変申し訳ございません。
「ふん、どうやら逃げずに来たようだな」
模擬試合という名の決闘、という名の粛清が始まろうとしていた。かの有名なアークライン家の長男が試合をするということで、空席はところどころ目立つがまあまあの集客ぶりである。
未だに授業中の生徒もいるし、何よりケイネスが決闘を申し付けたのはつい先ほどのことだ。学内ネットワークか何かで情報が伝達したのだろうが、それにしてもこの束の間に随分と集まったものだ。
それは(悪いほうで)噂になっているアストの所為でもあるのだろう。
「拒否権がないって言ったのは誰だよ」
面倒ごとが嫌いなアスト。普段なら一目散に逃げるのかもしれないが、ヴィネス=アークラインの子孫であることから興味を持ったらしい。
「ふっ、それもそうだな。準備は終わっているのだろう? なら御託は終わりにしてさっさと始めよう」
にやりと口をゆがませ、アストに熱い視線を送る。もちろん、今回の場合の熱い視線とは、ライオンがうさぎを見るような目つきだ。フィネスと仲良くされるのが大変ご立腹らしい。
今回、審判となる先生はいないため、防御服の機能を利用する。学校が支給する防御服は、外部からの干渉を受けると分かりやすくエフェクトが輝くのだ。その色はダメージ量により異なり、かすり傷程度であれば緑色、最大で赤色となる。
先生がいる場合は、その先生の判断となるが、今回のように生徒だけで試合をするときはエフェクトの色で見分けることができる。基本的には赤色のエフェクトが出たら負けとなる。
他にも、危険度Ⅳ以上の魔法、あるいは同程度の攻撃は禁止で、即反則負けとなる。と言うのも、危険度Ⅳを超えてくると学校で支給される防御服を貫通してしまう恐れがあるからだ。
とはいえ、最高学年になってようやく使えるかどうか、といったレベルなので、初学年の生徒同士の決闘ではあまり気にすることでもない。そのため、低学年の模擬試合は審判がいなくても割と許可されることが多い。
そのため、闘技場には審判がいなくとも試合ができるような様々な設備が整っている。決闘する両者が魔力波を照射すれば開始のカウントダウンが始まるような便利グッズも備え付けられているのだ。
そのため、誰が動くというわけでもなくタイマーが起動する。ケイネスとアスト両者が開始するための魔力波を照射したのだ。
ピッ
ケイネスが両手剣を構える。
ピッ
アストもだらりと剣を持ち上げる。
ピッ、ピッーー!
開始の合図が会場に響き渡る。
「あのペンネストを打ち負かしたことには驚いたが、所詮それだけの奴だったということだろう。貴様は逃げているばっかだったしな。まあお得意の逃げ技、披露させてやるよっ!」
言うや否や、大剣を掲げて飛び込んで来るケイネス。しかしアストは冷静に対処する。ケイネスの剣筋をすぐさま予測、そして流す。
剣筋が逸れたケイネスの両手剣はするりとアストの横を通り過ぎる。しかし剣が地面に突き刺さるようなことはなく、すぐさま体制を整えるケイネス。
その後も熾烈な斬撃がアストを襲い掛かるが、横、上、下、様々な方向へと流されてしまう。
斬りかかった回数が十回を超えて少しした後ケイネスの攻撃がようやく罷む。
「……どうやら見くびっていたようだな。貴様のその剣技、褒めてやろう。この俺が剣を当てる道筋すら見えないとはな。認めてやる、俺より貴様の方が剣技を極めていると」
「……そりゃどうも」
いきなり手のひら返しで褒めてくるケイネスに、対応に困るアスト。とはいえ、ケイネスの実力の高さから考えれば当然であった。
アークライン家の長男としてこの世に誕生したケイネスは、言葉も満足に喋れないような頃から剣に触れてきていた。そのため、アストが使う技の技量がどれ程のものか身に染みて理解できるのだ。
外から見ていれば、アストはただ単に逃げているようにしか見えない。実際、ケイネスを応援している女子たちはキャーキャーと騒いでいる。傍から見れば、ケイネスの猛攻に攻撃する暇もなく、何とか避けている、そう見えているのだろう。
しかし実力があるからこそケイネスにはわかる。剣技ではこいつに敵わないと。
だがケイネスの顔にはまだ挑戦的な笑みが張り付いたままだ。負けを認めているわけではないことは明白。
その証拠に剣の付け根に、薄っすらと黄色に光り輝く小さな魔法陣が浮かび上がる。まるで魔法陣が剣の鍔になっているようだ。何かやらかす気であることは確実だろう。
「だがしかし! アークライン家が最強と言われる所以は剣技ではない。これこそが――」
魔法陣がクルクル回転しながら剣の先端へと上昇していく。しかし先端に到達すると共に魔法陣は縮むように無くなってしまった。
もちろん、こけおどしなどではない。その証拠に、先ほどの魔法陣と同じ色で剣自体が光り輝いている。時々スパークが放たれていることから、ただの光る剣、というわけでもなさそうだ。
何より、対峙しているときの威圧感が別物である。威圧感、つまりは体から発せられる魔素量が格段に上がったことに外ならない。
「――これこそがヴィネス=アークラインが生み出した最強の魔法、剣魔術だ!」
「……へえ、面白い」
アストの顔を見てみると、恐怖――などは微塵もなく、ただ好奇心だけで埋め尽くされていた。
「調子に乗っていられるのも今だけだっ」
今の斬撃が先ほどまでの剣技のレベルに違いがあるとは思えない。とりあえず今まで通り剣を流そうとするアスト。しかし――――
「(っ! ねばりつく!)」
今までの無機質な剣からは感じることが出来なかった“粘り気”により、剣を流すことが出来ずにそのままの勢いで吹き飛ばされる。
直撃ではないが、このままの勢いで壁にぶつかればその衝撃で赤色のエフェクトは容易に放たれるだろう。
しかし何とか空中で体勢を整えたアストは壁に軟着陸し、くるりと回転しながら無事に着地する。
「ほう、今ので終わらないとは。だがあの小癪な技は使えないようだな。私にも人情はある。次で決めてやろう」
より一層剣が光り輝く。ケイネスの周りは魔素が乱りに乱れていて、迸るスパークも相成って嵐を纏っているようである。
一方のアストは今までと変わらず、構えらしき構えはしていない。だが剣先は確実にケイネスへと向かわれているため、諦めたわけではなさそうだ。
ケイネスが一気にアストの元へと疾駆する。
二人の剣が交わるその刹那、赤い閃光がはじける――
――両者の防御服から。
今まで散々受け流されてきたが、剣技によってその技を封印したケイネス。負ける気など一かけらも抱かなかった。しかし、剣魔術を発動させたにも関わらず、また流されたのだ。そしてその流れのまま、アストの剣がケイネスの胴体へと直撃した。
しかし、わずかに逸らし損ねたケイネスの剣も、アストの腕をかすっていた。そう、かすっただけであった。本来であれば赤色のエフェクトが生じるはずもない。なのに光った。つまりそれは――
「(反則級の威力を出してしまった……!)」
――かすっただけでも赤色のエフェクトがでるほど威力が込められていたと考えるよりほかにない。危険度Ⅳ以上相当の火力、つまりは反則であった。
畢竟、負けである。それは戦っていたケイネス本人が一番了知していた。有名な家系でもない無名の同級生などに負けるとは微塵も思っていなかったケイネスにとって、思考を停止させるには十分すぎる現実であった。
だが、ルールを今一理解していない約一名はそんなことどうでもいいようだ。
「うわっ、当てられたか。アークライン家ってのは伊達じゃないってことだな。まあ今回は引き分けってことで、じゃ」
「…………お、おいっ待て!」
ケイネスが銷魂の様をさらけ出している内に待機室へと戻ってしまったようだ。待機室には本人と、本人が承認した人物しか入ることはできないため、追いかけることもできない。結局闘技場のど真ん中で立ち尽くすことしかできなかった。
これが天才少年にとっての、初めての挫折経験なのかもしれない。
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こちらも、かすられるとは微塵も思っていなかったアスト。待機室にこもって先ほどの反省点を考えうんうん唸っている。すると、開くはずもない待機室のドアがいきなり開かれた。もちろん怪奇現象などではない。
「元気そうだな、問題児」
教師権限を振り回せば待機室に侵入するぐらい容易い。そしてある特定の人物ならアストの顔は瞬く間に渋面に変化させることもまた容易い。
「げっ、エルツィン先生」
「随分な反応だな。それにしても、アークラインの小僧を軽くあしらうとはな」
「……見てたんですか」
だったら審判しろよと思ったことは決して口外してはならない。
「だが、流技だけでなく乱技すらも使えるとはな。どうせ蝕技だって使えるのだろう? なんでまた乱技と流技を合わせるなんて面倒なことをしたんだ」
「……試してみたかったんですよ」
ケイネスの使う剣魔術と、アストの使う左卿流剣術は、太古ライバル同士であったヴィネス=アークラインとブレイズ=ブライドが発明したものである。
ケイネスの使った剣魔術、雷粘剣はライバルの使用する流技に対抗して作られた過去を持つ。何かを感じ取ったアストは、その技を流技を使うことにより打ち破りたかったのだろう。
「そうか。ま、今回の模擬戦で負けていたらお前の代わりにケイネスを出すつもりだったんだがな」
「え、一向に変えてもらって構わないんですけど?」
「単位がたくさんでるぞ」
「やらさせてもらいます」
単純な生き物である。
「じゃ、もう用はない」
と言うや否や、すぐさま部屋を出て行ってしまった。本当にただそれだけだったようだ。
「……さて、今回の反省点をかんがえなきゃな」
と言っても、いつまでも居座るわけにもいかず、さらに気分転換もふくめて、先日行った庭園らしき場所に移動することに決める。帰り道でもあるので無駄足にもならない。アストにとってはこれが一番重要な理由だ。
元々の13話のデータが消えてしまったため、新規に書き直したものとなります。約一年前に書いた所だったので細かな描写などは覚えていませんでした。そのため違和感を感じた場合は大変申し訳ございません。




