fiction 9
リタの試合の後すぐに呼ばれたアストは試合の準備をし始める。と言っても防御服を着て武器を選ぶだけだ。防御服、と名前だけ聞くと物々しいイメージを湧きがちだがそんなことはない。
学校が支給する防御服はその素材で守るものではなく、その服に刻まれた魔導刻印が発動する防御結界により守るものなのだ。そのため防御服が動きを鈍らせる原因にはならない。
ここまで聞くといいとこ尽くめだが、勿論欠点もある。まず最初に燃費が悪いということだ。先程防御結界により守ると言ったが、防御結界ということは魔術が使われているということである。魔術が使われているのならば必然的に魔力もまた消費される。だが普通に防御結界を使用するより魔力を倍近く必要とするのだ。
二つめとして、魔導刻印を刻むにはある程度の大きさ、そして技術が必要とされる。そのため生産性は非常に低いとされる。
三つめとしてそこまで高レベルの魔術を組み込むことができないということだ。学生の初学年程度なら到底破れはしないが、実戦で使えるかというと首を横に振るしかない。長期戦になれば使い物にならなくなるし、防御力も今の発達した高火力武装には到底及ぶものではない。
そのようなことからある意味レア(?)なものとなっており、アストも初めて見るものであった。その防御服を着たあと、武装選びとなったがこれについては迷うことなく剣を選んだ。そのサイズは片手半剣と呼べるもので、所謂バスタードソードと呼ばれるものである。
――因みにリタと戦っていた生徒が使っていたのはバスタードソードより一回り大きい両手剣で、最初の試合で戦っていたケイネスというイケメンが使っていた剣はそれのさらに一回り大きいサイズの、グレートソードと呼ばれるものである。
アストが選んだバスタードソードは両手でも、片手でも使える謂わば片手剣と両手剣の狭間と呼べるものであった。一方相手の生徒が選んだ武器は槍。構えからして初心者ではなく、それ相応の使い手だと分かる。
そしてレグルス先生により、試合の開始が告げられる。
「では両者準備はいいな。では試合、始め!」
先程の試合では、リタが開幕攻撃を仕掛けたが、そんな試合は中々無い。そのため今回も、両者ともまずは様子見をするかと思われたが、アストが意外な動きをする。普通に歩いて相手に接近し始めたのだ、まるで緊張するそぶりを見せずに。そして剣を片手で持って歩いてきたアストが相手——槍のリーチに入るとすぐさま槍の鋭い突きが 襲いかかる。が、
「よっと」
などという気の抜けたセリフとともに片手で敵の突きを受け流す。このまま槍の内側に入ればアストの勝利、と思われたが、相手は予想通りかなりのやり手らしく、受け流されたエネルギーを利用することにより体を回転させ、石突による打撃を繰り出す。だがまたもやそれを体と槍との間に剣を寝かせることにより受け流す。
その後直ぐに槍の使いは距離を離し、体勢を直す。その行為は当然で、先程は槍の実力者であったため、超近接戦闘をこなしてみせたが、基本槍は離れていた方が有利なのである。アストも片手を地面について飛び上がり、空中で一回転してから体勢を直す。
「君、ものすごいね。あそこまで綺麗に受け流されたことはないよ」
そこで、初めて相手の選手が声を出す。長身でスラリとしており黒にも紫にも見える髪の毛は長く、遠目で見ると女子とも思われたが、こうして相対するとどうやら男子であることが分かる。
独り言ではなさそうなので、試合中だが会話を試みる。
「俺も、まさか最初の攻撃をああやってやり返してくるなんて思ってもみなかったよ」
「どうせ君だって最初のは様子見だろ?」
「ということはお前の攻撃は様子見だったってことか?」
「そりゃあ普通に歩いてくる生徒がここまでできるとは思ってもみなかったからね」
「ああ、すまねえな」
「じゃ、そろそろお喋りもお終いにしますか。レグルス先生に怒られたくないしね」
と、冗談じみた言葉で会話の終了を宣言していたが、その身から溢れ出る闘気とも呼べるものは到底隠しきれていない。どうやら次から手抜き無しらしい。そしてアストも最初の腑抜けた姿勢を直し、外から見れば真面目に取り組んで見える姿勢に直す。どんな体勢でも変わらないと心の中で呟いていたアストであったが、先程とはまるで別物の突きが襲いかかり、そんな思考も途中で止めるしかない。だがその攻撃も綺麗に受け流す。
(確かにその槍術には目を見張るものがある.....だがそれでは俺に届かない。俺のーー師匠に教わった流技にはな。)
相手からすればまるで水か何かを相手取っているなもの。それが流技と呼ばれる、とある奥義の一つである。
その後全ての攻撃を流したアストはそのまま相手の胴に有効打を与え、試合はアストの勝利となった。
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「ーーそれでですね、アスト君がルーネペリ君の槍の突きをですね、スルッと避けたんですよ!!」
放課後、いつもの面子で集まっているとリタが興奮冷めやらぬ様子で、アストと相手の生徒——どうやらルーネペリというらしい――との試合を夢中になって語っていた。
「その後スルッてよけて、さらにスルッと避けたんです! 凄いです!!」
だが全くもって説明になっていない。
「それって凄いのか? なんか聞いてるとただ逃げてるだけにしか聞こえないんだけど?」
おそらくこの説明をきいてもこのようにレストのような想像しかできないだろう。だが、
「あら、そんなことはないと思うけど?」
いつも辛辣なことしか言わない(アスト主観)エリスが珍しく好評的な発言をした。
「その相手、槍を使っていてルーネペリという名前なら恐らくルーネペリ=ペンネストでしょ? ならその攻撃を避けるだけでも凄いことだと思うわ」
何故かエリスが名前を知っており驚くアスト。
「え! なんでエリスさん知ってるんですか?」
リタも驚いていることから同じクラスではないことが伺える。
「ペンネスト家といったら槍術総本山の一つとされている流派のペンネスト流槍術で有名じゃない。その次期師範代とまで言われているルーネペリ=ペンネストがこの学園の、さらに同じ学年に入ったことはかなり有名よ。ま、戦闘学に興味がない人にとっては初耳だろうけど」
レストが知っている訳がなかった。
「ま、とにかくそのルーネペリから逃げていただけでも凄いってことよ」
そこでようやく頷くレスト、いまいち理解はしてなさそうだが…
「に、逃げるだけじゃないです! アストさん、勝ったんですよ!!」
リタが興奮気味にアストの勝利を伝える。
「え? 本当に?」
「ま、勝ったんなら凄いんじゃねえか?」
酷い反応である。
「俺はともかくリタだって勝ったじゃないか。それもなんか強そうな奴に」
早く自分から話題を晒すためにリタを生贄にする。
「そ、そんなことないです!!」
何故か完全否定のリタ。だが放課後、担任の天使先生——名前はまだ覚えていない――に呼び出しされていたため、ここで逃げの一手をうつ。
「ま、ともかく呼び出しくらってるから先に帰っててくれ」
「今度は何やらかしたんだ? まあこってり絞られてこい」
「はあ、最近静かだと思ったらこれよ」
「ちょ、待ってくださいよお~、アストさ~ん」
三者三様の反応とはまさにこのことである。




