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一話
朝起きてから寝るまでの間、僕は何をしているのだろう。
ご飯を食べる、歯を磨く、漫画を読む、どこかに出かける。
二度と訪れない一瞬を、万人と同じようなことをして過ごしている。
ほら、今日も同じだ。
ニャー。
スープはいつも僕が起きるとともにご飯を求めてくる。
冷蔵庫から二月上旬には冷たすぎる冷気を浴びながら缶詰を取り出した。
「ほら、ご飯だぞ。」
僕よりも食欲があるんじゃないか?
食パン一枚とコーヒーを両手に毎日そんなことを考えている。
お前は何もしてないからお腹も空かないんだよ。
そう言うようにスープがまた大声を出した。
「分かった分かった、行ってきます。」
薄汚れたジャケットを羽織り、「風間悠嗣」と書かれたネカフェの会員証をポケットにしまい、家を後にした。
悠嗣のいなくなっった後、をスープは走り回り始めた。
何もない、五畳の部屋を。
きっと人間なんて何も考えない方が幸せだと思っている。
街を歩く誰しもが何かを考えながらどこかへ向かう。
嬉しそうな顔、悲しそうな顔、希望に満ちた顔、憂鬱な顔。
感情の歩行者天国と化したこの世界を、僕はいつも喫茶店の窓から見ている。
顔の知れたマスターが出してくれるコーヒーを飲むと、毎朝飲んでいるコーヒーを飲みたくなくなる。
「最近どうだい?」
「うーん、なーんにもないですね。」
にがっ、と言いながらコーヒーカップを洗うマスターが心配そうに悠嗣を見る。
顔の知れた、と言っても出会って三年しか経っていない。
素性すら明かしていない若者を、我が子のように可愛がってくれた。
きっと同情されているだけ。
それでもその優しさにすがっている時は嬉しそうな顔をしている万人と同じなのだろう。
「また来るね。」
「いつでも。待ってるからね。」
本当の父のような笑顔が炎で消えるなんて思いもしてなかった悠嗣は、軽い挨拶だけを残し、店の前の坂を上がっていった。