閑話 ラザファム5
『ああ、父さんだよ、父親代行のアルベルトだ』
何だ今のは?
父親代行のアルベルト……だと?
突然のことで、思考が追いつかない。
ルミナリアは妻と二人で大切に育てた娘。
娘なんだから父親は言うまでもなく、この俺だ。
父親は二人もいらない、一人でいい。
これは言うまでもないことだ。
「……」
二百年前、家族に捨てられ、酒に逃げていた俺。
自暴自棄になっていた俺を救ってくれたのは、奴とリーゼ嬢。
彼らがいなければ俺は今もあの山に引きこもっていたことだろう
二人にはどれだけ感謝しても足りない。
本当に本当に感謝している。
……だが。
「……ギン、今の台詞はどういうことだ?」
いくら恩人とはいえ、譲れない一線は存在する。
思わず低い声が出る。
父親の座を俺だけのものだ。
これだけは誰にもくれてやるつもりはない。
「落ち着け」
俺に余裕がないことを感じとったギンが言う。
「これから説明する……が、その前に確認しなきゃならねえことがあるな」
「なんだ?」
「金髪兄ちゃんと姉ちゃんの関係はやはり……」
「親娘だ。ルミナリアは俺の娘だ」
「……じゃあ金髪兄ちゃんが、雷真龍ラザファムか」
「そうだ」
騒ぎにならないよう、最後のほうは周りに聞こえない程度の声量で確認するギン。
俺はその質問に首肯する。
「驚かないのか?」
ギンは俺の名を聞いても、落ち着いて見える。
「驚いてはいるが、予測はできていたからな。その前の家族と別れた話と、姉ちゃんの声で取り乱した様子を見れば、まぁ……推察はできる」
フッと息を吐くギン。
真龍と知っても怖がっていない様子だ。
「さっきの泣いて取り乱した様子を見たら、怯える気にはならねえよ」
「……う」
と、俺の心を読んだようにギン。
ま、まぁ理由はあれだが、こっちとしては自然に接してくれたほうがありがたい。
「最近は色々あって耐性がついたしな」
そう言うギンの声には実感が籠っていた。
「……と、話が逸れたな、続きといこう」
そうだ、今はアルベルトの「父親代行」発言についてだ。
はっきりさせねばならない。
「最初に安心させておくぜ、兄ちゃんは姉ちゃんの父親になろうなんて思ってない。誤解だから心配するな。場の流れっつうか、空気に乗って、金髪兄ちゃんのふりをしただけだ」
よくわからんな。
どうすれば、そんな場ができあがるんだ?
「姉ちゃんはこの時酔っ払っていたんだよ。最後まで聞けばちゃんと誤解だってわかる。もう一度最初から再生してみな」
「……わかった」
ギンの言うとおり、最後まで聞いてから判断しよう。
早とちりはよくないしな。
俺は再び石に魔力を流す。
『う~ん、お父さん』
ああ……なんと心安らぐ声だろう。
何度聞いても飽きることがない。
『ああ、父さんだよ、父親代行のアルベルトだ』
ああ……不愉快極まりない雑音だ。
この部分だけカットできないだろうか?
石からピシッ、と音が聞こえる。
ついつい、握った手に力が入ってしまったようだ。
「金髪兄ちゃん、もう少し力を抜け……」
「石が壊れちまったら証明できねえ」とギン
確かにその通りだな。
このままだと畜音石にヒビが入りそうだ。
「リラックスだぜ」
「ああ」
続きを聞くとしよう。
聞き逃さないように、集中する。
『なんか、今日のお父さん堅いね。ガーゴイルみたい』
『い、古のガーゴイルの遺伝子が最近突如目覚めたみたいなんだ』
『それ……私にも遺伝子が混じってるよね』
あいつめ……人に余計な設定を付け足すな。
そんな遺伝子が眠っているわけがないだろう。
文句を言いたいが、奴はここにいないので、今は我慢するしかない。
『それにビリビリしないよ』
『ビリビリ?』
『も、もうやめたんだ。そういうのは……』
『そうなんだ……何で?』
『人に迷惑をかけるから』
『良い心がけだと思います』
そのあとも二人のやり取りが続く。
なるほど、ギンの言う通り、ルミナリアが酩酊状態なのは嘘ではないらしいな。
どことなく呂律が回っていない。
俺とアルベルトでは容姿が違い過ぎるのだが、ルミナリアは気づいていない。
『あれ、そういえばお母さんは?』
『お母さん? お母さんならそ……そこにいるだろ?』
『ん~~?』
父親の次はお母さんだと??
妻は族長会議に出ているからメナルドに居るはずもない。
一体誰が妻の役を演じて……
「『ママだぜ(ギンの声)』」
……まさかのお前か
目の前の男の声が、ダブルで聞こえてきた。
親指を立てて、自分に向けるギン。
せめて性別くらいは一致させて欲しかった。
「リラックスだ」
ギンを見ても、やましいことなど一切ないといった顔。
途中、聞きたいことが沢山でてきたが、一先ず最後まで聞くことにする。
数分で録音された内容は聞き終わった。
ルミナリアとギン、アルベルトの繋がりなど、不足していた情報を尋ねる。
大まかな話を聞き終えたあと。
「大体の事情は理解したか?」
「ああ、とりあえずはな」
畜音石にはアルベルトが、ルミナリア=俺の娘と発覚するまでの経緯が録音されていた。
アルベルトめ、酔って夢見心地気分のルミナリアのために、よかれと思って父親役を演じたんだろうが、心臓に良くない。
「すまねえな。姉ちゃんがあそこまで酒に弱いとは思わなかったぜ」
ルミナリアはギンとアルベルトとメナルドで知り合った。
ギンの失くしたトライデントを拾ったのはルミナリアとのこと。
トライデントが見つかった祝いと、拾ってくれたお礼に、ギンがルミナリアを食事に誘った。
その食事の席で、ルミナリアが水と誤って、『ダミーウォーター』というお酒を飲んでしまい酔っ払ってしまった。
……そんなもの頼むなと言いたい。
なんというか、女性を酔い潰すのに悪用されそうな酒だ。
アルベルトはこの時まで、ルミナリアが俺の娘であるとは知らなかった。
そのあと酔ったルミナリアとやり取りする中で俺の娘だと気づく。
「これでわかったろ? 兄ちゃんに父親の座を奪うつもりがないことが」
「ああ、情状酌量の余地はあるな」
このサハギンがママ役を演じていたしな。
もう少しまともな配役はいなかったのだろうか?
娘だと発覚する経緯はともかくとして、結果、ルミナリアの居場所を知ることができたのだから、よしとしよう。
「いや、情状酌量っつうか、無罪なんだがな。ま……それはともかく、よかったじゃねえか」
「なにがだ?」
「姉ちゃんの心に父親の存在が残っていてよ」
「……」
たぶん、酔って昔のことを思い出しただけ。
娘が今俺にどんな感情を抱いているかはわからない、それでも……
二百年経っても、ルミナリアは俺のことを忘れてはいなかった。
酔っていたとはいえ、「お父さん」と呼んでくれたのは嬉しかった。
できれば本人でないことに気づいて欲しかったが。
誤解が解けた後もギンにこれでもかとルミナリアのことを尋ねる
娘の今をどんな些細なことでもいいから、知りたかった。
「立派な娘さんだぜ、メナルドに来て三ヶ月だってのに、街の人気者だ」
「そうか、人気者か」
「ああ。傭兵としての腕もたつみたいだし、戦ってるのを見たことはねぇけど」
傭兵……か。
危険な職業だから、できればやめて欲しいところなんだがな。
ルミナリア自身が決めたこととはいえ、父としては少し不安だ。
しかし、人気者か。
さすがは俺には勿体ないくらいの自慢の娘だ。
「で、なんだ、その……娘に悪い虫はついていないか?」
「ああ、ついていねえよ、今んとこは」
「そ、そうかっ」
「まぁ彼女を好きな男は街に一杯いるみたいだけどな。でも、直接的な誘いは断ってるみたいだから心配しなくてもいいぜ」
「おお! さすがは俺の自慢の娘だな」
「……」
「おい、何だ、その目は?」
ギンがジッとこちらを見ていた。
「しょうがない奴だな」といった感じだ。
「いや、なんつうか程々にな。あんま束縛すると嫌われるぜ。姉ちゃんも大人なんだからよ」
「嫌わ……べ、別に付き合いそのものを否定するわけじゃない。それぐらい俺もわかっている。ただ、どうせなら俺が認める男であって欲しいだけだ。そう、これは父としての望みだ」
「本当かよ、その時になって駄々捏ねんなよ」
「し、失礼な男だな」
いくら俺でも、そんなみっともないマネはしないはず。
「ああでも、そういや一つだけ男の噂が流れてたな」
「なにぃ!?」
「公園で兄ちゃんと仲良くボール遊びしたとか、そんな話が少しな」
「そ、それは安心……するべきなのか?」
いくらアルベルトでも人の娘に手を出さない……よな?
ああ、でもあいつ、俺の家でリーゼ嬢の風呂を覗こうとしていたな。
「遊んだのはエルフの子供も一緒だから心配すんな。それに、兄ちゃんのことは金髪兄ちゃんも認めてるようだし、問題ねえだろ?」
「いや……それはそれ、これはこれだ」
「……めんどくせえな」
面倒くさいとか言うなよ。
あいつにお義父さんとか言われたら、俺はどうしたらいいかわからん。
それからも、夜遅くまでギンと雑談を交わす。
ルミナリアのこと以外にも、ギンのトライデントの自慢に付き合ったりしながら。
「そうだ。明日、集落の途中まで乗せていこうか? 海の中まではさすがに無理だがな」
俺はギンに提案する。
海よりも、空を移動したほうが早い。
聞く限り集落まではそう離れてないようだしな。
そこまで大きなロスにならないだろう。
「いや、気持ちは嬉しいが遠慮するぜ。金髪兄ちゃんも、娘さんに少しでも早く会いたいだろうしよ」
「そうか」
「それに、種族的に雷はちょっとな」
まぁ、龍形態だと特に、体から雷が漏れるからな。
雷はサハギンの弱点属性だ。
抑えてるから、ダメージとまではならないが、忌避感があるのは当然か。
「そういや、姉ちゃんは大丈夫なのか?」
「ああ、ルミナリアは水龍だが、俺の娘だからか雷耐性高いんだ。妻もそれくらいなら問題ない」
「そういうものか、まぁ酒に弱いっつう弱点も遺伝してるみたいだしな」
それは嬉しいような、そうでないような……少し複雑な気持ちだ。
そして、朝を迎える。
朝食を食べて、いよいよ娘のいるメナルドへ向かう。
身なりもしっかりと整えておく。
今日のことを考えると、なかなか寝付けなかったが、どうにか眠ることができた。
目にクマのある状態で娘に会うわけにもいかない。
「そんじゃあな。応援してるぜ」
「ああ、ありがとう」
宿を出て別れの挨拶をする。
ギンは集落で報告をしたら、戻ってくるそうなので、近いうちまた会うことになるのだろうが。
「ま、希望はあるさ。止まない雨はねえ。俺もこのトライデントを失くしたときは悲しみにくれた。この広い世界で、本当に見つかるのかってな」
「……」
「他人にはただの戦いの道具でも、子供の時から一緒だった最高の相棒で、俺にとっての家族みてえなもんだ。だから困難だと知りつつも諦めずに探した。そして必死に動いたその結果……今ここに、コイツがある」
ギンが背のトライデントに視線を送る。
「失ったものは戻る」
「……」
「……こともある」
「そこまで言って、断言は避けるのか」
「当然だ。軽々とした発言で、責任取りたくねえからな。要は必死になって動けば可能性はあがるってことだ」
最善を尽くせということだな。
「人生、うまくいかねえ事のほうがずっと多い。だから失敗するのは問題じゃない。大事なのはそれを教訓に反省して動けるかだ。失敗しねえ奴なんかいねえ」
「ああ」
「この失敗は金髪兄ちゃんを強くするはずだ」
「……あ、あぁ」
最近流行ってるのか? その台詞?
ギンには悪いが、その言葉は二回目だ。
一応、微妙には違うけど。
「「……」」
なんというか、あれだな。
二回目だと得られるものが何もない。
イライラ感だけが増すな。
別れ際、妙な空気となってしまったが、気持ちを切り替える。
変わり者のサハギンに別れを告げ、娘に会える期待を胸に、俺はメナルドへ飛んだ。
更新お待たせしています
1月5日に再開する予定です