閑話 ラザファム3
俺は現在、ミナリエの故郷を発ち、ルミナリアを探しにメナルドに向けて、全速で飛行中だ。
妻が戻ってくるまで一カ月と時間がある。
「また来る」とラナリエに別れを告げ、俺は一度島を離れることにした。
できれば族長会議の帰路にあるミナリエを迎えに行きたいところではあったが、妻は海を泳いで帰ってくる。
空を移動する俺だと途中行き違いになる可能性が高い。
雷龍の速度は風龍と並んで古龍族でもトップクラスである。
今は背中に誰を乗せているわけでもないので、全速で目的地へ飛び続ける。
この速度ならメナルドまでそう時間はかからないだろう。
正直、メナルドに娘がいることに過度な期待はしていない。
だがメナルドを治める魔王であり、独自の情報網を持つクライフなら、ルミナリアに関する情報を持っているかもしれない。
まずは動くことが大事だ。
足を止めない……少しでも手掛かりがあるならなおさらだ。
「……」
島に妻はいなかったが……少しだけ安堵した。
まだ何一つ問題が解決していないのはわかっているが、妻の居場所だけでも知ることができてよかった。
娘も元気なようだしな。
そしてなにより、ラナリエに聞いたところ、妻に他の男の影はないとのこと。
最悪のケースを避けられてホッとした。
一応、島に行く前から覚悟だけはしていたが、実際そうなっていたら、俺は事実を素直に受け止められたかわからない。
俺は目的地へ向かって、日々飛び続ける。
朝から夜まで、食事と睡眠以外の時間はすべて移動にあてる。
そうして、飛び続けること十日。
メナルドまで一日飛べば着く距離まできた。
「……」
日は暮れ、夜になっている。
俺は眼下に見えた一つの島に降り立つ。
外周五キロメートルくらいで、グリフォン便などで物資の補給にも使われている、クライフが整備した島だ。
旅中こうして、のんびり休める場所があるのは助かる。
クライフには感謝だ。
少し羽休みをするとしよう。
極力目立たないように島に降りたち、宿に向かう。
案内図もある上、島の小道には光魔石が設置されているので、夜でも灯りに沿って歩けば特に迷うこともない。
建物の中に入ると旅人たちの話し声が方々から聞こえてくる。
一階が宿受付と食事処、二階と三階が宿になっているようだ。
(こういう賑やかな空気を味わうのは久しぶりだな)
ここ二百年は人との関わりを避けていたからな。
あまりガヤガヤとしたのは好きではないが、世俗に戻ってきた感じがする。
ドアを開けると同時に鳴った、鈴の音を聞いて、小走りでやってくる女性従業員。
案内に従い、夕食をとるためにカウンター席に座る。
島で獲れた海産物を使った料理がおススメとのことなので、お任せで頼んだ。
近海で今日獲れたばかりの新鮮な魚をふんだんに使った料理とのこと。
注文を受け、カウンター奥で店主が調理を始める。
慣れた手つきで魚を上手に捌く店主。
何の魚かはよくわからないが、脂がのっていて美味しそうだ。
同時進行で、凹型の鉄の容器上の網に貝が置かれ、火で炙られている。
やがて熱に耐えきれなくなった貝がパカッと開くと同時、中に閉じ込めれらた磯の香りがここまで届いて、食欲を刺激する。
待つ時間暇なので、その様子をジッと観察する。
十分ほど待つと、料理が完成した。
「お待たせしました」
皿に奇麗に盛りつけられた色とりどりの魚貝類。
新鮮な赤や白の刺身から、クレイジークラブと呼ばれる初冬限定の高級食材まで。
隣には先ほど焼いた貝もある。
なかなか贅沢だ、量も多い。
結構な値段がするようだが、お金には余裕があるから問題ない。
……と、いつまでも見ていても仕方ないな。
早速いただくしよう。
「……うまいな」
魚は久しぶりに食べた。
豆を発酵、熟成させて作ったらしいこの茶色のタレと刺身は抜群の相性だ。
刺身は塩を振って食べてもいいが、俺はタレのほうが好みだった。
いいツマミになりそうだ……酒が飲みたくなるな。
とはいえ、本当に頼むわけにはいかない。
当然ながら、俺は現在禁酒中だ。
また酒に逃げるようなことがあってはならないし、酔って、こんな場所で暴れることになったら目も当てられない。
代わりに注文した果実水で我慢する。
まぁ料理は美味しいしな、少し物足りないが仕方ない。
そうして食事を楽しんでいると……後ろから視線を感じた。
「あ、あの」
「ん?」
声がしたので振り向くと、そこにはエルフの女性が三人。
そのうちの一人が俺に話しかけてきた。
「お兄さん、よかったら向こうのテーブルで私たちと飲みませんか?」
「ですです!」
「一緒に楽しくお喋りしましょ!」
そう言い、肩に手を乗せて体を揺すってくる少女たち。
見ず知らずの相手にスキンシップが激しいな。
強引というかなんというか。
若い頃の俺なら誘いにのっていたかもしれないが。
「……誘いは嬉しいのだがすまない。愛する人がいる身なんでな、遠慮して貰えるか?」
できるだけ角が立たないように、軽く手を振って断る。
それに、俺は一人でのんびりと食事がしたい。
「う~残念です」
そう言い、去っていく少女たち。
青春を謳歌している感じだが、親の立場としては不安になるな。
随分アグレッシブな女の子たちだった。
外見年齢ならルミナリアと同じくらいだろうか。
ふと、どこかにいるであろう娘のことを思い浮かべる。
今でも鮮明に思い出せる、愛する娘の姿。
ふふ、やはり可愛いな。
目に入れても痛くないとはこのことだ。
……家の娘に悪い虫がついていなければいいのだが。
シッカリした娘ではあったが、こういうのを見ると少しだけ不安になる。
「ちっ、気どりやがって気障野郎が、むかつくぜ」
少女が去ったあと、今の光景を見ていたらしい客の呟きが聞こえてきた。
声の発生源にチラリと視線を送ると、後ろのテーブルには粗暴そうなフレイムリザードが二人。
こんなところにリザード種がいるとは、珍しいな。
「女も女だ……男は顔じゃねえってのによ」
「だな」
挑発するように、わざと文句が聞こえる声量で会話するフレイムリザードたち。
「……って、ん? おい、見ろよチュン。アイツの手元にあるのをよ」
「あん、なんだベニ?」
「果実水だってよ、しけた野郎だな」
……やれやれだ。
まぁどこにでもいるからな、こういう奴は。
ムキになって喧嘩しても仕方ない。
「へへ、よせよベニ。俺も男なのに酒が飲めねえのはどうかと思うけどな。子供かっつ~の! ギャハハハハ!!」
俺が言い返さないでいると調子にのるフレイムリザードたち。
(ふん、なんとでもいえ……)
俺にも事情があるんだ。
まぁ気にするだけ損だ、こんな奴ら軽く捻ることはできるがな。
俺が龍化したら、こいつらどんな反応をするんだろうか。
「まぁでも……ここまでにしとくぞ。あいつはやべえ気配するぜ。俺の体が危険だとビンビン反応してやがる」
「なに!? 本当か?」
「ああ、この前の飛べないガーゴイルクラスだ」
「なっ! あのイカレ野郎に匹敵するのか!」
飛べないガーゴイル……だと?
脳裏に浮かぶのは少し前に戦闘したガーゴイル。
アルベルトの知り合いか? この二人は。
あいつめ……もうちょっと友人は選んだほうがいいぞ。
「わかった、チュンがそう言うなら……引くぜ」
「ああ、これ以上は刺激しないほうがいい」
「だが、それならもっと早く教えて欲しかったぜ。ちょっかい出しちまったじゃねえか、もしあの野郎がキレたらあぶねえところだったぜ」
「なぁに、あのタイプは格好つけるから、一言、二言じゃ怒らねえよ。俺の観察眼を舐めるなよ」
う、うざいな……こいつら。
格好つけているつもりはないが、ここで怒るのも負けた気はする。
まぁ……いい。
何にせよ、これ以上絡まれないならそれでいい。
ここは理性的に対応しよう。
相手にするだけ、時間の無駄だ。
「どうせあれだ……たぶん今、心の中で『相手にするだけ時間の無駄』と思ってるんだろうがな。その思考が既に時間の無駄なんだよ、プライドが変に邪魔して攻撃できねえってやつだ」
「ったく、相変わらずさすがの見極めだな。そういうことなら……」
「ああ、今回はキザ野郎の心にストレスという名の棘を刺しただけでがまっ」
「「あべべべべっべべべ!!」」
そこまで言われて黙っているわけがないだろう。
周囲の人に気づかれないよう、極小サイズの『雷弾』を二人に飛ばす。
電撃を受け、痙攣するフレイムリザード共。
反省していろ……馬鹿どもが。
少しだけ気分がすっきりした俺は、再び食事に戻ることにする。
イライラすると、せっかくの食事がまずくなるからな。
だが、二度あることは三度あるというか。
やっかい事はこれで終わりではなかった……
「どうぞ」
「ん? なんだ? 俺は追加のオーダーを頼んでないぞ」
店主の男が俺の前に果実水をコトッと置く。
「……あちらの方から『お近づきのしるしに』だそうです」
そう店主の男が答える。
(……はぁ)
お近づき……か、自分で言うのもなんだが、俺は容姿がいい。
故に女が寄ってくることが多い。
だが独身の頃ならまだしも、今は困るだけだ。
さっきエルフの女たちの誘いを断ったのを見ていなかったのだろうか?
拒否して女性に恥をかかせるのは心が少し痛むが仕方ない。
面倒だが、一人にして欲しいと伝えることにする。
俺は、店主が示した方向を振り向い……
「……いよぉ、金髪兄ちゃん」
聞こえてきたのは低く野太い声。
……女性ではなかった。
俺の予想を数段上回る相手だった。
「その寂しげな横顔を見たらつい……な。話しかけずにはいられなくてよ」
「……」
「なぁおい、金髪兄ちゃん、聞いてるか?」
「……」
「今日は風が強い。風は色んなモノを運ぶ……例えばそう、出会いとかな。こんな夜はいい出会いがありそうだ、そう思わねえか?」
これっぽっちも思わない。
あと、ここは屋内なのだから風関係ない。
「おいおい無視とは寂しいじゃねえか……返事をしてくれると嬉しいぜ」
「……」
席は他にもまだ空いているのに、わざわざ隣の席まできて、ドカッと音をたてて座る男。
……お、おかしいぞ。
今日は何故こんなのにばかり絡まれるんだ。
妻と娘には会うことができなかったのに、なんでこんな奴らと。
「っと、俺としたことが失礼したな。まずは自己紹介からだな」
しなくていい。
「俺からいくぞ」
……いかなくていい。
迷惑そうな雰囲気を全面に出しているつもりなのだが、伝わらない。
いや、伝わっているのに無視しているのかもしれないが。
このままだとずっと話しかけてきそうな感じだ。
はっきりと拒否の言葉を伝えるために、そいつと向き合う。
その男の背には青く鈍く光るトライデント。
「俺の名はギン、よろしくな! 金髪兄ちゃん!」
なんなんだ、この慣れ慣れしいサハギンは。
そのガーゴイルは地上でも危険です
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