閑話 ラザファム2
時はアルベルトがファラの街にいた頃に遡る。
メナルドずっと北へ、遠く遠く離れたとある島。
そこでは水龍が島で仲良く暮らしていた。
彼らはのんびり穏やかな性格のものが多く、澄んだ海辺では水龍の子供たちが仲良く競争して遊んでいる。
海辺で仲間とバーベキューを楽しむものもいる。
それは毎日繰り返されている彼らの日常の一場面。
だが……その日はいつもと少し違った。
「~~何あれ?」
海辺で遊んでいた子供の一人がその存在に気づく。
のどかな昼下がり、地に長い影が差した。
一匹の黄金に輝く龍が空に姿を現したのだ。
「あ、あれは雷龍……早くこっちに! 海からあがりなさい!」
その雷龍は上空のある一点で止まると、翼で砂煙をあげながら、ゆっくりと下降する。
「ふう、着いたか……」
ファラ山脈を発って十日が過ぎた。
俺は別れた妻に会うため、妻の故郷にやってきたのだ。
地に着くと同時、龍形態を解除する。
「……」
水龍たちの視線がこの身に突き刺さる。
突如現れた俺に、島の水龍たちが脅えているようだ。
母親らしき水龍が子供を抱えて、「大丈夫だよ」と語りかけている。
少しショックだ……が、親のあり方としては正しい。
水龍たちを見回すとビクリと反応する。
……困った。
一応、姿が目立たない昼間を選んだつもりなんだが。
かといって、このまま睨みあいをしていても仕方ない。
……彼らに妻のことを聞かなければ。
できるだけ怖がらせないよう、話かけようとしたその時。
一人の女性がこちらにおずおずと歩みでてきた。
「あ、あの、もしかしてあなたは……雷真龍ラザファム様では?」
「……そうだ」
俺の言葉を聞いて、水龍たちにどよめきが走る。
俺の姿を知っている女性がいて助かった。
二百年以上、ここには来ていなかったからな。
顔を知らない者も多いだろう。
「あの人が……ルミナリアちゃんのお父さん」
「……ルミナリアちゃんのお父さんだけあって顔はいいわね」
「あの方が、いや……あの野郎がミナリエ様の夫か」
おい最後の奴、言い直して、敬称のグレード下がっているぞ。
さっきまでビビっていたのに。
だがこれも自分の蒔いた種だ。
この状況を受け止めねばならない。
俺とミナリエ、二人とも古龍の中では有名人だ。
同郷だし、結婚していたのを彼らは当然知っている……そのあとのこともおそらく。
居心地悪い空気になるのは覚悟している。
「あ、あの、ラザファム様。この島に来た……用件は?」
「妻と娘に……会いに来た」
「……やはり、そうですか」
ドヨッと再び周囲がざわめく。
水龍の女性は一瞬考えた後。
「……それでは私が、ラナリエ様のところに案内させていただきます」
「ラナリエ? 俺はミナリエに会いに来たのだが」
ラナリエは妻ミナリエの妹だ。
何故ラナリエと会うことになるのか?
「ミナリエ様は今……島にはおりません。一月前に島をお出になられました」
「なに?」
……残念だ。
入れ違いというやつか、運命の悪戯だ。
だが、ここに住んでいたということがわかっただけでも大きな収穫だろう。
「ですので一先ず、ラナリエ様のところに」
「わかった。頼む」
ラナリエに何を言われるのか少し怖い……が彼女にも迷惑をかけた。
主にその……世間体のようなもので。
とはいえ、逃げるわけにはいかないだろう。
もう何があっても、前に進もうと決めたのだから。
案内係の後ろを付いていく、そしてふと……辺りの景色を見る。
(百年以上経っても変わってないな……ここは)
水龍は陸でも海でも暮らすことのできる種族だ。
一応海にも穴(洞窟)の住居が作られているのだがあまり人気はないらしい。
海辺を少し歩くと、ラナリエの住む家についた。
広いテラスのついた平屋の風通しの良い家だ。
ここに来たのは初めてではない。
妻と娘と一緒にお邪魔したことがある。
海面に映った夕焼けが最高に奇麗だと、以前ラナリエが自慢していたのを覚えている。
「ラナリエ様」
「……何? 今食事の準備で忙し……」
家から出てきたのは、水色の髪をショートカットにした女性。
姉妹だけあって、ミナリエに良く似ているから少しドキリとする。
ミナリエの髪は長いのだがな。
「……っ!」
ラナリエの目が見開く。
予想外の人物にあったという顔だ。
「久しぶり……だな」
「……」
そうして見つめ合い、長い沈黙のあと。
「……とりあえず、中にどうぞ」
「ああ」
ラナリエに案内され、向い合わせのテーブルにつく。
案内係の水龍は戻っていったので、ラナリエと二人きりである。
「……二百年ぶりですね」
「ああ」
空気が……重い。
やはりというか、当然ながら歓迎などされない。
「ここに来たのは姉さんに会いに……ですか?」
「ああ」
ラナリエがジッと俺の目を見つめてくる。
俺はその問いに力強く頷く。
「ミナリエとルミナリアは今どこに?」
「姉さんは古龍族の族長会議に出席するために島を発ちました。ルミナリアは見聞を広げるって言って、ずっと前に島を出ていきましたよ」
「……会議か」
本当にタイミングが悪いな。
ルミナリアもミナリエもいないとは。
大体会議なんて数百年に一度開くかどうかなのに
一体誰だ、開催の提案をしたのは。
それにルミナリアが一人旅だと……不安だな。
彼女の訓練は昔からミナリエに任せていた、だからどの程度の腕なのかは知らない。
理由は同族のほうが何かと教わりやすいだろうというのもある。
というか、可愛い娘に訓練とはいえ傷をつけるなど俺にはできなかった。
俺が守るから訓練などしなくてもいいと言ったのだがな。
ミナリエはそれをよしとしなかった。
もしかして、俺と別れた時のことを昔から考え……いやネガティブな予想はやめよう。
キチンと彼女と話をすればわかることだ。
「場所はわかるか?」
「ここからずっとずっと西にあるベレストという島で開催されるそうです……というか、何故雷真龍のあなたがその存在すら知らないんですか?」
「……そ、それは」
そういえば俺、雷真龍だったな。
我ながら自覚が無さすぎる。
あれ……開催の知らせなんてきたか?
(もしかして俺、会議にハブられたのか? いや、まさか……)
あ、まて……酔っ払ってる時に山に誰か来たかもしれんな。
もしかして無意識に追い返したのだろうか。
なんかそんな気がする。
言い訳になってしまうが、真龍に出席の義務はない。
真龍は種族最強に与えられる称号であって、真龍=その種族の長ではない、役職ではないのだ。
中には両方兼ねている者もいるがな。
自分で言うのも何だが、俺に皆のまとめ役ができるとは思えないしな。
会議は族長の参加は基本だが、真龍には義務づけられていない。
ただ、強さを尊ぶ古龍種、その中で真龍は影響力があり……会議に出席する権利はある。
権利なので出席はしなくても問題ないのだが、今回は失敗したな、せっかく妻と会える機会だったのに。
「よし、今から会議に向かっ」
「……もう終わって帰路についてる頃ですよ。あと一月もしたら帰ってくると思います。途中寄り道するかもしれませんが」
「……」
「……もう、しっかりしてください」
はぁっとラナリエにため息をつかれる。
「たぶん言わなくてもわかっているでしょうけど、一応言っておきます……姉さん怒ってますよ。細かい事情は話して貰えませんでしたけど」
「……そうか」
「悲しみと怒りと後悔がサイクルしてます。最近は怒りの割合が多めです。まったく……どうしてもっと早く迎えに来なかったんですか?」
「そ、それは」
ラナリエに嘘をついても仕方ない。
自分の恥を晒すことになるが、俺は正直に伝える。
「…………そういうことですか」
彼女は黙って聞いてくれていた。
「ある意味で似たもの夫婦というか、なんというか」
話を終えると、額に手当てラナリエがボソッと呟く。
そして、チクチクと言われる。
「姉さんは普段温厚ですけどね、一度怒ると大変ですよ。頑固ですしね」
「それでも……俺はミナリエを愛しているからな」
「そ、そうですか、この距離で言われるとなんか……私が言われているみたいで照れますね」
少し顔を赤くするラナリエ。
「しかし、帰ってくるまで一月か……その間、どうするか」
一月待てばミナリエには会える。
ならば、その間にルミナリアを探すとするか。
「ルミナリアは島に戻ってきてないのか?」
「三、四年前に一度島に戻ってきましたが……次いつ戻るとは言ってませんでしたね」
「そうか……ルミナリアの居場所なんだが、心当たりはないか?」
「う~ん。あ、帰ってきた時『子供の頃の思い出が詰まったメナルドに、そのうち自分の足で行きたい』って話してましたね」
「メナルドか……」
「ええ、『あの頃は楽しかったなぁ』とか言ってました」
「……そ、そうですか」
「えと、別に深い意味はないかもしれませんよ」
「あ、ああ」
妻の妹に慰められる俺。
いかん……しっかりしなければ。
「……ならメナルドに行ってみるか」
「でも三年以上前の話ですよ?」
「なに、別件でも少しな」
ここ三百年、クライフとは会っていなかったからな。
リーゼ嬢の件でも一度、面と向かって謝っておいたほうがいい。
ラナリエに昼食を御馳走してもらったあと。
……俺はこの島を一度離れることにした。
……ラザファムが島を去ったあと。
「怒るってことは、まだ心に存在が残っているってことですから。……頑張ってくださいね、ラザファム義兄さん」