改めまして
「行っちまったな」
「うん」
ベリアとの会談のため、クライフがグリフォンに乗って城を去った。
目的地は魔王コルルが治めるリドムドーラの街。
もうほとんど見えない兄の姿を見て、リーゼが寂しげな横顔を浮かべる。
「……」
こう言ってはなんだが、俺は少しだけ慣れた。
短期間に別れを二回経験したからな。
まぁ……別れといっても、あいつらも近いうちに戻ってくるはずなんだけど。
「……頑張らないとね」
「そうだな」
とりあえず同意しておく。
頑張るといっても、俺にリーゼの手伝いなどできない。
執務なんて無理だ。
俺にできることは二人を守ること、それ以外にない。
そう……守ること。
必然思い出すのは奴の顔だ。
……遠い空の向こうにいるラザファムさん。
今、何していますか?
無事奥さんと再会できたでしょうか?
娘さんのことは任せてくれ。
必ず守って見せよう。
「なぁ、ルミナリア」
「はい?」
首を傾げ、キョトンとした顔のルミナリア。
いいんだよ、わからなくて。
こっちの話だからさ。
にしても何だ……守る、守るか……
守るって具体的にどうすりゃいいんだろ?
目の前の敵を倒せとか、そんな話なら簡単なんだけどさ。
四六時中、ベッタリくっついてるのも何だよな。
プライベートな時間も欲しいだろうしよ。
相手は美少女二人だし。
……まぁ、俺のほうはもちろん構わないんだけど。
う~む、難しいな。
「『守る』……か」
「っ!!」
何気無くつぶやいた言葉に、ビクっ反応するルミナリア
凄い勢いでこっちに振り向く。
「え……ど、どうしたよ?」
「べ、別になんでもないです」
「そ、そうか」
目を逸らすルミナリア。
……こ、怖かったよちょっと。
急にこっち見ないでくれ。
「……」
今回は素で吃驚したぞ。
……『守る』アウトかよ。
確かに奴を象徴する言葉ではあるけども。
いくらなんでも、ちょっと過敏過ぎじゃないか?
こ、今度から気を付けよう。
「もう! 気をつけなさいよ馬鹿!!」
……お前も気をつけろよ馬鹿リーゼ。
その言葉……そっくりそのまま返してやる。
「ほ、ほれ! あんまり風に当たると風邪をひくから中に戻るぞ」
この何とも言えない空気を変えようとしたら、早口になってしまった。
ちょっとわざとらしいが仕方ない。
「そ、そうね!!」
「……はい」
俺たちは城の中に戻る。
……この中で風くらいで風邪をひくのはリーゼだけだが、特に反論せず、ルミナリアはついてきてくれた。
そして俺は、リーゼと執務室で相談中。
ちなみに、ルミナリアはクライフを見送ったあとすぐ、傭兵ギルドの仕事に向かった。
今日に限っては好都合だ。
「さっきの発言は危なかったわよ。もっと気をつけなさいよ」
「……お前の『馬鹿!!』だってどうかと思うぞ。フォローどころか悪化させてんじゃねえか!」
「……うぐ」
あんな過剰反応したら「隠し事してます」と認めているようなものだ。
「まぁ……いい」
どっちが良い悪いを言い合ってもしょうがない。
もっと建設的な話をしたほうがいいだろう。
「そういや結局、なんだ……」
「何?」
「先日お前に頼んだ、ルミナリアから父親の印象をそれとなく聞く件はどうなったんだ?」
まぁ、先ほどのやり取りを見るに、まだなんだろうけど。
「その……まだよ」
「そうか」
「こ……ここ最近は仕事が忙しくてね、昨日の夜まで兄様と仕事してたし」
「成程……んじゃこれから聞くのか?」
「う、う~ん、ど、どうかな。今日もその……仕事がないわけじゃないからね。私の休憩時間と、ルミナリアちゃんのその……き、機嫌のいいバイオリズムみたいなのが一致すれば今日話しかけてみようと思うんだけ……ど」
「お、お前……」
こんなはっきりしないリーゼは初めて見たな。
……まぁ内容が内容だからな。
逃げたくなるのも仕方ない。
家庭の内情とか、こういうドロドロした感じの案件に関わるのは俺だって嫌だ。
「ご、ごめん」
「いや……いいよ、俺も悪かった。それにこのやりかただと、お前一人に負担をかけてるもんな。俺がお前を責めるのは筋違いだ」
ルミナリアは俺たちの様子がおかしいのに気づいている。
単語一つにもかなり敏感に反応していたしな。
ただ、気づいていても無理に聞かないスタンスな気がする。
敏い彼女のことだ、こちらの隠した事情を細かく察してまではいないだろうけど、軽々と話せない内容……くらいには予想していそうだ。
だからか、俺たちを無理に困らせてまで聞きだそうとは思っていない様子。
さっきも反応を見せただけだったしな。
「「……」」
それを踏まえてどうするべきか? 二人で話し合っても、結局良い案がでなかった。
やはりというか現状維持になる。
「とりあえずなんだ……もう少し様子を見よう」
「う~ん、でも」
リーゼが渋い顔をする……が。
「俺だってこのままでいいとは思ってないぞ。だが、この問題は慎重に動く必要がある」
そう、慎重に慎重に動く必要がある。
失敗は許されないのだ。
これは問題の先送りなどではない。
決して逃げているわけではない。
「さて、少し話は変わるけどいいか?」
「何?」
「クライフがいなくなった今……俺はどうすればいいんだ?」
俺はリーゼに尋ねる。
先ほどの守るの件にも繋がる話だ。
「そうね……前にも言ったけど、すぐ動けるように街から遠くには出ないで欲しいわ」
「そうか」
てことはやっぱりクラーケンの依頼を受けられないな。
ルミナリアと一緒に討伐を受けることはできないようだ。
少し残念だが仕方ない。
「あんたには窮屈かもしれないけど、ごめんね」
「気にするな」
牢屋に入ってろってわけでもない。
まだこの街を全部見たわけでもないしな。
これまでの千五百年間の奴隷生活を思えばこれくらいはなんともない。
「実際なんだ……留守中、ここを攻めてくる可能性はどんなもんなんだ?」
「イモータルフォーのナゼンハイム本人がここに来る可能性は低いと思う。そんな情報は今のところ入ってないしね」
「そうか」
それなら少しだけ安心だ。
「ただ、ナゼンハイム本人はともかく、傘下の魔王の一人は仕掛けてくるかもしれない」
「その魔王の名は?」
「魔王ラボラス、四人の上級悪魔を従える最高位悪魔よ」
……悪魔か。
メナルドは半島に位置しており、その東、海(湾)を挟んでナゼンハイムの広大な領土がある。
ナゼンハイム領の西側を治めるのが魔王ラボラスだ。
メナルドから一番近い魔王である。
「……ラボラスは以前兄様と揉めたこともあるしね」
「揉めた?」
「うん、兄様は魔王ベリアの前にナゼンハイムにも派閥に誘われていたのよ。その時の使者が魔王ラボラス、それで誘いのを断った時に色々と意見が対立したというか……戦闘にまでは発展しなかったけど」
「……」
「まぁ断るのも当然なんだけどね……内容は属国扱いみたいなものだったから、生命の保証だけはするけどってやつ」
なるほど。
「以来特に動きはないんだけど、でも……兄様の留守を知ったら」
「仕掛けてくると?」
「うん、簡単には攻めてこれないだろうけど。ここは半島になってるし、相手は海(湾)を挟んだ向こう側。私たちがメナルドに来るとき、グリフォンの上から見たように陸路でも大森林を通るから、かなりの遠回りになる。ただ……」
「ただ?」
「彼らには翼があるから」
「……メナルドの街は飛行防止の重力結界張ってないしな」
「まぁ重力結界を張ったとしても、アークデーモンクラス相手だと効果は低いしね……意味がないとは言わないけど」
その後も、リーゼと話を続ける。
真面目な話からそうでない雑談まで色々と。
「さて……と」
話を適当なところで切り上げ、リーゼが今日の分の仕事にとりかかる。
俺と違い彼女には仕事があるのだ。
さて、俺はどうするか……
有意義な時間を過ごしたいところだけど。
城にはルミナリアもいない。
とはいえ……ギルドに行っても、誰も仲間がいないしなぁ。
わざわざ寂しい思いをしに行くこともないだろう。
……ならば。
「……なぁ、一緒にいても邪魔じゃないか?」
一応確認しておく。
一人だと仕事に集中できない奴もいるだろうから。
「別に……平気よ。でも書類には触らないでね」
「わかった。適当に本を読んでいるから」
ここ最近読書続きだけど、ま……いいだろ。
二人きりの執務室。
手元の本から顔を上げると、凄い集中力で黙々と書類仕事をこなすリーゼさんが目に映る。
クライフが城にいない今。
これからはリーゼが代わりを務めるわけだが……
彼女の性格的にきちんと務まるのか?
俺は城に来た当初、疑問に思っていた。
が、これがなかなか……やる。
城には祭りの関係などで、商業ギルド代表の面会者などもかなりの頻度で当然来る。
この下の階(六階)には謁見の間があり、ここで彼らの応対をしている。
実は以前、どんな様子なのか気になって、隠れてこっそり様子を見させてもらったことがある。
本人たちには内緒だが……いや、クライフは気づいていたな。
……長い溜息を吐いていたし、俺が隠れた柱の影にチラチラ視線を送っていた。
と、話が逸れたな。
その時のリーゼの様子についてだ。
キリリとした表情で、一言で言うならそう……しっかり姫様を演じていた。
事実姫様なのに演じていたって言い方は失礼なんだけど、素の彼女を知っているので仕方ない。
俺と一緒にいる時はかなり酷いもんだったけどな。
出会ってすぐ、魔王の妹だと判明するわ、ボロボロと秘密情報は漏れるわとな。
だが、余計な心配だったようだ。
まぁ、親しい人の前や感情が高ぶるとかなりボロが出るようだけど。
話す時の凛とした口調はとても知的な印象受けた。
まさにできる女だった。
会話中も難しい言葉がたくさんたくさん出てきたしな。
「……」
……な、なんか今の俺すごい頭悪く感じるな。
と、とにかくだ。ほんとうにマジで凄いと思ったんだ。
まぁ、じゃなきゃ不安でクライフも留守を任せないわな。
俺はリーゼを見つめる。
「どうしたの? 人の顔をジッと見て」
「いや、ちとお前の評価を改めていたところだ」
「なにそれ?」
「……素直に凄いと思ってな」
「そ、そう……よくわからないけど」
そういうリーゼの顔は少し赤い。
褒められて照れているようだ。
なんかいいな。
「そういうとこも嫌いじゃないぞ。いい女だ」
「……不気味なんだけど。このあと何をお願いする気なの?」
「お、お前、俺が珍しく素直に賛辞を述べたってのに」
褒めすぎて警戒させてしまったようだ。
今回は下心も無く、そういうつもりは欠片もなかったんだけど。
最近のどんでん返しの多い言動のせいか、信じてもらえなかった。
「「……」」
沈黙の時間が続く。
紙をペラペラとめくる音が室内に響く。
静かだ……とはいえ、二人の間に緊張などはない。
……穏やかな時間だ。
先日の雨の日、何もせずに部屋にいた時は「時間を無駄にしてるな」とか考えていたけど、今は微塵も感じない。
そうして一時間が経過した頃。
リーゼが書類から顔を上げ、俺に話しかけてきた。
「今さらだけど、あんたとこの城で二人ってのも変な感じよね」
「ん、そうだなぁ」
「……まだ出会って一ヶ月くらいしか経ってないのよね」
奴隷生活から解放されたあとの一ヶ月。
これまで生きた年月からすれば僅かだが、俺にとっては濃密な時間だったのですぐに思いだせる。
「最近は割と大人しいわよね。以前と比較したらの話だけど、街規模での事件は起こしてないし」
「……まぁな、俺も丸くなったもんだ」
「ルミナリアちゃんの件はかなり驚いたけど」
「そ、その件は……ちゃんと反省してるぞ」
「ふ~ん……今はそうでも、すぐ忘れて、また同じことをしそうだけど」
あ、あんまりな言い様だな。
口で言っても伝わらないならば、今後の行動で証明すればいいか。
「まぁ迷惑をかけないアンタはアンタじゃない気もするけどね」
「……認めてくれて嬉しいぞ」
「これっぽっちも認めてはないわよ……ま、いいわ。いや、よくはないけど」
……どっちだよ。
「まぁ、えと……その」
場の雰囲気を整えるようにリーゼがゴホンと軽く咳をする。
……そして。
「……改めて、兄様が居ない間もよろしくね」
「ああ、こっちこそな」
二人、もう一度言葉にしておくことにする。
リーゼのワーウルフからの「思い出した」のくだりですが、
後の話の展開上、削除させていただきました。
閑話やssでやった方がいいくらいの内容でしたので
10月06日0930以後にお読みいただいた方は問題ありません。
思わせぶりな会話で混乱させてすみません。