クライフ出立
翌日、城の自室にて。
雨は引き続きザーザー降りだ。
「……」
朝食を終えて、いつもならこれからギルドに向かうところなんだけど。
相棒のギンは今故郷に帰ってしまった。
一人でも依頼を受けられないことはないが、大した依頼は受けられないだろう。
さすがにもう……貝拾いは飽きたよ。
沢山採ってきたらエルザの笑顔が見れるかもしれんがな。
彼女には悪いが、俺はそんな営業スマイルのために頑張る安い男ではない。
「アルベルトさま」
「ああ、ありがとう」
メイドさんに入れてもらった紅茶をいただく。
こんなどしゃ降りの雨の日に無理して出かけても仕方ない。
俺はふと窓の外を眺める。
「ふぅ」
片肘をテーブルにのせ、溜め息を吐く。
なんか……ギンがいなくなって、ぽっかりと胸が空いてしまったような。
アンニュイな気分ってやつか。
「はぁ」
再び溜め息。
無意識でやってしまうとは……かなり重症かもしれんな。
俺の心には雨が降り続けている。
今は時が解決してくれると信じて待つしかない。
俺は窓に映る自分の姿をジッと見つめる。
「……」
ふと思ったが今の俺、横から見たらなんか色気が出ていい感じなんじゃないだろうか。
女性が見ればドキリとするくらいに。
普段と違う哀愁ただよう雰囲気にギャップを感じ、ドキリとするかもしれん。
チラリと横目でメイドを見る。
「??」
キョトンとした表情のメイドさん。
……あ、あまり興味はなさそうだ。
自分に酔い過ぎたかもしれない。
まぁ、少しだけ気持ちが上を向いたので良しとする。
と……それは一先ず置いといて。
時間を無駄にしている感は確かにある。
最近は割と頑張っていたしな。
のんびり休んでも問題ないのだが……
趣味とかあればいいんだけどさ。
こういった、景色の変化を長時間見て楽しめるほど大人ではない。
年齢的にはあれだけど、精神的にはまだまだ若い……はず。
「……」
とりあえず落ち着こう。
再び紅茶をひと口……ふむ、美味い。
「紅茶を入れるのが上手になったな」
「……っ、ありがとうございますっ」
やることないので、とりあえずメイドさんを褒めておく。
こういう何気ない一言も人付き合いでは大事だ。
さりげなく、好感度をあげておく。
なんか頬がヒクヒクと動いた気もするが偶然だろう。
まさか急に褒められるとは思ってなかっただけだろうな。
このメイドの名前はナターシャという。
城での俺担当のメイドさんだ。
金髪を肩まで伸ばしたセミロング。
頬のソバカスがチャーミングな女性だ。
紅茶を入れてくれたり、留守の間に部屋の掃除と色々お世話になっている。
「止まないな……雨、気分がめいっちまう」
俺は時間潰しも兼ねてメイドさんと雑談することにする。
今までそんなに話したことなかったし、いい機会だ。
遠慮してなのか、相手側が話しかけてくれなかったってのもあるけど。
とりあえず無難な天気の話題から入る。
「残念ですが、二、三日は降るみたいですよ。アルベルト様は今日のご予定は?」
「雨だしな、城の中で過ごすつもりだ」
「そうですか」
クライフがリドムドーラに出発する時までには晴れればいいんだけど。
移動も、気分的にも楽だしな。
「早く晴れるといいな」
「はい」
「俺の心も一緒に晴れると思うか?」
「さ、さあ……私に聞かれても」
俺の質問にメイドさんが口ごもる。
まぁ……そんなん聞かれても困るか。
我ながら会話の展開方法を間違えた感が凄いな。
あまり会話も盛り上がりそうになかったので、俺は部屋を出ることにした。
二人の間に距離感を感じたからな。
メイドさんも部屋の掃除をしたそうだったし。
リーゼとクライフは仕事で忙しいが、今はルミナリアもいる。
せっかくだし会いにいってみるとしよう。
出かけるとは言ってなかったから、多分城の中にいるはずだ。
「よう」
「アルベルトさん」
なんかすぐに見つかったな。
ルミナリアはラウンジで読書をしていた。
「……ギルドの仕事はいいのか?」
「今日は予定もないです。何かお姉ちゃんたちのお役に立てればと思ったんですけどね。いいからのんびりしていてと断られましたので、ここで本を読んでます」
「そうか……ん?」
なんかルミナリアが読んでいる本、既視感があるな。
それもつい最近のような。
背表紙には『窓際の彼女に愛と偽りを』と書かれていた。
(読んだ記憶はないはずだが……はて?)
「なぁ、どっかで見たような気がするんだが、その本」
「……え、まぁ……そうでしょうね」
「なんで言葉に詰まるんだ? いかがわしい本なのか?」
「違いますよ……以前、アルベルトさんが公園で駄目にした本です。運よく城の書庫に置いてあったので続きが気になってしまいましてね」
「…………あ、あれか」
ルミナリアとの仲直りの公園騒動の時に見たんだ。
鞄を顔面にぶん投げた時に、飲み物がルミナリアの読んでいた本にかかってダメになったんだ。
「もう気にしてないですよ、こうして続きも読めましたしね」
「あ、ああ」
まぁ本人が気にしないと言ってるのだからな。
気にし過ぎるのも良くないだろう。
「えと、なんだ。面白いのか……その本は」
「面白いですよ、現在五巻まである王道のラブロマンスです」
ルミナリア曰く、劇の演目にもなっているそうだ。
しかし……
「ラブロマンスか……あんまり興味はないな」
「そうですか、確かに男性向けではないかもしれませんね」
「いや、そうではなく。俺、人を愛したことがねえから愛とかよくわかんねえんだ」
「お、重すぎですよ……そんなに構えなくてもいいと思うんですけど。ではどんな本が好みなんですか?」
「そうだな、刺激があるっていうか、ワクワクするというか、心にインパクトを与えるそんな作品がいい。ラブロマンス以外でな」
「漠然としてますね、それならコチラはどうです?」
ルミナリアがテーブルに積んであった本を一冊俺に差し出す。
『トンケルスの冒険』と書かれており、青空をバックに少年が剣を構えている表紙だ。
「少し前に読み終えた本ですが、かなりインパクトのあるお話でしたね。アルベルトさん向けかと、時間があるなら読んでみたらどうです?」
「ふむ」
ルミナリアに簡単な内容を尋ねると、田舎の村に暮らしていた普通の少年がとあるキッカケで冒険者になり、魔物を討伐し、功績を挙げ、最終的にお姫様と結ばれる物語とのこと。
それだけ聞く分には普通の話に思えるが……
まぁルミナリアがそこまで言うなら読んでみるか。
どうせやることないしな。
二時間経過。
「お、面白いな」
「でしょう」
気づいたら一気読みしていた。
ぼちぼちお昼の時間になっている。
主人公は特に目立つところのない平凡な少年。
贅沢とは言えない暮らしだが、食べるのにも困るほどでもなく、村で家族仲良く幸せに暮らしていた。
と、序盤はのどかな村のスローライフものだったが、主人公が近くの森で怪我した魔物の子供を拾って保護したところから一気に話が動き出す。
一巻の最後は、少年が暮らす村で収穫祭をしてるときに、保護した魔物の子を取り戻しに魔物の軍勢が森から現れて、村が包囲されたところで終わっている。
まぁ、しいて本の欠点を言えば区切りが悪いと思わないでもないが。
ある意味気になるヒキではあるけどな。
次巻を買わせる戦略だろうか?
現時点ではルミナリアの言っていたお姫様もまだでていないしな。
さて……このあとどうなるのか。
ここからどうにかするのが主人公って奴だろう。
ご都合主義も物語の中ならいいじゃないか。
物語の中くらいハッピーエンドでいいのだ。
「二巻ここに置いておきますね」
「……おう、っておい」
「なんですか?」
俺は二巻を持ってきてくれたルミナリアを呼び止める。
「……これ表紙がアンデットなのがかなり意味深なんだけど?」
正直、ドン引きなんてもんじゃないんですが。
読む気が一気に萎んでいく。
ハッピーエンドじゃないの?
復讐ルート一直線じゃねえか。
「……インパクトあるでしょう?」
「そ、そういう方面のインパクトは求めてないんだが」
有意義な時間を過ごそうとしたはずなのに、時間を無駄にした感が半端ない。
が、せっかくここまで読んだことだし、最後まで読むことにした。
「……」
本の続きだが、案の定、子供を取り返しに来た魔物たちに村を滅ぼされた。
まさか自分たちが魔物に収穫されるとはな。
よく考えたら、言語が通じないし、交渉できないならそうなるわな。
恩知らずだが魔物にとっては知ったことじゃないだろう。
一巻には主人公の修行シーンも描かれていなかったし、必然の結果ではある。
村が滅んだその三十年後、少年はスケルトンとして蘇る。
鎧を着て正体を隠しつつ冒険しながら、悲劇をなくすために魔物を討伐し、高名になっていく。
最終的には助けた国のお姫様と結ばれるというものだった。
最後は奇麗に話が纏まっていたのは驚いた。
姫さまに素顔を明かすシーンはなかなか感動した。
読んだあとは本の感想をルミナリアと言い合う。
こうして雨の間は二人のんびりと読書に洒落こんだ。
そんなふうにルミナリアと過ごしていたら、あっという間に二日が過ぎた。
クライフが城を出る日が来たのだ。
天気は快晴だ……よかったよかった。
メナルド城の屋上には見送りにきた、俺とリーゼとルミナリア。
そして城のメイドや衛兵たちがいる。
「……それじゃあ、行ってくる」
クライフはわずかばかりのお供を連れて、グリフォン便に乗り、リドムドーラへと向かう。
グリフォンは俺とリーゼがメナルドに来るときに乗せてもらったナイカさんだ。
軽く挨拶すると、向こうも返してくれた。
「兄様、どうかご無事で」
「ああ、マリーゼルもな、あまり無理はするなよ」
金髪の美男美女の別れ……絵になるな。
次にルミナリアに向きなおる。
「せっかく、久しぶりに会えたのに済まないな」
「いえ、そんな」
「城でのんびりしていってくれ、帰ってきたらまた話をしよう」
そして最後は俺だ。
「アルベルト……」
「おう。とにかくなんだ……気を付けてな」
「ああ」
「お前に何かあったらリーゼが悲しむ、優先順位を間違えるなよ」
会談が成功すればベストだがな。
まずは自分の命が優先だ。
仮に会談が失敗に終わり、俺の背中の呪い解除が失敗したとしても、コイツが死ぬよりはいい。
「危ないと思ったら全力で逃げてこい」
幸いというか、俺が死ぬまでタイムリミットは八千年ある。
別の手段もそれだけあれば希望はあるはずだ。
「だから俺のことは気にしな……いや待て、それも困るな」
「……」
ちょっと格好つけ過ぎた。
八千年あるからって絶対解呪法が見つかるとは限らないもんな。
「すまん、言い過ぎました。優先順位の五番……は低過ぎるな、四、いや二番目くらいに設定しておいてくれればいい」
「……最終的にぐんぐん上がってきたな。傲慢なのか、そうでないのか」
そう言い、ふっとクライフが笑う。
「まぁ、とにかく任せておけ」
「おう、頼んだぞ」
手を振って魔王さまを見送る。
そうして、クライフは城を旅立っていった。
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