手紙とこれから
「ベリアから返事が……」
「ああ」
……ようやく届いたか。
随分待ったような気がする。
さて、どうなったか。
「それで……ベリアはなんて?」
「大体は予想していた通りの内容だ」
クライフから手紙内容の説明を受ける。
どうやらベリアの方も、クライフが派閥に参入するのは歓迎ムードらしい。
どの魔王の派閥にも属さず、中立を保っていた魔王クライフ。
これまではそれでもやってこれたが、魔王ランヌが死んだことで情勢が変化した。
現在、どの派閥にも属していないのは、イモータルフォーのエリメルを除けば、クライフ一人だけ。
単独では他の魔王の侵略を受けた際、対処できない。
後顧の憂いをなくし、いざという時に協力を得るためにも、クライフはベリアの派閥へと入る方針をとることにした。
「とりあえず一安心だな。まだ早いけど」
「ああ」
クライフが頷く。
会談は今日から七日後、魔王コルルの城で行うそうだ。
俺の呪いが解けるか否か。
今後の展開によって成功率が大きく変わる。
「魔王コルルの城か……ベリアの本拠地で会うわけではないんだな」
「長期間の留守を避けたいこちらの状況を加味してくれたんだろう。他にも思惑があるのかもしれんがな」
「ふむ」
「そういうわけで三日後、俺はこの城を出るつもりだ」
とうとうクライフが城からいなくなるのか。
「前に俺に城に残ってほしいと言ってたが、本当に一人で大丈夫か? 向こうも魔王二人だし、やっぱり俺も行ったほうがいいんじゃないか?」
「いや、予定通り俺一人でいく。それより留守中を狙われてマリーゼルに何かあったときのほうが怖い。もしもの時のためにメナルドにいてくれたほうが助かる」
「そうか……」
これで何も起きなかったら……
まぁそれはそれで平和ってことでいいか。
用心に越したことはない。
「わかった。いいみやげ話を期待してる……頼むぜ」
「任せておけ」
クライフが強く頷く。
俺はクライフを信じて、コルルの城から帰るのを待つとしよう。
……にしても魔王コルルか。
あの魔王は確か。
「なぁ、魔王コルルって確かサキュバスの魔王だよな?」
「そうだが……それがどうした?」
「……」
コルルの統治する街の名前はリドムドーラだったかな。
サキュバスの特性を反映させたかのような街とギンが言っていた。
サキュバスは異性の精気を吸い取って生きる。
説明しなくも、なんとなくどんな雰囲気の街かわかるだろう。
サキュバス以外にも、そういった職業の人たちが集まる街だ。
(ふ……む)
これは気をつけねばなるまい。
「向こうで女に騙されないように気をつけろよ」
一応、クライフに注意しておく。
いくら腕っ節が強くても、女に弱い奴とかいるだろうしな。
魔王だと知ったら、権力目当てに近づいてくる奴がいるかもしれない。
「今更だ……割と本気で気を付けてる」
「そ……そうか、なんかすまんな」
経験済みって顔してるな。
こいつ顔もイケメンで、独身だもんな。
俺も行く時は気をつけなければなるまいて。
ギンに話を聞いて、是非一度、リドムドーラに行ってみたいと思っていた。
いや下衆な気持ちってわけじゃなくてさ。
なんていうかほら……
独特の夜の街の雰囲気みたいなものを味わいたいと申しますか。
探究心疼くというべきか。
て、何か言い訳みたいだな。
「どうしたんだ?」
「い、いや……別に」
「……そのうち行く機会もあるだろう。今回は我慢してくれ」
なんとなく俺の気持ちを察したクライフが言う。
「わかってるよ……さすがにこの状況で自分の欲求を優先させたりはしない。リーゼの身のほうが大事だしな」
「すまんな、よろしく頼む」
「リーゼの身のほうがな……」
「……何故二回言うんだ」
ルミナリアも城にいれば大抵の局面は乗り切れそうな気もするがな。
とはいえ、魔王やそれに準じるレベルの相手だとちときついかもしれない。
「そういや、クライフは行ったことあるのか? リドムドーラに」
「ある、一度だけな。レイにつき合わされた」
「レイ? あいつナザリさんがいるのに何考えてんだよ」
「二人が付き合う前の話だ。行ったのは一緒に食事するだけの健全な店だぞ」
「そうなのか、まぁお前はそういうの好きじゃなさそうだもんな」
「ああ。レイのほうは夜中二時間くらい部屋からいなくなってたから、その間何してたか知らんが」
それは……高確率でアレだろう。
確かにあいつは遊んでそうな雰囲気だ。
まぁ付き合う前の話だ。
そのあと、浮気しないのであればいいのかな?
結婚してから真面目になる奴もいるだろう。
「興味あるのか?」
「あれ? 意外な質問だな」
興味あるように見えないか?
普段、お宅の妹さんにちょっかい出してるのを見ているはずなんだけど。
「あるように見えるがな……よくわからん」
「ほう」
「お前の場合、普段通りに意気揚々と余裕な感じで店まではいくが、本番直前で『やっぱりこういうのはよくない、互いの心が傷つくだけだ、服を着ろ』とか突然純情ぶって、お店の嬢の冷やかしだけして帰ってきそうな気もする」
「お、おまえ……俺の何を知ってるわけ?」
聞き捨てならねえぜ。
なんでそんなに具体的なんだよ。
そんなわけ……、そんなわけ……
ないよな?
「お風呂からあがれば……なんて話をしてるのよ。ルミナリアちゃんもいるのに」
「あ」
そんな話をクライフとしていたら、後ろから非難の声が聞こえた。
湯上がり姿の綺麗どころが二人。
女性陣が風呂から出てきたのだ。
「……あ、あははは」
ルミナリアも空笑いをしている、気まずそうだ。
「……まったくもう。アルベルトはまだしも、兄様まで一緒になって」
「い、いや、これは……話の流れでそうなったというか」
クライフが誤解を解こうと頑張っている。
キョドる魔王さま……やはり可愛くはない。
「私は嫌いだけどね、お金で体を買うなんて」
リーゼがジト目で見つめてくる。
「そういう仕事をする人を否定はしないわよ。サキュバスの特性を考えたら仕方ないのはわかってる。他にもお金が無くてやむなくって人もいるだろうし」
「ふむ」
「でも好きな男が、過去に知らない女を抱いてたりしたら、嫌な気持ちになるわよ。女としてはやっぱり、自分一人を見てもらいものよ。ねぇルミナリアちゃん」
「まぁ、そうですね」
「なぁ、言ってて恥ずかしくならないか?」
「う、うるさいわね!」
なんかこう、意外とピュアだな。
プラトニックラブみたいなのに憧れを抱いているのか?
「成程、お前の考えはわかった」
リーゼが語り終える。
貞操観念をしっかり持て的な話から他いろいろ。
成程、一理あるといえばある。
「とはいえ、考え方は人それぞれだろう」
「む」
「結婚して相手がいるならまだしも、まだ見ぬ見知らぬ未来の誰かのために遠慮するってのはな。もちろん、男にもそういう貞操観念みたいなのを持っている奴もいるだろうけどさ」
こういったのは価値観の問題だ。
どちらが間違えているとかじゃない。
「ただまぁ……なんだ」
「なによ?」
「この手の話は女性に聞かれないようもっと注意するべきだったな。リーゼも不快に思ったみたいだしな。その点については反省しよう」
殊勝な感じに方向転換だ。
いつまでもこんな話を続けてもしょうがない。
人それぞれ色んな考え方があるんだ。
言い争っても結果、お互いに平行線になって、話が終わらない。
故に、なぁなぁな感じで決着させよう。
下手に相手に反論して刺激すると、余計面倒なことになるしな。
「ど、どうしたの突然?」
リーゼが動揺している。
「いや、なんつうか……正直に言うけど、リーゼの気配には部屋に入るかなり前から気付いていたんだ」
「……」
「面倒くせぇからクライフには黙っていたけど」
「さ、最悪な男だな」
次回から気をつけよう。
「早く会話を切り上げるべきだったな。どうもお前相手だと男女の境界線が曖昧になるというか」
俺たちは遠慮なく言い合える間柄だ。
喧嘩するほど仲が良いを地でいく二人。
自分で言うのもなんだけどな。
「『リーゼなら聞かれてもまぁいいか』ってな。ごめんな……女性に対する扱いではなかった。こんなのはただの甘えなんだよな」
「やめてよ……なにこの不自然な流れ、何で急にシリアスモードに入ろうとするの?」
「親しき仲にも礼儀ありだよな。他の女性にはもっと性別に配慮した会話をしているつもりなんだけどよ」
紳士にあるまじき行為だったわ。
反省している感じをアピールしていく。
「ど、どうせ最後にオチがつくパターンなんでしょ? わかってるんだから」
信じてくれない……仕方ないな。
特に意味はないが、ギリリと歯ぎしりする。
あと、無意味に手を強く握りしめてプルプル震わせておく。
「あ、あれ……もしかして、本当に反省してるの?」
「……」
もう一押しっぽいな。
「ま、まぁそういう風に私のことを思ってくれてるのは嬉しいわ」
よし、どうやら折れてくれたようだ。
慌ててリーゼがフォローしてくれた。
「アルベルトも男だしね。ただその……今度からもうちょっとだけ配慮してもらえれば」
「リーゼ……ごめんな。こんなのは本当……お前だけなんだぜ」
よし。
とりあえず、これでいい感じに話は終わ…………
「あれ? 私に似た子を風俗で指名したいとか言ってませんでした?」
突然のルミナリアからの爆弾発言。
「「「……」」」
これまで会話に参加してこなかったのによ。
いっそ最後まで黙っててくれ。
うるせえ半熟卵だぜ。
皮剥いてやろうか。
「…………で?」
「『で?』じゃないでしょ!! なんで学習しないの……私」
「お前……父親にぶん殴られるぞ!」
やっべぇ。
そんなこともいった気がする。
い、いや、その時はラザファムの娘だって知らなかったんだよ。
「お願いします! 黙っていてください!」
頭を床につけて平謝りする。
さすがの俺も、これは下手に出ざるを得ない。
酔っぱらってないガチのラザファムと戦うなんてご遠慮願いたいです。
「……本当、適当だな。お前」
クライフの一言に俺以外の皆が頷いていた。
「で、なんでこんな話題になったの?」
「ああ、実はな」
クライフがリーゼに先ほどの話を説明する。
べリアからの手紙の件、まだ説明してなかったのか。
まぁ朝はいろいろあったからな。
「……」
「三日後に城を出る。あとは頼んだぞマリーゼル」
「はい」
リーゼが神妙な顔で頷く。
二人とも少し肩の力が入り過ぎだな。
無理もないが、ここに頼りになる奴がいることをアピールしておこう。
「大丈夫だ! この二人のことは俺に任せておけ!」
「「……」」
サキュバスの街に行けないのは少しだけ残念だ。
でも……まぁ、これはこれでいいかな。
恵まれている気がする。
城で美少女二人と過ごすのも悪くない。
「留守中も仲良くしようぜ!! 二人とも!!」
「「……」」
おい、口を開けよ。
「な、なんか言えよ、寂しいだろ」
女性陣が冷たいのがちと不安だけど。
さっきの会話で何かを失ったようだ。
まぁいい……もしもの時はお任せください。
物理で解決する範囲に限るがな。
一応ガーゴイルってそういう用途でも造られてるはずだしね。
普段の俺を見ていると疑問に思うかもしれないがな。




