閑話ラザファム
俺の名はラザファム。
種族は雷龍。
その中でも最強を冠する真龍と呼ばれる存在。
と、大層な名で呼ばれているが、地位も権力にも興味はない。
勿論、その気になれば容易に手に入れられるだろう。
だが俺にとって、そんなものはなんの価値もない。
俺の望みは一つだけ。
愛しい家族が傍にいてくれること。
魔王同士の争いで世界がどうなろうが知ったことではない。
友人であるクライフが危機に陥ったなら、できる限り力になってやりたいとは思うが、それは魔王という肩書きではなく、奴個人に対しての友情故だ。
クライフは魔王だが、他の魔王の領土を奪い取ろうという気もない。
自身の領土を豊かにすることしか頭にない。
守りの魔王というやつだ。
家族と国、スケールは違うが俺も守る側。
そういうのも、俺と奴の気があった理由の一つかもしれない。
……話がずれたな。
そんな家族を大事にしてきた俺だが、今は一人寂しく空を飛んでいる。
目的地は妻の実家。
理由は二百年前に別れた妻とよりを戻すため。
家族を大事にしてきた俺が、どうしてこんなことになっているのか。
今ではこんな状況だが、俺と妻のミナリエは恋愛結婚だ。
彼女との馴れ初めは……まぁこれはいいか。
世界を旅してる途中で俺たちは出会った。
互いに惹かれ合い、愛し合い、番いとなり、子どもが生まれた。
生まれてきた娘にルミナリアと名づけた。
古龍は基本、同種の龍同士で番いとなる。
雷龍なら雷龍、水龍なら水龍同士といった具合だ。
故に、番いになる時は賛成意見ばかりではなかった。
とはいえ……異種龍同士だと子供が生まれないということもない。
俺たちのような例も少ないが、あるにはあるのだ。
ファラ山脈の山頂に棲み家を作り。
妻と娘と三人仲良く暮らす幸せな日々。
この生活を守るため、俺は幼い娘と愛しい妻を守り続けた。
すべては妻と娘の笑顔のため。
家族のためなら俺はどんなに傷ついてもかまわなかった。
幼い娘が外に遊びに出たいと言ったら、こっそり気づかれないように後ろからついていった。
外では何が起きるかわからない。
魔物が襲ってくる可能性もある。
雷龍は魔力感知が得意な種族で、索敵はお手の物だ。
娘が遭遇する前に先回りして魔物たちを始末した。
注意すべき相手は魔物だけに留まらない。
どこから聞きつけたのか、山頂まで幼い娘を狙ってくる命知らずな輩もいた。
家族を愛する俺がそんな輩の存在を許すはずもない。
そいつらがどうなったのかは容易に想像できるだろう。
当然、この世にはいない。
娘が大人になってからは見なくなったがな。
それでも、俺は油断せず見守り続けた。
徹底的に守り続けた。
限界まで守り続けた。
それはもう守り続けた。
娘も妻に似て美しく成長した。
きっと街に出れば男たちの注目の的になることだろう。
悪い虫がついたら目も当てられない。
娘もいつかは誰かと結ばれるのだろう、それはわかってる。
寂しいが……それは仕方がない。
だが、父として、半端な奴に娘を任せる気はない。
相手は俺より強い奴じゃないと……
いや……それも駄目だな。
父親の威厳も大事だしな。
娘にとっての一番でありたいのだ。
ミナリエにそう言うと親馬鹿と苦笑されたが。
やはり娘はかわいいのだ。
息子なら少しは違ったのかもしれない。
「甘えるな! 自分の身は自分で守れ!」と言う気がする。
そうして、いつまでも続くかと思った家族三人の幸せな暮らしだが……
突然の終わりを迎える。
ある朝、起きると手紙がテーブルに置かれていた。
手紙の内容を要約すると「このまま一緒にいたら皆駄目になるので、娘を連れて家を出ます、さよなら」というもの。
……頭が真っ白になった。
手紙は妻本人が書いたもの。
認めたくないが、手紙の字は永年見てきたもので間違えるはずがない。
突然のお別れ……一体何故?
自分の何がいけなかったのか。
俺は途方に暮れた。
朝も昼も夜もただ息をするだけの存在となった。
一応……最低限の食事だけは摂る。
味なんてしない。
おいしくもまずくもない。
同じ食べ物でも家族と一緒の時はあんなに美味に感じたのに。
それでも我慢して食べる。
……死んだら二度と家族に会うことができないから。
ある時、ひよっこり「ただいま」と言って、帰ってきてくれるんじゃないかと淡い期待を抱いて、家の外で待ち続ける。
だが……帰ってこなかった。
時が経ち、次第に俺は酒に逃げるようになった。
酒を飲んでいる間は嫌なことを忘れられた。
現実から逃げたのだ。
生活するためのお金は、鱗をはがして、街で売りさばいて得た。
家に残された思い出の品を売ることはできないしな。
当然、商人の男は鱗の出所を探ってきたが、面倒なので適当に濁しておいた。
商人もまさか本人だとは思わなかっただろう。
断っておくが、俺だってプライドがないわけじゃない。
自分の体を素材として売るというのは、抵抗もあったが、妻がいなくなったことで自暴自棄になっていたのだろう。
酒を飲んでだらだらと過ごす日々が続く。
季節が変わっても、妻と娘のことが忘れられない。
なんとか、もう一度やりなおしたい。
その思いが日に日に強くなっていった。
何故妻は俺を捨てたのか。
その理由は時間が経ってもまだわからないままだ。
俺は浮気もしていない。
この愛は不変だ。
こうして、捨てられてもまだ、妻を愛しているのだ。
もしや、俺の気持ちが信じられなくなってしまったのだろうか。
愛情表現が足りなかったのかもしれない。
あまり口の上手い方ではないが……もっと愛の言葉を囁くべきだったか?
そんなことを考えていた頃だった。
ある天啓を受けたのは。
ファラ山脈では夏になると、山蛍という光る虫が繁殖の時期に入り、飛び交うようになる。
俺は山頂でいつも通りに酒を飲んで、その光景を眺めていた。
これまで毎年夏になると山で繰り返されていた光景。
今まではただ奇麗だなとしか思わなかった。
だが……
「……これは」
その夏は……違った。
山蛍は夏の夜、メスに対して、オスが光ることで求婚する。
ここだけ別世界と言えるような、幻想的で美しい光景……光たちのダンス。
それを見て俺は思った。
「これだ!!」
大自然の営みから生まれた閃き。
こいつらだって女の気を引くため頑張っているのだ。
妻が近くを通りかかった時、俺が待っていることがわかるように。
今でも俺が彼女を愛しているということが遠くまで伝わるように。
以降……俺は夜になると光ることにした。
思い返せば、余程精神が不安定だったのだろう。
何故真龍の俺が虫の真似をしたのか。
酒に酔っていたのと、家族に捨てられたことで正常な思考が奪われていたのだろう。
素晴らしいアイデアだと思ってしまった当時の俺を殴ってやりたい。
随分永い間、遠回りをした。
当然だが、この虫を参考に二百年間山頂で光続けても妻たちは戻ってくることはなかった。
自分のバカさ加減にあきれる。
働くこともせず、ただ光り、帰りを待つだけの日々が二百年続く。
だが……目を覚ましてくれる奴が現れた。
いつものように、酒を浴びるように飲んでダラダラと過ごしていると、山頂近くから大きな魔力を感じた。
もしや、妻と娘が帰ってきたかと期待して向かってみたら。
現れたのは翼の無いガーゴイルとエルフ。
予想外の相手。
(……な、なんだこのガーゴイルは?)
こんな奴はお呼びでない。
こんな奴が俺の妻であってたまるか。
期待が裏切られ、落胆した……
ぬか喜びさせてくれたガーゴイルに敵意を抱いた俺は、ガーゴイルと交戦状態になる。
滅茶苦茶に暴れたが、結果はまさかの敗北。
負けるとは思わなかった。
気絶させられ、リーゼ嬢の状態治癒魔法で酔いから醒めた俺。
二人に迫られ、こうなった経緯を打ち明けた。
少し恥ずかしかったが、迷惑をかけたので黙っているわけにもいかない。
リーゼ嬢にこれまでの行いを叱られた。
反省しろと言われ正座した。
こういう時の女性には逆らわない方がいい。
何故か隣でガーゴイルも正座していたが。
だが、おかげで自分が守るだけで何もしていなかったことに、気づくことができた。
叱られたが、目が覚めた。
少しだけ気分がすっきりした。
話を聞いてもらい、気が楽になった。
待っているだけでは何も変わらないと知った。
妻の方からくるのを待つのではない。
妻と別れて二百年、探しにいこうと思えば、できたはず。
何故その選択肢を選ばなかったのか。
今思えば……恐かったのだろう。
直接会って妻に拒否されたら俺の心は壊れてしまう。
実際、言われたらそうなっていたかもしれない。
逃げていたのだ。
だが、これからは違う。
戦いに負けたことは少しショックではあったが、今では感謝している。
リーゼ嬢にも怪我をさせずにすんだ。
酩酊状態で、昔と雰囲気が違っていたとはいえ、彼女だと気づかないなど、大失態だ。
もし、万が一彼女を傷つけていたとしたら、クライフも家族も絶対に許してはくれないだろう。
弁明のしようもない。
「この敗北はお前を強くする」
上から目線の奴の台詞に少し……いやかなりイラッとしたが、確かにその通りだ。
もう一度、家族の絆を取り戻すために、しっかりと己の過去と向き合うことに決め、妻の実家へ向かう。
もしかしたら話も聞いてくれないかもしれない。
だが、俺は絶対にあきらめない。
あの幸せな日々を取り戻すのだ!!
機を見て続編やります
家族間の会話はまたあとで