朝食と進展
「ふあぁ~あ」
ルミナリアの件のクライフへの説明をリーゼに任せ。
本日、二度目の眠りから覚めた俺。
やはり余計なサプライズはいらない。
普通の目覚めが一番だな。
身だしなみを素早く整えて、朝食をとりに食堂へ向かう。
「ふふ……なつかしいわね」
食堂に着くと中から声が聞こえてくる。
思い出話でも語っているのだろうか。
中に入るのを少しだけ躊躇する。
まぁ入るんだけどな……お腹も空いたしさ。
「あら……来たわね」
リーゼが遅れてやってきた俺の姿に気づいた。
一応起きるのを待っていてくれたらしい。
「先に食べててもよかったのに、悪いな」
軽く朝の挨拶をすませる。
俺とリーゼとクライフ、いつもの三人にルミナリアが加わったことで、普段より少しだけ賑やかだ。
席についた後、今さらだけど、ルミナリアの件をクライフにも謝っておく。
「かまわない……事情は聞いた。マリーゼルには謝ったんだろう?」
「ああ」
「なら俺から言うことはない。彼女を連れてきてくれたこと自体は嬉しい話だからな」
「そう言ってくれると助かるわ」
まぁ実際、一番の迷惑を被ったのはリーゼだしな。
「朝から何事かとは思ったがな……声が執務室まで聞こえてきたぞ」
だろうな……それにしてもリーゼの奴。
再会した当初は兄の前で猫被ってたのに、既に本性を隠す気ゼロだな。
まだ十日も経ってないぞ。
クライフが平然としているところを見るに、今日より前から気づいているんだろうけど。
楽しく食事をする俺たち。
「それにしてもあの子がここまで美しく成長するとはな。永い月日は人を変えるというが」
月日は人を変える……か。
一定年齢過ぎると容姿が変化しないエルフや古龍が言うのも妙な感じだ。
確かにルミナリアは美少女だとは思うが……なんかあれだな。
事情を知らない第三者が聞いたら、クライフがルミナリアを口説いてるようにも聞こえるな。
「昔はよく私の膝の上に座って寝てたのよね。ラザファムさんがこっちに来てくれないってすねてたっけ」
その光景……聞いただけでリアルに想像できるな。
「あの……子供の頃のことはあまり、恥ずかしいので」
リーゼの暴露話にルミナリアは困り顔だ。
自分の小さい頃を知られているとやりにくいのだろう。
主導権を常に握られている感じがしてさ。
皆、昔を懐かしむようにお話をしている。
「……」
三百年前か……その頃も当然ながら隷属魔法で精神支配を受けていた。
俺もこうやって誰かと過去話を語れるようになれるのだろうか。
「あ……ご、ごめんね。私たちだけで盛り上がっちゃって」
リーゼが話に置いてきぼりの俺に気を遣う。
珍しく会話に混ざってないからな俺。
知らないから参加しようがないんだけど。
聞いても「へぇ、そうなんだ」としか言えない。
「気にすんな、聞いてても別に不快じゃない」
「そ、そう?」
……少しだけ羨ましい気持ちもあるがな。
俺が自由に動けるようになったのは最近だ。
当然、思い出も最近のもの。
とはいえ、それを言ってわざわざ場の空気を重くすることもない。
偶には聞き役に徹するとしよう。
「一人旅ということは、ミナリエに認められたか」
「はい、どうにかですが」
「……かなり鍛えたようだな」
「いえ……まだまだです。母に遠く及びません、手合わせで一度も勝ったことがないです」
まぁ母親は水真龍って話だしな。
そう簡単には勝てんだろう。
「今ミナリエはどうしてる? 元気にしているか?」
「はい、ここ何年かは会っていませんが……おそらく今も故郷で暮らしているはずです」
クライフの問いにルミナリアが答える。
故郷にいるのか。
それならラザファムも無事再会できたかもしれないな。
よりを戻せるかはわからないけど。
「そうか、元気に暮らしているのなら何よりだ」
そこで話が終わる。
「……」
少し腑に落ちない表情を浮かべるルミナリア。
「……どうかしたのか?」
「い、いえ別に」
よく考えたら、母親については聞いてるのに、父親についてまったく質問しないというのは少し不自然だったかもしれない。
でも全員裏事情を知っちゃってるからな。
下手に話題に出せないんだよ。
にしても、受け答えが少し固いな。
クライフに話しかけられてルミナリアも少し緊張しているようだ。
ガチガチという程でもないが、両親の友人とはいえ相手は魔王様だからな。
リーゼとは遊んでもらっていたのでそうでもないようだけど。
「リーゼみたく、クライフお兄ちゃんと呼ばないのか?」
「魔王様相手にそれは恐れ多いですってば」
「あんた……それまだ引っ張る気?」
「なに、ちょっとした冗談だ」
少し緊張が解ければと思っただけだ。
三百年振りの再会だ。
まだ遠慮もあるのだろうし。
俺が突然この城に連れてきたのもあって心の準備もできていなかったろう。
さすがに俺が寝ている数時間の間で昔のようにとはいくまい。
三百年ぶりなのに、アポイント無しでラザファムの家に直接向かったリーゼが凄すぎるだけだ。
普通はルミナリアのように緊張する。
比較対象がおかしいだけ。
あいつの物怖じしないところは素直に尊敬する。
俺もいつかはそんな風になれるのだろうか。
「クライフ……そこのパンとってくれ」
「わかった、ちょっと待て」
「…………うわあ」
ルミナリアが驚きの表情を浮かべる。
口を開けたままこっちを見ている。
「な、何だよ?」
「話には聞いていましたが……本当に普通に接してるんですね」
ああ、そういうことか。
俺が魔王さまを動かしているのを見て驚いたのか。
「こ、これでも遠慮はしてるんだぞ」
何となく否定してしまった。
改めて指摘されると図々しい奴みたいじゃないか。
ただのコミュニケーションのはずなのに、変に意識するとやりにくくなる。
「た、偶々クライフの近くにパン籠があったから頼んだだけだ」
「ほ、本当ですか? とてもそうは……」
「あのな……相手は魔王様だぞ。いくら俺でも最低限の礼儀は」
「おい、いつも通りバター多めに塗ればいいのか?」
少し黙れ魔王。
ま、まぁ俺はクライフの部下ってわけでもないしな。
とはいえ、居候なりにもう少し殊勝な態度をとるべきかもしれん。
「ご、ご希望なら敬語くらい使おうか?」
「結構だ。出会いのせいか、お前に敬語を使われると馬鹿にされてる感じがするんだよ」
「……兄妹揃って同じ様なことを言いやがって」
少し前に妹にも同じようなこと言われたな。
「まぁ……コイツは例外みたいなものだ。誰にでもってわけじゃない」
「……はぁ」
ルミナリアの内心を読んだクライフが答える。
「不思議に思うのも無理はないがな。こいつの実力が気になるなら……暇な時にでも手合わせを頼んでみたらどうだ?」
「……いいんですか?」
ルミナリアの強い視線を感じる。
注目を浴びている。
もっと見ろよ……時間の無駄だから。
まぁ気が向いたら相手してやるか。
「そういえば、話は変わるけど……ルミナリアちゃんは今街の宿に泊っているのよね」
「はい……あとで宿のほうに説明にいかないと」
俺もあとでギンに説明しないとな。
あいつ近日中に故郷に戻るって言ってたしな。
「提案なんだけど、この街にいる間は城に住んだらどう?」
「それは……」
「まだまだ話したいことも一杯あるしね、いいですよね兄様?」
「勿論だ」
「え? え?」
結局魔王兄妹により強引に押し切られるルミナリアさん。
宿から荷物を持ってきて城で過ごすことになった。
以外と押しに弱いのかもしれない。
そもそも相手が権力者だと断りにくいか。
はっきり嫌だとは言えないよな。
食事の時間が終り、紅茶を飲んでいると、何かを気にしたようにルミナリアがそわそわしだした。
なんだか落ち着かない様子だ。
「ああ、そういえば、昨日はお酒飲んで寝ちゃったんだもんね」
「そうなんですよね」
「ああ、体臭が気になるってことか?」
「……まぁそうなんですけどねぇ」
「大丈夫だぞ。心配ならアンケートとろうか?」
「なんというかアルベルトさんはこう……もう少し」
「ストレートに言うんじゃないわよ。デリカシーがなさすぎるわ」
そのへんは生理的に仕方ない。
男だろうが女だろうが関係ないことだ。
「なら風呂に入ってきたらどうだ? 覚えているかもしれないが、この城は特に風呂に力を入れているんだぞ」
クライフがルミナリアに提案する。
魔王本人が風呂好きだからな。
俺とクライフの出会いも風呂場だった。
「あ、せっかくだしわたしも入ろうかな。一緒に入ろっ」
「はいっ」
リーゼの誘いに返事するルミナリア。
二人仲良く入ってくればいい。
「……一応言っとくけど、覗くんじゃないわよ」
「え? そんなことするんですか?」
「あ?」
リーゼがルミナリアの手を引き、浴室に向かう直前で釘を刺してくる
おいおい、なんだよこの空気。
いつのまにか警戒されているぞ。
ルミナリアまであんまりだ。
「あのな、なんで俺にだけ言うんだよ。男は俺だけじゃないだろうが、クライフだっているだろ?」
今日に限っては言われるまで意識すらしなかったのに。
「お前は何言ってるんだ、友人の娘と妹だぞ。覗いたら大問題になる」
「そうよ……兄様がそんなことするわけないでしょ」
「そりゃ昔の話だろ?」
「??? どういうことよ?」
「さっきそいつ……年月は人を変えるとか言ってたぞ」
クライフも昔のままじゃないかもしれない。
昔と違い、ルミナリアも美しく成長したわけだしな。
リーゼだって十年会っていなかったのだ。
案外、そういう背徳感がお好みな奴もいるかもしれない。
ラザファム同様、マイナス方面に変化することもあり得る。
「「……」」
俺の発言を聞いて、リーゼとルミナリアの視線が自然クライフの方へ。
「のっ、覗くわけないだろうが! いいから二人とも入ってこい!」
人を巻き込むなって感じのクライフさん。
すまんな、ダメージ半分くれてやるよ。
「とっ、とにかくっ、わかったわね!」
「心配するな……今そういう気分じゃない」
信じられないかもしれないけど。
そういう時もあるんだよ。
「そ、それもなんかムカつくわね」
正直に覗かないと断言してるのによ。
それはそれでお気に召さないようだ。
女心は少し複雑らしい。
女性陣が風呂に行ったあと。
「まったく、失礼な女だ」
「いや、朝の件があるから当然だと思うぞ」
冷静に考えてみたら、昨夜はリーゼの寝室に忍び込んだわけだしな。
前科があるわけで説得力なかった。
ほとんど逆ギレみたいなものだったな。
「まぁいい。二人だし丁度いい……お前に大事な話がある」
「なんだ? 俺らも一緒に風呂に入るか?」
「その話は終わりにしろ」
……違うのか。
まぁ一緒に風呂に入るのが大事な話だとしたら、それはそれで怖いけどな。
俺にその手の趣味はない。
じゃあ一体なんの話だろう。
「返事がきたぞ、べリアのな」