お食事会2
「ほれギン。手酌は寂しいだろ」
「おっ、あんがとよ。ほれ兄ちゃんも……」
「サンキュー」
注文した料理も出揃った。
ギンとルミナリアと三人で楽しく会話をしながら晩飯を食べる。
「すごくおいしいです、特にこの焼き鳥が……」
ルミナリアが店の料理に舌鼓をうつ。
俺も彼女に続き、串に刺さったクライムバードの肉にかぶりつく。
「これは……うまいな」
「だろう」
噛むとジュワッと肉汁が中から溢れ出す。
人によっては少し脂っこいと感じるかもしれないが、俺は好きだ。
お酒とよく合うね。
ギンがお勧めする理由もわかる。
にしても、クライムバードか。
「最近関連した依頼受けたし、案外俺がこの手で仕留めた鳥だったりしてな」
「そうかもしれねぇな」
「こんな風に皆においしく食べてもらえたのなら、この鳥も幸せだろう」
「……やっぱり兄ちゃんは優しいよな、そういうとこ」
「そうか?」
「ああ……魔物の死後の幸せまで考えるなんて、普通の奴にはできねえ」
やはりわかる奴にはわかるらしいな。
俺から滲み出る優しさというやつが。
「どうしたルミナリア? さっきから黙って……何かおかしなとこがあったか?」
「いえ、別に」
「この会話が茶番だと言いたいのか?」
「……よ、よくわかってるじゃないですか」
ところどころルミナリアに突っ込みを受けながら、お食事はすすむ。
いい気分になってきたな。
やはりお酒は楽しい……飲みすぎには注意しないとダメだけど。
酒といえば……あいつは今頃どうしてんだろう。
あの酔っぱらいドラゴンは。
別れて結構な日にちが経つ。
無事奥さんと娘さんを見つけられればいいんだけどな。
「そういえばルミナリア。クラーケンの依頼はまだ始まらないのか?」
「まだ準備が整っていないみたいですよ。アルベルトさんは結局、依頼は受注するんですか?」
「どうだろ……まだなんとも言えないかな」
もうそろそろベリアの返事がきてもおかしくないってクライフは言っていたが。
「ルミナリアはクラーケンと戦ったことがあるのか?」
「何回かありますよ、初めて戦ったのは母に連れられての卒業試験でした」
「卒業試験?」
「母にクラーケンを倒せるくらいになるまでは一人旅は許可できないって言われて……旅に出る前に一戦したんです。倒すのに苦労しました」
なかなかのスパルタだな。
海の王者と呼ばれる存在を倒さなきゃ一人旅を認めないとか。
「小さい頃はとにかく母に鍛えられましたね。自分で言うのも変な感じですが、古龍の体は希少価値が高いですから。幼体のうちは戦闘力も低く魔物以外からも狙われやすいですし……小さい頃は父によく守ってもらっていました」
「ああ、親父さんは警備関係の仕事だっけか?」
「え、ええ……そうです」
「なんで母親に鍛えてもらったんだ? それなら父親に鍛えてもらえばよかったのに」
「父はその……ですね、いろいろあるんです」
なんか歯切れの悪い返事だな。
あまり言いたくなさそうだ。
まぁいいや、人の内情に深く突っ込むのも野暮というものだろう。
「母は水龍ですからね、同じ種族の方が戦い方を教えやすいというのもあります」
「なるほど」
あれ?
今の話を聞く限りだと、母は水龍だけど父は違う種族なのだろうか?
その後も皆で楽しくおしゃべりして時間を過ごす。
リーゼたちは城でまだお仕事をしているのだろうか。
最近あいつら、遅くまで頑張ってるからな。
なんか差し入れでもしてやろうかな。
「ふぃ~、うめえなあ。ああ~本当にいぃぃ~今日はいい日だぁぁ~」
「ギンの奴、大分早いペース飲んでいるな」
俺の倍近いペースで飲んでいやがる。
大丈夫かね……まぁ今日ぐらいはしょうがないか。
ギンの目尻には少し涙が浮かんでいる。
改めて相棒を取り戻した実感に浸っているのだろう。
「よし」
さっきから大人しいなと思っていたら……
ガタっと音をたてて、ギンが椅子から立ち上がる。
そして……
「よっしゃああ!! おめぇらあっ!! 今日は何注文してもいいぞぉぉ!」
「「「「うっ、うおおおおお!!」」」」
ギンの声が店に大きく響きわたる。
その発言に店の客たちの歓声があがる。
「アルベルトさん。大丈夫なんですか……ギンさんは?」
「大丈夫だろ」
ギンを見つめて、心配そうな顔を浮かべるルミナリア。
「あいつは『何注文してもいいぞ』と言ったが、一言も奢るなんて言ってない」
「……は?」
「自分の金で好きに何を注文しようが当人の自由だってことだ」
俺たちには人の自由を縛る権利などない。
今回も客たちが店に金を落とす様に扇動しただけの話だ。
「た……ただの迷惑行為じゃないですか」
その言葉を否定はすまい。
誤解しそうな言葉回しなのは否めない。
真実も言わないが、嘘も言わない。
ふふふ、出会った頃のギンを思い出すな。
詐欺サハギン呼ばわりしていたっけ。
「早く撤回しないと……ほらっ立ってください!」
「え? 俺がやんの?」
「ギンさんは完全に酔ってますからね。このままだと周りから大顰蹙を買いますよ」
そう言って、俺の右腕を掴んでぐいっと持ちあげるルミナリア。
見た目は可憐な少女だが、水龍だけあってかなりの力だ。
やれやれ……しょうがねえな。
ルミナリアの言葉に従うことにする。
「お前さん、俺に対する扱い、他の奴より雑じゃないか?」
「……気のせいですよ」
まぁ、これぐらい別にいいんだけどな。
彼女に対してしてきたことを思えば仕方ない。
二人でギンの台詞の後始末(客への謝罪)をして、席に戻る。
結構な感じで客から睨まれたが、皆仕方ねえなといった様子で無事に許してもらった。
人気者のルミナリアがここにいたのが功を奏したようだ。
「つ、疲れた」
その彼女は現在。
一仕事(謝罪回り)を終えて渇いた喉を潤すため、隣で水を飲んでいる。
一人素面ってこういう時ついていけないから、きついよな。
「なんかすまんな、俺たちだけで楽しんでしまってるよな?」
「いえ……お二人の話は聞いてるだけで面白いですしね、気にしないでください。アルベルトさんらしくないですよ」
「そうか」
楽しんでいるならいいんだ。
ちょっと安心した。
無理して言っているわけでもなさそう。
ところで、俺らしくないってどういうことだろう?
「これは本音です。お二人と話すのは気をつかわないで済みますし、楽しいです」
「……」
「でも周囲の人間が困る迷惑行為はほどほどにしてくださいね」
「お、おう」
そう言ってルミナリアが微笑む。
今回の事は俺悪くないと思うけど、前科があるので仕方がない。
それにそんな笑顔で言われちゃ文句を言う気も起きない。
前と言ってることが違う?
……そんなことはないさ。
俺なんでこんな子を傷つけようとしたんだろ?
少しすると、トイレで席を外していたギンが戻ってきた。
結構飲んでるからなぁコイツ。
「ふぃぃ~~」
口元は孤を描いており、ふわふわ気分なのが一目見てわかる。
こっちが客に謝っている間に……いい気なもんだ。
「あ、あれ? なぁ兄ちゃん……ここに置いてあったダミーウォーター飲んじまったのか?」
ギンが俺に問いかける。
「なんだよ? ダミーウォーターって?」
「無味無臭で飲んでも水と区別のつかない面白い酒なんだけどよ」
「へぇ、そんなのがあんのか」
酒ならウォーターじゃないだろ。
ああ、だからダミーか。
それ普通の酒じゃ駄目なのか? と思わんでもない。
ギン曰く、酒が苦手な人でも酔えるのが売りのお酒とのこと。
酒を飲む人も、口の中をさっぱりとリセットできるので注文する人は多いらしい。
何せ水だからな、誰でも飲めるし飲みやすい。
気づいたら酔っぱらっているので注意は必要だそうだが。
「まぁ今日は俺の奢りだしな。別に飲んでも構わねえんだが……ちょっと気になっただけ『ヒックッ』でよ」
「ヒックでよ?」
なんだ今のは?
「今、女のしゃっくりみたいな声が聞こえてこなかったか?」
俺はギンに確認する。
俺の耳がおかしくなければ確かに声が。
「そうか? 気のせい『ヒックッ』だ……ろ」
再びなんか可愛い声が聞こえてきた。
ギンもさすがに気づいたようだ。
うむ。
これは……間違いないな。
幻聴なんかじゃない。
「なぁ兄ちゃん」
「……おう」
俺たちは声のした方を見る。
「ヒックッ」
声の発生源はそれはもう……とても近くだった。
ルミナリアさんでした。