トライデント4
「よかったな、ギン」
「ああ!」
無事戻ってきたトライデントを抱擁するギン。
その様子はまるで恋人同士だ。
大事な捜し物が見つかってよかった。
まさかルミナリアが持っているとは……
「この後、知り合いのドワーフがやってる鍛冶屋に行ってもいいか? 修理が可能か、話を聞きてえんだ」
「いいぜ、拒否する理由もない」
「あの、私もご一緒していいですか?」
「もちろんだ」
俺達はギルドから十五分くらい歩いた場所にある、ギンの知人が営む鍛冶屋に行くことになった。
ギンの案内でたどり着いたのは、少し古ぼけた感じのする煉瓦造りの家。
家の隣には白い石造りの工房があり、設置された煙突からは煙が出ている。
いかにも職人さんが住んでいるといった雰囲気を醸し出している。
鍛冶屋はドワーフが夫妻で営んでいるそうだ。
「お~い、ヤドリいるかぁ」
「なんだい、なんだい、うるさいね」
ギンが呼び掛けると、工房から身長百三十センチ位の、茶色の髪の毛をショートカットにした幼い女の子が出て来た。
いや、女の子という表現は適切ではないか。
幼い顔だが、ドワーフって話なので成人しているはずだ。
人妻らしいしな。
「おう、アンドロか」
「あら? ギンじゃない、それに……」
俺とルミナリアに遅れて気づく女ドワーフ。
「よお」
「こんにちはアンドロさん」
目があったので、とりあえずご挨拶。
「あら、ルミナリアじゃないか、先日一緒に劇を見に行って以来だね。隣にいるのは街で噂の翼無しガーゴイルかな?」
「初対面の相手に失礼な女だな。旦那の前で頭撫でてえ気分になってきた」
「……あ、あんたも大概なモンだと思うけどね、それは色んな意味でやめておいた方がいいと思うよ」
「失礼ですよ、アルベルトさん」
「いいよ、容姿のことは慣れてるから。気を悪くしたならごめんよ。思った事が口に出る性格なもんでね」
彼女は見たまま事実を口にしただけで、悪気はないようだ。
なら、一々腹を立ててもしょうがないだろう。
「アンドロ、ヤドリは?」
「旦那は工房にいるよ」
ギンのお目当ては旦那の方らしい。
結婚してんのはギンから聞いていたが、見た目幼いから違和感が凄い。
「立ち話もなんだし、お茶入れてくるよ。工房の中に入ってな」
「あ、私お手伝いします」
「あら、ありがとね、じゃあお願いするよ」
アンドロがルミナリアと一緒にお茶の準備をしに煉瓦の家に戻る。
俺とギンは隣の工房の中に入る。
中には斧やら剣、他にも色々と雑然と立てかけてある。
鍛冶と関係ない、作りかけの石像みたいなのまで置かれているな。
「よう、ヤドリ」
「おお、ギンか」
挨拶を済ませる二人。
工房の中にいたのは茶色のボサボサ髭に髭がもっさり生えたドワーフ男。
逞しい太い腕をしていやがる。
見事な腕だ、俺が奥さんなら安心感を覚えるぜ。
ドワーフは容姿の面で、男女のギャップが激しいな。
「ガーゴイルのアルベルトだ、よろしく」
「ヤドリだ」
俺もギンに続き、短く自己紹介を済ませる。
「ヤドリ、早速だがコイツを見てくれ」
ギンが本題の用件であるトライデントをヤドリに見せる。
「おっお前! コレはもしかして」
「ああ、俺のダイダロスだ」
「見つかったのか! よかったな! でもなんでこんなに所々欠けているんだ?」
「実は」
ギンが先ほどのルミナリアの推測をアンドロに話す。
ふむふむと頷くヤドリ。
「なるほど、トライデントが見つかって運がいいのか、悪いのかよくわからんな。で、ここに来た目的は俺にトライデントを修理しろってんだな?」
「ああ、話が早いな、できるか?」
「う~む、所々細かく欠けてはいるが、これだけ元が残っていればなんとかなると思うぞ」
「本当か!」
「ただ、欠けた不足分は、強化される前のアングライド鉱石を使って修復するわけだから、以前より武器の性能は下がるぞ」
アングライド鉱石は、少しずつ魔力を込めていく事で強度と硬度が増す特性を持つ。
なお、一度に大量の魔力を込めると壊れてしまう。
この欠点が無ければ、俺やベリアが魔力を込めたらとんでもない武器が完成するのだろうがな。
魔力を込める前の鉱石は脆い。
強化されていないアングライド鉱石をトライデントに組み込めば、単純に武器性能は下がるという話だ。
「興味本位の質問なんだが、もし、最初から強化済みのアングライド鉱石を持ってたなら、修復の際に性能は下がらないのか?」
「下がらない、ほぼだがな。だがそれは、ギンの魔力で強化された鉱石を所持しているならという条件付きだ。これが例えば、お前さんの魔力を込めたアングライド鉱石なら不可能だ。そこのトライデントに込められたギンの魔力とお前さんの魔力が反発するからな」
「ふむ」
「まぁ修復については問題ない、細心の注意を払うからよ」
「頼む!!」
「よし、じゃあ早速取りかかるか」
そして工房の奥の作業場に入ろうとした時である。
「仕事は茶を飲んでからにしな、せっかく入れたのにもったいないだろう」
ルミナリアとアンドロが工房にお茶が入った事を知らせに来た。
工房は少し埃っぽいので、夫妻の居住空間である煉瓦の家の方に移動する。
テーブルについて、紅茶を飲む。
城での紅茶よりも安いんだろうけど、細かい違いのよくわからん俺には問題ない。
ギンとヤドリはほぼ会話にも参加せず、ささっと飲んで工房の方に行ってしまった。
早いよ、もうちょっと紅茶を味わおうよ。
俺が言うのもなんだけど。
残っているのは俺とルミナリア、アンドロの女性達だ。
「せっかちだねえ二人とも」
「まぁ、気持ちはわからんでもないんだがな」
もう少しで、完全な相棒に戻るのだ、落ち着かないのも無理はない。
俺は女性達とのんびりティータイムを楽しむことにする。
「あ、アルベルトさん、紅茶をテーブルに零してますよ、今拭きますね」
「お、すまんね」
その様子を見ていたアンドロがポツリと呟く。
「女の子はやっぱりいいねえ、よく気がつくっていうか」
「そういや、アンドロは子供いないのか? 結婚してるんだしよ」
「一応息子が二人いるよ、娘が一人は欲しかったんだけど、なかなか産まれなくてね、男はポンポン産まれるんだけどさ」
その幼いロリ顔でポンポンとか言われると、ちょっと対応に困るんだけど。
夫婦なんだし、やることはやってるのはわかるが。
あまり明け透けなのも対応に困るものだ。
ルミナリアも顔を赤くしているしな。
「その息子達はどこにいったんだ?」
「二人とも家を出て行った、こことは別の街で鍛冶屋を二人で営んでいるよ。『親父と一緒じゃ親父を越えられない、ここを出て自分達にしか作れない最高の武器をつくる』って言ってね」
「ふ~ん」
「偶には顔を見せろと言っても帰ってこないから、年に一回こっちから会いに行くんだ。まぁ親としては元気に暮らしてくれればそれでいいけどね」
アンドロは文句を言っているが、その顔には子供たちへの思いやりが窺える。
「あれ? 息子が目標としているのは父親だけか? 鍛冶屋は二人で営んでいるんだろう?」
「息子にとって育ててくれた父親ってのは憧れだ。同性だしね、目標にするのはそういう理由もあるだろう。私の専門は装飾品関係だしね、競う分野が違うのさ」
語るアンドロ。
ガーゴイルの俺にはよくわからんが、そういうものなのかね。
「私は女性用のブローチやネックレスとかのアクセサリー類を主に作ってる。この辺のセンスは旦那や息子にはないものだからね、そこにいるルミナリアもよく買ってくれるんだ」
「アンドロさんが作ったのは評判が良くて、すぐ売り切れちゃうんですよ」
それから女性同士のファッショントークが始まった。
まずい、さっぱり話についていけない。
一人会話にあぶれてしまう。
俺もギンの方に行くべきだったか。
俺にファッションの知識はないからな。
同じ女でもリーゼさんはそっち方面の話全くしない。
この間も一番盛り上がったのはお肉の部位に関する話題だった。
全くもってお姫様らしくはない。
リーゼは気づいていないようだが、少しずつ兄貴の前でボロが出てきているのが確認できた。
でも何故だろう? そんな彼女が今愛しく感じるぜ。
「あ、そういえばさっきの話で聞きかったんだけど、ルミナリアの父親は、どんな人なんだい?」
「え、ち、父ですか?」
「父親も古龍なんだろう? どんなお仕事を?」
お、ようやく話題がチェンジしたか。
「ち、父の仕事ですか? えっと、ええっと仕事は、その……ええっと」
自分の家族について聞かれると思っていなかったのか。
ドギマギするルミナリア。
どう答えてよいのかわからない様子だ。
何か人に言えない、暗殺とか闇の世界の仕事なのだろうか?
「古龍ってことは腕っぷしも強いんだろう、用心棒とかそんな業種かな?」
「そ、そうだです!! け、警備関係の仕事についていました!!」
そうだです?
「へえ、警備の仕事かい、古龍に護られるなんて贅沢な警備だねえ」
「え、ええ、まぁ、その守り様は鉄壁と言っても過言ではないですね、はい」
「さぞかし立派な父親だったんだろうね、ルミナリアを見ているとよくわかるよ」
「あ、あははははは、今はどうしてるかわかりませんけどね、もう百年以上会っていませんから」
随分渇いた笑いだな。
「まぁ、確かにいい所もあるんですけどね、駄目なところは多いですけど。そっ、それよりもアンドロさん! 先日購入したブローチですけど」
話題を変えるルミナリア。
ああ。またファッションの話題に戻ってしまった。
ま、偶には普段縁のない知識を得るのもいいか。
こんな機会でもなければ覚えることはないだろう。
……すぐ忘れそうだけどな。