ちょっとした変化
「この度は色々とご迷惑をおかけしました。これからはよろしくお願いしますね、ルミナリアさん」
「はい」
ガーゴイルと水龍、異なる種族が友好の握手を交わす。
日暮れの公園、シチュエーションも手伝って、何かをやりとげた雰囲気が出ている。
「でも敬語はやめてくださいね、凄まじい違和感を感じるので」
「畏まりました……」
「……」
エルフの子供達の勘違いのおかげで、ルミナリアとの間にあったわだかまりも溶けた。
代償として、子供達にボール中毒というレッテルを貼られてしまったが、ささいなことだ。
これにて一件落着、無事に仲直り。
この時、俺はそう思っていたのだが、考えが浅かったと翌日知る事になる。
この日の出来事は、もう少しだけ俺の周囲に影響を与え、メナルドでの日々に変化をもたらすことになったのだ。
それは翌朝、城を出てギルドに仕事に向かう途中のこと……
「……あそこ見て」
「……あいつが……ちゃんを」
「ん?」
なんだろう、いつもより視線を感じる。
ジロジロ見られているような気がする。
ファラの街にいた時は、公衆の面前でエルフの衛兵達を縛り上げたり、コカトリスを従魔にしたりと、注目を集める真似をしたから無理もないんだけど。
何にせよ、注目を浴びるのは久しぶりだ。
ここで土魔法を使って土中に潜ったら、皆吃驚するんだろうな。
「……」
さすがにやらんけどさ。
……好奇心から試してみたい気もするが。
と、アホな事を考えていると……
ドドドドドッ! と地面を蹴りつける音が聞こえてきた。
視線の先では土煙が巻き起こるのが見える。
「なんだなんだ?」
何かがこちらに近づいてきている。
目をこらして相手の姿を確認する。
ケンタウロスの男が街中にも関わらず、おたけびをあげ、こちらに猛スピードで接近していた。
「おおおおおっ!!」
「お……おい」
減速する気配のないケンタウロス。
俺は今、ケンタウロスの進行方向の直線上にいる。
このままだとどうなるかは自明の理。
取りあえず……突進を止めておくか。
「ふんっ」
ドンッ!
俺は右手でケンタウロスの胸を抑え、突進を止める。
一回り以上大きい相手だが、俺にとっては造作もないことだ。
特に問題はない。
「な、なんで……」
あっさりと突進を止められ、驚愕の表情を浮かべるケンタウロス。
「なんで?」
「い、いや違った。すまねえな……」
「…………」
本当に危ないな、ぶつかったのが俺だからよかったけどよ。
ケンタウロスの突進なんてくらったら、他の奴なら怪我してるぞ……
「……それじゃあな」
男は俺に礼を言って去っていった。
「ちっ」
最後に舌打ちを残して……
「は?」
な、なんなの?
悪いのは明らかに向こうの方だよな?
何で舌打ちをされなきゃならんのだ?
俺あのケンタウロスと会った事もないんだけど。
なんか気分悪いな……
まぁ……いい。
一々怒っていたらキリがない。
先日のルミナリアを見習い、大人な対応を心掛けることにする。
こんなこともあるかと思う事にする。
だが事はこの一回だけでは終わらなかった。
「うおおおおおっ!!」
またかよ…
「っとぉ! すまねえなっ!」
今度は後ろからドンと……
ぶつかってきたのはミノタウロスの男。
本日二回目、やたらとぶつかってくる奴が多いな。
この短時間でこれは偶然か?
どう考えてもわざとぶつかってきたような……
「……いい、気にするな。それより、お前大丈夫か?」
「な、何のことだ? つぅっ!」
俺の言葉を否定して、平常心を装う男。
あんだけ俺に強くぶつかっておいて無傷で済むわけがない。
すごい汗かいてるしよ。
今ので脱臼したんじゃねえのか?
「……」
そのまま男は肩を押さえて、去っていった。
あいにく俺は、回復魔法は使えない。
まぁこちらに非があるとは思えないし、気にしてもしょうがないが。
(う~む)
皆今日に限って平衡感覚がおかしくなっているのだろうか?
……んなわけないよな。
悪意みたいなモンを感じる。
でまぁ、二度あることは三度あるようで……
もう驚きもしない。
(今、こっち見たなあいつ)
思考に耽っていると、今度は屈強そうなドワーフの男と目が合った。
また俺に突っ込んでくるつもりだろうか。
これで三人目、優しく受け止めてやってもいいのだが。
あの目には敵意が宿っていた……気がする。
事前に察知できた以上。
一方的にやられるというのも面白くはない。
「うおおおお! っとぉ」
ほぼ真っ直ぐの突進、実にわかりやすい。
俺は身を動かして、軽く避けることにする。
「ちっ、避けやがったか……くたばればいいのに」
わざとなのを隠そうともしねえのな、今度の奴は。
「すまねえな、足がよろめいちまってよ、今日は足腰が弱くていけねえ、ギャハハ」
「…………」
「本当にすまねえな、また足がよろめいちまったらごめんよ、ゲヒャヒャ」
これっぽっちも謝罪の気持ちが感じられない。
もう……いいよな、我慢しなくてもよ。
「……てめえら、いくら俺が大人だからといって、『すまねえな』ってつければ何でも許されると思うなよ」
「うぼぶぇっ!! どっ泥が目にっ!」
泥玉をドワーフ男の顔面に叩き込んで、沈黙させる。
水魔法と土魔法を合成して作った俺特性の泥玉をとくと味わえ。
そいつはなかなか落ちないぞ。
まったく、どいつもこいつも……
今日は何がどうなってんだよ。
足元でのたうち回るドワーフをそのままに、キョロキョロと辺りを見回す。
うむ、やはり見られている、注目を浴びている。
俺の方を見て、顔を寄せ合いひそひそ話をしているものもいる。
「ほら、あいつだ……」
「……ナリアちゃんに……らやましい」
「……ねばいいのに」
声がした方に顔を向けると、皆サッと目を背けた……
見れば気弱そうな線の細いエルフの青年三人組。
いい加減、こういうのは不快だな。
困ったもんだよ、影口を叩くだけで、直接言葉を交わす気はないらしい。
「ならばこちらから行くぞ」
面倒なので、直接事情を聞きに行く。
別に体当たりをくらっても痛くもなんともないし、放っておいてもいいんだが……
原因くらいは知りたいところだ。
「「「うわわっ!!!」」」
「どうした? 何を脅えている?」
まさか、近づいてくるとは思ってなかったのか、俺の登場にアワアワしだすエルフ達。
言いたいことがあるならはっきり言えばいい……
ぶつかり合わねば人はわかり合う事などできない。
「どっ、どうしてっ!」
「どうしてだと……お前達が俺の方を見ていたからだろうが……」
わざわざこちらから出向いてやったぜ。
そんなに怯えなくてもいいのによ。
急なアクシデントに対応できないタイプか。
「お前らさっき、俺の方見てぼそぼそ悪口言ってただろ?」
俺は単刀直入に話を切り出す。
「誤解です! 自意識過剰ですよ」
「そういうのよくないと思います」
「濡れ衣を着せられた方がどんな気持ちになるのか、被害者の視点から考えてみたらどうです?」
だが……このエルフ共、白を切るつもりらしい。
ついでに最後の奴ウゼえ。
「嘘をついてもわかるぞ、正直に話さないと実力行使する」
脅しの意味を込め、両手に泥玉を作成する。
さっきのドワーフがどうなったか、こいつらは見ていたはずだ。
本当にやる男だというのはわかっているはずだ。
睨みつけてやると、あきらめたようで正直に白状した。
「き、昨日、あなたがルミナリアちゃんに袋をぶつけたって聞いたんです……」
ルミナリアだと……てことは。
この良くない視線は、街で人気のある彼女を傷つけたからってことか?
確かにあれは俺が悪かったが……
「その後彼女とは仲直りしたんだぞ」
「それは……知ってます」
「ならなんでだよ?」
「嫉妬です」
こ……この俺に嫉妬だと?
思いがけない台詞が飛び出してきたな。
「昨日の午後、一緒に彼女と遊んだんですよね?」
「その話か……遊んだのは子供達も一緒だったんだが」
「それでもですよ。彼女そういう男関係のガードが堅いので、子供連れだとしても一緒に遊んだのを羨ましいと思う人は多いです、僕もその一人です」
「…………」
「僕らがどれだけデートに誘っても彼女は断ってきました。それが先日、どこの馬の骨とも知らないガーゴイルが彼女と一緒に楽しく遊んでいた……頭にきちゃいますよね」
ルミナリアは子供達に巻き込まれただけで、楽しくはなかったと思うんだけど。
こいつらに言っても無駄っぽいな。
「んなこと言われてもな、どうしろってんだよ?」
「僕たちがあなたに望む事は一つだけ、彼女との距離についてです」
なんだ、「金輪際彼女に接触するな」とかいうつもりか。
「近づき過ぎず、遠ざけ過ぎないようにお願いします。遠過ぎると彼女の心が傷つくのでご注意を……、近づき過ぎでも僕たちの心が傷つくのでご注意を……」
半端に縛りが緩くて、微妙に面倒くせえ……
適度な距離感てやつだろうけど、そんなの知るかよ。
なんか精神的に疲れるな。
そうして妨害を受け、いつもより時間がかかりながらも、どうにかギルドに着いたのだった……
いつもお読みいただきありがとうございます。
おかげさまで書籍化します。
活動報告更新しましたので、よければそちらをご覧ください。