お仲間募集3
先日の貝拾い同様に、今日も二人で依頼を受けることになった俺たち。
「どんな依頼でもいいか?」
ギンに確認をとる。
一時的とは言え、相方だからな。
昨日は無理矢理依頼に連れて行く形だったが、今日は違う。
連日で依頼に付き合わせるわけだしな。
意見があれば、一応聞くだけ聞いてやろう。
俺も丸くなったものだ。
「さすがに何でもとは言えねえけど、兄ちゃんは何か希望でもあるか?」
「……そうだな。なら、せっかくだし沖まで出たいと思うんだが……」
二日連続で砂浜で貝拾いをするのも、どうかと思うしな……
船上での依頼はファラじゃ経験したことがなかった。
一度は経験しておきたいところだ。
「俺はいいけどよ、依頼の前に兄ちゃんに確認したいんだが……」
「何だよ?」
ギンが俺に問いかける。
「どうやって沖まで出るんだよ? 俺はサハギンだから海でも自由に移動できるが、兄ちゃんは船なんか持ってねえだろ?」
そんなの持ってるわけがねえ。
「事前に申請しておけば、有料でギルドから小船を借りることもできるけどな。当日はさすがに予約で一杯だろうが」
なんだ、船は借りることができるのか。
そいつはいい情報を得たな。
「っても、船を借りるのはあんまりお勧めできないがな」
「なんでだ?」
「ギルドは一隻当たりの料金で船を貸し出してるんだ、少人数で船を借りると一人当たりの負担金がでかくなるから、依頼報酬が消えちまう」
「なるほど」
「船を借りるのは複数人のチームを組んでいる奴だ、大体四、五人以上で借りている奴が多いな」
ギルドの保有している船の数にも上限がある。
あまり低料金で貸すと船が足りなくなるとのこと。
一応ファラの街でそれなりに稼いだので、小船を借りるお金は持ってるが、わざわざタダ働きのような真似をすることもないだろう。
ちょっと残念だが、今日は我慢かな。
「そんな顔すんなよ……船がなくても沖に出られる依頼はある、俺に任せてちっと待っていろ」
俺の残念そうな顔を見て、動き出すギン。
今日も陸での仕事になると思っていたら……こいつめ。
やはり使える男のようだ。
ギンが受注したのは、オーガの漁師が依頼した、船上での護衛依頼だった。
といっても、船上で護衛するのはオーガではない。
この時期に海で獲れるダイアコウという魚の方だった。
チープクロウという黒い鳥の魔物が、ダイアコウが好物らしく、船に集まって、魚を狙ってくるので、獲れたダイアコウを守れということだった。
護衛(見張り)の対象が魚。
周りから見れば仕事内容は微妙かもしれないけど…
俺にとっては初めての海での仕事だから新鮮だ。
俺の気持ちは別にしても、仕事は仕事なので、適度な緊張感を持って事にあたる。
当然、たかが鳥風情では、俺のお魚さん防衛線を突破することはできなかった。
魚を狙って空中から滑空してきたチープクロウを、素早く手で捕まえ、ギュッと首を絞めて気絶させる。
船主のオーガとギンが、口を半開きにしてこっちを見ていたが、気にしない。
チープクロウはギルドで買い取ってくれるので、お肉に傷がつかないよう、捕まえ方に配慮しただけなんだけどね。
横ではギンが、上空に矢を放ち、チープクロウを威嚇していた。
矢はほとんどチープクロウに命中していなかった。
威嚇だから、当たらなくても問題はないけどな。
弓の扱いに慣れていないというか、ぎこちない動作だったのが印象に残った。
実はこの依頼、もっと楽な護衛手段もあった。
獲れた魚を入れる、氷魔石の内臓された保冷箱の周囲に、バリア系の魔法を唱えればいい。
でも、それだと仕事をしている感じがまったくしないのでやめておいた。
夕方、無事に船上での仕事を終える。
オーガの漁師はまた是非頼むと言ってくれた。
俺達の仕事ぶりを認めてくれたようだ。
「お疲れ、ギンはまだ帰らないのか?」
「ああ、俺はちょっとやることがあるからよ」
「そうか、それじゃあ、また明日だな」
「ああ」
俺はギルドでギンと別れて城に戻る。
時間が経つのは早いもので、ギンと知り合い、もう三日が過ぎた。
現状に変化はない……
まだベリアからの返事もないし、それに……
掲示板に貼った俺のお仲間募集の紙も、最初の時と変わらぬまま。
一つもメッセージが書かれていない。
ライオルの紙には女が書いたと思われる、丸文字のお誘いのメッセージがいくつか。
世知辛い世の中だ。
男は顔じゃねえってのによ。
「なかなか誘いがこないな」
「…………」
「ギン?」
今日もこれからギンと依頼を受けようとしたのだが。
ギンの様子が少しおかしいことに気づいた。
「どうした?」
「……なんでもねえ」
心ここにあらずといった表情だな。
ここ数日、休まずに動いているから疲れているんだろうか。
「大丈夫か?」
「……問題ない、精神的なもんだから、気にするな」
その表情は明るくない。
色々と我慢させてるみたいだな。
少しだけ、ギンに申し訳ない気持ちもある。
でも、こいつがいないと俺は一人に戻るので、今は解放するわけにはいかない。
「なんか……すまねえな」
「……気にするな、兄ちゃんの仲間が見つかるまでの話だ」
まぁ無事仲間が見つかったら、埋め合わせでギンにお礼でもしてやるか。
ギンは中々役に立ってるしな。
その日も二人で適当な依頼を探してこなしていく。
「あ、やべ」
その日の夕方、ギルドに依頼終了の報告をして、ギンと別れた後の帰り道。
ギルドに荷袋を忘れた事に気づいた。
まぁ、中身はほとんど毒草だし、盗まれても問題ないんだけどよ。
友人にせっかく作ってもらった袋だ。
もし失くしたら申し訳ないからな。
ちょっと面倒くさいけど、取りに帰るとする……
「なんとかなんねえか? あれでもかなり役に立つ男だと思うんだが……」
小走りでギルドまで戻ると……
建物の中から先ほど別れた、ギンの声が聞こえた。
(あいつ、何やってんだろ?)
もう仕事は終わったのに。
俺は入口のあたりから中の様子を窺う。
「すみません、こっちもこれ以上の人員は……、空が飛べるガーゴイルなら欲しいんですけど」
ガーゴイル? 俺のことか?
ギルドの中にいる傭兵達にギンが話しかけていた。
「空が飛べなくても有能な男だぜ、先日もチープクロウを手で捕まえていたしよ、見た目で判断しない方がいい」
(…………あいつ)
何だよ、コレ。
俺が居ない間、ギンは俺を受け入れ可能なチームを探してくれてたってことか?
そんなこと、一言も言ってなかったじゃねえか。
「ギンさんには以前助けて貰いましたし、頼みを聞いてあげたいのは山々なんですけど、他のメンバーが納得しないと思います」
やんわりと拒否されてしまった。
少しだけショックを受ける。
そう……だよな。
「仕事を一緒に受ける仲間を募集する」、それはとても簡単なことに思える……
実際エルフとか普通の傭兵達なら、仲間を見つける等とても容易なんだろう。
一声かければそれだけで成立するのかもしれない。
でも、事情を抱えた俺にとってはそうじゃない。
掲示板に募集の紙を貼っただけで解決するほど、簡単な問題ではない。
俺はまだ認識が甘かったようだ。
傷モノの俺をチームに入れたら評判は当然下がる。
慈善事業をやっているわけじゃないんだ。
好き好んで飛べないガーゴイルをチームに入れる奴はいない。
誰だって足手まといは要らないはずだ。
ファラの街ではうまくいったが、あれは相手がリュー達だったからだ。
同じ様な傷を負った彼等だからこそスムーズに俺を受け入れてくれて、話が進んだんだ。
ギンめ、最近疲れ気味で元気ないと思っていたが……
あの野郎は、仕事が終わった後、俺のためにずっと動いてたってことか。
「言ってはなんですが、何でギンさんがそこまでする必要があるんですか? 今日も一緒に依頼を受けてましたよね」
そうだ、なんでそこまで……俺のことを?
こんな出会ったばかりの、得体の知れないガーゴイルの俺に、何で親切にしてくれるんだ?
トクンと、少しだけ胸が高鳴る。
「そりゃあお前、住所が割れ……なんでもねえ」
色々すみません。
何を勘違いしてるんだ俺は……
そう言えば脅してたんだった。
「俺にもよくわからん。世間知らずだし、何も考えないアホだし、人の体を触ってくるから気持ち悪いしな、手伝うのもただの気まぐれだ」
ほっとけ……
しょうがねえだろ。
ずっと精神支配を受けてたせいで、色々と常識が抜けおちてるんだからよ。
あの野郎、俺の事そんな風に思っていたのか。
「でもまぁ……、あえて一緒にいる理由をあげるとすれば」
ギンが話を続ける……
「ほんのちょっとだけ、あいつと馬鹿やるのは楽しいからだな」
(馬鹿はお前だ……この野郎っ!)
出会った時は詐欺師だったくせに。
急にこんな……俺の心を揺さぶりやがって。
(…………)
俺は気づかれないように、その場をそっと立ち去った。
ワイバーン袋を忘れた事を思い出したのは城に着いてからだった。
次の日……
ギルドに入るとギンの元気な声が聞こえてきた。
昨日は気力半減といった様子だったのに……一体何が。
「なるほどなぁ、故郷のお母さんに仕送りするために傭兵になったってぇわけか」
「は、はい」
受付嬢の死角になる場所で、新人傭兵と思われるケットシーの少年の話を聞いてあげていた。
(そういうことか……)
一応、俺が仲間を見つけるまで、趣味に走るのは我慢する約束だったはずなんだが。
「心意気は立派だ……でも無茶はいけねぇぜ、最初は皆同じ所からスタートするんだからよぉ」
ギンの奴、昨日までと打って変わって、満面の笑みを浮かべており、凄い楽しそうだ。
相当なストレスが溜まっていたんだろう。
まぁ、今日ぐらいは見逃してやるか。
昨日はやつの本心を知ってしまった。
今日は少しだけ優しくしてやってもいいと思ったのだ……
(ギンの奴、あんな顔で笑うんだな……)
まぁどうでもいいんだけど。
別に悔しいわけではない。
ケットシーと話をするギンは本当に楽しそうだ。
「僕は無茶なんかっ!」
「メナルドに来るのも大変だったみてえだな……、体が傷だらけじゃねえか」
「これは……その」
図星をつかれたようで、顔を赤くするケットシーの少年。
「オメエにもしもの事があったら母ちゃんが悲しむぜ、命が一番大事だ」
「は……い」
「駆け出しって事は金がねえだろ、ほれコレもってけ……」
「これはミドルポーション!! いいんですか? 高いですよね、コレ」
「いいから持っていきな、未来のお前さんに先行投資ってやつだ、今後も頑張りな」
「あ、ありがとうございますっ!! 」
成程、普段あんな感じで情報を聞きだしてんのか。
心の隙間に入り込むのがうまいというか。
あ、受付嬢がこっちに気づいた。
エルザの位置から少年は死角だし、まだギンが接待中であることは気づいていない。
だが……どうも怪しいと思ったようで、近づいて来る。
このままだとバレるのも時間の問題だろう。
そんでまた正座コースが待っているのだろう。
「あっ、兄ちゃん、これは……その」
俺と接近中のエルザに遅れて気づくギン。
久々の趣味で油断していたようだな。
自分がどんな状況にいるか理解したようだ。
これは俺とエルザのダブルで怒られる、そう考えたのだろう。
「あっ、えっ、あぁっと、その……」
ギンが焦りを見せる。
叱られる直前の子どもみたいな顔をしやがって……
「…………チッ」
しょうがねえな。
世話の焼ける野郎だ……
俺はエルザの方に歩みを進める……そして。
「邪魔です!」
エルザの進路を塞ぐ。
「………」
「聞いているんですか!! そこをどいてください!」
「ん~? ああ……エルザかぁ、すまねえな、最近耳が遠くて」
「いいから早く!!」
「はいよぉ」
ご老人みたいな事言ってるな俺。
わずかながら時間を稼ぐ、これだけあれば十分だろう。
(……今回だけだぜ)
後ろを振り向くと既にケットシーの少年はいなかった。
無事ギンは少年を逃がす? ことができたようだ。
ギンの趣味はとてもいいものとは言えないが、今回はあのケットシーの少年にとっても利のある行為だったからな。
偶にはいいだろう、多めに見てやる。
「今、誰かと話していませんでしたか?」
エルザがギンに問いただすように話しかける。
「そうなのか? ギン?」
「まさか、俺はずっと一人だったぜ、見間違いじゃねえのか?」
「…………本当ですか?」
「もちろん、俺は嘘が嫌いなんだ」
受付嬢はどうにも納得いかない顔をしていたが、証拠がなければ注意できないので渋々去っていった。
「危なかったぜ……兄ちゃん、サンキューな」
ギンが俺に礼を言う。
「でも……なんで俺を助けたんだ?」
「気にすんな、ただの気まぐれだ」
こんなことで時間を使うのももったいないしな。
「それより今日の仕事も頼むぜ」
ちょっと恥ずかしくなったので、強めの口調になってしまった。
「ああ!! 任せろ!!」
「……やる気満々だな」
「気にすんな、コッチも気まぐれって奴だ……」
「「フッ……」」
笑い合う俺達。
なんだかよくわからん空気になった。
「よし、今日は午前で終わる仕事にして、午後は休みにするか?」
「い……いいのか?」
「ストレスが溜まってるみたいだしな、午後は自由にしていいぞ」
「おおお!!」
俺の提案にギンが顔を綻ばせる。
「にしても、何でこんなに歪んだ趣味を持っちまったんだ? 情報が大事なのは理解できるけどよ」
「歪んだ趣味なのは否定しないが……、情報を入手する理由はある」
「あるのかよ」
「そうだな……兄ちゃんにならいいか」
ギンの表情が一転する。
真剣な表情に切り替わる。
「失った相棒を……探しているんだ」