1500年振りのお食事2
「バウム、アルベルトさん、できましたよ~」
お肉が焼けるまでバウムと遊んでいた俺に、焼き係のダイダリアンからお呼びがかかった。
どうやら無事に焼けたようだ。
さっそく火の方に向かう。
そこにはこんがり焼けたワイバーン肉。
うぉぉ、肉汁の量がやばい。
火に照らされて脂がキラキラしてる。
涎が出てきた。
「本当なら塩があればよかったんですけどね」
「いやいや、これでも十分うまそうだ」
なにせ最初は毒入り生肉を皮つきで丸かじりしようとしていたぐらいだ。
多少薄味でもなんの文句があろうか。
ではそろそろ実食といきたいのだが……、いいのよね?
もうお預けはなしだぞ、ダイダリアン君。
確認のため視線を送ると、コクリと頷いた。
「そ……それでは、いただきます」
「いただきます」
もう我慢できないと1500年ぶりの食べ物に噛り付く。
(ああ……)
一噛みごとに肉汁が口内に溢れだす。
そうだ、これが食べるってことだ、腹を満たすってことだ。
蘇っていく過去の記憶。
肉を解体して焼いただけ、調味料もなしだ。
人によってはこれは料理ではないと怒るかもしれない。
でも…、俺には最高のごちそうだ。
またこうして食べられるとは思わなかった。
やべ……、ちょっと涙が出てくる。
「ど、どうしました? もしかして何か気にいらない点でも」
急に黙ってしまった俺に、ダイダリアンが心配して声を掛けてくる。
「いや、うまいよ…本当に」
我ながらありきたりな言葉。
でも、本当にそれ以外の言葉が浮かばないんだ。
長年できなかった食事の分まで取り戻すように肉を貪っていく。
(あ、そうだ、飲み物もださないとな)
コップがないから、手に水を直接出す形になってしまうが……
「水いるか? この辺河もないから喉かわいたろ? コップがないから欲しければ手を出してくれ」
「あ、すいませんそれじゃあ」
ダイダリアンがワイバーン肉を刺した串を、皿?代わりに水魔法で綺麗にした石の上において、両手を差し出す。
掌に注いだ水をゴクゴクと勢いよくのむダイダリアン。
やはり相当喉がかわいていたのだろう。
「お、おいしいですねこの水」
お気にめしたようでなによりだ。
1500年ぶりの食事を堪能した後、ダイダリアン達と語り合う。
「あ~食べた食べた、ダイダリアンとバウムはこの後どうするんだ?」
「ここから西の森の中にある故郷の集落へ帰ろうと思っています」
「近くに故郷があるのか?」
「ここから徒歩で半日くらいでしょうか、三カ月前にランヌの配下によって焼かれてしまいましたけどね、皆のお墓ぐらいは作ってあげたいので…。それにランヌが死んだことで、もしかしたら誰か村に戻ってきているかもしれませんから」
少し悲しそうな表情を浮かべて、語るダイダリアン。
このご時世じゃ珍しくもないんだろうが、重いなぁ……。
西の森で棲んでいたダイダリアンの村は突如ランヌの配下より襲撃を受け壊滅してしまった。その時に捕まえられて隷属の魔法をかけられたらしい。
彼等もまさかただの部族集落が襲われるとは思っていなかったらしく、不意打ちの形になってしまった。なんとか女と幼い子だけは逃がしたようだが、ダイダリアン含め沢山の男達が捕まえられるか殺されたようだ。
「バウムも一緒に行くのか?」
バウムも俺達同様にランヌの隷属魔法の影響下にあったクチで、道中弱っているところをダイダリアンに助けられたらしい。
「はい、一緒に来てくれるみたいです」
『ぴぎぴぎ』
「そっか……、ありがとう、頼りにしているよ」
体をプルプルさせるバウム……、なかなか愛らしい。
相変わらず何言ってるかさっぱりわからないけど。
「アルベルトさんは、どちらへ行かれるんですか?」
「とりあえず、南の街のファラまで行こうかと思っているよ、その後は気のむくままって感じかな…」
「となると山脈越えですか、あの…アルベルトさんはその…翼は」
「ああ、残念ながら城の防衛戦で焼かれてしまった」
時間が経っても、ちょっとやりきれない気持ちはやはり残る。
でも彼女がいなければ自由になれなかった。
あのガーゴイル共が俺を捨てた事もこんなナリだ、理解はできる。
(あいつら今街で何やってんだろ……)
え、こんなの俺らしくないって?
おいおい、俺を誰だと思ってる。
1500年間耐え忍んできた忍耐の男だよ。
争いはとても悲しいことだって嫌って程わかってる。
これくらいの事でいちいち怒ってたらキリがない。
だからもし次に会うことがあったら
絶対復讐してやるぜ!
俺は許すとは言ってない。
俺の社会的ステータスを奪った罪を奴等に償わせてやる。
理屈では納得できても、感情は納得しないんだよ。
っといかんいかん、こんな顔をしてたらダイダリアンを怖がらせてしまう。
全く、あいつらにこの少年の爪の垢を飲ませてやりたいぜ。
「ま、まぁ命があるだけマシだ、落ち込んでもしょうがない。そっちだって似たようなもんだ、気にするだけ損だぞ」
雰囲気が暗くなりそうだったので、無理矢理話題を元に戻すことにする。
せっかくおいしい飯を食べたってのに落ち込んでたらもったいない。
「そうなると徒歩で山脈越えですか、魔物との遭遇は避けられないですね、ガーゴイルって索敵魔法とか使えましたっけ?」
「一応使える。普段なら10メートルくらい、最大で100メートルいける」
「えっ! 100メートルですか? それはまた…随分広範囲ですね」
さすがに100メートルとなるとメッチャ疲れるんだけどね。
索敵魔法は一定範囲の生物の反応や魔力を感知することができる。
あまり広げると情報量が多すぎて脳が処理できなくなる。
普通に使用するなら10メートル。
でも10メートルだと既に相手に気づかれてるんだよね。
不意打ち防止くらいにしか使えないんだ索敵魔法。
それでも森の中では念のため常時発動させてるけどさ。
「寧ろ魔物よりも山脈で遭難しそうで怖いな」
徒歩での山越えは初めてだからな、魔物は遭遇してもどうとでもなる。
「あはは……、でもファラ山脈なら遭難の心配はないかと思いますよ」
「ん? なんでだ?」
「山頂に雷龍の住処がありまして夜になると山頂部が光るんですよ。ここからだとまだ見えませんけどね。だから夜間に方角だけ確認すれば大丈夫です」
「へぇ、夜中通ったことないから知らなかったな」
「傾斜も緩いですしね、徒歩の移動でも特に困ることはないかと思います」
「そいつは助かるな、ちなみに雷龍が襲ってくる可能性はないのか?」
俺を捨てたガーゴイル達は雷龍に襲われなかったんだろうか。
「今のところは雷龍が襲ってきたって話は聞きませんね、あまり近づかなければ大丈夫じゃないかと」
「ならいいんだ、ところで雷龍は何で夜光るんだ? 目立ちたがりか?」
「さぁ? ただ雷龍が光りだしたのは200年前からだとされていますが、実際にはそれ以前からファラ山脈に棲みついていたらしいんですよね、それ以前は光っていなかったそうです」
「ふ~ん、てことはその頃に何か心境が変化する出来事があったってことか」
「そうかもしれませんね」
夜、風で木々がざわめく中、ダイダリアンと会話を続けていく。
やがて、たき火も消えて、ボーっとする時間が増え、少しずつ睡魔が襲ってくる。
「ふぁ~あ、眠くなってきたな、ぼちぼち寝るとしようか」
「そうですね、では私が見張りをしますので、ゆっくり休んでください」
率先して、動こうとしてくれるダイダリアン君、だが……
「いや、必要ないぞ」
「へ?」
キョトンとした表情をしたダイダリアンの疑問に答えるために、俺は手の平を下に向け先ほども使用した水魔法のウォーターバリアを発動させる。
たき火跡を中心に直径20m程度の半球状の水の膜が出現する。
「今、防衛用のウォーターバリアを仕掛けた、水膜が破壊されれば、使用者である俺に伝わる。朝まで魔法効果は持続するはずだ」
「べ、便利ですね魔法……」
「まぁ過信は禁物だけどな……、ワイバーン程度なら水膜を破ることすらできないはずだ、一応念のためマジックバリアも重ねてかけておくか」
「これって触ってみても大丈夫ですか?」
普段魔法を見ることが少ないためか、ダイダリアンはバリアに興味津々のようだ。
彼の疑問に頷いてやる。
「アシッドバリアやフレイムバリアだったら火傷したり手が溶けるけどな、これはただの水だから大丈夫だ」
俺が了承の返事を出すと、ウォーターバリアをペタペタと手で触り始めた。
押せばボヨンと反発してくるバリア。
好奇心が疼き遠慮がなくなってきたようで、そのうちウォーターバリアにぶちかましの構えをとる。
「そのバリア、中からは出られるけど、外からは入れないから気をつけろよ」
「えっ」と驚き、構えを解くダイダリアン。
なんだか楽しそうだな、ふふ……若いのう。
食事の準備を手伝えなかった分くらいは役に立てたかな……
ウォーターバリアで遊ぶ今の彼は年相応に無邪気だ。
優しい少年だと思う。
仲間を殺され、隷属魔法をかけられ、それでも思いやりを忘れない。
見た感じまだ十年も生きていないゴブリンだろうに。
(お人好しともいうがな)
俺がワイバーンの毒肉を食べるのを止めたダイダリアン。
俺が毒で死んだ後に奪えば一人で肉を独占できたのによ。
バウムの回復に俺が必要だったといえばそれまでだけどさ。
その真っすぐな性根はとても好ましい。
この世界を生きるには少し辛いかもしれないけど。
(死んで欲しくないな)
ガラにもなくそう思う。
「まぁいいか……、俺は先に寝るぞ~」
瞳を輝かせて遊んでいるダイダリアンを横目に、俺は眠りに落ちていった。
日が昇り、朝になった。
目を覚ますと隣には少し困った表情を浮かべたダイダリアンとバウムがいた。
いや、バウムに関してはよくわからないんだけど……
「おはよう、どうしたんだその顔は? よく眠れなかったのか?」
「おはようございます、いえ、睡眠はしっかりと取らせていただいたんですけどね。目覚めて朝食の準備のために、小枝を拾ってこようと思ったらバリアが残っているせいで外に出られなくて……」
「ああ……なるほど、今まで一人だったから気が付かなかったよ、すまんな」
そういって、要望通りウォーターバリアを解除することにする。
「そんな、安全な場所を提供していただいたんですから、とりあえず朝食の準備を始めますね、昨日のワイバーン肉になりますけど……」
「おう、頼むわ」
厚意に甘え、朝食の準備をダイダリアンに任せることにして、時間までのんびりさせてもらう。
少し待ち、食事の時間となり、焼き上がったワイバーン肉を食べたので、腰を上げて砂を落とし、ぼちぼち出発することにする。
「あ、そうだ、アルベルトさんよかったらこれを……」
「ん、なんだこれ? 袋?」
ダイダリアンがワイバーンの皮でできた皮袋を差し出す。
「朝、時間があったから作ったんです、そのままだとワイバーンの肉をもち運びしにくいでしょうし、少しでも食事のお礼になればと思いまして、余計なお世話かもしれませんが」
「…………」
こいつはほんとに……
よし、うん……決めた。
「あ~~、えっとだな」
「はい?」
「俺もその、ダイダリアンの村まで一緒していいか?」
「えっと、アルベルトさんはファラの街に行くんじゃ……」
「そのつもりだったんだけどな、ワイバーンを狩れたことで食料の補充もできたし、急ぐ旅じゃなくなったからな。せっかくの縁だし、一緒できないかと思ってな」
ちょっと気がかりなこともあるしな。
森の様子が変だ。
これまでワイバーン以外に魔物の一匹も発見できなかったしな。
後、少しだけこの心優しい少年を手伝ってあげたいと思った。
「アルベルトさん……」
「駄目か?」
『ぴぎぃ』
「い、いえ! アルベルトさんなら大歓迎ですよ、バウムも是非にって言ってますし」
「そうか、ならもうちょっとだけよろしく頼むわ」
「はい! こちらこそ」
こうして俺の寄り道が決定した。
ダイダリアンの村までお邪魔することになった。
そんなに長い寄り道にはならないです