魔王クライフ2
「す、すいません、いや……本当魔王だって知らなかったんですよ僕……許してください。あ、お背中流し終わりましたよ魔王様」
話かけたら、相手はなんと入浴中の魔王様だった。
これはまずいと、今更ながら敬語へとシフトすることにする。
いや……常識的に考えれば、結界の中にいる時点でそれなりの立場の相手だと予想はつきそうなんですけどね。
ううぅ、知らなかった事とは言え無礼な口の利き方をしてしまいました。
「まぁ誰にでも間違いはある、少し軽率だと思わなくもないがな、次から気をつければいい、だからそう脅えるな……」
おお……なんと寛大なお方でしょうか。
慈悲深き心を持つ素晴らしきお方。
姫リーゼが理知的と言ったのも今度は嘘じゃなさそうですね。
「はい魔王様、申し訳ありま……せん」
「しかし意外だな、相手が誰でも屈しないタイプの男だと書いてあったのだが……まぁいいか」
俺がタメ口を使ったのもそれほど気にしてないご様子です。
よかった、よかった。
そこで話を終え、綺麗になった魔王クライフ様は立ち上がって湯船に向かいます。
あ、あれ? 魔王様どちらへ?
「あ、待ってください、魔王様」
俺の制止の声に魔王様が振り返ります。
「さっきの事なら気にしていないぞ」
「いえ、そうじゃなくてですね」
「ならなんだ?」
「私の背中も流してください魔王様、背中洗うの苦手なんですよ」
魔王だろうが背中を流したら、お返しするのが礼儀ですからね。
裸の付き合いに身分とか関係ないのです。
「お……お前、実はこれっぽっちも悪いと思ってないだろ」
「いえそんなことは……。汚れてますので、時間をかけて丁寧にお願いしますね」
「はぁ、何でも丁寧語にすればいいと思ってないか? これでも魔王なんだが……しょうがない、向こうむけ」
文句をブツブツ言いながらも律儀に俺の背中を洗ってくれる魔王クライフ様。
なんだかんだで結構付き合いのいい方のようです。
「ふぃ~、あっちょっと力弱いです、もう少し強めに……って強すぎ、あぁもう下手くそですねぇ魔王様は、こんなんじゃ将来子供が出来た時お風呂でパパ痛い痛いって逃げられちゃいますよぉ」
「…………レイと気が合うわけだよお前」
背中の流しっこが終わり、二人のんびりと湯船につかる。
「んで? なんで魔王様が一人寂しく風呂に入ってんだ? 理由を述べよ」
「……もういい。俺は考え事をする時いつも一人で風呂に入る癖があってな、ここは俺専用の浴室で、誰も入ってこれないようにしてあるはずなんだが」
ああ、そういえば認識阻害結界が張ってあったな。
「いや、気づいてたんなら入ってくるなよ……、手紙通り本当に変な奴だなお前」
ああ、事前に連絡が伝わってるって話だったな。
「まぁ俺の結界を無視してここに入ってこれたって事は、レイの話も嘘じゃなさそうだな。これからよろしく頼むぞ」
「あぁ」
何がこれからなんだかサッパリわかんないけど、とりあえず頷いておく。
「そういえば今は何を考えてたんだ?」
風呂に入ってたってことは何か悩みごとがあるのだろう。
「別に大した事ではない」
「なら話しても問題ないな、どんな悩みごとだ?」
これでも大きい大人のお悩み相談はラザファムで経験済なのだよ。
一人より二人の方がいい知恵がでるというものだ。
「グイグイくるなお前……、やんわりと拒否してんの察してくれ」
「もしや俺にエルフの領土を全部譲渡することを考えてたのか? さすがに困るんだけど」
「それはこれっぽっちも考えてない、心配しなくていい」
「あ、そうですか……じゃあなんだよ」
「いや、本当に大した事じゃない、十年振りに会う妹にちょっと緊張しているというか」
なんだよ、本当に大したことじゃないな。
「あん? 普通に会えばいいだろうが……兄妹なんだろ? 何で今更そんな」
「兄妹だからこそだ、この十年でレイの手紙には妹の性格がプラス方向に変わったと書いてあったからな、ちょっと不安でな」
「プラス方向なら別にいいだろ、というか俺は大人しいリーゼが想像できないんだけどな」
「そんなにか……」
俺はリーゼとの旅の出来事について少し話すことにする。
この魔王、そこまで繊細そうには見えないんだけどな。
まぁ相手が妹だからこそなのかもしれないが。
三百年交流のなかった兄の友人に、躊躇なく会いに行こうとするリーゼを見習うといい。
「昔のアイツは知らないが、少なくとも今は優しい女だぞアイツ。俺とレイが彼女からボディブローを貰った時も彼女を怒らせたのが悪いんだしな、ちょっかいさえださなければ可愛い女だよ」
「ボ、ボディブロー……」
「ゴブリンの集落の森でウインドカッターを飛ばしてきた時も、悪いのは俺の方だったし」
奴隷服を着せて調子に乗ってセクハラした俺に非があるのは間違いない。
「…………」
やべぇ、魔王様が黙ってしまった。
ちょっとフォローしておかないといかんな。
これじゃリーゼが凶暴な子みたいじゃないか……
「本当に彼女はいい子……信じてくれ、いつだって悪いのは俺なんだよ」
「そんな後付けで必死に褒める言い方されると余計会うのが怖いんだが、ウチの妹今どうなってるんだよ……」
手で髪の毛をガシガシとかき乱す魔王様。
許せリーゼ、これでもできる限りのフォローはしたつもりなんだ。
二人風呂から上がり、クライフの案内で向かった最上階のラウンジではリーゼが既に待機していた。
「あんたやっぱり結界の向こうにって……あれ? 兄様? なんでコイツと一緒に」
「おお、マリーゼル………………さん」
リーゼが少し緊張した面持ちでこちらに近づいてくる。
「さ、さん? た……ただいま帰りました兄様」
「ああおかえり………………なさいませ」
「……な、なさいませ?」
妹に対して一歩引いた感じの兄の態度に疑問を持ったのか、リーゼが眉を寄せて困惑した表情を浮かべる。
あ、なんかすげえ嫌な予感がする。
「やれやれ、十年ぶりの兄妹の再会を邪魔しちゃあわるいな、俺はちょっと向こうに行ってるわ、二人で親交を温めてくれ」
さも気を使ったような、空気を読める奴風の台詞を残し、俺はこの場を離れることにする。
お前の技を借りるぜバウム……
「え、あ……うん」
「別に気にしなくてもいいぞ、いや本当に、寧ろそういうの余計な気づかいっていうか」
このヘタレ魔王が……
クライフが捨てられたペットのような目で「行かないで」とアピールしているが、無視する。
まぁ当然後でお叱りを受けることになったんだけどな。




