雷龍ラザファム4
「おい、起きろ!!」
ベシベシと遠慮なく雷真龍の頬を叩く。
自分でも乱暴だとは思うが、こいつのやったことを考えればしょうがない。
「ん、んん……お、お前達は……」
よく寝たとばかりに目覚める雷真龍。
「んん」じゃないよ。
でも会話が通じてるので正気には戻った様子。
「お久しぶりです、ラザファムさん」
「ん、リーゼ嬢…………か?」
「はい」
三百年経過した今でもリーゼのことは覚えているようだ。
「すまん」
目覚めて開口一番謝罪する雷真龍ラザファム
「さっきまでの事、覚えているのか?」
「うっすらと……だが、迷惑をかけてしまった」
「全くだ、この酔っぱらいドラゴン!!」
今更下手に出る必要もないからな。
強気で行くぜ。
「で? 何でこんなことになったわけ?」
俺は後ろを指さす。
木々が倒れ、地面は抉れてひどい状況だ。
大自然に土下座で謝らなければいけないレベルだ。
「それは…………」
俺の質問に口ごもるラザファム。
ここまできて隠し事など許さないよ。
「お前のせいで、こうなったんだ、状況説明位はしろ」
「そう……だな、わかった」
リーゼ一人だったら今頃どうなってたか。
「じつ…………は」
「ああ」
「じ、つは…………な」
「ああ」
「…………」
「何だよ、早く言えって」
口をもごもごさせて男らしくないな。
ちゃんとはっきり言え。
バウムさんを見習って欲しい。
「う、うぅ……」
「…………」
顔を俯かせる雷真龍、そして…………
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
突然俺たちの前で泣き出した。
(勘弁してくれよ)
突然のことで俺とリーゼはパニック状態である。
でかい図体で泣かれると五月蠅くてたまらん。
(何故泣く!! 俺なにかしたか? 寧ろ立場的にも泣きたいのは俺たちの方なんだけど)
とりあえず、雷龍が落ち着くまで待つことにする。
十分程経過し、ようやく落ち着いた雷真龍。
「少しは落ち着いたか? 状況が本当に……全く……凄まじく理解できないんで、どういうことだが説明してくれると助かるんだが……」
「ああ……すまない、見苦しい所を見せてしまったな」
まったくだ、もう古龍の威厳のかけらもない。
しょうがないから少しだけ優しく接してやるか。
手間のかかる龍だこと、さっきまでの大暴れ龍と同一龍には思えない。
「いいさ、お前の心を揺り動かす何かがあったんだろう、もしよければ話してみるといい……、少し気持ちがすっきりするかもしれないぞ」
そう言うと雷龍は少し考え、口を開こうとする。
「あ~、すまないがその前にこの光どうにかならないか? 遠くから見る分にはいいんだけど、近くだと眩しくてさ、人化してくれると助かる」
「おぉ……、そうだな、少し待て」
間もなく、雷真龍の体が小さくなっていく。
古龍のような高位の龍族は人化も可能なのだ。
人化が完了し、黄金の髪の美青年が現れた。
もうちょっと痛めつけとくべきだったかな……
「これでいいか?」
「ああ」
俺は話の続きを促す。
「さてどこから話そうか……、一言で言えば別れた妻と娘が帰ってきたのだと勘違いしたわけだ」
隣にいるリーゼがやるせない表情を見せる。
そういえば結婚してるって話だったっけ。
「あん? どういうことだ? 奥様はガーゴイルじゃないだろうに」
「ああ、妻は水龍だ。四百年前に番いとなったわけだが、二百年程前に娘と一緒に逃……、逃げ……」
「あぁ……、逃げられたのね」
どうしても最後の一言が出てこないようなので、こちらでアシストしてやる。
「う……む、それでだな、山頂付近の棲家でお酒を飲んでいたところ、近くで強力な魔力を持つ存在を二つ感知したわけだ。これはもしかしたら妻と娘が帰ってきたのではないかと思ってな、様子を見にきたというわけだ」
「どころが実際は龍どころか、ガーゴイルとハイエルフだったと」
「ああ、その後はお前達の知っての通りだ、記憶は曖昧だがうっすらと覚えてはいる、本当にすまなかった、取り返しのつかないことになる所だった」
「そうだな、とりあえずお酒はもうやめろよ」
妻と娘じゃなくてがっかりしたのはわかるけどさ。
だからって攻撃を仕掛けてくるとかありえないんだけど。
本当どんだけ飲んでるんだよこいつ。
いくらなんでも酒癖悪すぎだろ。
「ああ、リーゼ嬢に傷でもつけたら、クライフに謝るだけじゃ済まないところだった」
「い、いえ……もう無事に済んだことですから」
リーゼにしては珍しく物わかりがいいな。
多分こんな話の後だから遠慮しているだけだろうけど。
「昔からこんなに酔うまでお酒を飲んでいたのか?」
結婚してる時からこんなに酒癖が悪かったのであれば、妻が逃げても当然のことだ。
「いや、妻に逃……られてからだ」
「成る程、逃げられた悲しみから酒に逃げたってところか」
「そんな……ところだ」
どちらにせよ典型的な駄目男のパターンだが……
メンタル弱そうだしなこの龍、酒に逃げても不思議じゃない。
あまり言うと、また泣きそうだから黙ってるけど。
「でもまぁ……なんというか、愛してたんだな」
コクリと頷く雷真龍。
「もう別れて二百年になるんだがな……、彼女の事が忘れられないんだ」
すさまじく未練がましいとも思うが、口には出すまい。
「……」
「情けない男かもしれないが、いつ帰ってきてくれてもいいように努力はしているんだ」
「そうなのか?」
努力をするのはいいことだ。
「日が落ちた後は龍形態になって光ることで「妻よ! 俺はまだここにいるんだ! お前が忘れられないんだ!」と空に向けてアピールしているんだ。もし妻が近くを通りがかった時に我に気づいてもらえるようにな」
「「女々しいわ!!!!」」
突っ込みがリーゼとはもった。
受け身にも程があるだろう。
リーゼは言った後に口を手で塞いでたけど、いくら相手が真龍でも我慢できなかったようだ。
がっかりだ、なんだこの駄目龍は。
光る山頂を見て、幻想的な光景だと思ったのに……
どちらかと言えば汚いものを見てしまった気分だ。
俺の感動を返してほしい。
それで二百年前から光ってるってことかよ……
「そもそもなんで奥さんは出ていったんだ? 浮気でもしたのか?」
「馬鹿にするな!! 俺が愛した女は生涯一人だ!」
即座に否定する雷龍
「すまんすまん、でも浮気じゃないならなんで奥さんは出て行ったんだ?」
「それがわからんのだ、少なくとも番いとなった当時は俺を愛してくれていたはずだ」
「ふむ……」
ふむ、ちゃんとした恋愛から番いになったのか。
「俺は彼女を大切に見守っていた、美しい女だからな、万が一にも虫がつくのが怖かったってのもあるが……」
「ほう……」
まぁ、独占欲もある程度までならかわいいものだしな、行き過ぎはアレだけど。
「やがてそんな彼女との間に子供ができた、古龍とはいえ、妊娠中は戦闘能力が下がるからな、俺はより一層外敵に注意して見守り続けた」
「ふむふむ」
「そして遂に娘が生まれた。守るものが増えた俺は父となり、以前にも増して注意深く気を引き締めて彼女達を見守っていた」
なんだか独身の俺に対する惚気に聞こえてきたぞ。
先ほどまで沈黙を通していたリーゼが神妙な顔で考え始めた。
「どうしたんだ? リーゼ」
「ううん……なんでもないわ! 続けてくださいラザファムさん」
「あ、ああ」
今の話を聞いて何かわかったんだろうか。
思って見れば彼女は女だ、ひどい言いぐさだけど。
女性視点だからこそわかることもあるのかもしれない。
「やがて娘が大人になってからも、油断せず一層心を込めて温かく見守り続けた」
「ほう……それは殊勝な心がけだ」
「これも当然のことだ、父とはそういうものだからな、子供が大人になっても関係ない、家族を守るのは当然のことだ。いつ平和な日常が壊れるかわからないからな。緊急の場合でも対応できるよう、万全の備えをする必要がある」
特に話しを聞く限り、嫌われる要素はなさそうに思えるのだが……
「今の所問題点はないな、なんでそれで奥さんが出て行くわけ?」
「それが二百年経過した今でもわからんのだ」
「あ、あの……ラザファムさん、ちょっといいですか?」
「む……なんだリーゼ嬢?」
「何かわかったのか?」
「大切に見守っていることはわかりましたけど、他には何をしたんですか?」
「……………………特に何もしてないな」
「二人とも正座しなさい」
「「は?」」
「そこに正座しろって言ってるのよ!!!」
「は……はい」
「はい」
突如雰囲気の変化したリーゼの剣幕に押され、正座する男衆。
ところでなんで俺も正座するんだろう、よくわからない。
「原因はどう考えてもそれよ!!」
「し、しかし父にとっての一番の仕事は家族を護ることではないのか?」
「一番の仕事はそうでも、他に何もしないでいい理由にはならないわよ!!」
「………」
「ましてや古龍よ!! 幼体ならまだしも成体ならば自分の身は自分で守れるわ!! そもそも古龍なんて余程高位の種族でもないと倒せないでしょうが!!」
おっしゃる通りだ。
俺が言うのもどうかと思うがな。
いくらなんでも過剰防衛だと思う。
「そ、そこに例外がいるではないか!」
「こんな奴がそこらにいてたまるもんですか!!」
おい雷真龍、こっち指差すんじゃねぇ。
ちゃんと己の業を受け止めろ。
リーゼさんのお怒りも受け止めろ。
「ちゃんと家の手伝いとかした? 奥さんは手伝って欲しいって言ってなかった?」
せ、せやな……、リーゼさんの言うとおり。
役に立てなくても、手伝おうという姿勢は大事だと思う。
だよね、ダイダリアン。
気づいたら敬語をやめたリーゼ。
うん、この方がいい、違和感半端なかったもん。
なんかこう無理してる感じだったしな。
「話ちゃんと聞いてる?」
「「はい」」
その後も続くお説教。
リーゼは死にそうになったわけだしな。
これぐらは甘んじて受けるべき報いだろう。
何故俺も正座するのかわからんけど。