魔王7
どうにか、ベリアの猛攻撃から逃れた俺は地中に潜り込む。
コルルと戦ったり、城から逃げ出したせいで、どんどんややこしい状況になってきているが元々、最優先目標はクライフとリーゼとの合流だった。
別にベリアと戦うことは必須じゃない。
コルルの時はまだしも、勝率五分を切る相手に死力を尽くして戦うメリットもない。
まぁベリアの方は俺を完全に賊扱いしているから、逃すわけにはいかないだろうけど、それに付き合う理由もない。
とにかく、仕切り直しだ。
地中ならベリアの目が届かず、上空のサキュバスや吸血鬼の監視もない。
安全に移動してリーゼとクライフを探せるはずだ。
二人の無事がわかれば、行動の制約がなくなって、気兼ねなく動ける。
水魔法で土を柔らかくし、土を掘り進めながら地中を進んでいく。
掘った道を土魔法で塞ぐことも忘れない。
追跡されるリスクを減らす。
ついでに街の地盤が沈下したりしないように配慮しておく。
さすがに地中なら魔力を隠蔽すれば簡単に見つかることはないだろう。
(しかしまぁ……海に潜ったり、地中に潜ったり、目標としている空を飛ぶことから、どんどんかけ離れていっているな)
自分という存在がなんだかよくわからなくなってくるが……あまり考えないようにしよう。
そうして五分ほど、地面を掘り進んでいく。
このへんまでくればたぶん大丈夫だろう。
周囲を警戒しながら、地上にこっそりと顔を出し、辺りを窺うと。
「……ん?」
(やべっ!)
な……なんで、ピンポイントでベリアが上空にいるんだよ!
目が合い、見付かりそうになる寸前、慌てて地中の中に潜る。
んな馬鹿な……魔力は隠蔽しているし、追跡なんてできるわけが。
たまたま勘が当たっただけなのか?
とりあえずこの場所は駄目だ。
別の場所に移動しよう。
(……ど、どういうことだ?)
最初は偶然かと思った。
だが東に、西に、南に、北にと、細かくポイントをずらしてもベリアは必ず空にいる。
まじでストーカーかよあの女。意味がわかんねえ。
メートル単位で正確な位置を把握しているわけではない。
それでも大まかにだが俺の居場所がわかっているようで追跡されている。
これじゃあクライフたちを探すどころじゃない。
地上に出て、時間もかからずに捕まるぞ。
俺が移動するとベリアも移動する。
動かないでいるとベリアも停まったまま。
これはたぶん、魔力感知なんかじゃない。
理由はわからないが、おそらく……もっと別の異質な何かだ。
不思議とさっきから、どこに逃げてもベリアはついて来ているような感覚が付きまとう。
見られているわけでもないのに、お互いに自分の居場所がわかっている感じ。
(くそ……どうする?)
かといって、このまま地中にいても埒があかない。
あまり時間を置くと、せっかく無力化したコルルが完全復活する。
コルルは俺の正体を知っている。
俺とクライフ、リーゼの繋がりもベリアにバレて二人の身が危なくなる。
このまま街の外に逃げることはできない。
やはり……できればベリアとの戦いは避けたい。
確実に死闘になるだろし、別にあの女が死んでも俺は嬉しいわけじゃない。
そうなるとうまく交渉するしかないわけだが、コルルを奪還された今、俺に残っている交渉材料は自分自身の力、それと……今回の事件の発端になったと思われる毛のアレくらいだ。
力での交渉……影の縛りもなくなり、相手の優位性の消えた今の状況なら話は聞いてもらえるかもしれない。
後者についてはよくわからないが、ここまで大事に発展するくらいだし、それなりに気にしているのかもしれない、断言はできんけど。
一度だけ……もう一度だけ話し合いを提案してみよう。
それで駄目なら、どうにでもなれだ。
一先ず、飛んでいるベリアを警戒しながら地上へ。
地下から建物の床下をぶち抜き中に侵入する。
魔力感知でここに人がおらず、空き家だということは確認済みだ。
色とりどりのカラフルな光が窓の外から入ってくる。
地中を移動している間に、どうやら歓楽街の方まで移動していたらしい。
建物の窓から上空のベリアの様子を窺う。
今も忙しなく部下に指示を出している。
遠目に見える彼女から緊張感漂う雰囲気が伝わってくる。
なんとも出ていきにくい雰囲気だ。
さて、どうやってベリアに会いにいくか。
いきなり顔を見せると、さっきみたいに問答無用な感じで襲いかかってくるケースも考えられる。
そのへんもうまく考えないと駄目だ。
手紙でも書いて、適当なベリアの部下を捕まえて届けさせるか?
いや、紙やペンを探して、内容を考えてなんて悠長な時間はない。
なかなか難しいミッションだ。
とにかく、俺が話し合いをする価値のある男だということを、安全にベリアに伝えなければならない。
(う~ん)
俺は考える。
その時、ふと、窓の反対側に興味深い建物を発見する。
「……あ、あれは?」
そこの看板に書かれた文字を見て俺はある考えを閃く。
(これは……もしかしたら、使えるかもしれないぞ)
「……ま、まずい。早く見つけないと」
地中に逃げた侵入者、魔王すら単独で倒すあの力は天災だ。
逃したら……後々必ず大きな災いとなる。
手にジワリと汗が浮かぶ。
部下たちにも探させているが、地中を移動されたら簡単には見つかりっこない。
魔力感知で反応を探すが気配もなく、完璧に足取りが隠蔽されている。
侵入者がどこに隠れたのかわからず、焦りで思考が纏まらなくなる。
まさか『血染めの月』から逃げきるとは思わなかった。
加えて、思い出すのは侵入者が地中に逃げる直前のこと。
逃げる侵入者に追撃で呪魔法『血の誓い』を掛けようとした。
だが……何故か途中で魔法が霧散した。
(あれは一体なぜ? 魔法構築に失敗、魔力制御が甘かった?)
いや、魔力制御は完璧だったと思う。
『血の誓い』はレベル七の呪魔法で難易度の高い魔法だけど、使ったのが初めてというわけでもない。
地中を逃げている鎧男の気配を必死で探りながら、考えを巡らせる。
呪いが効かない、その理由がわかれば……正体を一気に絞りこめるかもしれない。
なにか対策も立てられるかもしれない。
呪魔法を成功させるには条件がある。
まず、呪いを掛ける対象の力が術者の力を大きく上回っていないこと。
正確な力を測れたわけではないし、単純に失敗したという可能性もゼロではない……が、これはおそらく違う。
力量差以前に、このケースの場合は成功、失敗どちらにしても魔力を消費する。
だというのに、私の魔力はまったく減っていない。
と、なると……もう一つのケース。
技術面や力量に関係なく呪いの発動条件を満たしていなかった場合、呪いは同じ術者の同じ呪いは重複しないという条件だ。
つまり複数回呪いをかけても、効果は一回目の分だけで、二回目は呪い自体が発動せず魔力も消費しない。
でもこの場合、鎧男がすでに私から同じ呪いを受けていることになる。
そうなると、私が過去にあの鎧男と会ったことがあるということに……。
「……あ」
欠けていた情報のピースがかっちりとハマる感覚。
大空を自由自在に飛ぶ、以前の戦い方とは……大分違う。
それでも『血の誓い』を受けても生きられる生命力、強力な水魔法、どこか既視感のある魔力。
(そうか、そういうこと……か)
正体がわかった。
導き出された答えは……おそらく間違いないだろう。
(……ガーゴイル)
でも、だからこそ……現状が想像以上に危険な事態であることも把握する。
敵となるなら倒すしかない……けど。
こんな人の大勢いる街の近くでアレと全力で戦う?
ツツ、と頬を冷や汗が流れていく。
考えられるガーゴイルの反撃手段で、一番手っ取り早く最悪なのはレベル七魔法の展開。
もし今、この瞬間でも『大津波』を使われたら街全体が水没する。
姿を見失った、今の状況じゃ発動を阻止できない。
逃げるなら、そうして街が大混乱に陥っている隙に、街の外に行くのが最も簡単な手段だ。
だが幸いというか、五分ほど経過しても魔法が発動する気配はない。
(何を考えている? どう動くのか……読めない)
そもそも、ここまでのガーゴイルの行動がチグハグというか。
冷静になって思い返すと、印象がはっきりしない。
ガーゴイルがここに来た理由として真っ先に思い浮かぶのは、戦いで翼を奪った私に復讐に来た可能性。
だから……私の留守中にコルルを襲撃した。
誘拐したあとは、私に対する人質なりにする算段だったのだろうか?
でも……ガーゴイルは私との戦いを避けようとしていた。
それは敗北する恐れのある危険な相手だからとか、そういう思惑もあるのだろうけど。
先ほどの戦いも終始、ガーゴイルは無差別的な破壊行動を取らなかった。
周りに気遣ってか、広範囲魔法は殆ど使ってこなかった。
使ったのは『血染めの月』を消すための重力魔法『ブラックホール』だけ。
『重力弾』の軌道も街中に向かうものは一つもなかった。
ガーゴイルの攻撃が空に向かうように私が常に飛んでいたというのもあるけど。
私はともかくガーゴイルが配慮する理由が見当たらない。
戦いで追い込まれた状況にも拘わらず理性を感じた。
それは、コルルに襲いかかっていた時の暴力性とは真逆で……だからこそ困惑してしまう。
ガーゴイルが話し合いを提案した時は戯言と思い一蹴したけど。
何か私の知らないガーゴイルの目的がある?
本気で話し合いをしようとしていた?
(次は攻撃する前に……話ぐらいは聞いてみようか)
その前にガーゴイルの居場所を探さないといけないが。
ガーゴイルの思惑がなんにせよ、早く見つけないと。
頼れるのは不確かな感覚だけだが、絶対に逃すわけにはいかない。
「っ!」
懸命にガーゴイルを探していると、真下から強烈な魔力反応。
明確に私に居場所を知らせに来ている。
まさか向こうからアプローチしてくるなんて。
(なにを考えている……?)
地上に降り、魔力反応があった建物の前へ。
非常事態宣言を聞いてか、扉は鍵がかかっていたが緊急ゆえに強引にこじあける。
「邪魔するわ」
「こっ、今度は誰っ ……え?」
「べっ、べべべべ、ベリア様っ!」
慌てて膝をつく、数人の男たち。
部屋の中を見回す。
どうやら、ここはコルルが経営している店の一つらしい。
入り口近くでは客と思しき男たちが集まっていた。
そこにはガーゴイルの姿はない。
でも……確かにこの下から魔力反応があった。
「な、何故ベリア様がこちらにっ、わたくしの店は健全でして、やましことなんて何一つなくっ! こ、こちらにコルル印の優良店証明書もっ!」
口を開いたのは煌びやかな装飾品を身につけた、部屋の中で一番身なりのいい男、おそらくこの店の店主と思われる。
「視察に来たわけじゃないわ。それより聞かせて欲しいことがある。先ほど、ここに誰か来なかった?」
「え? は、はい。実は先ほど、向こうの部屋の床下から傷だらけの黒鎧を着た男が突然!」
「その男はどこに行った?」
「そ、それがまた穴の中に……」
どういうこと?
何か目的があって出て来たわけじゃないの?
「男は潜る前に謎の伝言を残していきました。ここに来た者に伝えて欲しいと……まさか、あれはベリア様に対してのことだったのでしょうか?」
「伝言? たぶんそうよ……教えて頂戴」
「はい『当方、落ち着いて一対一での話し合いを希望、東、街郊外の森で待つ』と」
郊外で話し合いか……悪くない。
一対一なのもガーゴイル相手に数は無意味だし問題ない。
「それから『争いは何も生まない。知恵のある生物としてあるべき対応を望む。対話することで解決するかもしれない問題もある。ここに来ればわかってもらえるはずだ』と、以上になります」
「そう……」
店主の男の伝言を聞き終える。
ガーゴイルの方から街中で会うことを避ける提案。
戦いになったとしても、街に極力被害が及ばないよう配慮しているのだろうか、やはりどこか理性的な部分を感じる。
先ほど交戦したせいで、向こうが対話を諦め派手に仕掛けてくるかと、少し不安だったが、まだ話し合いを希望してくれていることは助かる。
ただ、最後、気になる言葉があった。
(ここに来ればわかる?)
「店主、ここは……この店は…‥?」
私は店主に尋ねる。
「は……はい。一本線(パ●パン専門店)です」
「……な……ん……ですって」
以前、活動報告に乗せた新作も更新しています。
ガーゴイルではできないタイプのコメディーをぶち込んだ異世界転生モノの作品です。
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